第51話:陽だまりの誓い、月影の決意 ~二輪の花が支える未来~
アリシア視点
レンと想いが通じ合ってから、世界はまるで新しい色を纏ったかのように輝いて見えた。あの「星涙の洞窟」での出来事は、今でも鮮明に思い出せる。激流に飲み込まれ、死を覚悟したあの瞬間に、彼に伝えることができた私の想い。そして、彼が……レンが、同じように私を大切に思ってくれていると、その温かい腕の中で告げてくれた時の、あの胸が張り裂けそうなほどの喜び。
それからレンは、私だけじゃなく、ティアーナさんの想いも真正面から受け止めてくれた。最初は、本当にこれでいいのだろうかと、少しだけ不安に思うこともあった。
でも、レンが私たち二人を同じように大切に想い、誠実に向き合おうとしてくれる姿を見るたびに、その不安は少しずつ確信へと変わっていった。
レンは、そういう人なのだ。一つの愛だけでは抱えきれないほど、大きくて、温かい心を持った人。そして、ティアーナさんもまた、私にとってかけがえのない親友であり、レンを支える上で最高のパートナーだって、心からそう思えるようになった。
だから、いつからだろう。私がレンのことを「レンさん」ではなく、「レン」と呼ぶようになったのは。最初は少し照れくさかったけれど、彼と心が繋がった証のように、その呼び方が一番しっくりくるようになった。彼は私の、たった一人の大切な人だから。
村人たちの顔にも笑顔が増え、子供たちの元気な声が以前にも増して響き渡るようになった。レンが、そしてティアーナさんが、その中心で輝いている。その姿を見ているだけで、私の胸も温かくなる。
私は、薬師として、そしてこれからはレンの……ううん、私たちの大切な人の一番近くで、彼を支えていきたい。この手で、彼の心と体の両方を癒せるような、そんな存在になりたい。そして、ティアーナさんとも、もっともっと深く、レンのこと、そしてこれからのことを語り合いたい。私たちは、同じ人を愛する、特別な絆で結ばれた仲間なのだから。
そんなことを考えていたある晩、レンがカイルさんやゴードンさんと、村の防衛強化について熱心に話し合っているのを見届けた後、私はふと、ティアーナさんの工房へと足を向けた。最近の彼女は、新しい発明のアイデアで頭がいっぱいのようで、工房に籠りきりのことも多い。でも、時折見せる表情には、以前にはなかった柔らかな光と、そして確かな自信が宿っているように感じられる。きっと、レンが彼女の想いにも応えてくれたことが、彼女の中で大きな力になっているのだろう。
工房の窓からは、まだ明かりが漏れていた。扉をそっとノックすると、「はい、どうぞ」という、澄んだティアーナさんの声が聞こえてきた。
「ティアーナさん、こんばんは。今、少しお時間よろしいですか?」
中に入ると、ティアーナさんは山積みの資料に囲まれながらも、珍しく研究の手を休め、窓辺に置かれた椅子に座って静かに月を見上げていた。その横顔は、月光に照らされて神秘的なほど美しく、そしてどこか物思わしげな雰囲気を漂わせている。
「あら、アリシアさん。こんばんは。わざわざどうかなさいましたか?」
ティアーナさんは、私に気づくと少し驚いたように、でもすぐに嬉しそうな笑顔を向けてくれた。その笑顔は、以前よりもずっと自然で、親しみやすいものに感じられる。
「ううん、大したことじゃないの。ただ、ティアーナさんと、少しゆっくりお話がしたいなと思って」
「まあ、嬉しい。ちょうど私も、少し休憩しようと思っていたところです。どうぞ、お掛け下さい。温かいハーブティーでも淹れましょう!」
ティアーナさんはそう言うと、手際よく薬草棚からいくつかのドライハーブを取り出し、ポットにお湯を注ぎ始めた。工房の中に、ふわりと優しい香りが広がる。二人で向かい合って椅子に腰かけると、窓の外には満月が静かに輝いていた。
「ティアーナさんの淹れてくれるハーブティー、本当に美味しいわ。心が落ち着くの」
