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第6話:魔法の基礎と森の試練

エルム村での生活が始まってから、早いもので2週間が経った。


岩窟での孤独なサバイバル生活が嘘のように、今は温かい寝床があり、最低限とはいえ食事にありつけ、そして何より、言葉を交わせる仲間がいる。失って初めて気づいた「日常」のありがたみを、俺は日々噛みしめていた。


村の一員として認めてもらうため、また単純に身体を鈍らせないためにも、俺は積極的に村の仕事を手伝った。畑の世話、薪割り、力仕事。時にはカイルやベテラン猟師のヘクターさんたちの狩りに同行させてもらい、森の知識やモンスターとの立ち回り方を学んだ。どれも前世では縁のなかったことばかりだが、35年の人生経験(主にサラリーマンとしての根回しや学習能力)と、この世界で得た高い知力のおかげか、飲み込みは早い方だと自負している。


アリシアとカイルの兄妹とは、すっかり気心の知れた仲になっていた。


アリシアは持ち前の明るさで俺の精神的な支えになってくれ、カイルとは、最初の頃の刺々しさが嘘のように、今では訓練場で剣と盾、槍で手合わせをしたり、狩りの反省会で(主に俺が)ダメ出しをされたり、軽口を叩き合ったりする仲だ。見た目は同い年くらいということもあり、彼との他愛ないやり取りは、俺にとって貴重な息抜きになっていた。


村人たちの俺を見る目も、最初の頃の警戒心や好奇心から、徐々に「村の若者の一人」としての親しみが含まれるようになってきたように思う。もちろん、ボルグのように未だに俺を「よそ者」「得体の知れない奴」として敵視してくる輩もいるが、全体的に見れば、俺はこのエルム村に自分の居場所を見つけつつあった。


そんな生活を送りながらも、俺は日々の生活と自身の強化に励んでいた。カイルとの訓練もあるが、特に力を入れていたのが、魔法の練習だ。この世界にきて初めて触れた魔法、特に攻撃の要となる魔法は、使いこなせるようになりたかった。そこで、空いた時間にアリシアに魔法の基礎を教わることにした。


「じゃあ、レン。私も、おばあちゃん(エマ婆さんのことだ)から少しだけ教わっただけだから、うまく教えられるかわからないけど...魔法について教えてあげるね?」


アリシアはそう言って、広々とした村の空き地の岩に腰掛けた。俺は、これまで魔法に興味津々だったこともあり、ごくりと唾を飲む。


「まずは、魔力について。」


アリシアは手のひらを俺に向け、ゆっくりと開いてみせた。すると、彼女の掌から淡い光の粒がふわりと舞い上がり、空気に溶けていく。


「私たちは、生まれた時に魔力を持っている人と持っていない人がいるんだ。だから全員が魔法を使えるわけじゃないんだよ?」


「そうなのか…じゃあ、俺は魔法が使えない可能性があるのか…」


俺は自分の掌を見つめる


「大丈夫、大丈夫!レンは魔力を持ってそうだよ!だって、私でもレンの魔力を感じられるからね。」


俺はその言葉を聞いてホッとする。いきなり魔法を使えないという状態は避けられたようだ。特別な力……。ただ、この森に来てから、体の内側から湧き上がるような、不思議な感覚に何度か襲われた。それが魔力なのだろうか。


「じゃあ、まずは…目を閉じて、森の息吹を感じてみようか。風のささやき、草木のざわめき、土の温もり。そのすべてに、魔力が宿っているんだよ。レンもその一部なんだなって、考えてみて。」


アリシアの言葉に従い、俺はそっと目を閉じた。森の匂いが鼻腔をくすぐり、鳥のさえずりが遠くで聞こえる。意識を集中すると、体の内側からじんわりと温かいものが広がる感覚があった。それは、これまで感じたことのない、しかしどこか懐かしいような不思議な感覚だった。


