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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
2章:星脈の鍛冶師と亡国の姫君 〜始原の森に集う新たな絆〜

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第57話:湯煙の向こう

オリヴィア視点



エルム公国にはつかの間の平穏と、大陸への道が開かれようとしていることによる未来への期待が満ちていた。為政者としての知識を役立てる日々は、亡国の王女であった私に新たな役割と生きる意味を与えてくれていた。


その日の午後、私はアリシアさんとティアーナさん、そして護衛のイリスと共に、すっかりお気に入りとなったエルムの湯を訪れていた。湯煙の向こうで、四人の間には穏やかな友情が育まれている。


「ふぅ……。本当に、ここのお湯は最高ですわね。どんな高価な香油よりも、心と体が癒されます」


湯船に肩まで浸かり、私が至福のため息をつくと、アリシアさんが嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、オリヴィアさんもすっかり常連さんですね! でも、本当にそう。レンがこの温泉を作ってくれて、本当によかった」


「ええ。この癒しだけは、感謝しかありませんわね」


ティアーナさんも、普段の理知的な表情をすっかり緩ませて、心地よさそうに目を閉じている。


和やかな雰囲気の中、私はふと、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。それは、王族として当然の関心事であり、友人としての純粋な好奇心だった。


「そういえば、アリシアさん、ティアーナさん。お二人はレンさんとご結婚されて、もう一つ屋根の下で暮らしていらっしゃいますよね? 寝室も、もちろんご一緒なのでしょう?」


その一言で、湯煙の中の和やかな空気がピシリ、と凍り付いた。


アリシアさんとティアーナさんは、見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げ、気まずそうにお互いの顔を見合わせている。

「え、えっと……それは……その……」


アリシアさんが、しどろもどろに視線を彷徨わせる。


「……いえ、まだ……そのようなことは……」


ティアーナさんも、普段の冷静さはどこへやら、恥ずかしそうに俯いてしまった。


その反応に、今度は私とイリスが目を丸くする番だった。


「ま、まさか……! あれほど盛大な誓いを交わされたというのに、まだ初夜も迎えていないと申すのですか!?」


隣にいたイリスが、思わず素っ頓狂な声を上げる。騎士である彼女にとって、主君の血筋の安泰は何よりも優先されるべきことなのだ。


「だって……私たちも、なんだか恥ずかしくて……どう切り出していいか分からなくて……」


アリシアさんが、消え入りそうな声で弁明する。


私は、二人のあまりにも奥ゆかしい反応に、微笑ましく思うと同時に、強い危機感を覚えずにはいられなかった。


「お二人のお気持ちは、よく分かります。ですが、それではいけません」


私は、真剣な表情で二人に向き直った。


「レンさんは、今や一つの国を背負う王です。王が世継ぎをもうけることは、民に未来の安寧を示す、何よりも重要な責務なのですよ。特に、これから帝国という巨大な敵と戦おうとしている今、公王に万が一のことがあれば、この国の未来はどうなりますか?」


その言葉は、恋する乙女の心を通り越し、為政者としての厳しい現実を突きつけていた。アリシアさんとティアーナさんの表情が、はっとしたように変わる。


「それに……」

私は、少しだけ声を和らげ、友人としての言葉を続けた。


「レンさんは、一人で全てを背負い込みすぎるきらいがあります。彼が夫として、あなた方お二人を不安なままにしておくのは、きっと本意ではないはず。彼がその最後の責任から一歩踏み出せずにいるのなら、私たちが、友人として、仲間として、そっと背中を押して差し上げるべきではありませんか?」


イリスも、力強く頷く。


「姫様のおっしゃる通りです。アリシア殿、ティアーナ殿。あなた方は、公王陛下の妃。国の母となるお方々です。どうか、ご自身の幸せのためだけでなく、この国の未来のために、勇気をお出しください」


私たちの真剣な言葉に、アリシアさんとティアーナさんは顔を見合わせ、そして、覚悟を決めたように、深く頷き合った。


「……オリヴィアさん、イリスさん。ありがとう。あなたの言う通りですわ。私たちは、レンを支えると決めたのですから」


「うん……。そうだよね。私、恥ずかしがってばかりじゃダメだ。レンのために、もっと強くならなきゃ!」


「よろしい。ならば、わたくしがレンさんに、それとなく『王の責務』についてお話してみましょう。きっと、良いきっかけになるはずですわ」


二人の瞳に決意の光が宿ったのを見て、私は満足げに微笑んだ。そして、この流れでもう一つ、気になっていたことを口にしてみることにした。


「ふふ、話がまとまったところで……。良き伴侶という話でしたら、イリスにも考えていただきたいものですわね」


私がそう言って隣のイリスに視線を向けると、彼女は「え?」と間の抜けた声を上げた。


「例えば、防衛隊長のカイル殿などは、いかがかしら? あなたと同じく国を守る騎士として、とてもお似合いだと思うのだけれど」


「ひ、姫様っ!? な、何を突拍子もないことをおっしゃいますか!」


イリスの顔が、真っ赤に染まる。いつも冷静沈着な彼女が、これほど取り乱す姿を私は初めて見たかもしれない。


「カイル殿は頼れる戦友ではありますが、そのような目で見たことは!わが剣は姫様に捧げたもの、色恋にうつつを抜かす暇など……!」


イリスの慌てぶりに、アリシアさんとティアーナさんがくすくすと笑い出した。


「えぇっ!? やっとお兄ちゃんにも春が!」


アリシアさんが、楽しそうに目を輝かせる。


「でも、なんだか本当にお似合いかもしれないわ! 二人とも真っ直ぐで、ちょっと不器用なところがそっくりだもの!」


「ええ、私も良い組み合わせだと思います。」


ティアーナさんも、悪戯っぽく微笑みながら分析を始める。


「カイルさんの剛健さと、イリスさんの洗練された剣技。前衛として、これ以上ないほどの相性ですわね。性格的にも、互いの欠点を補い合える理想的な組み合わせかもしれません」


「あなた方まで! からかわないでください!」


イリスは完全にのぼせてしまったのか、顔を両手で覆ってしまった。その様子に、私たちは思わず声を上げて笑い合った。湯煙の中で、四人の女性の間に、温かく、そして強固な絆が結ばれた瞬間だった。


温泉から上がり、星空を見上げる。私の胸には、エルム公国の未来を共に築くという、確かな決意が宿っていた。


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