差し出されたカップを受け取り、一口含むと、花の蜜のような甘さと、ミントのような爽やかな香りが口の中に広がった。
「ふふっ、ありがとうございます。アリシアさんにそう言っていただけると、調合した甲斐があります」
ティアーナさんは、嬉しそうに微笑む。その表情は、本当に柔らかくて、見ているこちらまで幸せな気持ちになる。
しばらく、他愛もない話をしていたけれど、やがて私は、ずっと話したかった本題を切り出した。
「ティアーナさん……最近のレン、本当に頼もしくなったと思わない? 村の未来を一身に背負って……すごく頑張っているけれど、時々、無理をしていないか心配になることがあるの」
私の言葉に、ティアーナさんは静かに頷いた。
「ええ、本当に。レンさんのリーダーシップと、どんな困難にも臆せず立ち向かう決断力には、いつも驚かされますし、心から尊敬しています。でも、アリシアさんのおっしゃる通り、その肩にかかる重圧も……計り知れないものがあるでしょうね。私たちが、少しでもその重荷を軽くして差し上げられたら……と、いつも考えているのです」
その言葉には、ティアーナさんのレンへの深い愛情と、そして同じように彼を支えたいと願う強い意志が込められているのが分かった。
「うん、私も同じ気持ち。レンは、私たちにとっても、エルム村にとっても、本当に太陽みたいな人だから。でも、太陽だって、時には雲に隠れて休みたい時もあると思うの。私たちが、そんな時の彼の安らげる場所になれたらいいなって」
私は、少し照れながらも、素直な気持ちを口にした。ティアーナさんは、私の言葉に優しく微笑みかけると、少しだけ視線を落とし、小さな声で呟いた。
「太陽……本当に、レンさんはそんな方ですわね。私のことも……あんな風に、真っ直ぐに照らしてくださるなんて……」
その頬が、ほんのりと赤く染まっている。あの泉で、レンがティアーナさんにも想いを告げた時のことを思い出しているのだろう。
「レンが、ティアーナさんのことも大切に想っているのは、私もよく分かるわ。ティアーナさんが、どれだけレンのことを想って、どれだけ彼のために尽くしてきたか、私もずっと見てきたもの」
「アリシアさん……」
ティアーナさんの瞳が、潤んでいるように見えた。
「私ね、レンのこと、本当に心の底から愛しているの」
私は、改めて自分の気持ちを言葉にした。
「彼の強さも、優しさも、時折見せる不器用なところも……全部が愛おしくてたまらない。彼が隣にいてくれるだけで、心がぽかぽかして、どんなことでも頑張れるような気がするの。ティアーナさんは、レンのどんなところが好き?」
少し意地悪な質問だったかもしれないけれど、ティアーナさんの素直な気持ちが聞きたかった。
彼女は、少しの間ためらった後、恥ずかしそうに、でもはっきりとした口調で語り始めた。
「私が……レンさんを……。そうですね……彼の揺るぎない信念、でしょうか。どんな困難な状況でも、決して諦めずに、常に前を向いて進もうとするあの強い意志。そして、未知の物事に対しても臆することなく、知的好奇心を持って立ち向かう勇気。私がどれほど複雑な理論や難解な技術の話をしても、彼はいつも真剣に耳を傾け、理解しようとしてくれる……そして、私の知識や技術を心から信頼し、共に未来を創造しようとしてくれる、その姿勢。それに……どれほど救われ、勇気づけられてきたか、分かりません」
ティアーナさんの言葉は、熱を帯びていた。彼女がどれほどレンを尊敬し、そして深く愛しているかが、痛いほど伝わってくる。
「レンさんから……あの日、想いを告げられた時……私は、本当に、信じられませんでした。夢を見ているのではないかと……。だって、レンさんにはアリシアさんという、こんなにも素敵な方がいらっしゃるのに……私のような、研究ばかりしている堅物のことまで、そんな風に見てくださるなんて……」
ティアーナさんの声が、少し震える。
