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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
1章:始原の森の龍覚者と陽だまりの少女 〜開拓と予兆の始まり〜

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第16話:森の囁きと異邦の来訪者

エルム村に、砂糖という新たな恵みがもたらされてから数週間。村は、かつてないほどの活気と豊かさに満ち溢れていた。食卓には燻製肉や蜂蜜ジャム、そして砂糖を使った素朴な焼き菓子が並び、子供たちの笑顔は以前にも増して輝いている。建築技術の革新によって再建された家々は頑丈で快適になり、石壁と新兵器で強化された防壁は村に確かな安全をもたらしていた。農業改革の効果も現れ始め、畑は豊かな実りに向けて青々と茂っている。


俺は防衛隊長として、カイル(副隊長)、ボルグ(分隊長)ら自警団と共に、日々変化する村の状況に合わせて防衛体制の見直しと訓練を続けていた。アリシア(補佐役)も、増え続ける村の仕事――復興計画の進捗管理、資源の在庫確認、そして俺の身の回りの世話まで――を健気にこなしてくれている。


「しかし、こうして見ると、本当に村も変わったよな」


その日、俺たちは村の将来を見据えた新たな計画――来年以降の本格的な農業改革のための畑地開墾――に取り組んでいた。村に隣接する森の一部を、安全を確認しながら切り拓き、新たな農地を確保するのだ。これは、冬の備蓄をさらに安定させるため、そして深刻化しつつある資源問題(特に薪や建築資材)への対策として、村の自給率を高めるための重要な布石だった。


カイルが力を込めた斧で次々と大木を切り倒し、ボルグたち自警団の若者たちが力を合わせてそれを運び出す。俺は土魔法で邪魔な切り株や岩を取り除き、地面を平らにならしていく。アリシアも、近くで新設する薬草園の区画整理を手伝いながら、時折俺たちに差し入れを持ってきてくれた。


「まったくだ。レンが来てから、村の景色も、食い物も、何もかも変わっちまった。いい意味でな」


汗を拭いながら、カイルがどこか感慨深げに言う。


「ふふ、レンのおかげで、毎日美味しいものが食べられるようになったもんね! 特にあの燻製肉と砂糖は最高!」


アリシアも笑顔で同意する。


「だが、まだ課題は山積みだ。特に資源は……このペースで開発を続けるなら、いずれ村の周りだけじゃ足りなくなる」


「そうなんだよな……。塩だって、レンが見つけたあの塩泉がなけりゃ、とっくに底をついてたかもしれないからな。」


カイルが顔をしかめる。良質な塩の自給は達成できたが、その原料となる塩泉は村から遠く、しかも森の奥の危険地帯に近い。定期的な水汲みも、護衛をつけて慎重に行わなければならない状況だった。


「だからこそ、村自身の地力を上げないといけない。食料も、資源も、そして……守る力もだ」


俺は気を引き締め、再び開墾作業に戻ろうとした。その時だった。


「隊長! 大変です!」


森の見張りを担当していた獣人の若者が、血相を変えて駆け込んできた。


「村の反対側の森の奥から、多数の集団がこちらに向かってきています! 魔物ではありませんが……様子がおかしい!」


「なんだって!?」


俺たちは顔を見合わせ、すぐさま作業を中断し、村の門へと急いだ。ドルガン村長やヘクターさんたちも、知らせを受けて駆けつけてくる。


防壁の見張り台から森の奥を窺うと、木々の間から、おびただしい数の人影が現れた。その数、数十人。衣服は破れ、泥と血にまみれ、誰もが深い疲労と恐怖の色を浮かべている。そして、その尖った耳と、人間とは異なる優美な雰囲気は、彼らがエルフであることを示していた。


「エルフ……!? なぜ、こんなところに……?」


村長が驚きの声を上げる。エルフの集落が森のどこかにあるとは聞いていたが、これほど多くのエルフが、しかもこんなボロボロの姿で現れるなど、誰も予想していなかった。


彼らは明らかに追われているかのように、後ろを振り返りながら、必死に村を目指して歩いてくる。中には、力尽きて仲間に担がれている者や、幼い子供を抱きしめて涙を流す女性の姿もある。


