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第2話:サバイバル開始、森の探索

古代遺跡の入り口から外へ出ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように森は静まり返っていた。木々の間を抜ける風の音と、遠くで聞こえる鳥の声だけが耳に届く。俺はまだ熱を持っている気がする右手の手の甲を見つめ、そして大きく息を吐いた。


(……生き延びた)


ゴブリン二匹に襲われ、絶体絶命かと思ったが、結果として俺は生き残り、奴らを返り討ちにした。不幸中の幸い、状況自体を考えれば、望外の結果と言えるのかもしれない。


だが、安堵ばかりもしていられない。ゴブリンを倒せたのは、あの遺跡の中で謎の宝珠に触れたおかげだ。あの時、右手の紋様が熱を帯び、体が勝手に動き、拳からは炎が出た。明らかに異常な力。


(あの力は、一体何だったんだ? そして、今も使えるのか?)


それが一番の問題だ。あの力が常時使えるなら、この先生きのこるのも多少は楽になるだろう。俺は意識を集中し、ゴブリンに炎を放った時の感覚を思い出そうとした。


「……ん?」


しかし、何も起こらない。右手の紋様は静かなままだし、拳が炎を帯びる気配もない。身体能力も、ゴブリンを殴り飛ばした時のような、超人的な感覚は失われていた。


(ダメか……。あの力は、常に使えるわけじゃないのか?)


あの時の力は、爆発的なものだった。……もしかしたら、あの右手の手の甲の紋様。あの紋様が熱を帯びた時に、力が発動したような気がする。


(感情の高ぶり……か。確かに、あの時はゴブリンに追い詰められて、死ぬかもしれないという恐怖と焦りがあった。それが引き金になった?)


だとしたら、あの規格外のパワーは、そう簡単には使えない切り札のようなもの、と考えるべきだろう。普段の俺は、18歳程度の少年、ということだ。


この世界の18歳がどの程度の強さなのかは不明だが、ゴブリンを素手で殴り殺せるほどの力ではないだろう。通常時は、あくまで知恵で立ち回る必要がある。


「さて、と……」


俺は気を取り直し、今後の行動計画を立てることにした。まずは生き残ること。そのための具体的な課題は山積みだ。


第一に、安全な寝床の確保。この遺跡はゴブリンの死体があるし、何より薄気味悪い。早々に立ち去りたい。夜行性の危険なモンスターがいる可能性も考えると、無防備に野宿するのは自殺行為だろう。


第二に、水と食料の確保。幸い、遺跡の近くに水たまりがあったが、あれが常に飲めるとは限らない。安定した水源を見つけ、食料を調達する方法を確立する必要がある。


第三に、周囲の状況把握。ここは一体どんな場所なのか? どんなモンスターが生息しているのか? そして、人里はそもそもあるのか?あったとして、どこにあるのか?情報を集めなければならない。


(優先順位としては、まず寝床だな。日が暮れる前に、少しでも安全な場所を見つけたい)


俺は遺跡に背を向け、森の中へと足を踏み出した。むせ返るような緑の匂いと、湿った土の感触。どこまでも続くかのような巨大な樹木。まさに未開の森、といった様相だ。


俺は周囲の気配を探りながら、寝床に適した場所を探して歩き始めた。条件としては、雨風をしのげて、外敵から身を守りやすく、できればモンスターの気配が薄い場所。


しばらく森の中を彷徨う。巨大な木の根元、岩陰、小さな窪地などをチェックしていくが、なかなか「ここだ」と思える場所は見つからない。どこも開けっ広げだったり、逆にジメジメしすぎていたり。


(前世でキャンプの経験でもあれば、もっとマシだったんだろうが……生憎、インドア派のサラリーマンだったからな)


それでも、これまでの人生経験で培った観察眼(というほど大したものでもないが)と、わずかな知識を総動員する。風向き、日当たり、地面の状態、周囲の植生。サバイバル番組で見たような知識の断片を繋ぎ合わせ、少しでもマシな場所を探す。


日が傾き始め、森が薄暗くなってきた頃、ようやく手頃な場所を見つけた。それは、少し小高くなった丘の中腹にある、浅い岩窟だった。入り口は狭いが、中は大人が数人横になれるくらいのスペースがある。奥は行き止まりになっており、背後を襲われる心配はない。


「よし、今日はここにしよう」


俺は岩窟の中に入り、まずは床を掃除した。小石や木の枝を取り除き、近くから集めてきた枯れ葉を厚めに敷き詰める。これで少しは地面からの冷気を遮断できるだろう。簡素だが、無いよりは遥かにマシな寝床が完成した。


次は火の確保だ。夜の森は冷えるだろうし、明かりにもなる。それに、もしもの時の武器にも……なるか?


