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第7話:村の結束と微かな光

俺たちのゴブリンとの遭遇は、エルム村に重い現実を突きつけた。

それは単なるモンスターの活発化ではなく、未知の脅威がすぐそこまで迫っているという紛れもない事実だった。俺たちが持ち帰った情報は、ドルガン村長を通じて村全体に共有され、集会所は連日、不安と危機感を募らせた村人たちで溢れていた。


「まさか、ゴブリンがこれほどまでに……」


「あの紫の紋様は一体……何かの呪術か?」


「統率された動き……まるで誰かが操っているようだ」


ヘクターさんをはじめとする村の猟師たちからの報告も、状況の深刻さを裏付けていた。強化された個体の目撃例は後を絶たず、その行動範囲は着実に村へと近づいている。


「このままでは、村が襲われるのも時間の問題かもしれん」


「なんとしても、村を守り抜かねば……」


村人たちの声には悲壮な覚悟が滲む。ボルグのような若者は「やられる前にやるべきだ!」と討伐隊の編成を訴えるが、ヘクターさんや長老たちは「敵の全容が見えぬまま動くのは危険すぎる」と慎重な姿勢を崩さない。議論は紛糾し、確たる対策が見出せないまま時間が過ぎていく。


見かねた俺は、意を決して発言を求めた。


「村長、皆さん。守りを固めるという点について、一つ提案があります」


注目が集まる中、俺は前世の知識を元に、「堀」と「土塁」を組み合わせた防壁強化プランを図解しながら説明した。


「堀で敵の接近を阻み、土塁で物理的な防御力を高める。その上で柵を再建すれば、今の守りとは比較にならないほど堅牢になるはずです。時間はかかりますが、村の皆で力を合わせれば……」


俺の提案は、最初は半信半疑で受け止められた。だが、構造の合理性や効果を具体的に説明するうちに、徐々に村人たちの顔に期待の色が浮かび始めた。


「なるほど、確かに理に適っておるな」とゴードンさんが唸れば、「それなら我々にもできるかもしれん」とヘクターさんも頷く。


「しかし、レン殿、大掛かりな工事になるぞ」と村長が懸念を示すと、俺は付け加えた。


「もし役に立つなら、俺の魔法で作業を手伝えるかもしれません。土を動かしたり、固めたり……微力ですが」


俺の言葉に、集会所の空気が変わった。「おお!」「魔法が使えるなら心強い!」と声が上がる。カイルが少し得意げな顔をしている。


「よし、決まりじゃ!」村長が力強く宣言した。「レン殿の知恵と力を借り、村の総力を挙げて新たな防壁を築く! エルム村の底力を見せる時ぞ!」


村人たちの士気は上がり、村は一致団結してこの難局に立ち向かうことになった。



◇◇◇



翌日から、エルム村は防壁建設のために活気づいた。俺は村長から現場のまとめ役を任され、計画の立案から作業の指示まで、慣れないながらも前世の経験を活かして取り組んだ。


堀の掘削では、硬い岩盤に火の魔法の応用を使い、掘削作業の効率化を図った。さらに、土塁の構築作業を進める中で、俺は新たな魔法の必要性を感じていた。


(土を運んだり、固めたり……土の壁を作るだけではなく、もっと直接的に土を操作できれば、作業は格段に早くなるはずだ。さらに明確なイメージがあれば……)


俺はアリシアに教わった魔法の基礎理論を思い返し、集中力を高めた。体内のマナを引き出し、それを「土を動かす力」へと変換するイメージ。前世の物理法則や、重機が土を動かす光景などを参考に、イメージを頭の中で組み立てる。


祈るような気持ちで魔力を込め魔法を発動させると、足元の土が意思を持ったかのように盛り上がり、ゆっくりと浮遊し始めた!


「……できた!ただ、結構魔力消費が大きいな..」


周囲で作業していたカイルたちが「うおっ!」「土が浮いたぞ!」と驚きの声を上げる。


初めは小さな土の塊しか動かせなかったが、持ち前の豊富な魔力のおかげで、試行錯誤を繰り返すうちにコツを掴み、すぐに大量の土砂を運び、精密に積み上げ、そして強く圧縮することが可能になった。


この土魔法の覚醒は、防壁建設のスピードを飛躍的に向上させた。村人たちは、俺が魔法で巨大な岩を持ち上げたり、土塁を瞬時に固めたりする様子を見て、驚きと称賛の声を惜しまなかった。


「レンの魔法は、ただ火を出すだけじゃなかったんだな!」


「すごいぞ! これなら百人力だ!」


(よし! 火の魔法に加えて、土魔法も慣れてきたぞ!)


