第30話:村のインフラ整備
テラスの魔法によって肥沃な土壌へと生まれ変わった広大な開拓地は、エルム村に新たな希望の光を灯していた。リーフ村からの避難民も、この豊かな土地で再び農耕に携われることに喜びを隠せない。しかし、盟主レンの視線は、すでに次の課題へと向けられていた。
「このままでは、開拓した農地での作業は危険だ。村の防壁から離れすぎている」
俺は、ドルガン補佐と防衛隊長カイル、そしてテラス、アリシア、ティアーナを交え、開拓地の地図を広げていた。
「そうだな、レン。いくら森の異変が一時的に沈静化したとはいえ、いつ魔物が現れるか分からない場所で、女性や子供、それに農夫が作業するのは危険すぎるぜ」
カイルが地図上の農地を示す。
「農地を村の防衛隊で常に護衛することも可能ですが、それでは人員が足りませんし、効率も落ちますわ」
ティアーナが冷静に指摘する。
ドルガン補佐も頷いた。
「うむ。食料生産は村の生命線。安全を確保せねば、皆が安心して働けぬ。しかし、これほど広大な農地を囲む防壁を、一朝一夕で築くのは難しいのう」
レンは皆の言葉を聞きながら、一つの策を胸に描いていた。それは、本格的な石壁の防壁とは異なる、簡易的でありながらも有効な防御線だ。
「開拓で余った石や土、木材で、壁を作れないかな?すごい広い土地を開墾したから、村の新しい住居を立てても、この資材が余ると思うよ」
アリシアの提案に、皆の視線が集中する。
「それいいな。少し資材も余らせておきたいから、適宜、俺の魔法で土を盛り上げて補強しながら壁を作ると早いかもしれない。これなら、今持つ資源と魔法で、短期間で構築が可能だと思う。」
俺は、考えていた策をアリシアが提案してくれたため、即座に賛同した。
「土壁、ですと? それで、魔物の侵入を防げますでしょうか?」
テラスが尋ねる。彼の村でも土壁はあったが、エルム村の石壁とは堅牢さがまるで違ったからだ。
「ただの土壁ではありません、テラスさん。俺の魔法で土を固め、強化します。」
俺は計画を説明し始めた。
「まず、外周部に深さのある溝を掘り、それを土壁の基礎とします。掘り出した土はそのまま壁の材料に。壁の中には、砕いた石や、切り倒した木材を芯として埋め込み、強度を高めます。そして、最後に俺が土魔法で土壁全体を圧縮し、堅固な壁へと変える」
「それなら、俺たち防衛隊が、より効率的に農地を守れるように、壁の上に見張り台や通路を作ってくれないか?一定間隔で作ってくれれば、最小の人数で対応できるぜ!」
ドルガン補佐は感嘆の息を漏らした。
「うむ! それならば、資源の無駄もなく、迅速に安全を確保できる!」
また、俺は広げられた羊皮紙の村の地図に、新たな線を引き始めた。それは、現在のちぐはぐ形の村の防壁とは異なる、星のような形状だった。
「これを見てほしい。」
レンが指し示す。皆の視線が、レンが描いた図に集中する。それは、五つの突起を持つ星形が複数重なったような複雑な構造だった。
「壁を作るのであれば、この設計図で壁を建設したいと考えている。名前を五稜郭、あるいは星形要塞と呼びます。」
皆が目を細めて図を覗き込む。
「ほう? 面白い形じゃな。一体、どのような意味があるのじゃ?」
「ええ。円形や四角形の壁には、死角が生まれます。特に角の部分は、敵が壁に取り付いた際、内側からの魔法や弓での射撃が難しくなる。しかし、この五稜郭は、すべての角が外側へ突き出ている」
レンは図の角を指し示しながら、熱心に説明を続ける。
「この突き出た部分を『稜堡』と呼ぶのですが、ここから、隣接する城壁の側面を防御することが可能になります。つまり、城壁のどこに敵が取り付いても、必ずどこかの稜堡から側射を受け、十字砲火を浴びせられる形になる。死角がなくなるんです」
