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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
1章

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第14話:白き結晶と三人の食卓

エルム村は、復興から発展へと、確かな歩みを進めていた。魔力レンガと魔法モルタルで再建された家々は以前よりもずっと快適になり、石壁で強化された防壁と新兵器は村に確かな安全をもたらした。灌漑用水路によって畑は潤い、豊作への期待が村を満たしていた。


防衛隊長としての俺の仕事、それ以外の仕事も含め多岐にわたったが、カイル、アリシア、そして今や頼れる右腕となったボルグたちの協力のおかげで、なんとかこなせていた。


しかし、豊かになってきた食卓を見回すたびに、俺はどうしても不満を感じずにはいられなかった。それは、最も基本的な調味料である「塩」の質と、そして量についてだ。


「……うーん、このスープ、素材は良いし、アリシアの腕も素晴らしいんだが……やっぱり、この塩だと味が少しぼやけるな」


ある日の昼食。アリシアが腕によりをかけて作ってくれた、燻製肉と貯蔵庫から出したばかりの根菜がたっぷり入ったスープを味わいながら、俺は思わず呟いた。


「え? そうかな? 私は美味しいと思うけど……。でも、確かに、村で使ってる塩はちょっと苦味があるっていうか……」


アリシアも、料理をする立場から同じように感じていたようだ。


「塩なんて、しょっぱけりゃいいだろう? 味の違いなんて、俺にはよく分からんな」


カイルは、肉を豪快に頬張りながら、いつものように興味なさげに言う。


「いや、それが全然違うんだよ、カイル」


俺は熱弁を始めた。


「質の良い塩は、ただしょっぱいだけじゃない。まろやかさや、素材の旨味を引き立てる力があるんだ。それに、純度の高い塩は、燻製や漬物といった保存食を作る上でも、仕上がりの味や保存性を大きく左右する。今の村の塩は、量が足りない上に質も悪い。これじゃあ、せっかくの食材も活かしきれない」


俺の熱弁に、カイルも「ふーん、そんなもんか?」と、少しだけ興味を示したようだ。


「もっと美味しい塩があれば、料理も保存食作りも、もっとずっと良くなるのにね」


「……よし、決めた!」


「次は、俺たちの手で最高の塩を作ってみせる!」


「ええっ!? 塩まで作るのか、レン!?」


カイルが驚きの声を上げる。


「ふふ、レンなら本当に作っちゃいそうだね!」


アリシアは期待に満ちた目で俺を見ていた。


こうして、俺たちの新たな挑戦――「至高の塩作りプロジェクト」が、半ば俺の食へのこだわり(と、冬の保存食作りの準備)から始まったのだった。



◇ ◇ ◇



「塩を作るったって、どうするんだ?今は岩塩から作っているが。。」


翌日、俺たちは早速、塩の原料探しについて話し合っていた。


「塩を作る方法はある。一つは岩塩。もう一つは塩分を含んだ湧き水、塩泉だ」


「岩塩なら、村の北側の岩場に少しだけあるって聞いたことあるけど……質が悪いんでしょ?」


「ああ。岩塩も不純物が多いと、いろんな味が混ざってしまうからな。それを俺たちは今食べている。。。」


俺は以前調査した時のことを思い出す。


「塩辛い水が湧く場所なんて、聞いたことないなぁ……」


カイルも首を捻る。


「いや、一つだけ心当たりがあるんだ」


魔力感知で、以前ゴブリン集落があった谷間の近く……森のかなり奥の方で、塩分濃度が高い水の気配を感じたことがある。少し村から離れているが、もし本当にそこに良質な塩泉があるなら、村にとって大きな財産になる。」


俺は言葉を選びながら続けた。


「ゴブリンと関連した、森の奥の異変を探る良い機会でもあるかもしれない。」


防衛隊長として、村の安全を守るためには、脅威の正体を探る必要もある。


「……分かった。レンが行くって言うなら、俺も付き合うぜ。お前とアリシアを守るのが、副隊長の役目だからな!」


カイルは、覚悟を決めたように力強く言った。


「私も行く! レンやカイルお兄ちゃんだけに危ない思いはさせられないよ!」


アリシアも、強い意志を目に宿して頷いた。


(本当に、頼もしい仲間たちだ……)


俺は二人に感謝し、十分な準備を整えてから、三人で森の奥深くへと出発することにした。


「ただ、ちょっと出発はまってくれ。準備することがあるんだ。」


俺はそう言って、さっそく準備に取り掛かった。



◇ ◇ ◇



俺は塩水を探しに行く前に、今後の準備としてある準備と実験をしていた。

アリシアの言葉を反芻しながら..


