第41話:星の傷跡
ティアーナの実年齢が発覚したことによる衝撃的な騒動から数日が過ぎた。
また、アリシアの真っ直ぐな好意と、ティアーナの純粋な好奇心に満ちた眼差しに、俺は日々、盟主としてではない、一人の男としての戸惑いを覚え続けている。
だが、そんな穏やかで甘酸っぱい日常は、俺たちが直面している厳しい現実を覆い隠してはくれない。
その日の朝、転移門の開発という次なる目標を前に、俺たちは工房で作戦会議を開いていた。試作品のフレームを前に、ティアーナが改めて課題を提示する。
「問題は、この【星脈鋼】が、伝承にのみ存在しない幻の金属だということです。どこを探せばいいのか、見当もつきません」
その言葉に、オリヴィアが静かに口を開いた。
「我が国ドラグニアの建国神話によれば、建国の祖である龍覚者は、地上のものではない鉱石をも使って様々な魔道具を作成したとされています。その採掘場所は『星の欠片が大地に零れた地』とだけ……」
彼女の持つ情報は、場所を特定するにはあまりにも詩的で、断片的だった。
しかし、その「星の欠片」という言葉に、ゴードンが鋭く反応した。
「ほう、『星の欠片』か。姫さんのところの伝承にも出てくるか。そうすると、ドワーフに伝わる伝承もあながち出鱈目ではないらしい。ドワーフの伝承によれば、『星の欠片』が地に落ち、大地のマナの流れそのものが歪み、捻じ曲げられた地という一節が伝わっておる。」
二人の古代の知恵を聞いていたティアーナの青い瞳が、見開かれた。
「星の欠片……マナが歪んだ特異点……お待ちください! その条件に一致する場所が、わたくしたちエルフの伝承にも出てきます!」
「それは、わたくしたちエルフが、禁足地としてきた聖域。神話の時代に『涙を流す星』が落ち、以来、強大すぎる力が眠るとされる場所……その地はこう伝えられています――『星の傷跡』、と」
ドワーフの伝承、ドラグニアの神話、そしてエルフの伝承。三つの異なる情報が、一つの、可能性の高い場所を指し示したのだ。しかし、レンはその言葉に含まれる一つの懸念に気づき、ティアーナに問いかけた。
「ティアーナ。君は今、そこを『禁足地』と言ったな。エルフにとって、近づくことを禁じられた場所なのだろう? 君に、その禁忌を破らせるわけにはいかない。無理強いはできない」
レンの気遣うような視線に、ティアーナは静かに首を振ると、強い意志を宿した瞳で真っ直ぐに彼を見つめ返した。
「ありがとうございます、レンさん。ですが、構いません。その禁忌は、かつて先人たちが、谷の強大すぎる力から我々を守るために定めたもの。ですが、今の私たちは違います。その力を恐れて避けるのではなく、未来のために、仲間たちのために、その力を制御しにいくのですから。それに……」
彼女は、工房にいる仲間たちの顔を見回し、穏やかに微笑んだ。
「私の帰る場所は、もうシルヴァンの郷ではありません。このエルム村を守るためなら、わたくしは喜んで古き掟を乗り越えてみせます」
ティアーナの揺るぎない覚悟に、レンは力強く頷いた。
「決まりだな。俺たちの次の目的地は、その『星の傷跡』だ。だが、そこはティアーナの先祖が禁足地とする未踏の領域だ。生半可な準備では行けない。」
こうして、エルム村の未来と、大陸に散らばるドラグニアの民の希望を懸けた、新たな冒険の準備が始まった。それは、始原の森のさらに奥深く、古代の魔物と未知なる危険が待ち受ける、これまでで最も困難な旅の始まりを意味していた。
◇◇◇
数日後、調査隊のメンバーは、隊長はもちろん俺。副隊長として、そしてパーティーの盾として不可欠なカイル。回復と支援、そして薬草の知識で貢献してくれるアリシア。魔道具技術、そして強力な水魔法の使い手であるティアーナ。鉱脈探査と金属加工の専門家であるドワーフのゴードンさん。5名の、エルム村の精鋭たちだ。
