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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章:囚われの民と雷鳴の姫君 〜目覚める龍の紋章〜

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第62話:山賊砦の強襲

初めて人の血で濡れた俺たちの刃。それは、この大陸で生き抜いていくための、そして、多くの人々を守るための、避けられぬ洗礼だったのかもしれない。俺たちは、新たな決意と、そしてこれまでとは比較にならないほどの重い現実を胸に、山賊の砦へと向かって、再び歩き出した。


◇◇◇


街道を外れ、岩がちな山道へと分け入っていく。先程までの喧騒が嘘のように、周囲は不気味な静寂に包まれていた。時折吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえる。


先頭を行くカイルとイリスは、警戒を怠らずに周囲を睨み、オリヴィアもまた、王女としての気品を保ちながらも、その表情は硬い。俺も、マッピングで常に周囲の状況を探りながら、思考を巡らせていた。


だが、俺たちの隊列の後方、アリシアとティアーナの足取りは、ひどく重かった。


「……」


アリシアは、俯き、自分の手のひらをじっと見つめている。その小さな手は、これまで数えきれないほどの傷を癒し、命を救ってきたはずの、癒しの手だ。だが、今はどうだろう。先程の戦いで、彼女もまた弓を引き、人の命を奪うかもしれないという現実に直面した。その手が、微かに震えている。


(……これで、よかったのかな? あの人たちにも、もしかしたら家族がいたのかもしれない。帰りを待っている人が、いたのかもしれない……。でも、あのままだったら、私たちが……。分かってる。分かってるけど……)


彼女の心は、守るべき命と、奪ってしまったかもしれない命の狭間で、激しく揺れ動いていた。薬草師として、そして癒し手として、生命の尊さを誰よりも知っているからこそ、その痛みは深かった。


そんな彼女の葛藤に気づいたのだろう。隣を歩いていたティアーナが、静かに、しかし穏やかな声で話しかけた。


「……アリシアさん。辛いですか?」


その声に、アリシアはハッとしたように顔を上げた。ティアーナの深い青色の瞳は、全てを見透かすかのように、静かにアリシアを見つめている。


「ティアーナさん……。私……」


言葉に詰まるアリシアに、ティアーナは自らの胸の内を語り始めた。その声は、静かだが、鋼のような強い意志が貫かれていた。


「……私も、同じです。故郷を滅ぼしたあの魔術師と、彼が操る魔物を前にした時、私の心を満たしたのは、憎しみと復讐心だけでした。ですが、先程、山賊たちと対峙した時、私の心にあったのは、怒りだけではありませんでした。……悲しみ、です」


「悲しみ……?」


「ええ」とティアーナは頷いた。


「彼らもまた、この過酷な大陸で生きるために、ああするしかなかったのかもしれない。帝国の圧政がなければ、彼らもただの村人だったのかもしれない。そう思うと、彼らの命を奪うことに、喜びなど微塵も感じませんでした。ただ、やらなければならないという、冷たい義務感と、深い悲しみがあるだけです」


彼女は、そっと自分の左手の薬指にはめられた『月影石』の指輪に触れた。


「ですが、私はもう迷いません。私の故郷を滅ぼした者たちと同じ道を、私は決して歩まないと誓いましたから。私の戦いは、憎しみのためではありません。……レンが、あなたが、そしてエルム公国の皆が与えてくれた、この新しい日常と未来を守るためです。そのために刃を振るうのなら、私はどんな罪でも背負う覚悟です」


ティアーナの言葉は、アリシアの心に、静かに、しかし深く染み渡っていった。


そうだ、私たちは、憎しみのために戦うのではない。守るために、戦うのだ。


アリシアは、俯いていた顔を上げた。その緑色の瞳から、迷いの色が消える。彼女は、自分の左手の薬指に輝く『陽光石』の指輪を、ぎゅっと握りしめた。


「……ありがとう、ティアーナさん。私、目が覚めたよ」


アリシアは、深呼吸を一つすると、真っ直ぐに前を見据えた。


「私も、覚悟を決めなきゃ。レンが、お兄ちゃんが、皆が戦っているのに、私だけ怖がってちゃダメだよね。私のこの力は、皆を守るための力。そのために必要なら……私は、もう迷わない!」