「魔法ってね。詠唱はあくまでイメージを固める手助けに過ぎないの。詠唱はイメージをするためのサポート。イメージさえできれば、詠唱しなくても魔法を使えるんだよ」


その言葉が、レンの頭の中でぐるぐると回っていた。もし、詠唱がイメージの補助に過ぎないのなら、既存の魔法は全て、誰かの「イメージ」から生まれたものなのではないか?そして、もしそうなら――


「もしかして、魔法って、俺自身が創造できるんじゃないのか……?」


俺の脳裏に閃光が走った瞬間であった。


俺が最も不便に感じていたのは、持ち物の限界だった。森で手に入れた素材や、建築資材など、どれもこれも、すぐに俺の両腕をパンパンにしてしまう。ましてや、液体を運ぶとなると容器の準備も大変であった。


もっと自由に、もっと大量にアイテムを持ち運びたい。そんな俺の強い願望が、新たな魔法の「イメージ」へと繋がっていく。


「無限に物が入る、自分だけの空間……まるで、手の中に広がる別世界、だな」


俺は、その漠然としたイメージを具体化するための方法を模索し始めていた。


自らの魔力を空間に流し込み、その反応を注意深く観察した。詠唱はしない。ただひたすらに、「空間を歪ませる」イメージを強く、鮮明に描いた。


しかし、現実は甘くなかった。

初めて本格的に試みた際、俺の魔力が暴走し、地面に深い亀裂が走った。歪ませようとした空間が反発し、周囲の物を激しく吹き飛ばしたのだ。


「うわっ! 危ねえ!」


アリシアが駆けつけ、俺の無事を確認する。


「大丈夫、レン!? 無茶はだめだよ!」


彼女の心配そうな顔に、レンは申し訳なく思いつつも、諦めるわけにはいかなかった。


俺は失敗の原因を徹底的に分析した。魔力の出力が強すぎたのか?それとも、イメージが漠然としすぎていたのか?魔力制御の精度を高めるため、瞑想を重ね、自分の魔力をまるで手足のように操る訓練を繰り返した。そして、「歪ませる」だけでなく、「歪みを固定する」という新たなイメージを付け加えた。


何度も失敗を繰り返し、心身ともに疲弊していく中で、俺はついに小さな光を見出した。


それは、空間の歪みを自分の「掌の上の空間」に限定し、そこに最小限の魔力を集中させるという発想だった。


俺は深く息を吐き、目を閉じる。アリシアの「イメージが全て」という言葉を思い出し、掌の上に広がる無限の空間を、これまでになく鮮明に、具体的にイメージした。掌から魔力が流れ出し、その一点に収束していく。


次の瞬間、俺の掌の上に、漆黒の、しかしどこか深淵を感じさせる小さな靄が生まれた。それは、通常の空間にはありえない「何か」だった。


恐る恐る、足元に転がっていた小石を靄に近づける。石は、まるで水に吸い込まれるように、すっと靄の中に消えた。そして、レンが再び掌を意識すると、消えたはずの石が何事もなかったかのように現れたのだ。


「……できた……! 」


さっそく、アリシアを呼んで石が消えたり出たりするのを見せたところ、アリシアは目を丸くして、信じられないものを見るかのようにその靄を見つめていた。


「レン……これって、まさか……あなたが作った魔法なの!?」


アリシアは、その小さな黒い靄を指差し、驚きに満ちた声を上げた。彼女は自分で魔法が使えるがゆえに、それがどれほど常識外れであるかを瞬時に理解したのだ。


「そんな……新しい魔法を、本当に一から作り出すなんて、聞いたことないわ……」


アリシアが、興奮して頬を染める。その言葉に、レンは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「いや、そんな大げさなものじゃないよ。アリシアの言葉があったからこそ、ひらめいただけだ。それに、これはまだ完璧じゃない。それと、もし真似しようとするなら、気をつけるんだ。イメージが不明確だと、この前みたいに暴発するみたいでさ。。」


レンは真剣な表情で、アリシアに忠告した。


俺の言葉には、開発過程で味わった苦労が滲んでいた。アリシアはレンの真剣な顔を見て、こくりと頷いた。彼女自身も魔法の危険性を知っているからこそ、レンの言葉の重みが理解できた。