「レン、これ、お守り。私が昨日、森で見つけた幸運を呼ぶっていう薬草を編んで作ったんだ。今回の遠征でも気を付けていこうね!」
出発の朝。アリシアが、少し顔を赤らめながら、小さな薬草の護符を俺の手に握らせてくれた。その温かい気持ちが、何よりも力になる。
「ありがとう、アリシア。」
俺は彼女に微笑みかけ、護符をしっかりと懐にしまった。
ティアーナも、俺に小さな水晶のような魔道具を手渡してくれた。
「レンさん、これは私が試作した【鉱脈探査結晶】です。【魔力感知】と共鳴させれば、より深部の、あるいは特殊な魔力を持つ鉱石の反応を捉えやすくなるはずです。まだ試作品ですが…」
「すごいな、ティアーナ! ありがとう、早速使わせてもらうよ」
俺は、彼女の技術と心遣いに改めて感心する。
カイルは「おいレンばっかりズルいぞ! 俺にも何かくれよ!」と騒いでいたが、アリシアに「お兄ちゃんにはこれ!」と、特大の燻製肉サンドイッチを渡されて、機嫌を直していた。
ゴードンさんも装備を入念に点検し、準備万端だ。
「よし、皆、準備はいいな! 目指すは『星の傷跡』! 新たな資源と、エルム村の未来を掴みに行くぞ!」
俺の号令一下、調査隊は村人たちの温かい見送りを受け、北東の山岳地帯へと向けて出発した。俺たちがエルム村を離れている間は、ティアーナが開発した【遠話の魔石】による村との定期連絡と、村の緊急時は転移魔法による帰還により対応する予定だ。
◇◇◇
星の傷跡へは行ったことがないので、転移魔法である程度近づき、そこから徒歩になる。
村から離れた始原の森の木々は、その様相は大きく異なる。空を覆うように生い茂る巨木、足元を覆うシダの群生、そして時折響く、未知の獣の咆哮。しかし、俺たち調査隊の足取りは、不安よりも期待に満ちていた。
「それにしても、ティアーナの探知結晶はすごいな。これのおかげで、だいぶ魔物との不意の遭遇を避けられている」
先頭を行くカイルが、背後を振り返りながら感嘆の声を上げる。彼の大きな盾には、森の木漏れ日が反射してキラキラと輝いている。
ティアーナは、少し照れたように微笑んだ。
「いえ、まだまだ改良の余地はあります。もっと広範囲を、より正確に探知できるようになれば……」
「いやいや、十分すぎる性能だよ。これがあるだけで、俺たちの安全マージンは格段に上がった。ありがとう、ティアーナ」
俺がそう言うと、ティアーナは嬉しそうに頷いた。
「レン、そろそろ一度、小休憩を挟まんか?」
ゴードンさんが、声をかけてきた。
「よし、じゃあ、あの開けた場所で少し休もう。」
俺たちは、古木の根元が広場のように開けた場所で腰を下ろした。アリシアは早速、水筒を取り出して喉を潤している。その隣で、ティアーナが何やら小さな機械を取り出し、周囲の魔力濃度を測定し始めた。彼女の研究熱心さには本当に頭が下がる。
ゴードンさんは、背負っていた大きな金槌を地面に置き、深々と息をついた。
「ふぅ。やはり、森の中は空気が違うわい。儂の故郷の地下都市とは、比べ物にならんほど清浄じゃ」
ゴードンさんの言葉に、俺はふと興味を覚えた。彼の過去については、断片的にしか聞いたことがない。彼が、なぜエルム村に流れ着いたのか。その経緯を、この機会に聞いてみたいと思った。
「ゴードンさん、差し支えなければ、故郷の話を聞かせてもらえませんか? ドワーフの地下都市って、どんなところなんです?」
俺の問いかけに、ゴードンさんは少し驚いたような顔をしたが、やがて遠い目をして頷いた。
「そうじゃのう……レンの小僧は、儂の故郷に興味があるか。まあ、退屈しのぎにはなるかもしれん」
彼はゆっくりと、しかし力強い声で語り始めた。その声には、故郷への愛惜と、そしてほんの少しの寂しさが滲んでいるように感じられた。
