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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章

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第65話:竜の子の目覚めと新たなる民

山賊の砦を制圧し、一時的な拠点としてから数日が過ぎた朝。砦の一室で、俺は仲間たちと今後の日程について話し合っていた。


クラウスを近場の町までカイルが送り届け体制を整えてもらうとともに、カイルが戻るまで俺たちはこの砦で待機し、救出した人々のケアと自らの休息に努めることになっている。


話題の中心は、もちろんフィーナのことだった。


彼女は、あの地下牢で人の姿に戻って以来、まるで普通の子供のように振る舞ってはいるものの、時折、ふとした瞬間に遠い目をして何かを思い出そうとしたり、自分の小さな手を見つめて戸惑ったりしていた。永い眠りと魔力封じの首輪の影響が、まだ完全には抜けていないのだろう。


「フィーナちゃん、最近は食事もたくさん食べるようになったし、顔色もずいぶん良くなったよね!」


アリシアが優しい目つきで言う。彼女は、この数日間、フィーナの世話を甲斐甲斐しく焼いていた。


「ええ。ですが、まだ魔力の流れが不安定なようですわ。」


ティアーナが、研究者としての冷静な視点で分析する。


そんな会話をしていると、部屋の扉が勢いよく開き、その張本人であるフィーナが、満面の笑みで飛び込んできた。その手には、砦の庭で見つけたのであろう、色とりどりの野の花が握られている。


「レン! 見て見て! きれいなお花!」


フィーナは一直線に俺の元へ駆け寄ってくると、得意げに花束を差し出した。その天真爛漫な笑顔は、この砦に漂う重い空気を一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの力を持っている。


「おお、本当だな。綺麗だ。アリシア、花瓶に飾ってやってもらえるか?」


「うん、任せて! フィーナちゃん、ありがとう。すごく綺麗ね!」


アリシアが優しくフィーナの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。


地下牢で目覚め助け出されて人の姿になってからは、記憶が曖昧で、自分が何者なのか、なぜ眠っていたのかも分からないながらも、俺にだけは絶対的な信頼を寄せ、子供のように懐いてくれている。


俺は、そんなフィーナを自分の隣に座らせると、ずっと気になっていたことを、できるだけ優しく尋ねてみることにした。


「フィーナ。少し、聞いてもいいか?」


「うん、なあに? レン」


フィーナは、こてんと首を傾げた。その青色の瞳が、純粋な好奇心で俺を見つめている。


「お前は、なぜ山賊たちに捕まっていたんだ? 何か、覚えていることはないか?」


俺の問いに、フィーナの笑顔が少しだけ曇った。彼女は、うーん、と唸りながら、必死に記憶の糸をたぐり寄せようとしているようだった。


「……わかんない」


しばらくして、彼女は力なく首を振った。


「……気がついたら、暗くて、寒くて……とっても怖い場所にいたの。それで、なんだかよく分からないうちに、あの鉄の棒がいっぱいの部屋に……。悪い人たちが、たくさんいた」


その言葉だけで、彼女がどれほど怖い思いをしたかが伝わってきて、胸が痛む。


「そうか……。無理に思い出さなくてもいい」


俺がそう言うと、フィーナは俺の服の袖をぎゅっと掴んだ。


「でもね、レン。一つだけ、覚えてることがあるの」


「なんだ?」


「あの人たちに捕まった時、逃げようとしたんだ。いつものみたいに、おっきくなって、空を飛んで。でもね、できなかったの」


彼女は、自分の首元にそっと手を当てた。


「あの、チクチクする首輪。あれをつけられたら、なんだか体から力が抜けちゃって……。いつもの自分になれなかった。だから、捕まっちゃったの」


魔力封じの首輪。あれがなければ、彼女が山賊ごときに捕まるはずもなかったのだ。


「……そうか。辛いことを思い出させて、すまなかったな」


俺がフィーナの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細め、そして、俺の体にすり寄ってきた。


「ううん、大丈夫! だって、レンが助けてくれたもん!」


彼女の体温が、服越しに伝わってくる。その温かさが、俺の心にじんわりと染み渡った。


(この子は、俺を信じてくれている。俺が、この子を守り、導いてやらなければ……)


