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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章:囚われの民と雷鳴の姫君 〜目覚める龍の紋章〜

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第72話:夜明け

満月が、古鷲の砦跡を冷たく、そして無情に照らし出していた。


馬車での強行軍、そしてフィーナの翼による飛翔の果てに、俺たちはついに決戦の地を見下ろす尾根へと辿り着いていた。


「……いるな。セレスティーナ軍の隠れ家は、あの森の奥だ」


俺はマッピングで森の深部に広がる、巧妙に隠蔽された大規模な野営地の気配を捉えていた。その規模、数千。彼らは今、決戦の前の最後の静寂の中で、その牙を研いでいる。


「どうする、レン? このままじゃ、セレスティーナは本当にあの罠に飛び込んじまうぞ」


カイルが、焦りを滲ませた声で言う。


「ええ。彼女たちを止めなければ……」


アリシアの瞳にも、強い憂いの色が浮かんでいた。


俺は、静かに首を振った。


「いや、止めるだけではダメだ。俺たちの言葉を、彼女が素直に信じるとは思えない。誇り高い騎士であればあるほど、見ず知らずの者からの忠告など、侮辱と受け取りかねない」


「では、どうするのです?」


イリスが、真剣な眼差しで俺に問う。


「……交渉する。俺たちが何者であるかを明かし、対等な立場で、共にこの窮地を脱するための策を提示するんだ。彼女に、俺たちを『信頼できる同盟者』だと認めさせるしかない」


それは、これまでのどんな魔物との戦いよりも、困難な戦いになるかもしれなかった。人の心を動かすというのは、それほどまでに難しい。


俺は、隣に立つオリヴィアに視線を送った。


彼女は深くフードを被り、その表情は窺えない。ドラグニア王女という彼女の正体は、この交渉における最大の切り札。軽率に晒すわけにはいかない。


俺たちは山を下り、抵抗軍の野営地へと慎重に近づいていった。


ティアーナの探知魔道具が、巧妙に仕掛けられたいくつもの見張りの結界や、物理的な罠の存在を知らせてくれる。さすがは王国最強の騎士団長。その守りは、ただの野盗のそれとは比較にならないほど、緻密で堅固だった。


森の奥深く、野営地の入り口と思われる場所に差し掛かった時、俺たちの前に数人の影が音もなく現れた。銀色の装飾が施された革鎧を身に纏い、その目は夜の闇の中でも鋭く光っている。セレスティーナの斥候部隊だ。


「――止まれ。何者だ」


リーダー格の男が、抜き放った剣の切っ先を俺たちに向け、低い声で問う。その声には、一切の油断も隙もない。


俺は両手を上げて敵意がないことを示し、一歩前に出た。


「我々は、あなた方に手を貸しに来た者です。騎士団長、セレスティーナ殿にお会いしたい」


「手を貸すだと?」


斥候は、俺たちの言葉を鼻で笑った。


「帝国の回し者か、あるいは我々の首を狙う賞金稼ぎか。どちらにせよ、ここで死ぬことに変わりはないがな」


「待て」


俺が何かを言う前に、イリスが静かに一歩前に出た。彼女は自らの兜を脱ぎ、その気高い顔を晒す。


「その剣、その構え……あなた方は、ドラグニア王国中央騎士団、第三連隊の者たちですね。その剣技、懐かしいものです」


彼女の言葉に、斥候たちの間に動揺が走った。


「なっ……!? なぜ、それを……!? あんた、一体何者だ!」


「わたくしは、イリス・フォン・アルベール。オリヴィア姫直属の近衛騎士を務めておりました」


イリスが静かに名乗りを上げると、斥候たちの顔色が変わった。近衛騎士。それは、王国の騎士の中でも選ばれし者だけが就ける、名誉ある地位だ。


「……証拠はありますか」


リーダーの男が、それでも警戒を解かずに尋ねる。


イリスは、自らの剣の柄頭に刻まれた、ドラグニア王家の紋章を静かに示した。それを見て、男は息を呑んだ。


「……本物の、ようだ。ですが、なぜ今ここに……。姫様は、王都と共に行方不明になったはずでは……」


「話せば長くなります。ですが、今は一刻を争う。どうか、セレスティーナ様にお繋ぎいただきたい。この戦いは、帝国が仕掛けた罠です。このままでは、全滅します」


イリスの切迫した言葉に、斥候たちは顔を見合わせた。だが、彼らが決断を下す前に、その背後から、静かだが威厳のある声が響いた。


「……通してあげなさい」


現れたのは、熊のような体躯を持つ、古参の騎士だった。その顔には深い皺が刻まれ、歴戦の勇士であることを物語っている。


「バルトロメオ副官!」


斥候たちが、一斉に敬礼する。


バルトロメオと呼ばれた男は、イリスの顔をじっと見つめると、やがて深く頷いた。


「……間違いない。イリス殿だな。姫様にお仕えしていた頃の面影がある。よくぞ、ご無事で……」


「バルトロメオ様……! あなたもご無事でしたか!」


二人の間に、短い再会の感動が流れる。だが、それも束の間だった。


「話は斥候から聞きました。あなた方の警告、感謝します。ですが……」


バルトロメオの表情が、再び厳しくなる。


「我々の決意は、揺るぎません。セレスティーナ様も、我々も、罠であることは承知の上。それでも、行かねばならぬのです」


「なぜです!? 勝ち目のない戦いに、命を散らすことが騎士の誇りですか!?」


イリスが、思わず声を荒らげる。


「……ぜひ、その目で確かめていただきたい。我々が、なぜ戦うのかを」


バルトロメオはそれだけ言うと、俺たちを野営地の奥、作戦司令部となっている洞窟へと案内した。



◇◇◇



洞窟の中は、決戦前の凄まじい緊張感に満ちていた。松明の灯りが、壁に広げられた地図と、そこに集う幹部たちの真剣な横顔を照らし出している。


その中心に、彼女はいた。


銀色の髪を戦場で結い上げるための革紐で無造作に束ね、その身には傷だらけの白銀の鎧。月光を浴びていた時よりも、その姿は遥かに生々しく、そして美しかった。鋼のように鋭く、しかしどこか深い悲しみを湛えた瞳が、俺たちを射抜く。