「儂の故郷は、アイアンハート。山の奥深く、地底に広がるドワーフの都じゃ。地上のもんには想像もつかんかもしれんが、そこは岩と金属、そして途方もない情熱で築き上げられた、壮大な地下世界じゃった」
ゴードンさんの言葉に、俺たちは自然と聞き入っていた。カイルも、いつものお調子者ぶりはどこへやら、真剣な表情で耳を傾けている。
「アイアンハートは、何百年もの間、ドワーフの誇りと伝統を守り続けてきた。頑固で、融通の利かん連中ばかりじゃったがな」
ゴードンさんは、苦笑いを浮かべる。
「儂らは、生まれながらにして鍛冶と鉱石採掘の技術を叩き込まれる。火を操り、金属を打ち延ばし、より硬く、より美しい武具や道具を作り出すことこそが、ドワーフの誉れとされておった」
「すごいですね……まるでおとぎ話の世界みたい」
アリシアが、感嘆の声を漏らす。
「ふん。まあ、おとぎ話と言えば聞こえはいいが、実際は息苦しい場所でもあったわい」
ゴードンさんは、少し表情を曇らせる。
「これは前にも話したが、アイアンハートのドワーフたちは、伝統を重んじるあまり、新しいものを受け入れることを極端に嫌った。特に、儂が若かった頃は、その傾向が顕著じゃったな」
「新しいもの、ですか?」
ティアーナが、興味深そうに尋ねる。彼女自身、常に新しい魔道具の開発に情熱を燃やしているだけに、ゴードンさんの言葉に共感する部分があるのだろう。
「うむ。例えば、人間の使う農具じゃ。あれは、ドワーフの作る頑丈な道具とは全く違う発想で作られておる。軽さ、扱いやすさ、そして何よりも、土を耕すという目的に特化した機能性。儂は、そこに大きな可能性を感じたんじゃ」
ゴードンさんは、懐かしむように目を細める。
「他にも、エルフが使うような精密な道具や、まだドワーフには馴染みのなかった新しい合金の可能性……儂は、そういったものに強く惹かれた。伝統的な武器や防具を作るのももちろん好きじゃったが、それだけでは満足できんかったんじゃな」
「それで、若い時のゴードンさんはどうされたんですか?」
俺は、話の核心に近づいているのを感じながら尋ねた。
「儂は、同じような考えを持つ少数の仲間たちと、新しい技術や発想について夜な夜な語り合った。時には、こっそりと試作品を作ったりもした。もちろん、長老たちには内緒じゃ。バレたら、何を言われるか分からんからのう」
ゴードンさんの顔に、いたずらっ子のような笑みが浮かぶ。しかし、その笑みはすぐに消え、重い口調に変わった。
「だが、そんな日々も長くは続かなかった。儂ら革新派の動きは、次第に伝統派の連中の耳にも入るようになった。そして、前にも話した通り、伝統派にはできなかった仕事を、革新派が星脈鋼の加工理論を応用し仕事をやり切ったことで、ありもしない濡れ衣を着せて、ワシを追放したという流れじゃな」
ゴードンさんは、拳を握りしめる。その節くれだった指が、白くなるほど力が込められている。
「まあ、今となっては、それも一つの経験じゃったと思えるがな。儂の後にも故郷を出た仲間もおったようじゃし。ある者は別のドワーフの都市を目指し、ある者は人間社会に紛れ込もうとした。儂は……ただ、あてもなく各地を放浪した」
「放浪……ですか。お一人で?」
アリシアが心配そうに尋ねる。
「ああ。ドワーフは、もともと一人で行動することに慣れておるからのう。それに、あの頃の儂は、誰かと馴れ合う気にもなれんかった。アイアンハートを追われた怒りと、自分の無力さへの苛立ちで、心が荒んでおったんじゃろうな」
ゴードンさんは、自嘲気味に笑う。
「鍛冶の腕はあったから、行く先々で日銭を稼ぐことはできた。時には傭兵まがいのこともした。だが、どこにも心の安らげる場所は見つからんかった。ドワーフの都市では異端者扱いされ、人間の街では物珍しい見世物のように扱われる。そんな日々が、何年も続いた……」