そこで俺は、乾いた小枝や落ち葉をかき集め、小さな山を作った。火をおこすには、摩擦熱だ。俺は周囲を見渡し、適度な硬さの木と、それを擦り合わせるための細い棒を探した。


やがて見つけた堅い木の板に、細い棒の先端を押し当て、両手で挟んで回転させ始めた。ゴシゴシと木が擦れる音が、静かな森に響く。最初はゆっくりと、やがて呼吸に合わせて速度を上げていく。腕が痛み、肩が悲鳴を上げる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。


額には汗が滲み、呼吸は乱れる。それでも棒を回し続けた。やがて、摩擦点から焦げ臭い匂いが立ち上り、微かな煙が視認できるようになった。


「もう少しだ……!」


希望の兆しにさらに力を込める。煙は次第に濃くなり、ついには小さな赤い火種が生まれた。俺は慌てず、用意しておいた麻くずや乾いた葉を火種にそっとかぶせる。そして、ゆっくりと息を吹き込んだ。


フゥ……、フゥ……。


肺活量の全てを使い、酸素を送り込む。すると、小さな火種はみるみるうちに勢いを増し、パチパチと音を立てながら燃え上がった。


赤々と燃える炎が、周囲の闇を照らす。その温かさに、俺は安堵の息を漏らした。魔法に頼らず、己の力で得た炎は、何よりも尊く、そして頼もしく感じられた。


「おお……!」


火をおこせたことに、改めて感動する。俺は岩窟の入り口近くに、枯れ枝や枯れ葉を集めて焚き火の準備をした。パチパチと音を立てて燃え上がる炎は、物理的な暖かさだけでなく、心にもわずかな安らぎを与えてくれた。


さて、次は水と食料だ。幸い、寝床を探している途中で、綺麗な水の流れる小川を見つけていた。水筒代わりになるものはないかと探してみると、都合よく大きめの葉っぱ(水を弾きそうな、ロウ質のもの)があったので、それを丸めて簡易的な器を作り、何度か往復して岩窟まで水を運んだ。煮沸消毒した方が安全だろうが、今はそこまでする余裕はない。祈るような気持ちで一口飲む。冷たくて、少し土の匂いがしたが、十分に美味しく感じられた。


問題は食料だ。空腹はすでに限界に近い。森の中を歩き回りながら、食べられそうな木の実や草を探してはみたが、何しろ知識がない。見た目が美味そうでも、猛毒を持っている可能性だってある。下手に手を出すのは危険だ。


(となると、やはり狩り、か……)


ゴブリンは倒せたが、あれは例外だ。今の俺の身体能力で、素早く動き回る野生動物を捕まえるのは至難の業だろう。


(罠……だな)


前世で見たサバイバル知識を思い出す。木の枝と蔓のような植物を使って、簡単な輪罠をいくつか作り、小動物が通りそうな獣道に仕掛けてみることにした。上手くいく保証はないが、何もしないよりはマシだろう。

罠を仕掛け終え、岩窟に戻る頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。焚き火の炎だけが、暗闇の中で揺らめいている。


結局、今日の食料は確保できなかった。空腹が腹の底からじわりと訴えかけてくる。仕方なく、水を飲んで空腹を誤魔化す。


(初日からこれか……先が思いやられるな)


岩窟の奥、枯れ葉のベッドに横になる。硬い地面と、森のざわめき。慣れない環境に、なかなか寝付けない。孤独と不安が、暗闇と共に心を蝕んでくる。


(本当に、俺はこの世界でやっていけるのか……?)


35歳の精神年齢とはいえ、中身はただの平凡なサラリーマンだ。サバイバルのスキルもなければ、屈強な肉体もない。あるのは、中途半端な知識と、まだ使いこなせない謎の力だけ。


(……いや、弱音を吐いている場合じゃない)


俺は頭を振って、ネガティブな思考を追い払う。生き残ると決めたのだ。面白い人生を送ると決めたのだ。そのためには、まず今日を、明日を、生き延びなければならない。考えろ。工夫しろ。諦めなければ、道は開ける。


俺は焚き火の炎を見つめながら、思考を巡らせた。罠の改良、食料になりそうな植物の見分け方、安全な行動範囲の拡大……。やるべきことは無限にある。

いつの間にか、空腹と疲労が睡魔へと変わり、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。



◇◇◇



翌朝、鳥の声で目を覚ました俺は、まず罠を確認しに向かった。期待はしていなかったが、なんと、仕掛けた輪罠の一つに、ウサギのような灰色の毛皮を持つ小動物がかかっていた。


