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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
1章

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第13話:恵みの大地と未来の種

エルム村の防衛隊長としての日々が始まってから、さらに数週間が過ぎた。


ゴブリン・ジェネラルの脅威を退けた村は、俺が持ち込んだ知識と魔法、そして村人たちの不屈の精神によって、驚くべき速さで復興を遂げつつあった。レンガと魔法モルタルで再建された家々は以前よりも頑丈で快適になり、石壁で強化された防壁は村に確かな安心感をもたらしていた。バリスタや投石機といった新兵器も配備され、カイルやボルグが中心となって自警団の訓練に熱が入る。村には活気が戻り、人々の顔には未来への希望が満ち溢れていた。


俺自身も、防衛隊長としての職務に少しずつ慣れてきた。訓練の指揮、見張り体制の構築、村長や長老たちとの会議……。


もちろん、俺一人の力ではない。副隊長として俺を支え、自警団を力強くまとめてくれるカイル。補佐役として、膨大な事務作業から俺の身の回りの世話まで、献身的にこなしてくれるアリシア。そして、それぞれの立場で村の復興に尽力してくれるドルガン村長、ゴードンさん、ヘクターさん、エマ婆さん、ミーナさん、そして今や頼れる部下となったボルグ……。皆の協力があってこそ、今のエルム村があるのだ。


しかし、復興が進むにつれて、新たな課題も浮き彫りになってきていた。建築資材や魔力爆弾の材料となる資源の消費問題、そして、村の持続的な発展に不可欠な食料の安定供給だ。


「……冬が来る前に、備蓄を増やさないとな」


ある日の夕食後、俺はカイル、アリシアと共に、村の食料事情について話し合っていた。今年の植え付けはまだだったが、ゴブリン襲撃の影響で植え付け前の畑の一部が荒らされ、備蓄食料も戦闘中の配給でかなり減ってしまっている。食糧問題解決の布石は打っておきたい。


「畑の生産性を、もっと上げられないだろうか?ただ作物を育てるだけでなく、もっと効率的に、もっと多くの収穫を得られるように……」


「畑の生産性、か。確かに、毎年同じように作っているだけじゃ、豊作もあれば不作もある。天候次第ってところもあるしな」


カイルが腕を組んで唸る。彼は畑仕事より狩りの方が得意だが、村の食料事情の重要性は理解している。


「何か良い方法があるの、レン?」


アリシアが期待の眼差しで俺を見る。


「ああ、少し考えがあるんだ。」


俺は、この村の農業(主にカブや麦、豆類などの栽培)の現状を観察し、いくつかの改善点を思いついていたのだ。



◇◇◇



翌日、俺は村長やヘクターさん、そして畑仕事の中心となっている老人たちを集め、農業改革の提案を行った。


「まず、皆さんに試してほしいのが『輪作』という方法です」


俺は地面に図を描きながら説明を始める。


「毎年同じ畑で同じ作物を作り続けると、土の中の特定の栄養分だけが減ってしまい、土地が痩せてしまいます。いわゆる『連作障害』というものです。それを防ぐために、畑をいくつかの区画に分けて、違う種類の作物を順番に、年ごとにローテーションさせて育てるんです」


「ほう、違う作物を順番に……? 例えば、どういう風にじゃ?」


畑仕事のまとめ役である、好々爺然とした老人――タゴサクさんが尋ねる。


「例えば、麦のような穀物を育てた次の年は、豆類を育てます。豆類の根には、土を元気にする力があるからです。その次は、カブのような根菜、そして葉物野菜……というように、異なる性質の作物を順番に育てることで、土の栄養バランスを保ち、病気や害虫の発生も抑えることができると考えられます」


俺の説明に、老人たちは「なるほど」「確かに、同じものばかり作っていると、年々出来が悪くなる気がしていたわい」と頷き合う。彼らの長年の経験則とも合致する部分があったのだろう。


「次に、『堆肥』作りです。家畜の糞や、調理で出た野菜くず、落ち葉などを集めて、特定の場所で積み上げておき、時々かき混ぜて空気を入れる。そうすると、微生物の働きでこれらが分解され、数ヶ月後には、作物の栄養になる真っ黒で栄養満点の『堆肥』になるんです」


「糞や生ゴミを畑に……? 汚くないのかね?」


別の老人が、少し顔をしかめて言う。衛生観念の違いもあるのだろう。


「大丈夫です。ちゃんと発酵させれば、臭いもなくなりますし、病気の心配もありません。むしろ、土をふかふかにして、作物の育ちを良くしてくれる最高の肥料になります。これも、俺の魔法を使えば、発酵を早めることができるかもしれません」


俺は火魔法での温度管理や土魔法での攪拌、水分調整を組み合わせれば、高品質な堆肥を短期間で作れる可能性があると考えていた。


「そして最後に、『品種改良』……と言っても、難しいことではありません。収穫した作物の中から、特に病気に強かったもの、大きく育ったもの、味の良いものを選び出し、その種を翌年優先的に蒔く。これを毎年繰り返すだけでも、少しずつですが、より良い作物ができるようになるはずです」


基本的な選抜育種の考え方だ。これも、経験豊富な老人たちには理解しやすい概念だったようだ。


俺の提案に対し、最初は半信半疑だった村人たちも、具体的な方法と、魔法によるサポートの可能性を聞くうちに、次第に乗り気になっていった。


「よし、レン隊長の言う通り、試してみようじゃないか!」


「まずは新しいやり方で、一部の畑で試してみよう!」


「収穫が増えるなら大歓迎じゃ!」


会議は、新たな農業への挑戦に向けて、活気ある雰囲気で終わった。



◇◇◇



農業改革の計画は、すぐに実行に移された。輪作計画の策定、堆肥場の設置、そして種籾の選別。村人たちがそれぞれの経験や知識を持ち寄る中、自分で薬草を採取し自宅の花壇で研究していたアリシアの存在が大きな力となった。