その言葉からは、彼の孤独と苦難に満ちた日々がひしひしと伝わってきた。屈強なドワーフである彼でさえ、心が折れそうになることもあったのだろう。
「……それで、どうしてエルム村に?」
俺は、一番聞きたかったことを口にした。
ゴードンさんは、少し遠くを見るような目をして、ゆっくりと語り始めた。
「あれは、ちょうど森で採集をしていた時じゃった。突如、空が影で覆われたかと思うと、巨大な翼を持つ魔物が儂に襲いかかってきおった。……ワイバーンじゃ」
「ワイバーン!?」
カイルが驚きの声を上げる。ワイバーンは、強力な飛竜種の魔物であり、その凶暴性は広く知られている。
「ああ。全長は10メートルは優に超えておったろう。鋭い爪と牙、そして何よりも、あの忌々しい咆哮……。儂は必死に抵抗したが、ヤツの力は圧倒的じゃった。あっという間に掴み上げられ、空高く舞い上げられたわい」
ゴードンさんの額に、脂汗が滲む。当時の恐怖が、鮮明に蘇っているのだろう。
「空中で何度も抵抗を試みた。持っていた金槌でヤツの爪を殴りつけ、ナイフで鱗の隙間を狙った。だが、どれも致命傷には程遠く、ヤツは儂をまるで玩具のように弄びながら、始原の森の上空へと運んできたんじゃ」
「ああ、もはやこれまでか、と覚悟した。だが、ドワーフの意地じゃ。このまま喰われるくらいなら、一矢報いてやろうと、最後の力を振り絞ってヤツの目にナイフを突き立てた。それが功を奏したのか、あるいは単にヤツが油断したのか……ワイバーンは苦痛の叫び声を上げ、儂を掴んでいた爪の力を緩めたんじゃ」
ゴードンさんの目に、一瞬、鋭い光が宿る。
「儂は、真っ逆さまに落ちていった。眼下には、深い森と……小さな湖が見えた。もう、どうすることもできん。ただ、衝撃に備えて身を固くすることしかできなかった」
彼は、そこで一度言葉を切った。まるで、落下していく瞬間の感覚を再び味わっているかのように。
「……そして、儂は湖の水面に叩きつけられた。幸い、深い場所じゃったから、即死は免れたが、衝撃で全身の骨が砕けたかと思うほどじゃった。意識も朦朧として、ただ沈んでいく感覚だけがあった」
「だが、運命とは分からんもんじゃ。ちょうどその時、湖の近くにいたエルム村の村人がおっての。当時の村の若者たちが、湖に何かが落ちるのを目撃し、駆けつけてくれたそうじゃ。儂は、岸辺に打ち上げられたところを発見され、瀕死の状態でエルム村に運び込まれた。それが、儂とエルム村との最初の出会いじゃ」
ゴードンさんは、感慨深げに目を閉じる。
「運び込まれた当初は、本当に酷い状態じゃったらしい。何日も意識が戻らず、村の者たちも、もうダメじゃろうと思っていたそうじゃ。だが、ドルガン村長と村人が献身的に看病してくれたおかげで、儂は奇跡的に一命を取り留めた」
「怪我が治るまでには、何か月もかかった。その間、儂は何もできず、ただ村の世話になるばかりじゃった。見慣れぬドワーフの儂を、最初は警戒する者も少なくなかった。だが、ドルガン村長は、出自も分からぬ儂を根気強く保護し続けてくれた」
ゴードンさんの声には、ドルガン村長への深い感謝の念が込められている。
「体が少し動くようになってからは、何か村の役に立ちたいと思うようになった。だが、ドワーフの儂にできることなど、鍛冶くらいしかない。そんな時、ふと目に入ったのが、村で使われている農具や生活道具の数々じゃった。……正直に言えば、その作りの粗末さには、最初は愕然としたわい」
ゴードンさんは、少し苦笑いを浮かべる。
「儂は、鍛冶小屋を借り受け、手慰みにそれらの道具を修理したり、改良したりし始めた。最初は、暇つぶしのつもりじゃった。だが、儂の作った道具の使いやすさが、次第に村の者たちに認められるようになっていったんじゃ」