二人の少女の間に、新たな、そしてより強固な絆が生まれた瞬間だった。彼女たちは、もうただ守られるだけの存在ではない。愛する者たちと共に戦い、その未来を自らの手で切り拓く覚悟を決めた、強く、そして優しい戦士だった。



◇◇◇



数時間後、俺たちはついに目的の砦が見える尾根まで到達した。


「……あれか」


眼下に広がるのは、岩山を削り、天然の地形を活かして築かれた、堅牢な石造りの砦だった。古びてはいるが、壁の厚さや、戦略的に配置された見張り台は、ただの山賊の根城と呼ぶにはあまりにも本格的だ。


「元々は、王国の辺境を守るための砦だったのでしょう。帝国との戦いで放棄された後、奴らが巣食ったようですわね」


オリヴィアが悔しそうに言う。


「厄介な場所に陣取ってやがるな。正面から行っても、壁の上から矢の雨だぜ」


カイルが舌打ちする。


「いや、正面から行く必要はない」


俺は、砦から少し離れた岩陰に皆を集めると、目を閉じて精神を集中させた。


「マッピング」


俺の意識が、肉体を離れて周囲の空間へと広がっていく。魔力の流れを辿り、大地の構造を読み解く。砦の石壁、内部の通路、部屋の配置、そして……そこに存在する生命の気配。その全てが、三次元の地図となって俺の脳裏に描き出されていく。


「見えたぞ。砦の構造は複雑だが、警備の配置には偏りがある。兵力のほとんどは、正面ゲートと主郭に集中している。裏手……崖に面した古い水路跡。そこは完全に忘れ去られているようだ。警備はいない」


俺は地面に、マッピングで得た砦の見取り図を木の枝で描き出した。


「……すごい。レンのその力、何度見てもすごいですわね」


ティアーナが、感嘆の息を漏らす。


「ありがとう。少しでもこの力でうまく進められればいいな……そして、人質は……地下牢だ。複数の生命反応がある。衰弱しているが、まだ生きている。だが……」


俺は言葉を濁した。


「どうしたの、レン?」


アリシアが心配そうに尋ねる。


「……一つだけ、奇妙な反応があるんだ。人間じゃない。だが、魔物のような禍々しい気配でもない。まるで、眠っている太陽のように、純粋で、強大で……そして、ひどく悲しんでいるような魔力の気配だ。それが、一番厳重な牢の中心にいる」


「眠っている太陽……?」


ティアーナが眉をひそめる。


「一体、何が……」


「分からない。だが、それも俺たちが確かめなければならないことだ。作戦を立てるぞ」


俺たちは、俺が描いた地図を囲み、囁き声で作戦会議を始めた。


「作戦はこうだ。陽動と潜入、二手に分かれる」


俺は、地図上の二点を指し示した。


「カイル、イリスさん。二人には、正面ゲートで派手に暴れてもらう。砦中の山賊の注意を、完全に引きつけてほしい。ただし、深入りは禁物だ。目的はあくまで陽動。危なくなったらすぐに引いてくれ」


「おう! 任せとけ!」


カイルが拳を鳴らす。


「どっちが多く倒せるか、競争だな、イリスさん!」


「ふっ……お手柔らかにお願いします、カイル殿」


イリスも、不敵な笑みを浮かべた。


「その隙に、俺とアリシア、ティアーナ、オリヴィアの四人で、裏手の水路から潜入する。目的は人質の救出。救出後、合図を送るから、それに合わせてカイルたちも砦から離脱。その後、全員でこの場所まで撤退する。いいな?」


「「「「了解!」」」」


仲間たちの顔に、再び闘志の光が宿る。俺たちはアイコンタクトで頷き合うと、それぞれの持ち場へと静かに散開した。



◇◇◇



「――さて、と。派手にいくぜええええっ!!」


砦の正面。カイルの雄叫びが、静かな山に響き渡った。彼は共鳴者としての力を解放し、盾を構えて砦の巨大な木製の門へと突進する!