「そう……その感覚を掴むと、レンの中に眠る魔力の源を、意識の力で呼び起こしてみて。」


アリシアの声が、俺の意識の奥底に響く。温かい感覚は徐々に熱を帯び、やがて体の中心から全身へと駆け巡った。すると、閉じた視界の奥に、淡い光が瞬いた。


「よしっ、じゃあ、目を開けてみて」


言われて目を開けると、俺の目の前には、手のひらから淡い光を放つアリシアの姿があった。そして、自分の両手からも、ごく微かながら光が漏れていることに気づいた。


「すごい……これが、魔力」


俺は驚きと感動がないまぜになった声で呟いた。


「フフ、上出来だね!それが、レンがこれから扱う魔法の第一歩だよ」


アリシアは満足げに頷いた。


「まず、魔法を使うために一番大切なのが今、認識できた魔力だよ。それはレンの体の中にある魔力のこと。でも、魔力は空気中とか、地面とか、世界中に満ちているんだ」


(なるほど。体内の魔力と自然の魔力か..)


「そして、マナには基本的に8つの属性があるって言われてるよ。火、水、風、土、光、闇、雷、そして無。無はちょっと特別で、生命とか時間に関わる力なんだって」


「人はそれぞれ、得意な属性……属性適性っていうのがあることが多いんだ。レンの場合は..ちょっと調べてみようか?」


アリシアはそう言うと、近くにあった水差しから盃に水を注ぎ、俺に差し出した。


「この水に、少しだけ魔力を込めてみてくれる?」


「こうか?」


俺が言われた通り、水に意識を集中し、魔力を微量流し込むイメージをすると、水面が虹色に光った後、ほんのりと赤みがかったように見えた。


「え、最初虹色になった気がしたけど、、うーん、でも水が少しだけ温かくなって、赤っぽく見える....ような?レンは火の属性適性が高いのかもね! 逆に、私の場合は……」


アリシアが同じように水に魔力を込めると、水面が淡い白色に輝き、小さな光の粒が浮かび上がった。


「私は光属性……光の力との相性が良いみたいなの。」


(属性適性か……。カイルはどうなんだろうな? あいつは魔法苦手そうだが)


「次に大事なのが、魔法をどうやって発動させるか、なんだけど……」


アリシアは続ける。


「正式な魔法の使い方は、まず、体の中の魔力を感じて、それを自分の意思で引き出す。そして、頭の中で術式というか魔法のイメージを正確に組み立てて、マナをその形に流し込む。最後に、必要に応じて詠唱で術式を起動させて、魔法を発動させる……っていう流れ」


(術式構築と詠唱……! やっぱり、そういうプロセスが必要なのか)


「まず、魔法の基本はやっぱり魔力の操作。体の中の魔力と、外にある自然の魔力を感じて、それを自分の思うように動かす練習が大事なんだって」


アリシアはそう言うと、目を閉じて集中し、手のひらに小さな白色の光――光属性のマナを集めてみせた。


「すごいな……」


「ふふん。これくらいなら、私でもできるよ。レンもやってみて。まずは、自分の体の中のマナの流れを感じるところから」


俺は言われた通りに目を閉じ、意識を内側に向ける。最初は何も感じなかったが、集中を続けるうちに、血液の流れとは違う、温かいエネルギーのようなものが体内を循環しているのが、感じ取れるようになってきた。


次に、その流れを意識的に操作し、右手の手のひらに集めるイメージ。これも最初は難しかったが、30分ほど試行錯誤するうちに、手のひらが微かに熱を帯び、淡い赤い光がうっすらと灯るようになった。


「できた! レン、すごい! 私、これができるようになるまで三日もかかったのに!」


アリシアが目を輝かせて褒めてくれる。どうやら俺には、魔力操作の才能もそれなりにあるらしい。


「次に、術式と詠唱ね。簡単な魔法で練習してみよう。例えば……【小火(プチファイア)】」


アリシアは羊皮紙に、いくつかの線と点が組み合わさった、非常にシンプルな図形を描いた。


「これが【小火】の術式イメージ。火のマナを、こういう風に循環させて、一点に集中させる感じ。そして、詠唱は『燃えよ、小さき炎』。古代語だと“Ignis Minor(イグニス・ミノル)”って言うんだけど、小さい火のイメージがしっかりしていれば大丈夫だよ。」


