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第8話:反撃の狼煙 ~知識と魔法の融合兵器~

エルム村に、新たな防壁が完成して数日が過ぎた。土塁と堀、そして強化された柵からなるそれは、以前とは比較にならない安心感を村にもたらしていた。ゴードンさんに作ってもらった魔鉄の剣も手に馴染み、俺自身の戦力も確実に向上している。カイルやアリシアとの連携も、日々の訓練や探索を通じて、より洗練されてきていた。


しかし、村に漂う緊張感が完全に消え去ったわけではない。むしろ、猟師たちがもたらすゴブリン集落の情報は、日増しに深刻さを増していた。集落の規模は拡大を続け、紋様を持つ強化個体が多数確認され、そして何よりも、集落の中心には他のゴブリンを統率するリーダー格――ゴブリン・ジェネラルの存在がほぼ確実視されるようになったのだ。


「防壁はできた。だが、あれだけの数のゴブリン、ましてやジェネラルまでいるとなると、守り切れるかどうか……」


ある夜、村の集会所で開かれた対策会議で、ヘクターさんが厳しい表情で現状を語った。彼の言葉に、他の猟師たちやカイルも重々しく頷く。


「守るだけでは、いずれジリ貧になるかもしれん。我々にも、奴らを効果的に削る手段が必要じゃ」


ドルガン村長が腕を組み、唸る。防壁は時間を稼ぐためのもの。最終的に敵を撃退するには、こちらからも攻撃を仕掛けなければならない。だが、問題はその手段だ。弓矢や投石では、強化ゴブリンやジェネラルに対してどれほどの効果があるか分からない。カイルや俺たちのような前衛が防壁から討って出るのは危険すぎる。


(防壁の上から、安全に、かつ広範囲に、そして効果的に敵を攻撃する手段……)


俺は会議を聞きながら、必死に前世の知識を検索していた。集団戦、籠城戦、攻城兵器……そうだ、あれがあるじゃないか。


「村長、皆さん。一つ、提案があるのですが」


俺は再び手を挙げ、発言を求めた。注目が集まる中、俺は言葉を選びながら話し始めた。


「敵の数が多いなら、一体ずつ相手にするのではなく、範囲で攻撃できる方法を考えてはどうでしょうか。例えば……大きな音と力で、広範囲の敵をまとめて吹き飛ばすような……『仕掛け』です」


「範囲攻撃の仕掛け? 魔法のことか、レン殿? だが、君の魔法とて万能ではあるまい」


村長が訝しげに尋ねる。俺は首を振った。


「いえ、魔法そのものではありません。魔法と、この世界にある素材を組み合わせることで、もっと……強力な効果を生み出せないか、と」


俺は「爆弾」という言葉を直接使うのを避け(おそらくこの世界には存在しない概念だろう)、慎重に説明を続ける。


「例えば、燃えやすい性質を持つ薬草や、魔力を溜め込みやすい鉱石の粉末を、土魔法で固めた容器に詰め込み、俺の火魔法で点火したらどうなるか……あるいは、強い衝撃を与えたら……」


