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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章

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第73話:幻惑の濃霧

夜明け前、古鷲の砦跡を包む空気は、張り詰めた弦のように震えていた。


帝国軍、そしてセレスティーナ率いる抵抗軍、双方の兵士たちが息を殺し、決戦の合図を待っている。その戦場を遥か高くから見下ろす尾根で、俺たちエルム公国の特殊部隊は、静かにその瞬間を待っていた。


冷たい岩肌に身を隠しながら、俺はマッピングで眼下に広がる帝国軍の布陣を脳内に描き出す。無数の赤い光点が、巨大な獣が寝そべるかのように、谷全体に広がっている。


その中心で、ひときわ大きく、禍々しい魔力を放つものがあった。あれが、セレスティーナから帝国が開発した新型の魔導兵器と教えてもらった「魔力投射機」なのだろう。その存在は、この戦いが単なる兵力のぶつかり合いではない、技術と魔力が支配する新しい時代の戦争であることを俺たちに突きつけていた。


「……レン。セレスティーナ軍が動き始めた」


隣に伏せるカイルが、低い声で呟いた。


彼の声には、抑えきれない興奮と、これから始まるであろう凄惨な戦いへの緊張が滲んでいる。


俺も、マッピングに映る無数の青い光点――セレスティーナ軍――が、帝国軍の囮部隊へと向かって、静かに、しかし確実に移動を開始しているのを捉えていた。その一つ一つの光点が、家族の元へ帰ることを夢見ながら、今、死地へと向かっている命なのだと思うと、胸が締め付けられるようだった。


「ああ。もう、後戻りはできない」


俺は、背後の仲間たちに視線を送る。


アリシアは、回復薬の入ったポーチを固く握りしめ、祈るように戦場を見つめている。その瞳には恐怖の色も浮かんでいるが、それ以上に、これから救うべき命を見据える、強い意志の光が宿っていた。


ティアーナは、探知魔道具を片手に、冷静な表情で帝国軍の魔力の流れを分析している。だが、その握りしめられた短剣の柄は、彼女の内に秘めた故郷への想いを物語っていた。


オリヴィアとイリスは、ただ静かに、今もなお忠誠を誓う同胞たちの戦いを見届けようとしていた。王女として、騎士として、その目に焼き付けるべき光景なのだと、その背中が語っていた。


(俺たちの作戦が、この絶望的な状況を覆す唯一の鍵だ。失敗は許されない)


俺は、自分に言い聞かせるように、深く息を吸った。


心臓が、嫌な音を立てて脈打っている。これまでのどんな魔物との戦いよりも、今この瞬間の方が、遥かに大きなプレッシャーを感じていた。数千の命が、俺たちの双肩にかかっている。俺の一つの判断ミスが、この谷を血の海に変えてしまう。


「……来るぞ」


俺の呟きと同時に、谷底から一つの雄叫びが上がった。それを合図にしたかのように、抵抗軍の陣から一斉に雄叫びが轟き、数千の兵士たちが帝国軍の陣へと雪崩を打って奇襲をかけた!


「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」


その声は、大地を震わせ、夜明け前の静寂を切り裂いた。


先頭に立つのは、月光を浴びて白銀に輝く鎧を纏ったセレスティーナ。彼女の振るう長剣「シルヴァリム」が描く銀色の軌跡は、まるで流星のようだ。彼女の姿は、絶望的な戦況の中にあっても、兵士たちにとっては希望の象徴そのものなのだろう。彼女が駆ける限り、兵士たちは死を恐れずに突き進む。


奇襲は成功したかに見えた。油断していた帝国軍の先鋒は、抵抗軍の決死の勢いの前に次々と崩れていく。


しかし、それは帝国軍総司令、“鉄壁”のギデオンが待ち望んだ、罠の発動の合図でもあったようだ。


マッピングの遥か後方、本陣と思われる場所で、ひときわ巨大な魔力を持つ光点が動いたのが分かった。


それを合図に、周囲の山陰から、これまで息を殺していた伏兵が一斉に姿を現し、魔力投射機が禍々しい紫色の光をチャージし始める。


抵抗軍が、絶望的な包囲網に飲み込まれようとした、まさにその瞬間。


「今だ!」


俺の号令一下、俺の後ろに控えていたティアーナとアリシアが、同時に魔法構築を開始した。昨夜、セレスティーナとの間で交わした、奇跡を紡ぐための約束。


「水の精霊よ、大気に満ち、彼の者の目を覆う帳となれ!」


ティアーナの澄んだ声が響き渡る。彼女の両手から、膨大な量の純粋な水の魔力が放たれ、上空で霧散し、超常的な水蒸気の層を形成していく。その魔力操作はさらに洗練され、もはや芸術の域に達していた。