ティアーナが感心したように頷いた。
「なるほど! どの方向から攻められても、必ず横から魔法や矢を射かけられるのですね!」
「さらに、敵が正面から稜堡を攻撃しようとしても、突き出た形状のため、側面からの攻撃に晒されやすい。敵は常に、複数の方向からの攻撃を警戒せねばならない」
カイルは目を見開いた。
「つまり、敵はどこから攻めても、俺たちの攻撃をモロに食らうってことか! 防衛側にとっては、圧倒的に有利ってことだな!?」
「その通りだ、カイル。防衛に必要な人員を最小限に抑えつつ、最大限の防御効果を発揮できる。魔物のような軍勢相手には特に有効だと考えている」
ドルガン補佐は、深く感嘆の息を漏らした。
「これは……これはまさに、天啓じゃ! 我々の限られた人員で、広大な農地をも含めた村全体を守るには、これ以上の策はありえぬ!」
「ただし、この形状の防壁を築くには、高度な測量技術が求められます。特に、この複雑な角度を正確に構築するのは、並大抵のことではない」
俺は課題も提示した。
「そうですね……難しい技術ですが、レンさんの魔法と私の技術で可能か、検討してみましょう。」
ティアーナが真剣な眼差しでレンを見つめる。
レンの提案は、エルム村の防衛戦略に新たな、そして革命的な方向性をもたらした。村の防壁を、この五稜郭の形で構築する計画が、この日、レンの指揮の下、具体的に動き始めることになった。
◇◇◇
こうして、新たな土壁の建設が始まった。
作業は、俺の直接指揮の下、カイル、テラス、そして村の住民と避難民が一体となって進められた。
俺は魔力を大地へと流し込み、広大な開拓地の外周部に、深さのある溝を掘り進めた。彼の意図に従い、土が盛り上がり、整然とした溝が瞬く間に形作られていく。掘り出された大量の土砂は、そのままレンの魔法によって壁の基礎へと運ばれていった。
「うおおおっ! みんな、土はこっちだ! レンさんが流してくれてるぞ!」
カイルが力強く声を上げ、自警団と、リーフ村からの若者たちを指揮する。彼らはレンが動かした土を均し、壁の形を整える。
その壁の中には、開拓で砕かれた岩の破片が運び込まれ、土と混ぜ合わされる。さらに、伐採されたものの、まだ建材としては大きすぎる木々や、根株なども芯材として壁の中に組み込まれていった。レンの土魔法が、土と石と木材を一体化させ、強固な層を作り上げる。
テラスもまた、土壁の建設に参加していた。彼は俺の指示を的確に理解し、土の性質や水分量を調整する手助けをする。
「レンさん、この区画の土は、少し粘り気が強いので、もう少し石を混ぜた方が強度が出ますな!」
テラスの助言に、レンは頷き、魔法で追加の石を運び込む。土を扱うプロフェッショナルであるテラスの知恵は、レンの魔法をさらに効果的なものにしていた。
アリシアは、村人たちに水や食料を配給しながら、精力的に動いている。また作業でけがをしてしまった人の治療も行ってくれており、建設現場の活気を向上させてくれていた。ティアーナは、壁の強度や魔力の流れを魔道具で計測し、レンにフィードバックを提供する。
「レンさん、こちらの区画、マナの圧縮率がわずかに低いようです。もう少し力を込めても大丈夫ですわ」
ティアーナの的確な助言を受け、レンはさらに魔力を集中させ、壁を圧縮していく。
壁が完成に近づくにつれて、レンは最後にその上を歩き、掌を壁に触れさせていく。彼の魔力が壁全体に流れ込み、土粒子間の結合を極限まで圧縮し、堅固な土壁へと変貌させていく。表面は滑らかになり、まるで削り出された岩盤のように固く締まっていた。