「よしっ!」


思わずガッツポーズが出る。初めての獲物だ。しかし、喜びも束の間、まだ息のある獲物をどう仕留めるか、という現実的な問題に直面する。多少の罪悪感と躊躇いを覚えつつも、生きるためには仕方ないと割り切り、近くにあった手頃な石で……なんとか処理した。前世では考えられない行為だが、これも異世界サバイバルだ。


岩窟に戻り、獲物の解体に取り掛かる。もちろん、やったことなどない。ナイフもないので、鋭利な石を探してきて、見様見真似で皮を剥ぎ、内臓を取り出す。当然、上手くいくはずもなく、肉はボロボロ、あたりは血と臓物で酷い有様になった。


(うへぇ……これはキツイな……)


それでも、貴重な食料だ。捨てるわけにはいかない。焚き火に、木の枝に刺した肉をかざして焼いていく。塩も胡椒も、もちろんない。ただ焼くだけ。


やがて肉が焼け、香ばしい……とは言い難い、生臭さと焦げ臭さが混じった匂いが漂ってきた。見た目も黒焦げの部分と、まだ赤みが残る部分が混在している。


(……まあ、食えないことはない、だろ)


覚悟を決めて、かぶりつく。


「……っ!?」


硬い。筋っぽい。そして、猛烈に生臭い。焦げた部分は苦く、火の通りが甘い部分は妙に生々しい。味付けがないので、ただただ肉本来の(あまり美味しくない)味が口の中に広がる。


(まずい……! これは想像以上に酷い……!)


前世で食べていた、あらゆる食事が恋しくなる。コンビニの弁当ですら、今は神の食べ物に思えるだろう。

それでも、俺は必死に肉を咀嚼し、飲み込んだ。生きるためには、食べなければならない。贅沢は言っていられないのだ。


不味い肉をなんとか腹に収め、強烈な徒労感に襲われる。食事がこれほど苦痛だとは。

数日間、そんな生活が続いた。罠にかかる獲物は、毎日とはいかないまでも、数日に一度は何かしら捕まった。ウサギもどきだけでなく、大きなネズミのような生き物や、見たこともない鳥など。どれもこれも、ただ焼いただけでは絶望的に不味かった。


時には、勇気を出して木の実や草を口にしてみた。前世の知識で「これは食べられそうだ」と思ったものを選んだつもりだったが、結果は散々だった。強烈な苦味や渋みに顔を歪め、腹を下したり、舌が痺れたり。


(サバイバル、舐めてた……)


まさに身をもって、食料確保の難しさと、知識の重要性を痛感した。



◇◇◇



不味い食事にも、少しずつだが慣れてきた(というより、感覚が麻痺してきたのかもしれないが)。相変わらず美味しくはないが、「生きるための燃料」と割り切って腹に入れることができるようになった。


サバイバル生活は、食料確保だけではない。寝床の改良も進めた。岩窟の入り口に、木の枝や葉で簡単な風よけを作り、焚き火の熱が逃げにくいように工夫した。夜の冷え込みが、少しだけ和らいだ気がする。


遺跡周辺の探索も、少しずつ範囲を広げている。危険なモンスターのテリトリーを避けながら、地理の把握に努める。森はどこまでも深く、似たような景色が続くため、迷わないように木の幹に印をつけたり、特徴的な地形を目印にしたりと、慎重に進めている。


今のところ、人里に繋がるような道や、人工的な痕跡は見つかっていない。この森がどれほど広大なのか、見当もつかない。


(焦っても仕方ない。今は地道に、できることをやるだけだ)


サバイバル生活は、決して楽ではない。不味い食事、硬い寝床、常に付きまとう孤独と不安。だが、不思議と絶望感はなかった。前世の灰色だった日常に比べれば、毎日が生きるか死ぬかの連続であるこの状況は、ある意味で「彩り」に満ちているとも言える。今は耐え、学び、力を蓄える時だ。


焚き火の炎がパチパチと音を立てる。岩窟の外からは、夜の森の様々な音が聞こえてくる。獣の遠吠え、虫の声、風が木々を揺らす音。俺は不味いが貴重な焼き肉の残りを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。明日もまた、厳しい一日が始まるだろう。だが、今はただ、この簡素な寝床で体を休めよう。


(必ず、この森を抜けてやる……)


静かな決意を胸に、俺は再び眠りについた。右手の手の甲の紋様が、焚き火の光を受けて、一瞬だけ赤く輝いたような気がした。



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