「わかったわ、レン。簡単にできることじゃないってことね。でも、やっぱりすごいわ! この魔法があれば、今度の探索も格段に楽になるわね!」


アリシアは再びその靄を見て、目を輝かせた。レンもまた、彼女の言葉に満足そうに頷いた。この魔法は、我々の冒険を大きく変えることになるだろう。


この成功は、レンにとって大きな一歩だった。俺はこの魔法を「空間収納ストレージ」と名付け、さらに改良を重ねた。


最初は小物しか入らなかったが、イメージを拡張し、より複雑な魔力回路を構築することで、大型のアイテムや大量の素材も収納できるようになった。


不安定な空間の破綻や、他者に悪用されることを防ぐため、俺自身の魔力と意識にのみ反応するよう、厳重なロック機構を組み込んだ。


いちいち詠唱や手の動きを介さずとも、意識するだけでアイテムを出し入れできるように、身体の一部と化したかのように馴染ませていった。


アリシアの言葉と、レン自身の不屈の探求心と創造力によって生まれたこの「空間収納ストレージ」は、俺自身の活動を飛躍的に広げていくことになるのだった。



◇ ◇ ◇



そして探索当日。装備は万全。回復薬、解毒薬、そして俺が開発した改良型魔力爆弾もいくつか携帯していく。もちろんストレージにも荷物は入れてある。


森の奥へ進むにつれて、空気は重くなっていくのを感じる。魔力感知の精度を最大まで引き上げ、周囲の気配を探る。


「……魔物のレベルが、村の近くとは全然違うな」


カイルが、剣の柄に手をかけながら呟く。時折遭遇するモンスターは、村の周囲に存在するモンスターよりも明らかに強力な個体も多い。


「うん……それに、なんだか、森全体が怒っているような……そんな感じがする」


アリシアが、不安そうに周囲を見回す。


俺たちは、訓練した連携を駆使し、遭遇した魔物を着実に撃退しながら進んでいく。

カイルが前線を維持し、アリシアが矢で援護、俺が無詠唱魔法と魔鉄の剣で仕留める。3人の連携は、以前とは比較にならないほどスムーズで強力になっていた。


「それにしてもレン、お前の魔法、ここの所、詠唱していないが、どうやったんだ?」


戦闘の合間に、カイルが感心したように尋ねてきた。


「ああ。アリシアに教わった魔法理論と、俺の……まあ、あとはイメージ力だな。術式と発動イメージが完全に固まっていれば、詠唱は省略できるらしいからな。詠唱はイメージを固めるサポートであって、魔法のイメージができていたら不要らしいんだ。」


「へえー!まあ、便利そうではあるがなー。」


カイルは少し悔しそうだ。彼も魔力は増したが、魔法に関してはまだ練習中のようだ。

そんな会話を交わしながら、俺たちはついに、以前、魔力感知で塩辛い水の気配を感じたエリアへと到達した。そこは苔むした巨大な岩がいくつも転がる、薄暗い谷間の奥だった。


「……この辺りのはずだが……」


俺が周囲を探ると、岩場の裂け目から、確かに水が湧き出ている場所を発見した。水量は多くないが、空気中に漂う微かな塩の匂いが、それが塩泉であることを示唆していた。


「あったぞ! これだ!」


俺たちは喜び勇んで駆け寄ろうとした、その時。


ゴゴゴゴ……!


地面が揺れ、目の前の岩が、まるで生きているかのように動き出した! 岩の表面が剥がれ落ち、中から現れたのは、塩の結晶で全身を覆われた、巨大なゴーレムのような魔物だった!


「なっ!? ゴーレム!?」


アリシアが叫ぶ。彼女の知識によれば、ゴーレムは魔力濃度の高い特殊な環境でのみ発生するという、再生力が高く、厄介な魔物らしい。


「グルオオオオッ!」


ゴーレムは、その巨腕を振り上げ、俺たちに襲いかかってきた!


「来るぞ! カイル、前!」


「おう!」


カイルが盾を構えて突進し、ゴーレムの腕を受け止める。凄まじい衝撃! だが、カイルはその一撃を確かに受け止めた!