そして、その一団の先頭を、必死に仲間を励ましながら歩いているのは、一人の若いエルフの女性だった。月光のような銀色の長い髪を振り乱し、着ているローブは破れ、その白い肌には無数の傷がついている。しかし、深い湖のような青い瞳には、気丈さと、深い悲しみ、そして燃えるような怒りの光が宿っていた。彼女が、この一団のリーダーなのだろう。


エルフたちは、ついにエルム村の門の前まで辿り着いた。だが、その瞬間、先頭を歩いていた銀髪の少女が、ついに限界を迎えたのか、ふらりとよろめき、その場に崩れ落ちそうになった。


「危ない!」


俺は咄嗟に防壁から飛び降り、彼女の華奢な体を抱きとめた。腕の中に伝わる、か細い体温と、荒い呼吸。彼女は朦朧とする意識の中、俺の顔を見上げ、何かを言おうとしたが、そのまま気を失ってしまった。


「おい、しっかりしろ!」


突然現れた多数のエルフの人々。そして、腕の中で意識を失った美しい少女。エルム村は、予期せぬ形で、新たな局面を迎えることになった。



◇◇◇



「……ひどい……。一体、何があったというのじゃ……」


集会所に運び込まれたエルフたちを見て、ドルガン村長が痛ましげに呟いた。彼らのほとんどが負傷しており、中には瀕死の重傷者もいる。皆、極度の疲労と飢え、そして恐怖に苛まれているようだった。


「レン隊長、アリシア! 治療を頼む!」

「はい!」


「任せてください!」


俺とアリシアは、すぐに治療を開始した。アリシアと俺は魔法で、より深刻な人々から回復させていく。アリシアとの連携はスムーズで、二人の回復魔法の光が、次々とエルフたちの苦痛を取り除いていった。


「……光……緑の癒しの光……?」


「人間が……これほどの回復魔法を……?」


治療を受けたエルフたちの中から、驚きの声が上がる。彼らにとって、人間の使う魔法、特に高位の回復魔法は珍しいものなのかもしれない。


俺は、最初に抱きとめた銀髪の少女――彼女がこの一団のリーダー格らしい――の治療にもあたった。彼女の体には無数の切り傷や打撲痕があったが、幸い、命に別状はなさそうだ。俺が回復魔法を施すと、彼女はゆっくりと意識を取り戻した。


「……ここは……?」


深い青色の瞳が、戸惑いながら俺を見つめる。


「大丈夫ですか? エルム村です。あなたたちは、もう安全です」


俺がそう言うと、彼女は周囲を見回し、治療を受けている仲間たちの姿を見て、わずかに安堵の表情を浮かべた。そして、ゆっくりと身を起こすと、俺と、隣にいた村長に向かって、エルフらしい優雅さで、しかし力強く名乗った。


「……私はティアーナ・シルヴァリエ。森の奥にあったエルフの里、『シルヴァンの郷』の長の娘です。……あなた方に、助けられたようですね。感謝します」


その声には、疲労の中にも凛とした響きがあった。外見は18歳ほどに見えるが、その落ち着きと気品は、長い年月を生きてきたエルフならではのものだろう。


「ティアーナ殿。私はエルム村の村長ドルガン。こちらは防衛隊長のレンじゃ。いったい、あなた方の身に何があったのですかな?」


村長が尋ねると、ティアーナの美しい顔が、深い悲しみと、抑えきれない怒りに歪んだ。


「私たちの郷は……滅びました」


彼女は、震える声で語り始めた。数日前、突如として現れた、異常なウルフ系の魔物の大群に襲われたこと。そのウルフたちは、通常の個体とは比較にならないほど凶暴で、統率が取れており、まるで軍隊のように村を襲撃してきたこと。エルフの戦士たちも懸命に抵抗したが、その数と力の前になすすべもなく、村は一瞬にして蹂躙され、壊滅したこと。彼女たちは、命からがら、このエルム村を目指して逃げてきたのだという。


「奴らは……ただの獣ではありませんでした。その動きはあまりにも狡猾で、連携が取れていた。そして……」


ティアーナは、拳を強く握りしめ、憎悪に満ちた声で続けた。


「その群れを率いていた者がいたのです! 遠くからでしたが、確かに見ました! ローブを深く被った、人型の何か……! そいつが、強力な魔法でウルフたちを操り、私たちの郷を焼き払い、同胞たちを……!」