「ゴードンさんの作る道具や武器は、本当に素晴らしいからな!」
カイルが、力強く頷く。
「フン。まあ、ドワーフの技術は伊達ではないからのう。言葉や習慣の違いから孤立することもあったが、儂はただ黙々と、頼まれた道具を修理し、時には新しい道具を作った。鉄を打ち、木を削り……そうしている時だけが、唯一、心の安らげる時間じゃった。そして、儂の仕事ぶりが認められ、徐々に村の者たちも心を開いてくれるようになった。ドルガン村長も、儂の腕を高く評価してくれて、正式に村に住むことを許してくれた。それが、儂がエルム村に根を下ろすことになった経緯じゃ」
ゴードンさんの話が終わると、しばしの沈黙が流れた。彼の壮絶な過去と、エルム村への想いが、静かに俺たちの胸に染み込んでいくようだった。ワイバーンに襲われ、九死に一生を得てこの村にたどり着いたという事実は、俺たちの想像を遥かに超えるものだった。
「ゴードンさん……本当に、大変だったんですね」
アリシアが、そっと呟く。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「昔話じゃ。今は、このエルム村が儂の新しい故郷だと思っておる。レンの小僧やティアーナのような、新しい技術に理解のある若者もおるしな。それに……」
ゴードンさんは、そこで言葉を区切り、少し照れくさそうに続けた。
「たまには、儂の作った道具を褒めてくれる、お調子者のガキもいるからのう」
「え、それって俺のことですか!? 褒めてるのか貶してるのか分かんないっすけど!」
カイルが、大げさに反応する。そのやり取りに、皆から笑いがこぼれた。重苦しかった空気が、少し和らいだのを感じる。
ティアーナは、静かにゴードンさんを見つめていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、ゴードンさんは……あの山脈の向こう側から来たということでしょうか?」
「そういうことになるの。……あと、ワイバーンは縄張り意識が強く、一度巣を作った場所をそう簡単には離れん。空から見たときに、あの姫さんがきたドラグニア王国と始原の森を隔てる山脈の頂上付近はワイバーンの巣だらけだった。あれでは、山脈の向こう側に帰ろうにも、山脈を超えることはできないだろうな……」
ゴードンさんの言葉に、俺たちは聞き入っていた。
「ゴードンさんのお仲間だった人たち……いつかまた、一緒に鍛冶ができる日が来るといいですね。ゴードンさんの素晴らしい技術と新しい発想は、その方々にとっても必要なものだったと思います」
ティアーナの言葉に、ゴードンさんは少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく頷いた。
「……そうじゃな。いつか、そんな日が来れば良いが。まずはこのエルム村を豊かにせにゃならん。儂の技術が、ここで花開くことこそが、アイアンハートの頑固者どもへの何よりの当てつけになるじゃろうからな!」
その瞳には、ドワーフとしての誇りと、不屈の闘志が燃え盛っていた。
「よし、ゴードンさんの過去も聞けたことだし、そろそろ出発するか!星の傷跡は、まだ先だ!」
俺は立ち上がり、皆に声をかける。ゴードンさんの話を聞いて、俺たちの絆はさらに深まったように感じられた。そして、この計画を必ず成功させなければならないという思いが、より一層強くなった。
こうして、俺たち山岳調査隊は、それぞれの想いを胸に、再び歩き出した。ゴードンさんの過去を知ったことで、この任務の重要性が、より一層深く刻まれた。エルム村の未来のために、そして、ゴードンさんのような素晴らしい技術者が、その才能を存分に発揮できる場所を守るために、俺たちは必ずや星脈鋼を見つけ出す。