「アリシア、援護!」


「レン、ゴーレムの胸のあたりに核があるよ!」


アリシアが光の矢をゴーレムの胸部目掛けて連射する。しかし、硬い結晶外皮に阻まれ、決定打にはならない。


「くそっ、硬すぎる!」


俺も火魔法や土魔法を試すが、効果は薄い。物理攻撃はカイルが受け止め、魔法攻撃は耐性で軽減される。再生能力まであるとは、厄介すぎる相手だ。


(ならば……!)


俺は魔鉄の剣を構え、魔力を込める。狙うは一点、胸部の核!


「カイル、一瞬だけ動きを止めてくれ!」


「任せろ! シールドバッシュ!」


カイルが渾身の力で盾を叩きつけ、ゴーレムの体勢をわずかに崩す。その一瞬の隙を、俺は見逃さない!


魔力を剣に上乗せし、最大速度でゴーレムの懐へ飛び込む! そして、全神経を集中させ、剣先に魔力を収束させる!


魔力を纏った剣先が、ゴーレムの硬い結晶外皮を貫き、その奥にある核を砕いた!


「……ゴ……ォ……」


ソルトゴーレムは動きを止め、やがてガラガラと音を立てて崩れ落ち、ただの塩の塊へと還っていった。


「やったか……」


強敵だった。三人の力がなければ、危なかったかもしれない。

またゴーレムを倒したことで、塩水があったあたりの重苦しさがなくなった気がする。



◇ ◇ ◇



ゴーレムを倒し、ようやく俺たちは塩泉の調査に取り掛かることができた。岩の裂け目から湧き出る水は、舐めてみると強烈なしょっぱさだ。非常に高い塩分濃度を持っている。


「これなら、良質な塩がたくさん作れるぞ!」


カイルが喜ぶが、問題はどうやってこの塩水を村まで運ぶかだ。水量はそれほど多くなく、湧き出るそばから地面に吸い込まれていく。容器で汲んでも、何度も往復するのは危険すぎるし、効率も悪い。


この時のために、事前準備したストレージである。


「カイル、ちょっと俺のもつ石を見ていてくれ。」


俺は石を1つ手に取り、ストレージに出し入れしてみた。


「えっ!? 石が消えて、また現れた!?」


カイルは、目を丸くして驚いている。


俺はカイルにストレージの魔法について説明した。


「つまり、別の空間に物を仕舞っておけるってことか? そんな便利な魔法があるなんてな!」


「お兄ちゃん、レンが事前準備をしたかったのは、これのためなんだって。あとこの魔法はレンが作ったんだよ!」


カイルは驚きながらも、すぐにその有用性を理解してくれた。俺は、持ってきた全ての容器(水筒や皮袋など)に塩水を満たし、それを次々とストレージに収納していった。さらに塩水だけをストレージに直接収納した。


「よし、これだけあれば、村で本格的な製塩ができるはずだ!」


俺たちは、大きな成果と新たな力を手に、意気揚々と村への帰路についた。

この塩水を村へ持ち帰り、最高の塩を作り上げることに集中しよう。



◇ ◇ ◇



村に戻った俺たちは、早速、共同炊事場に大きな平釜(ゴードンさん特製)を用意し、本格的な製塩作業を開始した。ストレージから大量の塩水を取り出すと、村人たちから再び驚きの声が上がる。


まずは不純物除去。塩水には、まだ微細な泥や砂、その他の鉱物粒子が混じっている。俺が土魔法で大きなゴミを沈殿させ、次にアリシアが薬草、活性炭に似た効果を持つ浄化草を使った多層フィルターで、丁寧に濾過していく。アリシアのファインプレーで、塩水は驚くほど透明になった。


次に、煮詰め(濃縮)工程。濾過した塩水を平釜に入れ、俺が火魔法で着火し水分を蒸発させていく。沸騰させすぎると塩の結晶が小さくなり、苦味が出やすくなる。

かといって、温度が低すぎると時間がかかりすぎる。俺は塩分濃度と温度を監視しながら、最適な状態を維持する。


この工程で大量の薪が必要になるため、カイルが力仕事担当として大活躍した。彼の力を使い、大量の薪を森から運び込み、炉にくべ続ける。


「おいレン! まだかよ! 俺は薪運び係じゃないんだぞ! そろそろ腹も減ってきたし!」


「文句言うな、カイル! これが美味い塩のためなんだ! もう少しだから頑張れ!」


「ふふ、お兄ちゃん、頑張って!」


いつもの賑やかなやり取りをしながら、作業は進む。


そして、ついに結晶化(採塩)の段階へ。塩分濃度が飽和点に達し、釜の表面や底に、キラキラとした塩の結晶が現れ始めた。


「よし、来たぞ! ここからが勝負だ!」


俺は火力をさらに弱め、時間をかけてゆっくりと水分を蒸発させていく。

釜の温度が下がり、水分が完全になくなると……そこには、雪のように真っ白で、光を受けてキラキラと輝く、大きく美しい塩の結晶が、釜の底一面に析出していた!