「レンはね、温かい匂いがするから好き!」


その純粋で、無垢な言葉と信頼が、俺の心の中にある。俺は、この命を、この笑顔を、何があっても守り抜こうと、改めて心に誓った。



◇◇◇



アリシアは、フィーナの健康状態を優しく診察し、ティアーナはその特異な魔力に驚きと興味を隠せない。フィーナは、エルム公国の女性たちに囲まれ、少しずつ心を開いていった。


そして、ついにその日は訪れた。


クラウスを送り届けたカイルが砦に帰還。救出したドラグニアの民たちの体力も十分に回復し、彼らをエルム公国へと移送する準備が整ったのだ。


俺は、ストレージから転移門を取り出し、砦の中庭に設置した。星脈鋼で作られたフレームが、太陽光を反射して虹色に輝き、刻まれた魔力回路が静かに蒼い光を明滅させている。その神々しい姿に、ドラグニアの民たちは息を呑んだ。


エルム公国側では遠話の魔石で事前に連絡したドルガン補佐たちが待機し、受け入れ準備を万端に整えてくれているはずだ。俺は、門の脇に設置された制御台座に手を置き、ティアーナとアリシアに視線を送る。


「準備はいいか?」


「はい、レン!」


「ええ、いつでも!」


ゴゴゴ……と低い唸り声を上げ、門の内側の空間が、水面のように揺らめき始めた。そして、眩い光と共に、門の向こうに、見慣れたエルム公国の広場の景色が映し出された!


「おお……!」


「これが……転移の門……!」


ドラグニアの民たちから、驚嘆の声が上がる。


「さあ、皆さん、行きましょう。私たちの、新しい故郷へ」


オリヴィアとイリスの先導で、ドラグニアの民のエルム公国への移送が始まった。彼らは、不安と期待が入り混じった表情で、一人、また一人と光の門をくぐっていく。


俺は、最後に残ったアリシア、ティアーナ、そして俺の服の裾をしっかりと握りしめているフィーナと共に、門をくぐる準備をしていた。


握りしめられた小さな手を見て、フィーナが俺にここまで懐く理由……脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。龍覚者である俺の存在。フィーナに何らかの影響をもたらしているのではないだろうか。


「……今は、考える時じゃないな」


俺は仲間たちに向き直った。


「行くぞ。皆が待ってる」


俺たちは、光の門へと足を踏み入れた。



◇◇◇



門をくぐった先で俺たちが見たのは、ドルガン補佐をはじめとする、エルム公国の民たちの、満面の笑顔だった。


「ようこそ、エルム公国へ!」


「長旅、お疲れ様でした!」


広場には温かい食事の準備がされ、新しく建てられた居住区画が、彼らを待っていた。人間、エルフ、ドワーフ、獣人。多様な種族が、何の隔てもなく、新しい仲間たちを温かく迎え入れる。


その光景に、ドラグニアの民たちは、ただただ涙を流していた。絶望の果てにたどり着いたこの場所が、これほどまでに希望に満ち溢れているとは、誰も想像していなかったのだろう。


「すごい……! ここが、エルム公国……!」


フィーナが、初めて見る公国の風景に、目をキラキラと輝かせている。彼女は、すぐに村の子供たちの輪の中に駆け込んでいき、あっという間に打ち解けていた。その天真爛漫な姿に、俺たちの顔にも自然と笑みがこぼれる。


こうして、エルム公国は初めての、そして最も重要な大陸からの移民を受け入れた。それは、この国が、単なる辺境の村から、大陸の歴史に関わる多種族共存国家へと、大きな一歩を踏み出した瞬間だった。


俺は、仲間たちと共に、活気に満ちる広場の光景を見つめていた。

やるべきことは、まだ山積みだ。だが、今はただ、この達成感と、仲間たちとの絆を、心の底から噛みしめよう。


俺たちの物語は、まだ始まったばかりなのだから。

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