その言葉に、俺とカイル、アリシアは息を呑んだ。


「必ず……必ず奴らを見つけ出し、この手で裁きを下す……! 家族と、同胞たちの……仇を討ってみせる!」


ティアーナの青い瞳に、復讐の炎が激しく燃え盛っていた。



◇◇◇



ティアーナから語られた惨劇と、新たな脅威の存在。それは、エルム村にとっても他人事ではなかった。村の会議が開かれ、エルフたちの受け入れについて話し合われた。


数十人もの難民。それは、ただでさえ資源が逼迫しているこの小さな村にとって、あまりにも大きな負担だ。食料、住居、そして彼らを追ってきたかもしれないウルフや黒幕の脅威……。


「……気持ちは分かるが、我々だけで彼ら全員を養っていくのは難しいのではないか?」


「それに、エルフ族は気位が高いと聞く。我々人間と、上手くやっていけるのか……?」


「奴らを追って、あの化け物狼どもがこの村に来たらどうするんだ!」


当然のように、不安や反対の声も上がる。ボルグも、最初は「厄介事を持ち込みやがって…」と不満げな表情を見せていた。


しかし、ドルガン村長は静かに、しかしきっぱりと言った。


「確かに、困難は伴うじゃろう。じゃが、同じ森に生きる者として、助けを求めてきた者たちを見捨てるわけにはいかん。それに、ティアーナ殿の話が真実なら、彼女たちの敵は、我々の敵でもあるのじゃ。ここで力を合わせなければ、いずれ我々も同じ運命を辿ることになるやもしれん」


俺も村長に同意し、言葉を続けた。


「俺も、村長と同じ考えです。それに、彼らを受け入れることは、負担だけではありません。エルフ族は長命で、多くの知識や技術を持っていると聞きます。彼らとの交流は、きっとこの村の発展にも繋がるはずです」


カイルも、アリシアも、そして意外にもボルグまでもが、俺たちの意見に賛同してくれた。「俺がティムを助けてもらったように、今度は俺たちが彼らを助ける番だ」とボルグは言った。彼の言葉は、他の村人たちの心にも響いたようだ。


最終的に、エルム村は、困難を承知の上で、エルフの難民たちを受け入れることを満場一致で決定した。



◇◇◇



受け入れは決まったものの、喫緊の問題は彼らの住居だった。村には、数十人ものエルフ全員を収容できるような空き家はない。


「レン隊長、すまぬが、また君の力を貸してもらえんか? 彼らのための家を、できるだけ早く建ててほしいのじゃ」


村長からの依頼に、俺は「お任せください!」と力強く頷いた。幸い、俺には魔法、そして魔力レンガと魔法モルタルという切り札がある。


俺は防衛隊長として、カイル、ボルグ、ゴードンさん、そして村人たちを動員し、エルフたちのための新しい居住区画の建設を急ピッチで開始した。村の西側の、開墾を進めていた土地の一部を転用し、集合住宅(長屋形式)を複数棟建てる計画だ。もちろん村を囲う防護壁の延長を忘れない。


魔法による基礎工事、レンガの大量生産と運搬、魔法モルタルによる迅速な壁の構築……。以前確立した建築技術は、ここでも遺憾なく発揮された。村人たちも、一度経験しているだけあって、連携もスムーズだ。驚異的なスピードで、エルフたちのための新しい家々が形になっていく。


その様子を、治療を受けながらも、ティアーナは複雑な表情で見守っていた。彼女は、自分たちが人間の村に厄介になっていることに、負い目と、そしてエルフとしてのプライドからくるもどかしさを感じているようだった。



◇◇◇



建設作業が進む中、ある問題が発生した。夜間の作業に必要な照明――獣脂ランプや松明――の燃料が、予想以上のペースで消費され、底をつきかけてしまったのだ。


「くそっ、これじゃあ夜間作業ができないぞ……」


カイルが頭を抱える。

俺も光魔法で灯りを補おうとしたが、その時、作業を手伝っていたティアーナが、おずおずと口を開いた。


「……あの、もしよろしければ……その程度の明かりなら、私がお作りしましょうか?『継続発光結晶』という、簡単な魔道具ですが」


「魔道具?君は、魔道具を作れるのか?」


ティアーナは小さく頷くと、腰の道具袋から、いくつかの見慣れない素材――透明な樹脂のような塊、キラキラと光る鉱石の粉末、そして小さな魔石の欠片――を取り出した。そして、慣れた手つきでそれらを調合し、手のひらの上で練り上げながら、静かに魔力を込めていく。その指先からは、俺の魔法とは質の違う、繊細で緻密なマナの流れが感じられた。