俺の持つ前世の元素や分子という科学的な知識が、魔法のイメージングを助け、結果として他の者よりも効率的に魔法を習得・運用できているのかもしれない。このアドバンテージは大きい。


数日がかりの共同作業の末、エルム村の周囲には、見違えるように堅牢な堀と土塁、そして強化された柵からなる防壁が完成した。村人たちは完成した防壁を前に歓声を上げ、互いの労をねぎらい合った。この工事を通じて、俺は名実ともにエルム村の一員として認められ、村の結束はより一層強まった。



◇◇◇



俺は村を守る壁が出来たものの、どこか釈然としなかった。この問題は、エルム村だけの問題ではない、もっと広範囲に及ぶ危機なのではないかという漠然とした予感が俺の中にはあった。


「村長、この森にはエルム村以外にも、他の村はないんですか?」


俺は尋ねた。


「このモンスターの異変は、もしかしたらエルム村だけの問題じゃないんじゃないかと……」


村長はレンの問いに、遠い目をして考え込むように顎髭を撫でた。


「ふむ……確かに、この森の奥にはいくつかの村がある。だがのう、レン。もう五年以上、他の村とはまったく交流ができていないのだ」


村長の言葉に、俺は目を見開いた。五年。それは想像以上に長い期間だった。


「モンスターの数が増え、森の奥深くは危険で近づけない。特に、エルム村の周辺だけでもこれほどの脅威なのだ。他の村との交易など、危険に見合うメリットがほとんどないのが現状でな……」


村長はさらに言葉を続けた。


「おおよその位置は把握しているつもりだが、五年も経てば森の道筋も大きく変わっているだろう。それに、モンスターの脅威がここまで増してしまっては、辿り着けるかどうかも定かではない。それに、森のどこかにはエルフの里があるという話も聞くが、エルフはそもそも人との関りを絶っており、こちらも交流はない……」


俺は村長の言葉に、事態の深刻さを改めて認識した。エルム村だけが孤立しているわけではなく、この広大な森の中の村々が、モンスターの脅威によってそれぞれ分断されている。そして、その分断こそが、今回の異変をさらに複雑にしているのかもしれない。



◇◇◇



気を取り直して、エルム村を守ることに集中することにした。村の「盾」はできた。次は「矛」だ。俺はゴブリンとの戦いを思い返し、新たな武器の必要性を痛感していた。石槍では、もはや力不足だ。


(槍も悪くないが、魔法との連携を考えると、やはり片手で扱える剣の方がいい。空いた手で術式を組んだり、魔道具を使ったりできる)


俺はゴードンさんの鍛冶場へ向かった。防壁建設で協力し合ったことで、彼との間には以前のような頑固な壁はなくなっていた。


「ゴードンさん、武器の相談があるんですが…俺に合う、片手剣を作ってほしいんですが、可能でしょうか?」


「ほう、剣か。槍はどうした? もう飽きたのか?」


「いや、槍も使うつもりですが、魔法と組み合わせるなら剣の方が都合がいいかと思いまして。それで、頼みがあるんですが……もし可能なら、俺の魔力を少しでも通しやすいような作りにできないでしょうか? 魔法の発動を補助するような……」


俺が恐る恐る提案すると、ゴードンさんは大きなため息をついた。


「魔法剣、だと? 小僧、また無茶を言う。そんなもんは、おとぎ話か、よほど特別な金属でもなけりゃ作れん代物じゃ。第一、魔法を通しやすい金属なんぞ、この辺りの鉱脈じゃ……」


ゴードンさんはそこまで言って、何かを思い出したように顎髭を捻った。


「……いや、待てよ。そういえば、昔掘り出した鉱石の中に、妙にマナに馴染みやすい性質を持つ鉄鉱石が少量だけあったはずじゃ。質はそれほど良くないが……。あれを柄に組み込めば、気休め程度にはなるかもしれんぞ」


(魔力に馴染みやすい鉄鉱石? )


ゴードンさんの職人の勘が言うなら、試してみる価値はあるかもしれない。


「本当ですか!? それでお願いできないでしょうか!」


「ふん、期待はするなよ。あくまで『もどき』じゃ。本格的な魔法剣には程遠い。……まあ、小僧の魔法が、鉄とどう反応するかも、ワシとしては興味がないわけではないがな」


どうやら、彼の研究心も刺激したらしい。俺は再び鍛冶作業を手伝うことになった。ゴードンさんは、魔力に馴染みやすいという鉄鉱石を慎重に選び出し、通常の鉄と混ぜ合わせながら鍛えていく。