俺はアリシアに教わった通り、術式を頭の中で正確にイメージし、マナを流し込み、そして詠唱する。


「燃えよ、小さき炎――【小火(プチファイア)】!」


ポッ、と指先に、蝋燭の炎ほどの小さな火が灯った。小さな炎だ。だが、これは俺が、火打石などのに頼らず、自分の魔力で発動させた初めての魔法だった。


「やった……! できたぞ!」


「うん! すごいよ、レン! やっぱり才能あるんだね!」


アリシアと二人で手を取り合って喜ぶ。この感覚を掴めば、もっと強力な魔法も使えるようになるかもしれない。自分で新しい魔法を作れるかもしれない。希望の光が見えてきた気がした。


「最後に1つ、魔法を発動させるとき今回は詠唱したけど、魔法のイメージできていれば詠唱は不要なんだよ。詠唱はあくまで魔法のイメージがより確かなものにするためなんだ。だから、基本的に無詠唱でも魔法は使用可能だよ。」


「そうなのか!じゃあ無詠唱のほうがいいような気もするが.......そこらへんはどうなんだ?」


「魔法を教える人の方針が大きいらしいよ。やっぱり詠唱したほうがイメージが固まって魔法の効果が大きくなる人もいるみたい。イメージできてればいいんだけど......だから詠唱に関しては、詠唱文も人それぞれなんだって。」


「ありがとう、アリシア! これからも先生役、頼む!」


「うん、任せて! その代わり、今度森に行く時、護衛お願いね?」


「はは、お安い御用だ」


俺たちは笑い合った。

心強い味方ができたことに、俺は改めて感謝した。


初めての魔法。それは、俺にとって、新たな世界の扉が開かれた瞬間だった。



◇◇◇



魔法の基礎を学び始め、戦闘でも使えるレベルに上達してきた頃、カイルとアリシアと俺の三人でパーティーを組み、本格的な森の探索に出ることになった。村長に相談したところ、村の周囲という条件が付いたものの、許可も得られた。食料や素材、薬草の収集にもなるし、人手不足の村には願ったりかなったりだったようである。


それに加え、活発化するゴブリンの動向調査、俺自身のレベルアップと戦闘経験、そして何より、三人での連携強化だ。


「いいか、レン。お前は魔法使いなんだから、前に出るなよ。俺が盾になる。アリシアは後方から弓で援護と、回復役だ」


森へ入る前、カイルがいつになく真剣な表情で指示を出す。彼は俺の魔法の潜在能力を認めつつも、その危うさ(というか、俺自身の戦闘経験の浅さ)を理解しており、典型的な前衛・後衛の陣形を取りたかったようだ。


「分かってる。基本は後方から槍と魔法で援護する」


「うん、私もレンとカイルお兄ちゃんをしっかりサポートするから!」


アリシアも弓と、腰に下げた回復薬の入ったポーチを確認しながら頷く。


こうして、前衛タンク兼物理アタッカーのカイル(剣と盾)、後衛ヒーラー兼遠距離アタッカーのアリシア(弓と回復薬)、そして中~後衛の魔法アタッカー兼サブアタッカーの俺(槍と魔法)という、役割分担のはっきりしたパーティーが結成された。


森の中を進む。周囲の気配を探る。カイルは盾を構え、先頭で警戒し、アリシアは弓を手に、後方から左右をカバーする。自然と連携が取れている。


しばらく進むと、早速モンスターの気配を感知した。


「前方、茂みの奥に三匹。弱い魔力反応……おそらくゴブリンだ」


「よし、やるぞ! 俺が前に出る!」


カイルが短く指示を出し、盾を構えて茂みへと突っ込む。俺とアリシアもそれに続く。


「グギャッ!?」


茂みから飛び出してきたのは、やはりゴブリンだった。奇襲を受けた形になったが、すぐに体勢を立て直し、棍棒を振りかざしてカイルに襲いかかる。


ガキンッ!