やがて、彼女の手のひらの上に、淡い青白い光を放つ、手のひらサイズの美しい結晶体が形作られた。


「どうぞ。これに僅かな魔力を供給すれば、数日は安定して光り続けます。燃料も要りません」


ティアーナが差し出した結晶体は、驚くほどの明るさと、魔法とは違う持続性を持っていた。


「こ、これは……!」


俺も、隣で見ていたゴードンさんも、その見事な技術に目を見張った。


「すごいな、ティアーナ殿! これは魔法とは違う、『魔道具作成』の技術か! エルフはこれほどの叡智を持っていたとは!」


ゴードンさんが興奮気味に言う。


ティアーナは、少しだけ誇らしげに、しかしすぐに寂しげな表情になって答えた。


「はい。私の故郷では、魔道具作りは生活の一部でしたから……。これは、その中でも本当に初歩的なものですが……。もし、お役に立てるのなら、嬉しいです」


彼女の持つ深い知識と技術。それは、俺が持ち込んだ前世の知識や魔法とはまた違う、この世界の叡智の結晶だ。俺は、彼女の存在が、これからのエルム村の発展――特に、深刻化しつつある資源問題の解決や、新たな技術革新――にとって、大きな鍵となるかもしれないと、強く直感した。


「ありがとう、ティアーナ。君の力、ぜひ村のために貸してほしい」


俺がそう言うと、ティアーナは少し驚いたように顔を上げ、そして、静かに頷いた



数日後、エルフたちのための新しい家々が完成した。

その建設速度にエルフたちは驚くとともに、みな感謝を述べていた。


家々は質素ではあるが、魔力レンガと魔法モルタルで作られた頑丈な壁、断熱構造、そしてティアーナが協力してくれた魔道具のランタンが備え付けられた、快適で安全な住まいだ。


エルフたちは、人間たちが自分たちのためにこれほど尽力してくれたことに深く感謝し、涙を流して喜んだ。ティアーナも、レンや村人たちに改めて礼を述べた。


「……レン殿、そしてエルム村の皆さん。この御恩は決して忘れません。今はまだ、私たちにできることは少ないですが、いずれ必ず……」


彼女は、村と完全にうちとけるにはまだ時間が必要かもしれないが、その瞳にはエルム村への確かな信頼が宿っていた。



◇◇◇



ティアーナ以外のエルフたちも、最初は人間への警戒心や、故郷を失った悲しみから心を閉ざしがちだったが、エルム村の温かな歓迎と、俺たちの懸命な努力を目の当たりにするうちに、少しずつだがその表情を和らげ始めていた。特に、俺とアリシアの回復魔法による治療は、彼らの心身の回復に大きく貢献していた。


季節は秋が深まり、朝晩の空気は肌を刺すように冷たくなってきた。始原の森の冬は、厳しい寒さと長い雪に閉ざされると聞く。


「……この村の冬は、かなり冷え込むと聞きました。……特に、子供たちや年寄りたちが心配です」


ある日の建設現場で、ティアーナが少し心配そうな表情で呟いた。彼女自身も、まだ顔に疲労の色は残っているものの、長の娘としての気丈さを保ち、同胞たちの世話に奔走している。


「そうだな。俺たちが建てている家は、以前の土壁の家よりは断熱性も高いはずだが、それでも本格的な冬を越すには心許ないかもしれない。何か、もっと効果的な暖房設備が必要だ……」


俺は、前世で当たり前だった暖房器具――ストーブ、エアコン、そして床暖房――のことを思い浮かべていた。火を燃やす暖炉は危険もあるし、燃料の薪も貴重だ。もっと安全で、効率的で、そして持続的な熱源……。


ふと、先日ティアーナが披露してくれた魔道具――『継続発光結晶』のことを思い出した。あれは、少ない魔力で長時間光り続けるという、魔法とは異なる原理の「道具」だった。