「で、できた……! これが……塩……!」


俺たちは、息を呑んでその光景を見つめた。それは、まさに努力と知恵、そして魔法が生み出した、純白の宝石だった。



◇ ◇ ◇



完成したばかりの新しい塩。俺たち三人は、まず自分たちでその味を確かめてみた。指先に少量取り、舐めてみる。


「……!!」


最初に感じたのは、クリアで強い塩味。だが、それはすぐに、角の取れたまろやかさと、舌の奥で感じるほのかな甘み、そして深い「旨味」へと変わっていった!


「美味いっ!! なんだこれ!?」


俺は思わず叫んでいた。前世で食べた、どんな高級な塩にも負けないかもしれない。


「しょっぱいだけじゃない……! なんだろう、すごく味が濃いというか、深いというか……!」


アリシアも目を輝かせている。


「おおっ! これは……確かに村で使ってた塩とは全然違うぞ! 苦味が全くないし、後味がすっきりしてる!」


カイルも、普段は味に無頓着な彼でさえ、その違いに気づき、素直に感動していた。



◇ ◇ ◇



「できたよ、レン、カイルお兄ちゃん!」


その日の夕食。アリシアは、完成したばかりの塩を使って、腕によりをかけて料理を作ってくれた。カイルが狩ってきた猪肉と、畑で採れた新鮮な野菜を使った、シンプルな塩味のスープだ。


「このお塩を使ったら、あの燻製肉のスープ、もっと美味しくなるんじゃないかなって思って!」


三人で食卓を囲み、スープを一口すする。


「「「…………美味いっ!!!」」」


思わず、三人の声がハモった。新しい塩は、燻製肉の旨味と野菜の甘みを最大限に引き出し、これまでとは比較にならないほど深く、洗練された味わいを生み出していたのだ。


「すごい……! 塩だけで、こんなに味が変わるなんて……!」


「ああ! これなら、パンにつけても、肉に振るだけでもご馳走だな!」


「ふふ、よかった! これから、もっと色々な料理に挑戦してみようね!」


塩作りという地道で大変な作業を通じて、俺たちの絆は、また一つ、深く、そして味わい深いものになっていた。


「しかしカイル、お前、さっき味見と称して塩、舐めすぎだぞ。塩分の摂りすぎは体に悪いんだからな」


「うるせえな! 美味いのが悪いんだろ!俺の体は頑丈なんだよ!」


「もう、お兄ちゃんったら……。でも、おかわりはたくさんあるからね」


笑い声が、温かい灯りの下で響き合う。この穏やかで満たされた時間が、いつまでも続けばいい。俺は心からそう願った。



◇◇◇



良質の塩の大量生産により、冬の保存食の作成のめどは立った。

しかし、保存料としても、味覚としてもまだ足りないものがある。それは「甘味」だ。


「うーん、この蜂蜜漬けも美味しいけど、やっぱり蜂蜜の味が強いかなぁ。もっと果物そのものの味を活かした、違う甘いものが作れたらいいのになぁ」


ある日の午後、俺の家で薬草の整理を手伝ってくれていたアリシアが、休憩に出した木の実の蜂蜜漬けを口にしながら、ぽつりと呟いた。村で手に入る甘味料は、基本的に蜂蜜しかない。貴重で美味しいのだが、独特の風味があり、使える料理も限られてしまう。子供たちのおやつも、木の実や焼き芋がほとんどだ。


(甘いもの、か……。そういえば、前世では当たり前のように使っていた、白い結晶……)