カイルは冷静に盾で棍棒を受け止め、剣でカウンターを狙う。しかし、ゴブリンは素早く身をかわし、距離を取った。


「チッ、動きだけはいいな!」


カイルが舌打ちする。そこへ、俺が魔法で援護する。


「アリシア、右のやつを頼む! 【ファイアボール】!」


俺は練習の成果を見せるべく、火魔法を放つ。火球はカイルと対峙するゴブリンの足元で炸裂し、その動きを一瞬止めた。


「ナイスだ、レン!」


カイルはその隙を見逃さず、剣でゴブリンの首を刎ねた。


ヒュンッ!


ほぼ同時に、アリシアの放った矢が、右側から回り込もうとしていたゴブリンの額を正確に射抜いた。


残るは一体。完全に怯えて逃げ腰になっているゴブリンを、俺が槍で仕留めて戦闘は終了した。


「ふぅ、やったね!」


「ああ。なかなか良い連携だったんじゃないか?」


「……まあまあだな」


カイルは素っ気なく言うが、その口元は少し緩んでいる。三人での連携戦闘は、これまでの訓練により上々の滑り出しだった。


その後も、俺たちは何度かモンスターとの戦闘を経験した。巨大な蜘蛛、猪のような突進型のモンスター、空を飛ぶ小型の翼竜もどき。敵に合わせて陣形を変え、互いのスキルと能力を活かしながら戦うことで、着実に連携の精度を高めていった。カイルの安定した防御と前線維持能力、アリシアの正確な射撃と回復支援、そして俺の魔法による攻撃と状況に応じたサポート。三人の歯車が、噛み合い始めているのを感じた。



◇◇◇



「はぁ……はぁ……」


俺は村の隣の浅い森で一人、額に汗を浮かべていた。


手のひらには、野球ボールほどの大きさのファイアボールがゆらめいている。アリシアの指導のおかげで、もはやファイアボールを放つことは難しいことではなかった。


それどころか、足元には、数日前に練習してようやく形になった、彼の背丈ほどもある土の壁がそそり立っていた。土魔法はファイアボールとは全く異なる感覚だったが、粘り強く練習した結果、地面から土を隆起させることも可能になったのだ。


(もっと、何かできるはずだ……)


俺は目を閉じ、自身の内に渦巻く魔力に意識を集中する。ファイアボールを放つ感覚も、土の壁を築く感覚もすでに掴んでいたが、彼はその先の、まだ見ぬ魔力の可能性を探ろうとしていた。周囲の風の音、木の葉の擦れる音、土の匂い……それらすべてが、徐々に彼の意識から遠ざかっていく。代わりに、彼自身の内部から、そして森全体から微かに立ち上る、魔力の波動を感じ取ろうと試みる。



◇◇◇



数日後、いつものように訓練している俺の元へ、アリシアがやってきた。


「レン、またそんなところで何してるの?もうファイアボールなんて、私より上手くなってるんだから」


アリシアはそう言いながら、俺が作ったファイアボールを眺めた。


ファイアボールは、アリシアが教えた時よりも、はるかに大きく、そして熱を帯びていた。さらに彼女は、俺の足元にある土の壁に気づき、目を丸くした。


「それに、その土の壁!いつの間にこんなものまで作れるようになったの?」


「ありがとう、アリシア。でも、それだけじゃなくて、もっと魔力の感覚を深めたいんだ」


俺は自分の手のひらからファイアボールを消し、土の壁も地面に還し、再び目を閉じた。アリシアは俺の隣に座り、訓練を見守っていた。しかし、魔力に集中するたびに、俺から放たれる圧倒的な魔力の奔流に、アリシアは改めて驚愕する。


「レン……やっぱり、あなたの魔力量は尋常じゃないわ」


アリシアの声は、驚きに染まっていた。


「そんなことないよ。アリシアが教えてくれたおかげさ」


俺は目を開け、アリシアに微笑みかけた。


「違うの!初めて会った時もすごいと思ったけど、今じゃあの時の比じゃないくらい、魔力が膨れ上がってるわ!私のお母さんも魔法使えるけど、これほどの魔力を持っている人には会ったことがないって言ってたわよ」