「これで……よし」
数日後、エルム村の周囲には、開拓された農地を囲むように、高さ約3メートル、厚さ2メートルほどの土壁が完成した。その上部には、簡易的な見張り台も設けられ、魔物の侵入を早期に発見できる体制が整えられた。
この土壁の完成は、村人たち、特に農夫や子供を持つ親たちに、大きな安心感をもたらした。
「これで、安心して畑に出られる!」
「レンさんのおかげで、また一つ安全になったなあ!」
村の周囲に広がる農地は、新たな安全な活動場所となり、食料生産の拡大がさらに加速される見込みが立った。村の周りが整地されたことで、以前よりも見通しが良くなり、さらに拡大可能な広大な空間が確保された。エルム村は、盟主レンの指揮の下、着実にその領域を広げ、文明の光を森の奥深くまで届かせようとしていた。
◇◇◇
広大な農地が開墾され、新たな作物が植えられ、収穫への期待が高まっていた。しかし、その目覚ましい発展の裏で、新たな課題が浮上していた。
俺はドルガン補佐、カイル、アリシア、ティアーナを交え、村の地図を広げていた。地図上には、既存の水路と、新しく開墾された農地が記されている。
「皆、見てほしい。現在の水路は、村の中心部と既存の農地には十分な水を供給できている。だが、新しく開墾した広大な農地全てに水を届けるには、明らかに足りない」
指し示す先は、村の南側に広がる新農地だった。そこへ水を引くには、既存の水路を大幅に拡張する必要がある。
「確かに。最近、畑の端の方では、水が届きにくいって声が上がってるぜ。特に日差しが強い日は、土がすぐに乾いちまう」
カイルが腕を組み、眉をひそめる。
アリシアも心配そうな顔で頷いた。
「温室の栽培も増やしたから、水の使用量自体が増えています。このままでは、せっかくの農地も、十分に活用できないかもしれません」
ティアーナが、これまで以上に深刻な表情で口を開いた。
「水不足も深刻ですが、もう一つ、看過できない問題がありますわ。人口の急増に伴い、村の衛生環境が悪化しつつあります」
皆の視線がティアーナに集まる。
「特に、排泄物の処理です。簡易的な共同便所は設置しましたが、現在の数では全く足りませんし、処理が追いついていません。このままでは、疫病が発生する危険性が非常に高いと考えます」
ティアーナの言葉に、ドルガン補佐の顔色が変わった。
「疫病だと!? それは一大事じゃ! かつて、疫病で村が壊滅した例も少なくない……」
俺は皆の意見を静かに聞いていた。
「ティアーナの言う通りだ。水路の拡張と、下水設備の整備は、村の存続に関わる喫緊の課題だ」
レンは地図上の水路に新たな線を書き加える。
「まず、水路の拡張だが、前回作った水源からの水路を拡張し、さらに村の南側へと、新たな幹線水路を引く。そして、そこから各農地へと支線を伸ばす。カイル、幹線水路の拡大は俺がやるが、そこから各ポイントへの水路の構築は任せた。」
カイルが力強く頷いた。
「おう、任せとけ! 防衛隊の人員も動員して、対応する!」
「そして、衛生問題。これは、下水路を整備するしかない」
俺はさらに、村の居住区画の下に、複雑な網の目のような線を書き込んでいく。「各住居から汚水を排出する下水管を設置し、それらを下水路へと繋ぐ。最終的には、村の外、十分な距離を置いた場所に、汚水処理のための場所を設ける」
ティアーナが首を傾げた。
「下水路? 地面の下に水を流す溝を掘るというのは、聞いたことがありますが……汚水を処理する場所、ですか?」
「ああ。大量の汚水をそのまま流せば、水源やその周囲が汚染され、新たな病気の原因になる。処理場では、汚水を分解したり、浄化したりする仕組みを考える。これは、ティアーナの魔道具の知識と、アリシアの浄化魔法の力が不可欠になる」