「でも、レンさんの瞳は、あまりにも真剣で……そして、アリシアさんが以前、私にレンさんのことを話してくださった時の、あの優しい笑顔を思い出して……ああ、これは現実なのだと。そして、こんな幸せが、私にも訪れるなんて、と……嬉しくて、嬉しくて……」
彼女の瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちた。私は、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。
「ティアーナさん……」
「ごめんなさい、アリシアさん。私、少し取り乱してしまって……。でも、一つだけ、ずっと心に引っかかっていたことが……。それは、レンさんの呼び方のことなのです」
「呼び方?」
「はい。アリシアさんは、レンさんのことを『レン』と、とても親しげにお呼びになっていますわよね。それは、お二人の間に確かな絆がある証。私も……レンさんとの関係が新しくなった今、いつまでも『レンさん』とお呼びするのは、少し距離があるように感じてしまって……。でも、かといって、急に呼び方を変えるのも……」
ティアーナさんは、少し困ったように眉を寄せた。その気持ちは、私にもよく分かる。私も、レンを「レン」と呼ぶようになるまでには、少しだけ勇気が必要だったから。
「ティアーナさんなら、レンもきっと喜ぶと思うわ」
私は、彼女を励ますように言った。
「レンは、そういう形式ばったことを気にする人じゃないもの。ティアーナさんが、もっとレンのことを近くに感じたいって思うなら、その気持ちを素直に表しても、きっと大丈夫よ。」
私の提案に、ティアーナさんはハッとしたように顔を上げた。
「レン……」
彼女は、その響きを確かめるように、小さく呟いた。
「……そうですね。私、これからはレンさんのことを、『レン』と呼んでみることを頑張ってみようと思います。最初は難しいかもしれませんが。少しずつ、試していけたら……嬉しいです」
ティアーナさんの表情が、決意を秘めた輝きで満たされる。その変化が、私にはとても嬉しかった。
「きっと、レンも喜ぶわ」
私は微笑んだ。
「ねえ、ティアーナさん。私たち、これからどうやってレンを支えていこうかしら? 彼、一人でたくさんのことを背負い込もうとするから、私たちがしっかりしないと」
私の言葉に、ティアーナさんも力強く頷いた。ここからが、私たち二人の、レンを支えるための作戦会議だ。
「そうですね。まず、私は……やはり、レンの健康管理をしっかりとサポートしたいの。彼、研究や冒険に夢中になると、すぐに自分のことを疎かにしちゃうから。栄養満点の食事を作って、疲れている時には特別な薬湯を用意して……そして、怪我をした時には、誰よりも早く駆けつけて、この手で治療してあげたい。彼がいつも元気で、最高のパフォーマンスを発揮できるように、身体的な面から支えるのが、私の大きな役割だと思っているの」
私は、自分の得意なこと、そしてレンにしてあげたいことを具体的に語った。
「素晴らしいですね、アリシアさん」
ティアーナさんが、感嘆の声を上げる。
「レンさんがいつも元気でいられるのは、アリシアさんの献身的なサポートがあってこそですものね。私には、そのような細やかな気遣いはなかなか……。でも、その代わりに、私は私の得意分野で、レンさんをお支えしたいと考えています」
ティアーナさんの瞳が、知的な輝きを増す。
「私は、私の持つ全ての知識と技術を捧げて、レンさんが描くエルム村の未来、そしてさらにその先の壮大なビジョンの実現を、技術的な側面から全力でバックアップします。新しい魔道具の開発、未知の魔法理論の解析、そして村のインフラ整備に至るまで……彼が何か新しいことを始めようとする時、その隣で、最適な道筋を示し、障害を取り除くための剣となりたい。そして、時には冷静な助言者として、彼が道を踏み外しそうになった時には、しっかりと意見を述べる盾の役割も果たしたいのです」