その過程で、金属の性質とマナの親和性について、ドワーフならではの深い知識を語ってくれた。それは、俺がアリシアから学んだ魔法理論とはまた違う、実践的で興味深い話だった。


そして数日後、ついに俺の新しい剣が完成した。見た目はシンプルな片手剣だが、刀身は通常の鉄よりもわずかに青みがかった光沢を放っている。柄の部分には、俺が見つけた小さな魔石が巧みに埋め込まれていた。


「名を【魔鉄の剣】とでもしておくか。そこらの鉄剣よりは、お前の魔力を通しやすいはずじゃ。柄の魔石にマナを集中させれば、魔法の発動が少しは安定するかもしれん。過信するなよ」


ゴードンさんは、完成した剣を俺に手渡しながら言った。


俺は剣を受け取り、試しに魔力を流し込んでみる。すると、確かに以前の武器とは違う、スムーズなマナの流れを感じた。柄の魔石が淡く輝き、剣全体が俺の魔力に呼応しているようだ。


(すごい……! これなら!)


劇的な威力向上ではないかもしれない。だが、魔法と剣技を組み合わせる上で、この「魔力を通しやすい」という特性は大きな助けになるはずだ。


「ありがとうございます、ゴードンさん! 大切にします!」


「フン。せいぜい、そいつでゴブリンの一匹でも多く斬ることだな」


俺は新しい相棒を手に、鍛冶場を後にした。


アリシアとカイルも、それぞれの準備を着々と進めていた。アリシアは弓の性能を上げ、麻痺毒や煙幕効果を持つ特殊矢を完成させていた。カイルは自警団と共に、完成した防壁を使った実践的な防衛訓練を繰り返していた。


俺たち三人は、互いに連携を確認し合いながら、個々の能力を高めていた。



◇◇◇



村の守りは強化され、俺たちの準備も整いつつあった。だが、森からの報告は、依然として楽観を許さないものだった。


猟師たちの報告によれば、ゴブリンの集落は谷間の奥深くにあり、その規模は拡大の一途を辿っている。数は百を超える可能性もあり、強化個体も多数確認されているという。そして、最も憂慮すべき情報がもたらされた。


「……俺は見た。集落の中心に、ひときわデカい奴がいた。他のゴブリンどもが、そいつの周りに集まってた。まるで、将軍のようで……。あれはゴブリン・ジェネラルかもしれん」


ベテラン猟師のヘクターさんが、青ざめた顔でそう報告したのだ。


「ゴブリン・ジェネラルか。。」


その存在は、村に大きな動揺を与えた。ジェネラル一体が持つ戦闘能力と統率力は計り知れない。もし、そのジェネラルが百を超えるゴブリン軍団を率いて村に攻めてきたら……。想像するだけで、背筋が凍る思いだった。


「なぜ、ジェネラルまで……。この森で、一体何が起ころうとしているんじゃ……」


ドルガン村長が苦悩の表情で呟く。


俺は【マッピング】で得た地図を広げ、ゴブリン集落と、周辺の古代遺跡の位置関係を改めて確認する。集落がある谷間の奥には、やはり古い遺跡群が存在する。


(奴らの目的は、単なる村の襲撃ではない。あの遺跡……そこで何かをしようとしている? それとも……)



◇◇◇



夜。完成したばかりの土塁の上で、俺は新しく手に入れた【魔鉄の剣】の感触を確かめていた。魔力を流すと、柄の魔石が呼応し、刀身が淡い光を帯びる。まだ完全に使いこなせてはいないが、強力な武器になる可能性を感じさせた。


隣には、カイルとアリシアが立っている。彼らもまた、それぞれの武器を手に、ゴブリン集落があるであろう北東の空を睨んでいた。


「……備えはできた。あとは、奴らがいつ来るか、だな。来ると思うか?」


カイルの低い声が、夜の静寂に響く。


「来なければいいが......来たら、迎え撃つ。」


「私たち三人なら、そして村の皆となら、きっと勝てるよ」


アリシアが、強い意志を込めて言う。


「ああ」


俺は頷く。


「俺たちの村は、俺たちが守る」


新しい防壁。新しい武器。そして、深まった仲間との絆。脅威は増しているが、俺たちの力もまた、確実に増している。

俺は【魔鉄の剣】を鞘に納め、夜空を見上げた。星々が、まるで運命を囁くかのように瞬いていた。

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