「聖なる光よ、乱れ、彼の者の心を惑わす幻となれ!」


アリシアの祈るような声が重なる。彼女の弓から放たれた光の矢が、水蒸気の層の中で無数に乱反射し、光の粒子が空間を満たしていく。それは、ただの目くらましではない。見る者の方向感覚と距離感を狂わせる、高度な幻惑魔法だった。


そして、俺はその二つの術式に、自らの莫大な魔力を注ぎ込み、増幅させる!


「うおおおおっ!」


龍の紋章が灼けるように熱を発し、俺の魔力がティアーナとアリシアの魔力と融合する。水と光が混ざり合い視界を完全に奪う「幻惑の濃霧」となって、戦場へと降り注いでいった。


それは、まるで天から純白のカーテンが下ろされるかのような、幻想的で、しかし恐ろしい光景だった。濃霧は瞬く間に谷底を覆い尽くし、帝国軍も、抵抗軍も、その全てを飲み込んでいく。


「な、なんだこの霧は!? 魔法か!? どこからだ!」


「前が見えん! 敵はどこだ!」


「撃つな、味方だ!」


眼下から、ギデオン将軍の怒声と、帝国兵たちの混乱した叫び声が響き渡ってくる。視界を奪われた帝国軍の指揮系統は完全に麻痺し、目標を失った魔力投射機も、チャージしていた禍々しい光を虚空に放つと、沈黙した。


戦場は、完全な混沌に包まれた。作戦は、成功したのだ。



◇◇◇



一瞬、抵抗軍の指揮を執る私には、何が起きたのか、全く理解できなかった。


目の前にいたはずの帝国兵が、突如として現れた乳白色の壁の向こうに消えた。前後左右、どこを見てもただ白い闇が広がるばかり。方向感覚が完全に失われる。


いや、違う。


昨夜、あの謎の使者――レンと名乗った青年が、オリヴィア姫様の隣で静かに、しかし絶対的な自信を持って語った言葉を思い出していた。


『我らが道を切り拓く。あなた方は、ただその光を信じ、好機を逃さぬように』


これが……これが、あの者たちの言っていた「道」か


霧の向こうから聞こえてくるのは、味方の悲鳴ではなく、帝国兵たちの混乱した叫び声と、同士討ちを始めたかのような金属音だった。


「撃つな、味方だ!」「敵はどこだ!」「見えん、何も見えん!」


そして、これまで脅威だった魔力投射機の砲撃が、完全に止まった。


「……なんだ……? これは……」


私の隣にいた副官のバルトロメオが、呆然と呟いた。


「……我々を助けている……のか? この霧は……」


ありえない。だが、そうとしか思えなかった。絶望の淵に垂らされた、一本の蜘蛛の糸。


そして、その奇跡は、さらなる形で我々の前に現れた。


戦場を支配する禍々しい帝国軍の魔力。その混沌の中に、ダリウスは、まるで清流のように穏やかで、温かい魔力が流れる一本の「道」が存在することに気づいた。肌で感じる、確かな魔力の流れの導きだった。


これは……!


あのレン殿が言っていた「道」!


勝てるかもしれない。いや、生き残れる! そして、同胞を救い出せる!


絶望的な戦場で、私の心に、初めて生還への、そして勝利への希望が芽生えた瞬間だった。



◇◇◇



作戦の第一段階は、成功した。


俺は、濃霧の中で混乱する帝国軍の赤い光点をマッピングで捉えながら、静かに、そして冷徹に、次の指示を出す準備をしていた。ここからが、本番だ。


「面白かった」


「続きが気になる、読みたい!」


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