◇◇◇
数日間、俺たちは険しい山道を進み続けた。鬱蒼とした森を抜け、岩がちな斜面を登り、時には危険な崖っぷちを慎重に渡る場面もあった。魔物の襲撃も何度かあったが、カイルの鉄壁の防御と俺の魔法、そしてティアーナとアリシアの的確なサポートによって、大きな被害を受けることなく切り抜けることができた。
そして目的の場所に近づいてきたとき、ティアーナが試作した【鉱脈探査結晶】は、予想以上の性能を発揮していた。
「レンさん、この辺り、微弱ですが魔力の流れが複雑に絡み合っています。【鉱脈探査結晶】も、強く反応しています」
ティアーナが、水晶をかざしながら進言する。彼女の持つ【魔力感知】と結晶の相乗効果で、通常では感知できないような深部の鉱脈の気配も捉えられるようだ。
「よし、ティアーナ、その反応を追ってみよう。ゴードンさん、この辺りの地形を見て、何か気づくことはありますか?」
俺は、ドワーフの経験に期待を込めて尋ねる。
ゴードンさんは、険しい顔で周囲の岩肌や植生を観察し、時折、地面に落ちている石を拾い上げては、その重さや質感を確かめている。そして、鼻をひくつかせ、風の匂いを嗅いでいる。
「ううむ……確かに、この辺りの岩質は、儂らが普段見慣れているものとは少し違う。鉄分を多く含んでいるようじゃし、ところどころに水晶の細脈も見られる。そして、この水の流れ……山の上から染み出した水が、ここで一度集まっているようじゃな。良い兆候じゃ」
「水の流れ、ですか?」
アリシアが不思議そうに首を傾げる。
「うむ。良質な鉱脈は、地下水脈と深く関わっていることが多いんじゃ。水は鉱物を運び、堆積させ、そして時には新たな鉱物を生成する触媒ともなる」
ティアーナが、ゴードンさんの言葉を補足する。
「なるほどな……。俺のマッピングでも、この付近に小規模な洞窟か空洞がある可能性が示唆されている。もしかしたら、その奥に何かあるかもしれない」
俺は、頭の中に広がる三次元マップを確認しながら言った。
「洞窟か! よっしゃ、行ってみようぜ、レン!」
カイルが、いつものように勇み立つ。
「待て、カイル。洞窟の入り口を見つけたとしても、すぐに飛び込むのは危険だ。まずは周囲の安全を確保し、罠や魔物の気配がないか十分に調査する必要がある」
俺は、逸るカイルを制する。
「ちぇっ、分かってるよ。レンは相変わらず慎重だな」
カイルは少し不満そうだが、それでも俺の指示には素直に従う。
俺たちは、ティアーナの【鉱脈探査結晶】とゴードンさんの勘を頼りに、さらに奥へと進んだ。しばらく行くと、巨大な岩壁に隠れるようにして、ぽっかりと口を開けた洞窟の入り口を発見した。
「お!入口があったぞ! ここだ!」
カイルが興奮したように叫ぶ。
洞窟の入り口は、大人がかがんでやっと通れるくらいの大きさしかない。しかし、その奥からは、ひんやりとした空気と共に、微かな魔力の波動が感じられた。
「レンさん、結晶の反応が、ここに来てさらに強くなっています。間違いありません、この奥に何かが……!」
ティアーナも、緊張した面持ちで水晶を握りしめている。
「ゴードンさん、どう思いますか?」
俺は、最終確認のためにゴードンさんに視線を送る。
ゴードンさんは、洞窟の入り口の土を少し掘り起こし、その匂いを嗅ぎ、そして岩肌を軽く叩いて音を確かめている。その姿は、まるで獲物を見つけた狩人のようだ。
「……間違いない。この奥には、かなりの規模の鉱脈が眠っておる。」
ゴードンさんの言葉に、俺たちはゴクリと息を飲んだ。
「よし、準備はいいか? 洞窟探検の始まりだ。何が潜んでいるか分からない。気を引き締めていくぞ!」
「おう!」 「はい!」 「ええ!」 「フン、いつでも来いじゃ!」