アリシアの言葉に、俺は半信半疑だったが、彼女の真剣な表情を見て、自分の魔力が並外れたものであるかもしれないと思った。俺の体内には、計り知れない莫大な魔力が渦巻いているのかもしれない。


アリシアは大きく息を吐いた。


「でも、これほどの魔力があれば、きっとレンは、誰も使ったことのないような魔法を開発できるかもね。楽しみだわ!」


アリシアの言葉に俺は、自身の内に秘められたこの膨大な魔力を使いこなし、ファイアボールや土の壁のような実践的な魔法を超え、より根源的な魔力の探求へと足を踏み入れる楽しさを知るのだった。



◇◇◇



俺はアリシアの言葉を受けて、自身の魔力に対する意識をより一層深めた。そして、自身が持つ膨大な魔力を使い、周囲の空間から魔力を「読み取る」新たな方法を模索し始めた。


最初はただ漠然とした「何か」としてしか感じられなかった。しかし、何度も、何度も、諦めずに繰り返すうちに、意識の中に微かな変化が訪れる。


(……これは、空気中の魔力……?いや、もっと広範囲に……)


意識が、自身の肉体の境界を越えて、周囲の空間へと広がっていくような感覚。まるで、目に見えない糸が周囲に張り巡らされ、その糸を通して森の気配を掴むような……そんなイメージだった。


「これだ……!」


目を開くと、俺の視界には確かに森が広がっている。だが、以前とは少し違う。それぞれの木々が、地面が、微かな光を放っているように見える。それは、意識が捉えた魔力の残像だった。


この新しい感覚に、俺は「魔力探知」という名をつけた。


さらに数日、俺はこの魔力探知の感覚を磨き続けた。そしてある時、新たな試みに出る。探知した魔力の情報を、頭の中に留めるだけでなく、形として認識できないかと模索し始めたのだ。


(魔力の流れを辿れば、地形が分かるはず……)


俺は、目を閉じて魔力探知を行い、自身の周囲の魔力の密度や流れを意識する。そして、それを頭の中で具体的な形として組み立てていく。最初はぼやけていたイメージが、徐々に鮮明になり、まるで地図のように意識の中に浮かび上がってくる。


「これは……すごい……」


目を開くと、脳裏には、先ほどまで意識の中で描いていた森の地形が、まるで鳥瞰図のように広がっていた。木の配置、地面の起伏、遠くを流れる小川の形までが、正確に読み取れている。


この、魔力探知で得た情報を元に、周囲の空間を地図として認識する能力を、俺は「マッピング」と呼ぶことにした。


この魔力探知とマッピングがあれば、この広大な森のどこへでも、安全に進んでいける。そして、きっと、まだ見ぬ未知の世界へと辿り着くことができるだろうと。



◇◇◇



俺が村に戻ると、ちょうど広場でカイルが木彫りの茶碗を削っていた。彼の隣には、使い込まれた木製の盾が立てかけられている。


「よお、レン!訓練か?」


カイルが声をかけてきた。


「ああ、カイル。ちょっとね」


「お前も相変わらずだな。最近、妙に森の奥の方に行ってるみたいだけど、なんかあったのか?」


カイルが尋ねた。


「うん、実は……。新しい魔法を、開発したんだ」


俺は少し躊躇しながらも、カイルに話した。


「新しい魔法?なんだそれ?」


カイルは興味津々といった様子で、削っていた木彫りの茶碗を置いた。


「えっと、なんて言えばいいか……俺、目をつむっても、この周りの地形がわかるようになったんだ。例えば、今カイルの隣に倒れてる木、あれも正確に場所がわかる」


俺は、カイルが今座っている場所から少し離れたところに倒れている大きな木を指差した。カイルは目を見開いてその木を見てから、俺の顔をまじまじと見つめた。


「マジかよ、レン!それって、まさか……魔力探知とか、そんなレベルの話じゃねぇだろ?」


「うん、正確には、魔力探知で見つけた情報を、頭の中で地図にする感じかな。俺はマッピングって呼んでるんだけど」


俺はそう言うと、頭の中で村の地図を鮮明に思い描いた。まだわかる範囲は村一つ分くらいだが、道行く人々の微かな魔力の気配、村の家々の配置が、まるで俯瞰しているかのように見えた。