俺の脳裏に、コーヒーに入れたり、ケーキやクッキーに使ったりしていた、あの万能な甘味料の記憶が蘇る。


「なあ、アリシア、カイル。蜂蜜とは違う、もっと使いやすくて、保存も利いて、しかもすごく甘い……雪みたいに真っ白な結晶の甘味料って、作れないだろうか?」


ちょうど訓練から戻ってきたカイルも交え、俺は二人に問いかけた。


「白い、甘い結晶?塩みたいな見た目で、蜂蜜より甘いものがあるの?」


アリシアが不思議そうに首を傾げる。


「ああ。昔、それを使って色々な料理やお菓子を作っていた、、うる覚えの記憶がある。。それに、確か……濃度を高めれば、果物なんかを長持ちさせる効果もあったはずだ」


砂糖の防腐効果。ジャムやシロップ漬けの原理だ。もし砂糖が作れれば、アリシアが悩んでいた果物の保存問題も解決できるかもしれない。


「へえ……そんな魔法みたいな粉があるのか!?」


カイルが目を丸くする。彼にとって、「白い結晶」といえば塩のイメージしかないのだろう。


「魔法じゃない。特定の植物に含まれる糖分を取り出して、結晶化させるんだ。手間はかかるだろうが、原理的には可能だと思う」


「特定の植物……? ねぇ、レン! それって、どんな植物なの?」


アリシアが身を乗り出して聞いてきた。彼女の植物に対する探求心は尽きない。



◇◇◇



俺は、前世の知識――サトウキビやテンサイ(砂糖大根)――の姿形、そして糖分が蓄えられている場所(茎や根)について、覚えている限り詳しく説明した。


「……というような、茎に甘い汁が詰まっている背の高い草か、あるいは、カブみたいに太い根っこに甘味を蓄える植物なんだが……この森に、似たようなものは生えていないだろうか?」


「うーん……茎が甘い草は知らないけど……」


アリシアは顎に指を当てて考え込む。「


でも、甘い樹液が出る木なら知ってるよ! 糖楓っていうカエデに似た木でね、春先に幹に傷をつけると、すごく甘い樹液がたくさん出るんだ。そのまま舐めても美味しいんだけど、日持ちしないから、あまりたくさんは採らないんだけど……」


「それだ! その樹液、使えるかもしれない!」


メープルシロップの原料、カエデの樹液と同じようなものだろうか。期待が高まる。


「それから、根っこが甘い植物……そうだ! 甜根草てんこんそうっていうのはどうかな? 見た目は大きなカブみたいなんだけど、齧るとほんのり甘いんだ。家畜の餌にはするけど、人間はあまり食べないかな。少し土臭いから」


「カブみたいで、甘い根……! まさに、テンサイ(砂糖大根)にそっくりじゃないか!」


俺は興奮を抑えきれなかった。この世界にも、砂糖の原料となりうる植物が存在したのだ!


「アリシア、その二つの植物が生えている場所に案内してくれ! カイルも、頼めるか?」


「おう、任せろ! その『白い甘い結晶』とやらがどんなものか、俺も見てみたいからな!」


カイルも、なんだかんだ言って興味津々のようだ。こうして俺たち三人は、新たな食料革命(?)の鍵となる植物を探しに、再び森へと足を踏み入れることになった。



◇◇◇



「それで、レン。その『サトー』ってやつは、どうやって食べてたんだ?」


森の中を進みながら、カイルが尋ねてきた。


「砂糖だよ。まあ、そのまま舐めても美味いが……普通は料理やお菓子に入れるな。甘みをつけるだけじゃなく、味に深みを出したり、保存性を高めたり、色々な使い方ができる万能調味料だ」


「へえー。じゃあ、アリシアがこの前作ってたジャム? あれももっと美味くなるのか?」


「ああ、蜂蜜とは違った、もっとすっきりした甘さになると思うぞ。それに、ケーキとか、クッキーとか……」


「ねえ、レンさん、それってどんなお菓子なの!?」


アリシアが目を輝かせて食いついてきた。俺は前世で食べた様々なお菓子のことを思い出しながら説明する。ふわふわのスポンジに甘いクリームが塗られたケーキ、サクサクとした食感のクッキー、冷たくて甘いアイスクリーム……。