「……バルトロメオ。客人とは、この方々のことですか」


その声は、鈴が鳴るように美しいが、同時に鍛え上げられた刃のような冷たさを秘めていた。


「あなた方は何者です? なぜ我々の場所が分かったのですか?」


俺は一歩前に出ると、単刀直入に告げた。


「我々はエルム公国からの使者。そして、あなたの作戦は帝国の罠です。今、砦の周囲には“鉄壁”のギデオン将軍率いる本隊が潜んでいます。このまま突撃すれば、あなた方は全滅する」


俺の言葉に、セレスティーナの副官たちが激昂した。


「我々の覚悟を侮辱するか!」


「どこかの馬の骨とも知れぬ者たちの戯言に耳を貸す必要はありません、セレスティーナ様!」


議論は、開始早々に紛糾した。セレスティーナ自身も、俺たちの言葉の信憑性を測りかね、そして何より、罠だと分かっていても同胞を見捨てることはできないという騎士の誇りから、厳しい表情を崩さない。


「民を見捨てて生き永らえるくらいなら、騎士として戦場で散るのが本望」


その言葉は、彼女の揺るぎない覚悟を示していた。カイルやイリスも、その気高さに反論できず、交渉は暗礁に乗り上げる。


(……くそっ、これじゃ埒が明かない。だが、彼女の気持ちも分かる。ここで退くことは、彼女の全てを否定することになる)


俺が内心で歯噛みした、その時だった。


その膠着状態を打ち破ったのは、これまで俺の後ろで静かに佇んでいたオリヴィアだった。彼女はゆっくりと一歩前に出ると、深く被っていたフードを脱ぎ、その気高い顔を現した。松明の灯りが、彼女の金色の髪と、紫色の瞳を神秘的に照らし出す。


「セレスティーナ。将としてのあなたの判断は尊重します。ですが、ドラグニア王女として、私はあなたに命じます。……死んではなりません」


「オリヴィア……様!?」


セレスティーナの、鋼の仮面が崩れ落ちた。彼女と、その場の全てのドラグニア兵が、信じられないものを見るかのように息を呑み、そして一斉にその場に膝をついた。


「……姫様……! 生きて……生きておられたのですか……!」


セレスティーナの声が、震えている。それは、もはや将軍の声ではなく、ただ一人の、主君の無事を喜ぶ忠実な騎士の声だった。


オリヴィアは、ただの少女ではない。彼女こそが、セレスティーナが忠誠を誓うべき、ドラグニアの正当な後継者なのだ。


オリヴィアは、涙ながらにセレスティーナの手を取り、彼女たちの忠誠心と、国を想う心を誰よりも理解した上で、王女として、そして一人の友人として、訴えかけた。


「玉砕は、誇りある死ではありません。それは、残された民の希望を永遠に断ち切る行為です。生きて、民と共に再起の道を切り拓くことこそが、あなたの、そして私たちの真の戦いではありませんか」


主君からの、命令であり、魂からの懇願。その言葉が、セレスティーナの頑なな心を揺さぶる。彼女は将軍としての仮面の下で、一人の騎士として深く葛藤していた。


「……ですが姫様、現状を打開する策がなければ、結果は同じです。我々は、同胞を見捨てて逃げることしか……」


セレスティーナが悔しそうに言うと、俺は彼女に問いかけた。


「セレスティーナ殿。帝国軍の最大の強みは何です? そして、それを無力化できれば、勝機は見えますか?」


俺の問いに、セレスティーナは驚いたように顔を上げたが、すぐに将軍の顔に戻り、即座に答えた。


「帝国の強みは、その統率された指揮系統と、山腹に設置された新型の魔導兵器『魔力投射機』です。あれがある限り、我々は近づくことすら叶わない。もし、奴らの視界を奪い、指揮系統を完全に麻痺させることができれば……」


彼女の戦術家としての言葉が、俺に最高のパスをくれた。


「その策が、俺にはあります。それは……」


セレスティーナは、そのあまりにも大胆で奇抜な発想に驚愕する。だが、卓越した指揮官である彼女は、その作戦が成功した場合、被害を最小限に抑えて目的を達成できる唯一の道であることを瞬時に理解した。


「……分かりました」


セレスティーナは、オリヴィア姫と、そして俺の顔を交互に見つめ、ついに決断を下す。


「オリヴィア様をここまで連れてきて頂いた、あなた方の力を信じましょう。ですが、人質の救出は、この私自身が率います。あなた方には、そのための道を切り拓いていただきたい」


こうして、二人の指導者の間で、固い同盟が結ばれた。


それは、絶望的な状況の中で生まれた、奇跡的な共闘の約束だった。作戦決行は、夜明け前。帝国軍が最も油断する、その一瞬を突く。


洞窟の中では、エルム公国の特殊部隊とドラグニア抵抗軍が、それぞれの役割を確認し、一つの目的に向けて静かに、しかし熱く、その牙を研ぎ澄ませていた。


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