それぞれの返事と共に、俺たちは未知の洞窟へと足を踏み入れた。ひんやりとした湿った空気が肌を撫で、暗闇の奥からは、時折、水滴が滴り落ちる音だけが響いてくる。
アリシアの光魔法とティアーナが灯した魔法の光だけが、頼りだった。
洞窟の中は、予想以上に複雑に入り組んでいた。まるで巨大な蟻の巣のように、いくつもの通路が分岐し、時には行き止まりになっていることもあった。俺の【マッピング】スキルがなければ、確実に迷っていただろう。
「レン、こっちの通路、何か光ってないか?」
カイルが、右手の通路を指差す。確かに、通路の奥の壁が、ぼんやりと青白い光を放っているように見えた。
「行ってみよう。だが、油断するな」
俺たちは慎重に、光る壁へと近づいていく。すると、壁一面に、まるで夜空の星々のように、青白い光を放つ鉱石がびっしりと埋まっているのが見えた。
「これは……!」
ティアーナが、息を飲む。
「月長石か……! これは、なかなかのものだな!」
ゴードンさんが、満足そうに声を上げる。
「確かに、エルム村ではあまり採れない種類の魔石ですね。夜間の照明器具や、精神安定効果のあるアクセサリーなどに加工できそうです」
アリシアも、目を輝かせている。
「よし、この月長石を少し採掘していこう。だが、周囲の警戒は怠るな。」
俺の言葉に、皆が頷く。
ゴードンさんとカイルが中心となって、月長石の採掘が始まった。ドワーフの血を引くゴードンさんの手にかかれば、硬い岩盤も豆腐のように砕かれていく。カイルも、持ち前の腕力で大きな鉱石を運び出す。俺とティアーナは周囲を警戒し、アリシアは採掘された鉱石を丁寧に仕分けしていく。
作業は順調に進み、みるみるうちに質の良い月長石が山積みになっていった。それを俺が、ストレージの魔法で収納する。
「ふぅ、これだけあれば、当分は魔石の心配もいらんな」
ゴードンさんが、額の汗を拭いながら満足そうに言う。
「そうですね。それに、この月長石の鉱脈は、まだ奥へと続いているようです。もしかしたら、この先に、もっとすごいお宝が眠っているかもしれませんよ」
ティアーナが、期待に満ちた目で洞窟の奥を見つめる。
「ああ、その可能性は十分にある。だが、欲をかきすぎるのも禁物だ。今日はもう日も暮れてきたし、一旦ここで野営の準備をして、明日改めて奥を調査しよう」
俺は、冷静に判断を下す。洞窟探検は体力と集中力を消耗する。無理は禁物だ。
「それがよかろう。儂も、少し腰を据えて、この鉱脈の質をじっくりと吟味したいからのう」
ゴードンさんも、俺の提案に同意してくれた。
俺たちは、月長石の採掘場所から少し離れた、比較的広い空間を見つけて野営の準備を始めた。ティアーナが【浄化】の魔法で空気を清め、アリシアが携帯食料で温かいスープを作ってくれた。カイルは、得意げに今日採掘した一番大きな月長石を磨いている。ゴードンさんは、静かに目を閉じ、何やら瞑想しているようだった。
魔法の光が揺らめく中、俺はふと、ゴードンさんの故郷アイアンハートのこと、そして彼を襲ったワイバーンのことを考えていた。伝統と革新。それは、どんな社会にも存在する普遍的な対立なのかもしれない。そして、強大な自然の脅威。エルム村も、俺が来てから様々な変化と脅威を経験してきた。幸い、エルム村の人々は柔軟で、新しいものを受け入れる土壌があり、仲間と共に困難を乗り越えてきた。だが、もしそうでなかったら……。
「ゴードンさん」
俺は、静かに声をかけた。
「なんじゃ」
ゴードンさんは、ゆっくりと目を開ける。
「アイアンハートを追放された時、そしてワイバーンに襲われた時……そのどちらも、ゴードンさんにとっては筆舌に尽くしがたい経験だったと思います。それでも、こうしてエルム村で力強く生きて、俺たちに力を貸してくれている。その原動力は、一体何なのですか?」