「うわぁ……! 聞いてるだけでお腹空いてきた……!」


「……レンの昔いた場所ってのは、美味いもんがたくさんあったんだな……」


アリシアはうっとりとし、カイルは少し羨ましそうな顔をしている。


「まあ、その分、運動不足で太りやすいという問題もあったがな……」


前世の自分の腹回りを思い出し、俺は苦笑した。


そんな他愛ない会話をしながら森を進むと、やがてアリシアが足を止めた。


「あった! これが糖楓だよ」


そこには、幹回りが太く、空に向かって枝葉を広げる、カエデによく似た大木が何本も生えていた。


「確かに、メープルツリーに似てるな……。樹液は、春先じゃないと採れないのか?」


「ううん、少しだけなら今でも出るよ。ほら」


アリシアがナイフで幹に少し傷をつけると、透明で粘り気のある樹液がじわりと滲み出てきた。指先につけて舐めてみると、ほんのりと上品な甘さが口の中に広がる。


「美味い! これなら、煮詰めればかなり甘くなりそうだ」


次に、アリシアの案内に従って少し移動すると、地面から大きな葉っぱを茂らせている、カブによく似た植物の群生地を見つけた。


「これが甜根草。根っこを掘ってみるね」


アリシアが慣れた手つきで地面を掘ると、白くて丸々とした、大きなカブのような根が現れた。大きさは人の頭ほどもある。


「結構でかいな……。本当にこれが甘いのか?」


カイルが疑わしげに言う。


物は試しである。俺たちは、カイルの力を借りて甜根草をいくつか掘り起こし、さらに糖楓の樹液も採取できるだけ採取して、期待に胸を膨らませながら村へと戻った。



◇◇◇



村に戻った俺たちは、早速、本格的な砂糖作りに挑戦することになった。場所は、火と水を大量に使うため、村の共同炊事場を借りることにした。噂を聞きつけた村人たちが、興味津々で遠巻きに見守っている。


まずは、採取してきた原料の加工だ。


「よし、俺はこっちの糖楓の樹液を煮詰める。アリシアは、甜根草の処理を頼めるか?」


「うん、任せて!」


俺は大きな鍋に糖楓の樹液を入れ、煮詰める作業を開始した。前世のメープルシロップ作りの知識を参考に、【火魔法】で火力を精密にコントロールする。焦げ付かせず、かつ効率よく水分を飛ばしていく。これは根気のいる作業だ。


「本当にこれで甘くなるのか? 見た目はただの木の汁だぞ」


薪を運びながら、カイルが怪訝そうに鍋を覗き込む。


「見てろって。ちゃんとやれば、蜂蜜みたいに甘いシロップになるはずだ……多分な」


俺も自信満々とは言えない。何しろ、前世で実際にやったことがあるわけではないのだから。


一方、アリシアは甜根草の処理を担当していた。大きな根を丁寧に洗い、表面の土や皮を剥き、そしてひたすら細かく刻んでいく。薬草の調合で培われたのだろう、その手つきは驚くほど正確で、丁寧だった。


「アリシア、手際が良いな」


「ふふ、細かくて根気のいる作業は得意なの」


刻まれた大量の甜根草の破片。ここから糖分を抽出する必要がある。


「これを煮出して汁を採るのが一般的らしいが……もっと効率的にできないか?」


俺は設計図を描き、ゴードンさんに相談して、急遽簡単な圧搾機を作ってもらった。木製の頑丈なフレームに、大きなネジ式の圧迫器を取り付けたものだ。


「よし、カイル、出番だ! こいつを力いっぱい回して、甜根草から汁を絞り出してくれ!」


「うおおお! 任せろ!」


カイルは共鳴者としての力を込めて、圧搾機のハンドルを回す。ミシミシと音を立てながら、刻まれた甜根草が圧縮され、じわじわと白く濁った甘い香りのする汁が滴り落ちてきた。


「出た! すごいぞ、カイル!」


「はは、これくらい朝飯前だぜ!」


カイルのパワーと、ゴードンさんの技術が組み合わさることで、作業は順調に進んでいく。


樹液を煮詰めた糖蜜(メープルシロップ風)と、甜根草から絞り出した糖液。二種類の甘い液体が集まった。ここからが、砂糖作りの最大の難関、結晶化だ。


「この糖液を、さらに煮詰めて、不純物を取り除いて、冷まして……上手くいけば、砂糖の結晶ができるはずなんだが……」


俺は前世の曖昧な記憶を頼りに、慎重に作業を進める。濾過布で不純物を取り除き、再び鍋に入れてゆっくりと煮詰めていく。


「温度が上がりすぎると焦げるし、低すぎると結晶化しない。このギリギリのラインを見極めないと……」


俺は火魔法の制御に全神経を集中させる。

試行錯誤の末……ついに、その瞬間は訪れた。


ゆっくりと冷えていく濃縮された糖液の表面に、キラキラと輝く、小さな白い粒が現れ始めたのだ!