「燃えやすいものと魔石を容器に……? それがどうなるというんだ?」


カイルが不思議そうに首を傾げる。アリシアも隣で小首を傾げている。「爆発」という現象そのものが、彼らにとっては未知の概念に近いのかもしれない。


「……おそらく、大きな音と衝撃、そして熱を発して、中身が勢いよく飛び散るはずです。もし成功すれば、複数の敵を一度に傷つけたり、混乱させたりできるかもしれません」


俺の説明に、村人たちは半信半疑といった表情だ。そんな都合の良いものが作れるのか、と。


「ふむ……レン殿の言う『仕掛け』、か。まるで錬金術師の発想じゃな。危険はないのか?」


ゴードンさんが、興味と疑念の入り混じった目で尋ねる。


「正直、やってみなければ分かりません。失敗すれば、暴発する危険も……。ですが、もし成功すれば、今の我々にとって強力な武器になるはずです」


俺は真剣な眼差しで村長を見つめた。村長はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて決断した。


「……よかろう。レン殿、試してみるがいい。ただし、安全には最大限配慮せよ。アリシア、カイル、お前たちはレンを手伝え。そして、決して無理はするな」


「はい!」


「了解」


こうして、俺は村長と村の了承(と少しの不安)を得て、前世の知識に基づいた異世界版「爆弾」――簡易魔力爆弾マジックグレネードの開発に着手することになった。



◇◇◇



開発場所は、村はずれの訓練場のさらに奥、万が一暴発しても被害が少ない開けた場所を選んだ。協力者は、アリシアとカイルだ。


「それで、レン。具体的に何をするんだ? その『仕掛け』とやらは」


カイルが、期待と不安が半々の顔で尋ねてくる。


「まずは、材料集めだ。アリシア、燃えやすくて、できれば強い力で弾けるような性質を持つ薬草やキノコ、あるいは鉱石の粉末に心当たりはないか?」


「えっと……燃えやすくて弾ける……? そうだなあ、火打石の粉とか、一部の乾燥させたキノコの胞子とかはよく燃えるけど……弾けるとなると……あっ、もしかして発火苔イグモニスのことかな? あれは乾燥させると、火をつけるとパンッ!て小さな音を立てて燃えるけど……」


アリシアが薬草ポーチを探りながら答える。


「それだ! それと、魔力を溜め込みやすい鉱石……低品質でもいいから、魔石の粉末みたいなものは手に入らないか? ゴードンさんに聞いてみるか……」


「魔石の粉なら、ゴードンさんの鍛冶場に少しだけあったかも。失敗した鋳物とかを砕いたやつだけど」


カイルが思い出したように言った。


俺たちは早速、アリシアの案内で【発火苔】を採取し、ゴードンさんに頼んで魔石の粉末(かなり粗いが)を少量分けてもらった。


次に、容器の作成。俺は土魔法で、粘土質の土を手のひらサイズの球状に固め、中に空洞を作る。強度を出すために火魔法で焼き固めることも試したが、中の空間まで均一に焼くのが難しく、ひび割れてしまうことが多かった。


(やはり、容器は専門家に頼むべきか……)


俺は再びゴードンさんの元へ行き、事情を説明して頑丈で密閉できる小型の陶器の壺をいくつか作ってもらった。


「何に使うかは知らんが、妙なことに首を突っ込んどるな、小僧」


と呆れられたが、快く(?)作ってくれた。材料と容器が揃い、いよいよ調合と実験だ。


「いいか、二人とも。これはかなり危険な実験だ。絶対に俺の指示なしに材料に触るなよ。そして、いつでも逃げられるようにしておけ」


俺はカイルとアリシアに念を押し、慎重に作業を始める。まず、乾燥させた【発火苔】の粉末と、魔石の粉末、そして燃焼を助けるための木炭の粉(焚き火の残りで作った)を、様々な比率で混ぜ合わせていく。前世の黒色火薬の組成(硝石・硫黄・木炭)を参考にしているが、材料が違う以上、最適な比率は手探りで見つけるしかない。


配合した粉末を、ゴードンさん作の陶器の壺に詰め、木の栓でしっかりと蓋をする。導火線として、油を染み込ませた麻紐を取り付けた。


「よし、試作品第一号だ。……いくぞ!」


俺は完成した「爆弾もどき」を、十分な距離を取って設置し、導火線に火魔法で点火。そして、カイルとアリシアと共に物陰に飛び込んだ。


………。


……しーん。


「……あれ?」


導火線の火は途中で消えてしまい、何も起こらなかった。


「……レン、これ、ただの壺じゃないか?」


「……失敗だ。導火線がダメだったか、配合が悪かったか……」


気を取り直して、試作品第二号。今度は配合を変え、導火線も改良してみる。点火!


ボフッ!


「わっ!?」


今度は導火線が燃え尽きた瞬間、壺が破裂するのではなく、蓋が勢いよく吹き飛び、中から黒い煙が情けなく噴き出しただけだった。


「……今度は不発、か。だが、少しは圧力が発生したみたいだな」


「レン、本当にこれ、役に立つの……?」


アリシアが不安そうな顔になる。カイルも呆れ顔だ。


(くそっ、やはり簡単にはいかないか……。爆発っていうのは、密閉空間での急激な燃焼による圧力上昇……。容器の強度、粉末の燃焼速度、点火方法……全てが噛み合わないと……)


俺は試作品の残骸や材料を分析し、考察を重ねる。頭痛に耐えながらも、失敗の原因を探っていく。前世の断片的な科学知識が、ここで役立った。


三度目、四度目の試作。配合比率、粉末の粒子の細かさ、容器の形状と密閉度、そして点火方法(魔力を流した金属片を内部に入れるなど)を改良していく。


そして、五度目の試作品。今度は、起爆方法を衝撃式に変えてみた。壺の中に、二種類の粉末を薄い隔壁で分け、壺自体を強く打ち付けることで隔壁が破れて粉末が混合し、化学反応で爆発するという仕組みだ。


「今度こそ……! カイル、これをあの岩に思い切り投げつけてみてくれ!」


「お、おい、大丈夫なんだろうな?」


カイルは疑心暗鬼ながらも、俺を信じて試作品の壺を受け取り、訓練場の端にある大きな岩に向かって力いっぱい投げつけた。


カァン! という硬い音と共に、壺は岩に当たって砕け――


ドゴォォォォォン!!!