「マッピング……すげぇな、レン!それがあれば、森で獲物を探すのも楽になるんじゃないか?俺、いつも獲物の足跡を辿って苦労してるんだ」


カイルは興奮して立ち上がった。狩りは彼の得意分野であり、レンの新しい能力がどれほど役立つかをすぐに理解したのだ。


「ああ、そうだな。確かに、これがあれば獲物の居場所も分かりやすくなるかもしれない」


俺もその可能性に気づき、目を輝かせた。


「そういや、レンのファイアボールもすごい威力になってるってアリシアが言ってたな。それに、土魔法まで使えるようになってるらしいじゃん。とんでもねぇな、お前!」


カイルは俺の肩を叩きながら笑った。


「カイルも最近、ちょっと魔法の練習してるんだろ?」


俺が尋ねると、カイルは少し照れくさそうに、立てかけてあった盾を手に取った。


「ああ。まぁ、まだ大したことないんだけどさ。ほら」


カイルはそう言うと、盾を前に構え、意識を集中した。すると、盾の表面に微かな風の膜のようなものが形成され、風が薄く巻き付いた。それはすぐに消えてしまったが、確かに魔力の痕跡があった。


「へえ、風の魔法か」


俺は感心した。


「そうなんだ。あんまり長くは持たないし、威力もないけど、これでも衝撃をちょっとだけ和らげられるんだ。まぁ、まだ未発達で、実戦で使えるレベルじゃないけどさ。お袋が言ってたんだ。『お前は風の魔力に適性がある』って。だから、俺はこれを使って、防御を強化したいんだ」


カイルはそう言って、少し得意げに、しかしどこか不満げな表情を浮かべた。彼の言葉の端々には、もっと力をつけたいという思いが滲んでいた。


「すごいじゃないか、カイル!それだけでも、いざって時に役立つだろ」


俺が素直に褒めると、カイルは嬉しそうに笑った。


「だろ?だからさ、今度、俺と一緒に狩りに行こうぜ!お前のそのマッピングってやつ、どれくらい使えるのか試してみたいしさ!それに、もし何かあったら、俺のこの魔法で少しはレンを守れるかもしれないしな!」


カイルは、俺の肩を軽く叩きながら言った。彼の顔には、新たな狩りへの期待が満ち溢れていた。


「うん!いいよ!ぜひ行こう!きっと、今までよりもっとたくさんの獲物を見つけられるはずだ!」


俺は笑顔で頷いた。アリシアに指摘された自身の圧倒的な魔力量、新しく開発した魔力探知とマッピングの能力、そしてカイルの風の魔法。それらを試す絶好の機会だと感じたのだ。俺の探求の旅は、新たな仲間との協力によって、さらに広がりを見せようとしていた。



◇◇◇



「……おい、レン。最近、森の様子がおかしいと思わないか?」


ある日の訓練の後、汗を拭いながらカイルが真剣な顔で話しかけてきた。彼の隣では、アリシアも心配そうに頷いている。


「森の様子?」


「ああ。ヘクターさんたちも言ってるんだが、ここ最近、ゴブリンの目撃情報が異常に増えてる。それも、村のかなり近くまで来ているらしい」


確かに、最近、森の中で感じる雰囲気が、以前よりもどこか淀んでいるというか、不穏な気配を帯びているような気がしていたのだ。


「ただ数が増えただけじゃない。妙に統率が取れていたり、異常に体格が良くて凶暴な個体もいるそうだ。中には……体に奇妙な模様が描かれている奴もいたとか」


「模様……?」


俺は眉をひそめた。ここ3か月、ゴブリンなどの魔物を倒してきたが、模様があった魔物はいなかった。


漠然とした不安が胸をよぎる。いずれにせよ、この穏やかな日常が、いつまでも続く保証はない。俺は、自分自身を、そしてこの村を守るために、もっと強くならなければならないと感じていた。