「【シールドバッシュ】!!」


ゴォォォォン!!!


地響きのような轟音と共に、鉄で補強された門が内側へと大きく歪み、蝶番が悲鳴を上げる!


「な、何事だ!?」


「敵襲だーっ!!」


砦の壁の上から、山賊たちが慌てふためいて顔を出す。その彼らに、閃光のような一撃が襲いかかった。


「そこです!」


カイルの突撃と同時に、イリスが壁を駆け上がり、見張り台にいた弓兵たちを、流れるような剣技で一瞬にして斬り伏せる。彼女の剣は、まるで踊るように宙を舞い、山賊たちの命を的確に刈り取っていく。


「化け物だ! あの二人、人間じゃねえ!」


「撃て、撃てぇ! 何でもいいからブチ当てろ!」


山賊たちはパニックに陥りながらも、矢や石を雨のように降らせてくる。だが、その全てが、カイルの黄金色に輝く盾と、イリスの神業のような剣技の前に、無力に弾かれていった。砦の兵力のほとんどが、この二人の圧倒的な強さに釘付けになっていた。


陽動は、完璧に成功していた。



◇◇◇



その頃、俺たち潜入部隊は、砦の裏手、苔むした崖の中腹にひっそりと口を開ける、古い水路跡の前に立っていた。


「……すごい音。カイルたち、本当に派手にやってるな」


「ええ。これなら、こちらの侵入に気づかれる心配はなさそうですわね」


ティアーナが、懐から取り出した魔道具で、水路の奥に罠がないかを探知しながら言う。

「大丈夫です。単純な物理的な罠しかありません。私が解除します」


彼女は、銀線草の繊維で作られた細いワイヤーと、先端に魔石がついた特殊な工具を使い、音もなく、そして完璧に罠を解除していく。その手つきは、まるで精密な手術を行う外科医のようだった。


「よし、行くぞ」


俺たちは、ティアーナを先頭に、暗く湿った水路の中へと足を踏み入れた。中は狭く、時折滴り落ちてくる水滴の音だけが、不気味に響いている。


しばらく進むと、水路は行き止まりになっていた。だが、天井には鉄格子がはめ込まれた穴が開いている。おそらく、砦内部の貯水槽か、あるいは排水溝だろう。


「俺が上に出て、周囲の安全を確認する。皆はここで待機していてくれ」


俺は音もなく鉄格子を外し、するりと地上へ這い出した。そこは、砦の裏手にある、資材置き場のようだった。幸い、人影はない。


「クリアだ。上がってこい」


俺の合図で、アリシアたちが次々と上がってくる。俺たちは息を殺し、建物の影を縫うようにして、地下牢へと続く階段を目指した。途中、数人の見張りとすれ違ったが、俺の魔力感知と、一度も気づかれることなく進むことができた。


そして、ついに俺たちは、地下へと続く、重々しい鉄の扉の前にたどり着いた。


「この奥だ。人の気配がある」


俺の言葉に、仲間たちが頷く。ティアーナが再び魔道具を取り出し、複雑な構造の錠前を、これもまた音もなく解除していく。


ギィィ……と、錆びついた蝶番が軋む音を立てて、扉が開かれた。


地下牢は、薄暗く、カビ臭い空気が淀んでいた。壁に備え付けられた松明の頼りない光が、いくつもの牢をぼんやりと照らし出している。


最初の牢には、ボロボロの服を着た、数人の女性と子供たちが、恐怖に怯えながら寄り集まっていた。その服に施された刺繍は、紛れもなくドラグニア王国のものだった。オリヴィアが、息を呑むのが分かった。


隣の牢には、一人の男が鎖で壁に繋がれていた。高そうな服は破れ、顔には殴られたような痣がある。だが、その瞳の光は少しも失われておらず、俺たちの姿を認めると、驚きと、そして警戒の色を浮かべ、話しかけてきた。