(そうだ、ティアーナに相談してみよう。彼女の持つ知識なら、あるいは……)


俺は、休憩中のティアーナの元へ向かった。彼女は、ゴードンさんが改良したバリスタの機構を、興味深そうに観察しているところだった。その青い瞳は、知的な好奇心でキラキラと輝いている。


「ティアーナ、少し相談があるんだが」


「レンさん。どうかなさいましたか?」


ティアーナは、俺に気づくと、すぐに真剣な表情に戻った。まだ少し、俺たち人間に対して壁を作っているのかもしれない。


「村の冬の寒さ対策についてなんだが……。ティアーナが以前作ってくれた、あの光る結晶のような魔道具。あれを応用して、持続的に、微弱な熱を発生させる魔道具を作ることはできないだろうか?」


「熱を出す、魔道具……ですか?」


ティアーナは少し驚いたように聞き返した。


「ああ。もし、手のひらサイズくらいの大きさで、安全に、長時間ほんのりと温かい熱を出し続けるようなものが作れたら……それを家々の床下にいくつも設置することで、家全体を優しく暖められるんじゃないかと思ったんだ。」


俺は、前世の床暖房の基本的な概念――床下から熱を伝え、部屋全体を均一に暖める――を説明した。


俺の説明を聞くうちに、ティアーナの青い瞳が、再び強い好奇心の光で輝き始めた。


「床から……熱を? 人間の発想というのは、時に面白いですね……。ですが、それは非常に興味深い考えです! 可能かもしれません。」


彼女は興奮気味に早口で語り始める。


「レンさんの言う……安全で、低燃費で、持続的な熱源。ええ、理論的には可能です! 必要なのは、熱効率の良い鉱石、精密な魔力回路、そして安定した魔力供給を可能にする小型の魔石……!」


ティアーナは、まるで水を得た魚のように、専門知識を熱っぽく語り出した。その姿は、先ほどまでのクールな印象とは違い、どこか無邪気で、研究に没頭する少女のようだった。


(すごいな……。魔道具のことになると、本当に楽しそうだ)


俺は、彼女の知識と情熱に感嘆しつつ、具体的な開発計画を練り始めた。目指すは、エルム村の冬を変える、魔法とエルフの技術が融合した新型暖房魔道具だ!



◇◇◇



「熱を出す魔道具? しかも床からだと? レン、お前さん、また突拍子もないことを……」


俺とティアーナから共同開発の相談を受けたゴードンさんは、最初は呆れたような顔をしていた。


「まあ、エルフの嬢ちゃんが言うなら、何か算段があるんじゃろうがな。で、ワシに何を手伝えと?」


「はい、ゴードンさんには、ヒートプレートの外装となる耐熱性の高い金属容器と、熱を効率的に床全体に伝えるための薄い金属板(あるいは石板)の加工をお願いしたいんです。それと、ティアーナが必要だと言っている特殊な鉱石や金属線の加工も……」


「ふむ……まあ、面白そうではある。よし、やってやろうじゃないか!」


ゴードンさんも、新しい技術への挑戦に乗り気になってくれたようだ。


こうして、俺(魔法・知識・発想担当)、ティアーナ(魔道具設計・製作・調整担当)、ゴードンさん(金属・鉱石加工・構造担当)という、異色の開発チームが結成された。もちろん、カイルとアリシアも、それぞれの得意分野で協力してくれることになった。


まずは材料調達だ。ティアーナがリストアップした必要な素材――熱効率の良い【陽熱石(ようねつせき)】、魔力伝導性の高い【銀線草(ぎんせんそう)】から採れる細い金属繊維、安定性の高い小型の【恒温魔石(こうおんませき)】、そして断熱効果のある【樹脂苔(じゅしごけ)】など――の多くは、この始原の森にも自生しているか、あるいは鉱脈として存在している可能性があった。


「よし、それじゃあ、明日は皆で素材探しに出かけよう!」


俺の提案に、カイルもアリシアも、そしてティアーナも頷いた。ティアーナにとっては、故郷を離れて初めての本格的な森の探索となる。その表情には、不安と、しかしそれを上回る好奇心が浮かんでいた。