彼女の言葉には、レンへの深い信頼と、共に未来を切り拓こうという強い意志が込められていた。
「まるで、レンの右腕と左腕みたいね、私たち」
私がそう言うと、ティアーナさんはふふっと笑った。
「そうかもしれませんわね。アリシアさんがレンさんの心と体を癒す陽だまりなら、私は彼の知性と理性を支え、進むべき道を照らす月影、といったところでしょうか。役割は違えど、目指す場所は同じですもの」
「うん、本当にそうね。私たち二人で力を合わせれば、レンにできないことなんて、きっと何もないわ!」
私たちは、顔を見合わせて力強く頷き合った。レンを愛するライバルなんかじゃない。彼を心から愛し、支え、そして共に未来を歩むための、一番の同志。それが、私たち二人の新しい関係なのだ。
「でもね、ティアーナさん」
私は、少し声を潜めて続けた。
「レンのこと、私だけで独り占めしたいって思う気持ちが、心のどこかに、ほんのちょっぴりだけ、ないわけじゃないのよ」
私の正直な言葉に、ティアーナさんは少し驚いたように目を見開いたが、やがて悪戯っぽく微笑んだ。
「あら、アリシアさんでも、そんな風に思うことがあるのですか? 私も……ええ、正直に申しますと、レンさんのあの優しい笑顔や、真剣な眼差しを、時々、自分だけのものにできたら……なんて、考えてしまうことがないわけではありませんわ」
ティアーナさんの意外な一面に、私は思わず笑ってしまった。彼女も、私と同じように、普通の恋する乙女なのだ。
「でもね」
私は、真剣な表情に戻って言った。
「それ以上に、レンが心から笑顔でいてくれることが、私たちの一番の願いでしょう? 彼が幸せなら、私たちも幸せ。だから、この形が、きっと私たち三人にとって、一番幸せな形なのよ」
「……はい、アリシアさん。私も、心からそう思います」
ティアーナさんの瞳にも、強い決意の光が宿る。
「レンさんが、私たち二人を必要としてくれる限り、私は喜んで、この道を共に歩みますわ」
私たちは、レンという一人の男性を中心に、手を取り合って、新しい家族のような、温かくて、そして何よりも強い絆を築いていくことを、月明かりの下で静かに誓い合った。
長い、長い会話は、東の空が白み始める頃まで続いた。工房の窓から差し込む朝の光が、ティアーナさんの顔を優しく照らしている。彼女の表情は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかで、そして一点の曇りもない、強い決意に満ちていた。
「アリシアさん、今夜は本当にありがとうございました。あなたとお話しできて、私の心の中の霧が、すっかり晴れたようですわ」
ティアーナさんは、私の手を両手で優しく握りしめて言った。
「私たちは、レンさんを照らす二つの光。時には陽だまりのように温かく包み込み、時には月のように静かに進むべき道を照らす。それぞれの輝き方で、レンさんを、そしてエルム村の未来を、明るく照らしていきましょう」
「はい、ティアーナさん!」
私も、彼女の手を力強く握り返した。ティアーナさんと手を繋ぐと、不思議と勇気が湧いてくるのを感じる。私たちは、もう一人じゃない。
工房を後にし、朝焼けに染まるエルム村の道を歩きながら、私は大きく深呼吸をした。清々しい朝の空気が、胸いっぱいに広がる。
レン、ティアーナさん、そして私。私たちの物語は、まだ始まったばかり。これから先、たくさんの喜びや、もしかしたら困難も待ち受けているかもしれない。でも、この二人と一緒なら、きっとどんなことだって乗り越えていける。
彼を愛する一人の女性として、全力で彼らを支えていこうと、決意を新たにする。
その足取りは、希望に満ちて、どこまでも軽やかだった。エルム村の未来も、私たちの未来も、きっとこの朝焼けのように、明るい光に満ちているはずだから。
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