俺の問いに、ゴードンさんは少しだけ眉をひそめたが、やがて静かに頷いた。
「原動力、か……。難しいことを聞くのう、レンの小僧は」
ゴードンさんは、腕を組み、しばし考え込むような素振りを見せた。
「追放された時は、怒りと悔しさ、そして見返してやりたいという反骨心じゃったかもしれん。新しい技術の価値を認めんかった連中に、儂の正しさを証明してやりたかった。じゃが……ワイバーンに襲われ、九死に一生を得て、エルム村に拾われた時、儂の心境は少し変わったのかもしれん」
彼は、ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「生きている、ということの意味を考えた。ただ頑固に自分の技術を追い求めるだけではなく、その技術が誰かの役に立ち、誰かを笑顔にできるのなら、それもまた価値のあることではないか、と。エルム村の連中は、瀕死の儂を助け、見返りも求めずに世話をしてくれた。その恩に報いたいという気持ちが、まずあった」
「そして、この村でレンの小僧やティアーナのような若い才能に出会い、カイルのような真っ直ぐな若者と触れ合い、アリシアのような優しい心に癒された。ドルガン村長をはじめ、村の皆が、よそ者の儂を受け入れてくれた。ここは……儂にとって、初めて心から安らげる場所になったのかもしれん」
ゴードンさんの声には、深い感謝と、エルム村への愛情が込められていた。
「だから、原動力と言われれば……このエルム村を守りたい、発展させたいという気持ちじゃろうな。そして、儂の持つ技術の全てを、この村のために役立てたい。それが、アイアンハートを追われた儂なりの、新しい生き方なのかもしれん。それに……」
ゴードンさんは、ニヤリと笑う。
「あの忌々しいワイバーンに、いつか一泡吹かせてやりたいという個人的な恨みも、まあ、少しはあるわい!」
その言葉に、俺たちは思わず笑ってしまった。ゴードンさんらしい、力強い言葉だった。
「ティアーナの言う通りだな……」
俺は、改めて仲間たちの顔を見回した。種族も、育った環境も違う俺たちが、こうして一つの目的のために力を合わせている。それこそが、エルム村の強さなのかもしれない。
「よし、明日はこの洞窟の奥を徹底的に調査するぞ!もっとすごいお宝が眠っているかもしれないからな!」
カイルが、いつもの調子で場の空気を明るくする。
「ああ、そうだな。エルム村の未来のために、そしてエルム村をもっともっと豊かにするために、頑張ろう!」
俺の言葉に、皆が力強く頷いた。
洞窟の暗闇の中で、俺たちの心は一つになっていた。新たな資源への期待、未知なるものへの挑戦、そして仲間たちとの揺るぎない絆。それらが、俺たちを突き動かす原動力となっていた。
夜が更け、交代で見張りをしながら、俺たちはしばしの休息を取った。俺の胸には、アリシアがくれた薬草の護符の温かさと、ティアーナがくれた【鉱脈探査結晶】の確かな手応え、そして何よりも、仲間たちとの信頼感が満ちていた。
ゴードンさんの生い立ちとエルム村に来た経緯を聞いたことで、俺はこの遠征の意義を改めて深く理解した。これは単なる資源探査ではない。エルム村の未来を切り開くと共に、ゴードンさんのような才能ある者が、その力を存分に発揮できる場所を守り、発展させるための戦いでもあるのだ。
明日は、どんな発見が待っているのだろうか。期待と少しの不安を胸に、俺は静かに目を閉じた。星の傷跡の奥深く、何が俺たちを待っているのだろうか。その答えは、明日になれば分かるはずだ。そして、その答えがどんなものであれ、俺たちは仲間と共に、前へ進み続けるだろう。エルム村の未来のために。そして、俺たちの信じるもののために。