翌日、俺たち四人は森へと入った。カイルが先頭で周囲を警戒し、俺が【魔力感知】で広範囲を探り、アリシアとティアーナが植物や鉱石を探す。


「あった! これが陽熱石よ。」


「こっちには銀線草が群生してる! これならたくさん採れそうだね!」


アリシアとティアーナは、それぞれの知識を活かし、次々と目的の素材を発見していく。エルフであるティアーナの森に関する知識は、アリシアとはまた違う深さと視点を持っており、俺にとっても非常に興味深いものだった。


「レン、この恒温魔石ってのは、本当に小さいんだな。こんなので熱が出せるのか?」


カイルが、ティアーナが見つけた親指の先ほどの大きさの、鈍い光を放つ魔石を不思議そうに見つめる。


「ええ。重要なのは大きさではなく、魔力を安定して熱に変換する効率と、その持続性です。この魔石は、エルフの秘伝の技術で調整されているんですよ」


ティアーナが少し誇らしげに説明する。


「へえー、エルフの技術ってのはすごいんだな!」


カイルは素直に感心している。ティアーナも、カイルの屈託のない反応に、少しずつだが心を開き始めているようだった。


探索の途中、何度か魔物にも遭遇したが、今の俺たち四人の連携の前には敵ではなかった。カイルの鉄壁の防御、アリシアの正確な弓と回復、ティアーナの水の魔法(彼女は水と精霊魔法が得意らしい)による援護、そして俺の魔法剣と無詠唱魔法による攻撃。危なげなく魔物を撃退し、必要な素材を全て集めて村へと戻ることができた。



◇◇◇



村に戻ると、すぐに試作に取り掛かった。場所はゴードンさんの鍛冶場と、俺の家だ。


まず、ゴードンさんが陽熱石を加工し、耐熱性の高い金属で覆ったプレート状の容器を作る。その内部に、ティアーナが銀線草の繊維を使って、複雑な魔力回路を設計・刻印していく。その指先の動きは、まるで精密機械のように正確で、淀みがない。


「これが、魔力を効率よく熱に変換するための回路です。」


次に、その回路の中心に恒温魔石を設置し、周囲を断熱効果のある樹脂苔を加工したペーストで固定・絶縁する。


最後に、俺が魔力を供給し、ティアーナが魔道具作成スキルでその流れを調整・安定化させる。


「レン隊長、もう少しだけ魔力を…ゆっくりと、安定させて……よし、そこです!」


俺とティアーナは、息を合わせて魔力を調整していく。初めての共同作業だったが、不思議とスムーズに進んだ。


しかし、最初の試作品は、なかなかうまくいかなかった。


「うわっ! 熱すぎる!」


魔力を流しすぎたのか、ヒートプレートが異常な高温になり、危うく発火しかける。カイルが慌てて水の入った桶を被せた。


「今度は冷たすぎるな……。魔力が上手く伝わっていないのか?」


次の試作品は、全く熱を発しない。魔力回路の設計ミスか、魔石の調整不足か。


「レン、お前ら、本当に大丈夫なのか? 家が燃えたりしないだろうな?」


カイルが、失敗の連続に呆れ顔でツッコミを入れる。


「だ、大丈夫だって! 多分……。なあ、ティアーナ?」


「はい、理論上は完璧なはずなのですが……。もう少し、魔力変換効率の調整が必要なようです」


ティアーナは少し悔しそうに唇を噛む。


俺たちは諦めずに、失敗の原因を分析し、改良を重ねた。俺が鑑定で素材の特性や魔力の流れを再分析し、ティアーナが魔力回路のパターンや魔石の配置を微調整し、ゴードンさんが容器の形状や素材の組み合わせを変えてみる。アリシアも、潤滑油代わりになる薬草オイルや、熱伝導を助ける特殊な鉱石粉末を提供してくれるなど、一丸となって開発に取り組んだ。


そして、数日間の試行錯誤の末、ついに安定した性能を持つ【微温魔石ヒートプレート】の試作品が完成した! それは、手のひらサイズの薄い石板のような形状で、わずかな魔力を流し込むだけで、表面全体がじんわりと、しかし確実に、心地よい温かさを長時間放ち続けるという、まさに理想的な熱源魔道具だった。