直後、耳をつんざくような轟音と、閃光、そして衝撃波が発生した! 壺が当たった岩の表面が大きく抉れ、周囲の地面が揺れる。土煙が舞い上がり、しばらく視界が遮られるほどだった。


「「うわあああああっ!?」」


カイルとアリシアは腰を抜かし、地面にへたり込んでいる。俺自身も、予想以上の威力に息を呑んだ。


「……す、すごい……。レン、これ……!」


カイルが、顔を引きつらせながらも興奮した様子で言う。


「ああ……成功、みたいだな。簡易魔力爆弾マジックグレネード試作一号だ」


俺は自分のアイデアが形になったことに満足しつつも、その破壊力に一抹の恐ろしさも感じていた。


(これなら、強化ゴブリンの集団相手でも、かなり有効なはずだ……)


完成品の残骸を調べると、破片が均一になっておらず、爆発の指向性や威力のさらなる改良の余地もありそうだ。



◇◇◇



手投げ式の魔力爆弾はできた。だが、これだけでは足りない。防壁の上から、より遠くの敵を、より広範囲に攻撃できる手段が必要だ。俺は次に、設置型の遠距離投射兵器の開発に取り掛かった。


俺が考えたのは、バリスタ(大型弩)とカタパルト(投石機)だ。これも前世の知識だが、構造は比較的単純で、この世界の技術レベルでも再現可能だと考えた。


俺は早速、ゴードンさんとヘクターさんに相談を持ち掛けた。


「バリスタ? カタパルト? なんだそれは、レンの小僧」


ゴードンさんは、俺が描いた簡単な設計図を見て、首を傾げた。


「ええと、バリスタは巨大な弓、カタパルトはテコの原理で石や爆弾を遠くに飛ばす装置です。これがあれば、防壁の上から安全に敵を攻撃できます」


俺は二人に、それぞれの兵器の構造と原理を説明した。ヘクターさんは弓の専門家として、バリスタの射撃機構に強い興味を示した。ゴードンさんは、カタパルトの構造強度や、部品の製作について、職人としての目で鋭い指摘をしてきた。


「ふむ……面白い。特にこのカタパルトとかいうやつ、ドワーフの技術ならもっと頑丈で強力なものが作れそうじゃな。よし、小僧、その図面、もっと詳しく描いてみろ! ワシが最高の『石飛ばし機』を作ってやる!」


どうやら、ゴードンさんの創作意欲に再び火をつけてしまったらしい。ヘクターさんも「バリスタの機構、参考にさせてもらうぞ」と乗り気だ。


話を聞きつけたカイルや村の若者たちも、「面白そうだ!」「俺たちも手伝う!」と集まってきた。こうして、魔力爆弾開発チーム(ほぼ俺とアリシアとカイル)に続き、設置型兵器開発チームも結成された。


製作は、防壁建設と同様、村人たちの協力と、俺の知識&魔法サポートによって進められた。


ゴードンさんが頑丈な木材と鉄材で主要構造を作り上げ、ヘクターさんが精密な射撃機構を組み込む。カイルたちは力仕事と組み立てを担当。俺は土魔法で設置場所の土台を固めたり、部品を運んだりする手伝いをした。


数日後、エルム村の防壁の上には、数基の小型バリスタと、簡易投石機が設置された。バリスタは、ヘクターさんが使うような太い矢だけでなく、俺が開発した軽量版の魔力爆弾も射出できるように調整されている。投石機は、大きな岩石だけでなく、複数の魔力爆弾を網かごに入れてまとめて投射することも可能だ。



◇◇◇



そして、新兵器のデモンストレーションの日がやってきた。完成した防壁の外、安全な距離を確保した場所に村人たちが集まり、固唾を飲んで見守っている。


まずは、俺が開発した【簡易魔力爆弾】の投擲実験。


「いいか、皆、よく見てろ!」


俺はカイルに合図し、カイルが訓練通りに魔力爆弾を遠くの的に向かって投げつけた。放物線を描いて飛んでいった爆弾は、地面に落下した瞬間――


ドゴォォォォォン!!!