レンの言葉に、ティアーナの目が輝いた。
「汚水処理……! 興味深いですわ!汚水の分解、あるいは浄化の魔道具を開発すれば、可能かもしれません!」
アリシアも、自分の回復魔法が、病気の治療だけでなく、病気の原因そのものを取り除くことに役立つと知り、決意を新たにした。
「わかったわ、レン! 私の光魔法が役に立つなら、喜んで!」
ドルガン補佐は、レンの壮大な構想に感嘆の息を漏らした。「これは……まさに、文明の利器じゃ! 村の発展には不可欠なものとなるだろう! しかし、これほどの規模の工事、防衛隊に加えて人員の確保が課題ですな……」
「人員については、リーフ村からの避難民にも協力を仰ぐ。彼らは農耕の経験があるだけでなく、村の建設や土木作業にも慣れているはずだ」
こうして、エルム村の新たな大規模プロジェクトが始まった。
レンは、水路の拡張と下水整備の指揮を執った。まず、すでに設置した村の外の水源から村へと続く水路を、さらに拡張する。レンは自らの魔力を大地に流し込み、既存の水路に並行するように新たな水路の溝を掘り進めた。彼の意図に従い、正確な深さと幅、そして適切な勾配を持つ水路が、瞬く間に形作られた。
その裏で、アリシアとティアーナの共同作業による魔道具作成が行われていた。
「アリシア、浄化の魔道具の試作はどうだ?」
「ティアーナさんと協力して、試作品1号ができたよ!」
アリシアは、ティアーナと共に、輝く小さな水晶玉のようなものを持ってきた。それは、レンの掌の回復魔法と、ティアーナの魔道具の知識を融合させて作り出した、新たな浄化の魔道具だった。
「これは『清流珠』と名付けましたわ。アリシアさんの光属性の魔力を固定させ、精密な魔力制御技術でマナを分解・浄化する仕組みです。汚染された水に浸すと、不純物を無害な粒子に変換します」
ティアーナが目を輝かせながら説明する。アリシアも、自分の魔法が治療以外の形で村に貢献できることに喜びを感じていた。
「すごいな、二人とも! これを汚水処理場に設置するんだな!」
村の中に分岐する水路の掘削がカイル主導で進む傍ら、村の地下に、地下倉庫を掘る要領で下水道のトンネルを魔法で掘り進めていた。地中深くへと伸びる彼の意思に従い、土が圧縮され、滑らかな壁を持つトンネルが形作られていく。各住居からの下水がこの幹線下水道へと繋がり、最終的に村の外の処理場へと導かれる。
村全体が、一つの大きな生命体のように機能し、それぞれの役割を果たしながら、未来のために力を合わせる。女性たちは、作業員のために食事を準備し、子供たちも小さな手で石を運ぶなど、自分たちにできることを精一杯行った。
数週間後、エルム村の風景はまた一つ、大きく変わっていた。村の周囲には、これまで以上に広大な農地が広がり、そこには新たな水路が網の目のように張り巡らされ、豊かな水を供給していた。そして、村の地下には、目には見えないが、清潔な生活を支える下水路が張り巡らされていた。汚水処理場には、レンとアリシア、ティアーナが協力して作り上げた清流珠が設置され、汚染された水が驚くほど清らかな水へと変わっていく。
この水路の拡張と下水整備の完成により、エルム村は、現在の人口以上の強固な生活基盤を確立した。特に農地は、現在の住人の数をはるかに超える規模となり、余剰食料を将来の備蓄や交易に回せるほどの生産能力を持つと予想された。
エルム村は、始原の森における類を見ないほどの文明拠点へと成長を遂げ、その光は、森の奥深くまで、そして遠く離れた場所へと、確実に届き始めていた