毎日村の周囲の探索を行い始め、数日が経過した頃、俺たちは森の少し開けた場所で休憩を取っていた。干し肉と水だけの簡単な昼食だ。


「しかし、妙だな……」


カイルが、険しい顔で周囲を見回しながら言った。


「ゴブリンの数は確かに多いが……村で聞いたような、『異常に強い個体』ってやつにはまだ遭遇しない」


「うん……。それに、奇妙な『模様』のあるゴブリンも見てないね」


アリシアも同意する。今のところ、特筆すべき強力な個体の気配は感じられない。


(報告は大袈裟だったのか? それとも、場所が違うのか……?)


そんなことを考えていた、まさにその時だった。


ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。


「……っ!? この気配は……!」


複数の、そして明らかにこれまでとは異質な魔力反応を捉えたのだ。数は五。場所は……近い! すぐそこだ!


「敵襲! 五匹来るぞ!」


俺が叫ぶのとほぼ同時に、周囲の茂みから黒い影が飛び出してきた。


「グルォォォォッ!!」


それは、ゴブリンだった。だが、俺たちが知っているゴブリンとはまるで違う。身長はカイルよりも高く、筋骨隆々とした体躯。濁った緑色の肌には、禍々しい紫色の幾何学的な紋様がいくつも描かれている。手にした武器も、錆びた棍棒などではなく、鋭利な刃を持つ歪な形状の戦斧だ。その目には、知性のかけらもない、純粋な凶暴性と破壊衝動が宿っている。


(こいつらが……ゴブリン!)


「くそっ! やっぱりいやがったか! アリシア、下がってろ! レン、援護を頼む!」


カイルが即座に盾を構え、前に出る。アリシアも顔面蒼白になりながら、弓を構える。


俺も鉄槍を構え、魔力を練り上げる。


「了解! まず数を減らす!」


俺は一番手前にいた強化ゴブリンに狙いを定め、槍を突き出す。同時に、アリシアの矢も放たれた。


しかし――


ガギンッ!


俺の槍は、強化ゴブリンが振るった戦斧によって容易く弾かれた。鉄製の穂先が、鈍い音を立てて欠ける。アリシアの矢も、その分厚い筋肉に阻まれ、浅く突き刺さっただけだった。


「なっ……硬い!?」


カイルが驚愕の声を上げる。彼が盾で受け止めた強化ゴブリンの戦斧の一撃は、重々しい音を立てて盾を軋ませ、カイルの体勢を大きく崩した。


「ぐっ……重い……!」


まずい。個々の戦闘能力が違いすぎる。奇襲も通用せず、正面からのぶつかり合いでは勝ち目がないかもしれない。


強化ゴブリンたちは、嘲笑うかのように、じりじりと距離を詰めてくる。その紫色の紋様が、不気味に脈打っているように見えた。


「アリシア! 回復を!」


カイルが叫ぶ。彼は既に腕から血を流していた。盾で受けきれなかった衝撃が伝わったらしい。


「うん!」


アリシアが魔法で回復させようとするが、別の強化ゴブリンがそれを妨害するように襲いかかる。


「させない!」


俺はアリシアの前に立ちはだかり、槍でゴブリンの戦斧を受け止める。凄まじい衝撃。腕が痺れる。


(くそっ、どうすれば……! このままじゃ、全滅だ……!)


焦りが募る。仲間が傷つき、敵の強さは予想以上。絶望的な状況。その時、俺の中で何かが弾けた。それは怒りか、恐怖か、あるいは仲間を守りたいという強い想いか。


右手の甲の龍の紋様が、灼けるような熱を発した。


「――うおおおおおおっ!!」


俺は、自分でも意図しない叫び声を上げていた。体の中から、抑えきれないほどの膨大な魔力が溢れ出す。視界が赤く染まるような感覚。


ゴォォォォォォッ!!