「あんたたち、何者だ!? 山賊の仲間じゃないな!?」


男は、嗄れた声で、しかし切迫した様子で俺たちに呼びかけてきた。その声には、警戒よりも、藁にもすがるような希望の色が滲んでいる。


「そうだ。俺たちは、この砦を潰しに来た」


俺が短く答えると、男の顔がぱっと明るくなった。


「本当か! 頼む、俺のことは後でいい! それよりも、隣に捕らえられている者たちを先に助けてやってくれ!」


俺の問いに、男は、焦ったように続けた。


「ああ! ドラグニアから逃げてきたという女子供が、もう何日も食事も与えられずに……!どうか、彼女たちとを先に……!」


「分かった。必ず全員助け出すと約束する」


俺は男に敬意を表し、力強く頷いた。そして、ティアーナに視線で合図を送る。


「はい」


ティアーナは短く応じると、腰の道具袋から銀線草のワイヤーと先端に魔石がついた特殊な工具を取り出し、ドラグニアの民が囚われている牢の錠前へと向かう。


オリヴィアは彼女の背後を守るように立ち、アリシアは解放後すぐに治療ができるよう、薬草の入ったポーチの口を開けて待機する。地下牢の重苦しい空気の中、俺たちはそれぞれの役割を果たすべく、静かに動き始めた。


ティアーナが錠前と格闘する間、俺は松明を手に、この薄暗い地下牢のさらに奥を警戒することにした。カビと、血の錆びた匂いが混じり合った不快な空気が鼻をつく。壁は湿っており、どこからか絶えず水滴が滴り落ちる音が響いていた。


「レン、気をつけて」


アリシアが心配そうに声をかけてくる。俺は頷き、慎重に足を進めた。商人やドラグニアの民が囚われていた牢を通り過ぎ、通路は一番奥の、ひときわ頑丈そうな鉄格子がはめられた牢の前で行き止まりになっていた。


松明の光が、牢の内部をぼんやりと照らし出す。最初は、ただの岩か何かが転がっているようにしか見えなかった。だが、目が暗闇に慣れるにつれて、その「何か」が、ゆっくりと、そして苦しげに呼吸していることに気づく。


俺が松明で照らしたことで、俺たちは見てしまった。


「…………嘘……でしょう……?」


アリシアが、か細い声で呟いた。


牢の中央に横たわっていたのは、人間ではなかった。


馬ほどの大きさの、美しい、一頭の小さな竜。


その全身を覆う鱗は、淡く白に輝き、松明の光を反射して、真珠のように七色に光っている。その首には、禍々しい紫色のルーンが刻まれた、重々しい鉄の首輪がはめられ、その力を封じているようだった。竜は苦しげに息をしており、その閉じられた瞼が、時折ぴくりと震えている。


「竜……!? なぜ、こんな場所に……!」


ティアーナも、エルフとしての長い知識をもってしても、信じられないといった様子だ。


(これが……あの眠っている太陽のような魔力の正体か……!)


俺もまた、その神々しくも痛々しい姿に、言葉を失っていた。


「――そこまでだ、ネズミども」


背後から、冷たい声が響き渡った。


振り返ると、そこには山賊の頭目――顔に傷のある男が、手下たちを引き連れて立っていた。地下牢の唯一の出入り口である鉄の扉は、ゴウン、と重い音を立てて閉ざされる。退路は、断たれた。


「陽動ご苦労だったな。お前らの仲間が派手に暴れてくれたおかげで、本命のお前たちがここにいることが、よーく分かったってもんだ」


男は、勝ち誇ったように笑う。その目には、俺たちの行動が全てお見通しだったという、狡猾な光が宿っていた。


男は、檻の中の小さな竜を指さした。


「そいつは、裏の市場で高値で売れる、俺様の宝なんでな。取られちゃあ、困るぜ」


俺たちは、窮地に立たされていた。

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