再び、凄まじい爆音と閃光、衝撃波が巻き起こる! 地面には直径数メートルのクレーターができ、土煙がもうもうと立ち上った。


「「「おおおおおっ!!!」」」


村人たちから、驚愕と興奮の入り混じったどよめきが上がる。


「な……なんという威力じゃ……」


ドルガン村長が、呆然と呟く。


「危険すぎる! こんなもの、もし村の中で暴発したら……!」


ボルグが顔を引きつらせて叫ぶが、彼の声は興奮した村人たちの声にかき消されがちだった。


「使い方次第だな」


とヘクターさんが冷静に言う。


「あれだけの威力があれば、ゴブリンの密集しているところに投げ込めば、一網打尽にできるかもしれん」


次に、バリスタの試射。ヘクターさんが慣れた手つきで太い矢を番え、遠くの分厚い木の的に向かって放つ。


ビュォッ!


矢は唸りを上げて飛び、的のど真ん中に深々と突き刺さり、貫通した。


「おおっ!」


再び歓声が上がる。続いて、軽量魔力爆弾を装填し、発射。


ヒュン!……ドカン!!


爆弾は的の手前で炸裂し、的を粉々に吹き飛ばした。


「すげえ……!」


「これなら、壁に近づく前に敵を減らせるぞ!」


最後に、投石機の試射。カイルたちが数人がかりでアームを引き絞り、大きな岩をセットして発射する。


ゴウンッ!


岩は大きな放物線を描いて飛び、数十メートル先の地面に落下し、地響きを立てた。次に、網かごに入れた魔力爆弾数個を投射。


ヒュゴォォ!……ドドドドン!!!


空中で複数の爆発が起こり、広範囲に爆風と土煙が広がった。その制圧力は、バリスタ以上かもしれない。


「これだ! これがあれば、ゴブリンどもなんぞ……!」


「エルム村は、もうやられっぱなしじゃないぞ!」


村人たちの士気は最高潮に達していた。恐怖に怯えるだけでなく、自分たちの手で敵に対抗できる武器を手に入れたという事実が、彼らに勇気と希望を与えたのだ。


試射の成功を受け、ドルガン村長は、魔力爆弾と設置型兵器の量産、そして防壁への本格的な配備を決定した。俺とアリシアは魔力爆弾の安全な製造法を、ゴードンさんとヘクターさんは設置兵器の操作法と整備法を、村人たちに指導していくことになった。カイル率いる自警団は、これらの新兵器を組み込んだ防衛訓練を早速開始した。エルム村は、まさに武装要塞へと変貌を遂げつつあった。



◇◇◇



夕暮れ時。俺は一人、完成し、新兵器が配備された防壁の上に立っていた。眼下には、訓練に励む村人たちの姿が見える。活気があり、希望に満ちている。それは素晴らしいことだ。


だが、俺の心には、一抹の複雑な思いが残っていた。


(爆弾……投石機……バリスタ……。俺は、この世界に、前世の『兵器』の知識を持ち込んでしまった……)


それは、この村を守るために必要なことだったのかもしれない。だが、この力が、いつか別の形で使われる可能性はないのだろうか? この世界の戦いの形を、俺が変えてしまったのではないだろうか?


(それに、これらの兵器が、あの強化ゴブリンや、ジェネラル、そして……黒幕に、本当に通用するのか?)


まだ、本当の脅威は姿を現していない。ゴブリンたちの不気味なまでの沈黙。それは、嵐の前の静けさなのかもしれない。


「備えは、さらに進んだ。だが……本当の戦いは、これからだ」


俺は魔鉄の剣の柄を握りしめ、北東の空――ゴブリン集落がある方向を睨みつけた。夕焼けが、まるで血のように空を染めている。


願わくば、これらの「矛」が、使われずに済むことを……。そんな甘い考えが頭をよぎるが、すぐに打ち消す。戦いは避けられないだろう。ならば、やるべきことは一つ。


勝つことだ。仲間たちと共に、この村を守り抜くことだ。


俺は決意を新たに、訓練場へ向かうカイルとアリシアの後を追った。

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