まるで龍が炎を吐くかのように、巨大な灼熱の奔流が俺の右手から放たれ、目の前にいた強化ゴブリンを、そしてその後ろにいたもう一体をも一瞬で飲み込んだ。


「グギャアアアアアアアアアア!?」


断末魔の悲鳴すら残せず、四匹のゴブリンは跡形もなく蒸発した。


「「…………え?」」


カイルとアリシアが、呆然とその光景を見ている。俺自身も、自分の右手が引き起こした現象に戦慄していた。


(なんだ……今の力は……!?)


紋様の熱は急速に冷めていくが、代わりに激しい疲労感と、魔力がほぼ空になったことによる虚脱感が襲ってくる。立っているのがやっとだ。


残りのゴブリン一匹も、今の圧倒的な破壊力を目の当たりにして完全に怯んでいた。その隙を、カイルは見逃さなかった。


「……今だ! うおおおっ!」


彼は負傷した腕の痛みも忘れ、雄叫びを上げて突進。怯えるゴブリンを、怒涛の勢いで斬り伏せた。


「……はぁ、はぁ……終わった、のか……?」


カイルも膝に手をつき、荒い息を吐いている。


静寂が戻った戦場で、俺たちはしばし言葉を失っていた。



◇◇◇



「……レン、今の、は……?」


最初に口を開いたのはアリシアだった。彼女の声は震えている。


「……分からない。俺にも、何が起こったのか……」


俺は力なく首を振ることしかできなかった。右手の紋様は、今はもう熱を発していない。


カイルも、複雑な表情で俺の右手を見つめている。彼の目には、驚きと、畏怖と、そして少しの疑念が混じっているように見えた。


俺たちは、カイルが倒したゴブリンの死体を改めて調べた。やはり、紫色の奇妙な紋様が描かれている。


俺は、さっきの力の奔流と、右手の紋様の輝きを思い返していた。あれは、単なる魔法によるものではない。もっと根源的な、俺の中に眠る何か……。手の甲にある龍の紋様。これらが関係しているのは間違いないだろう。


だが、今はそれを深く考えている場合ではない。俺たちは疲労困憊しており、魔力もほとんどない。早く安全な場所に戻る必要があった。


「……とにかく、村に戻ろう。村長に報告しないと」


俺の言葉に、カイルとアリシアも黙って頷いた。


帰り道、三人の間に重い沈黙が流れた。今日の戦闘は、俺たちに多くの課題と、そして大きな謎を残した。強化ゴブリンという新たな脅威、そして、俺自身の未知の力……。


村に戻り、ドルガン村長に事の次第を報告すると、村長は厳しい顔で腕を組んだ。


「強化されたゴブリン……それも、奇妙な紋様を持つ個体か。やはり、ただ事ではないようじゃな。レン殿、君のその力についても、気になることはあるが……今は、村の危機を乗り越えるのが先決じゃ」


村長の言葉は重い。エルム村に迫る脅威は、俺たちが考えている以上に深刻なのかもしれない。



◇◇◇



その夜、俺は借りている家のベッドの上で、今日の出来事を何度も反芻していた。魔法の基礎を学び、仲間との連携を深めた喜び。しかし、それを吹き飛ばすほどの強化ゴブリンの脅威と、自身の力の暴走。


(もっと強くならなければ……。魔法の知識も、戦闘技術も、そしてこの力の制御も……)


アリシアに借りた、羊皮紙に手書きされた魔法の入門書を開く。そこには、魔力の循環、術式の基本構造、簡単な詠唱の例などが、彼女の丁寧な字で記されていた。


(まずは、ここからだ。一歩ずつ、確実に)


俺はランプの灯りの下、魔力操作の基礎訓練を始めた。体内のマナの流れを感じ、それを指先に集中させる。地味だが、重要な訓練だ。


窓の外では、静かな夜が更けていく。だが、俺の心の中には、新たな決意の炎が灯っていた。仲間を守るために、村を守るために、そして、この世界で生き抜くために。俺は、強くならなければならない。


右手の手の甲の龍の紋様が、俺の決意に呼応するかのように、再び微かな熱を帯び始めた気がした。


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