「やった……! ついに完成だ!」


俺たちは、完成したヒートプレートの温かさに触れ、歓声を上げた。



◇◇◇



次はいよいよ、このヒートプレートを使った床暖房システムの設置だ。実験台はもちろん、俺の家だ。


「よし、皆、頼むぞ!」


俺の号令一下、設置工事が始まった。参加者は、俺、カイル、アリシア、ティアーナ、ゴードンさん。手の空いたエルフたちも手伝いに加わってくれた。


まず、俺が土魔法で家の床板を一時的に持ち上げ、床下の空間を確保し、平らにならす。次に、断熱材(乾燥苔、木炭、土壁材を混ぜたもの)を敷き詰め、熱が地面に逃げないようにする。


その上に、ゴードンさんが加工した、熱を効率的に伝えるための薄い石板を敷き詰めていく。


そして、ティアーナが中心となって、完成した【微温魔石ヒートプレート】を、部屋全体が均一に暖まるように計算された間隔で配置していく。プレート同士は、彼女が【銀線草】繊維で作った細い魔力伝導線で繋がれ、壁際に設置された制御用の魔石(これもティアーナ作)から、微弱な魔力が安定供給される仕組みだ。


カイルやボルグたちは、重い石板を運んだり、魔力線を保護するための溝を掘ったりと、力仕事で貢献してくれた。エルフたちも、その器用さを活かして、細かい配線作業や断熱材の敷き詰めなどを手伝ってくれる。


作業中、人間、エルフ、ドワーフが、自然と協力し合い、言葉を交わす姿が見られた。


「おお、エルフの手つきは本当に繊細だな。ワシには真似できんわい」


「ドワーフの方こそ、その力強さは頼りになります」


「ティアーナさんの魔道具、すごいですね! 私も作ってみたい!」


最初は互いに遠慮や警戒心があったかもしれない。だが、一つの目標に向かって共に汗を流す中で、言葉や文化の違いを超えた、確かな連帯感が生まれつつあった。


工事の末、ついに俺の家に、エルム村初の床暖房システムが完成した!


完成披露会には、ドルガン村長、エマ婆さん、ヘクターさん、そしてエルフの代表者などが招かれた。皆、期待と不安が入り混じった表情で、その瞬間を見守っている。


ティアーナが、壁際に設置された制御用の魔石にそっと触れ、魔力を流し込む。魔力伝導線を通じて、床下に設置されたヒートプレートが一斉に起動し、微かな熱を発し始める。


最初は何も感じなかったが、数分後、床からじんわりとした、穏やかな温もりが伝わってきた。それは、焚き火のような直接的な熱さではなく、まるで陽だまりの中にいるかのような、自然で心地よい暖かさだった。


「おお……!」


「暖かい……! 床から、温かい空気が上がってくるようだ!」


「これは……なんと心地よい暖かさじゃ……!」


エマ婆さんが、皺くちゃの顔をほころばせる。


「足元からポカポカするな! これなら、どんなに寒い冬だって怖くないぜ!」


カイルは、まるで子供のようにはしゃいでいる。


「すごい……! 魔法の暖かさとは違う、ずっと優しい感じ……」


アリシアも、その温もりにうっとりと目を細めている。


「ふむ、素晴らしい技術だ。レン殿の着想と、ティアーナ様の魔道具の知識、そしてゴードン殿の技……見事に融合した結果じゃな。これならば、我らエルフも、この地の冬を安心して越せるやもしれん」


エルフの人々も、感嘆の声を漏らす。


ティアーナも、自分の技術が皆の役に立ち、喜ばれていることに、控えめながらも嬉しそうな、誇らしげな笑顔を見せていた。その笑顔は、彼女がこの村に来てから初めて見せる、心からのもののように思えた。


俺もまた、この光景に大きな達成感と手応えを感じていた。異なる種族が、それぞれの知識と技術を持ち寄り、協力することで、新たな価値を生み出す。これこそが、俺が目指したい村の姿なのかもしれない。


床暖房の成功は、エルム村の冬の生活に革命をもたらす可能性を示した。今後は、エルフたちの新しい住居や、他の村人たちの家にも、順次導入していく計画が立てられた。この共同作業は、人間とエルフ、そしてドワーフとの間の壁を確実に溶かし、相互理解と融和への大きな一歩となったことは間違いない。

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