「……! できた……のか!?」


俺たちは息を呑んで見守る。白い粒は徐々に数を増やし、やがて鍋の底には、雪のように白く、光を反射して輝く結晶が堆積していた。


俺は震える指で、その結晶を少量すくい上げ、口に運んだ。


「…………!!」


舌の上に広がる、純粋で、強烈な甘さ! 蜂蜜のような複雑な風味はない。だが、その直接的でクリアな甘さは、紛れもなく「砂糖」のものだった!


「やった……! できた! 砂糖だ!!」


俺は思わず叫んでいた。アリシアとカイルも、恐る恐る砂糖を舐めてみて、その甘さに目を見開く。


「こ、これは……! 蜂蜜とは全然違う! 甘い! すごく甘いぞ!」


「すごい……! 本当に、白い甘い結晶ができた……!」


二人とも、素直な驚きと感動の声を上げていた。



◇◇◇



俺たちが砂糖の完成に歓喜していると、その甘い香りに誘われたのか、噂を聞きつけたのか、村の子供たちや、エマ婆さん、ミーナさんなど、多くの村人たちが炊事場に集まってきた。


「なんだい、この甘い匂いは?」


「レン隊長たちが、何か新しいモンを作ったんだって?」


俺たちは、まだ量は少ないが、完成したばかりの砂糖を、皆に少しずつ分け与えた。


「こ、こりゃあ……!」


「甘い! こんなに甘いものは初めてじゃ!」


「これが、レン隊長の言ってた『サトー』か!」


「まるで、溶けない雪のようじゃのう……美しい……」


村人たちは、初めて味わう砂糖の純粋な甘さに衝撃を受け、口々に感嘆の声を上げる。子供たちは特に大喜びで、「もっと! もっと!」と目を輝かせている。


「レン隊長は、本当に魔法使いじゃな!」


「いや、もはや錬金術師じゃ!」


村中が、新たな恵みの誕生に沸き立っていた。



◇◇◇



「ねえ、レン! このお砂糖を使えば、もっと美味しいお菓子が作れるんじゃない!?」


砂糖の甘さに感動したアリシアが、興奮気味に提案してきた。


「そうだな。ケーキはまだ無理だが……簡単な焼き菓子なら作れるかもしれないな。麦粉と、この砂糖と、それから森で採れた木の実なんかを混ぜて……」


俺たちは早速、残った砂糖を使って、初めての「砂糖を使ったお菓子」――クッキーのようなもの――作りに挑戦することにした。アリシアが生地をこね、俺が火魔法で石窯の温度を調整し、カイルは……味見役(という名のつまみ食い役)だ。


「おい、カイル! まだ焼く前だぞ!」


「いいじゃねえか、ちょっとくらい!」


そんな賑やかなやり取りをしながら、焼き上がったクッキーは、少し不格好だったが、サクサクとした食感と、砂糖の優しい甘さが口の中に広がる、素朴で温かい味がした。


「美味しい……!」


「ああ、美味いな!」


「……ふむ、悪くない」


三人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。砂糖作りという大変な共同作業を通じて、俺たちの絆はまた一段と深まった気がした。



◇◇◇



完成した砂糖の結晶を、ランプの灯りにかざしてみる。キラキラと輝くそれは、まるで宝石のようだ。


「まさか、本当に作れるなんてな」


カイルが、まだ信じられないといった様子で呟く。


「うん! これで、もっと色々な料理やお菓子が作れるね!」


アリシアは、これからの食卓に思いを馳せ、嬉しそうに微笑んでいる。


「ああ。それに、砂糖は保存食作りにも役立つ。ジャムも、これを使えばもっと日持ちするようになるはずだ。村の食文化を、もっと豊かにできる」


俺は、達成感と共に、この新たな恵みが村にもたらすであろう可能性に胸を膨らませていた。


(次は、この砂糖を使って、もっと驚くようなモンを作ってやるか……)


やるべきことは、まだまだ尽きない。


だが、今はただ、この甘い達成感と、仲間たちとの温かい時間を分かち合おう。エルム村の未来は、俺たちの手によって、甘く、そして力強く紡がれていくのだから。


そんな希望を胸に、エルム村の夜は、穏やかに更けていった。



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