「レン、この月見草の仲間はね、根っこに土を元気にする力があるんだ。畑に植えて、花が咲く前に土に鋤き込むと、すごく良い肥料になるよ」


「それから、こっちの苦虫ハーブ。これは強い匂いで害虫を寄せ付けない効果があるの。私のお花畑に使ってたんだけど、畑の周りにも植えたり、煮出した汁を薄めて撒いたりすれば、害虫を寄せ付けないことができるかもしれない」


「この種類の麦は、寒さに強くて病気にもかかりにくいって、エマ婆ちゃんの古い記録にあったよ。収穫量は少し少ないかもしれないけど、安定して育てられるんじゃないかな」


アリシアは、彼女が持つ膨大な薬草や植物の知識を応用し、この村の環境に適した具体的な作物の選定や、天然由来の防虫剤・肥料のアイデアを次々と提案してくれた。俺とアリシアは協力して、それらの効果を確かめるための小さな実験畑を作り、試作と観察を繰り返した。


「アリシアは本当に物知りだな。君がいなかったら、この農業改革も上手くいかなかったかもしれない」


「そ、そんなことないよ! レンこそ、すごい知識ばっかり……。私、レンから教わることがたくさんあるよ」


実験畑で並んで作業しながら、俺たちは自然と笑い合った。彼女の知識と俺の知識が組み合わさることで、想像以上の成果が生まれる。それが、単純に嬉しかった。



◇◇◇



輪作、堆肥、品種改良、そしてアリシアの知恵。これらによって、エルム村の農業は確実に向上していくだろう。だが、俺にはもう一つ、どうしても実現したい計画があった。それは、灌漑かんがい――安定した水の供給だ。


「どんなに土や種を良くしても、日照りが続けば作物は枯れてしまう。雨水だけに頼る農業には限界がある。安定した水源から、畑まで水を引いてくることができれば……収穫量は劇的に増えるはずだ」


俺がそう呟くと、隣で薬草の仕分けをしていたアリシアが顔を上げた。


「安定した水源……。そうだ、レン! 村の西側の森を半日くらい歩いたところに、綺麗な小川が流れてるよ! 水量も一年中ほとんど変わらないって、お爺ちゃんが言ってた。でも村から遠いから..」


「本当か!? アリシア、その場所に案内してくれないか?」


「うん、いいよ! 小さい頃、よくカイルお兄ちゃんと魚を捕まえに行ったんだ。懐かしいな。でも小川をどうするの?」


俺は早速、アリシアに案内を頼み、護衛兼力仕事担当としてカイルも誘って、三人でその小川へと向かうことにした。道中の森は、以前のような不穏な気配は薄れていたが、油断はできない。魔力感知を展開し、周囲を警戒しながら進む。


「しかし、レン。小川から村まで水を引くって、どうやってやるんだ? 相当な距離があるぞ」


カイルが、先頭で草を掻き分けながら尋ねる。


「魔法を使うんだ。土魔法で、小川から畑まで続く水路を掘る」


「水路を!? そんなことができるのか?」


「ああ。今の俺の魔力量なら、おそらく可能だ。問題は、正確なルート設計と、水漏れしないように水路を固めることだな」


そんな話をしているうちに、俺たちは目的の小川に到着した。それは、想像していたよりも水量が多く、清らかな水が絶えず流れている、まさに理想的な水源だった。


「ここなら十分な水量が確保できるな。よし、早速ルート設計だ」


俺はマッピングの魔法で周囲の地形を頭の中に描き出し、小川から村の畑までの高低差と最適なルートを割り出していく。


「ここから取水して、丘の斜面を等高線に沿うように掘り進め、あそこの窪地を利用して一度水を貯める。そこから分配用の水路を畑全体に行き渡らせる……よし、これなら最小限の労力で、かつ安定した水の流れが確保できるはずだ」


俺が頭の中の設計図を説明すると、カイルとアリシアは感心したように聞いていた。


「すごい……レン、そんなことまで分かるのか」


「まるで、最初から水路が見えてるみたいだね……」


「まあ、魔力と魔法に頼った知識だよ」


俺は早速、水路建設に取り掛かった。


まずは、ルート上の障害物の除去。カイルが、共鳴者としての力を存分に発揮する。


「うおおおおっ!」


魔力での身体強化を活用し、通常なら数人がかりでも動かせないような巨大な岩を、一人で軽々と持ち上げ、脇へと移動させる。太い木の根も、愛用の剣で一刀両断だ。


「ふぅ……魔法の力ってのは、本当に規格外だな。これなら、どんな力仕事も楽勝だぜ」


汗を拭いながら、カイルは自身の力に改めて驚いているようだった。


障害物が取り除かれると、いよいよ俺の出番だ。


俺は無詠唱で、しかし明確なイメージを持って魔力を練り上げ、土魔法を地面に向けて解き放つ。すると、俺の意思に従って、地面がまるで柔らかい粘土のように動き出し、設計図通りの形状に、みるみるうちに水路の溝が掘削されていく! 深さ、幅、傾斜、カーブ……全てが俺のイメージ通りに、精密に形作られていく。


「す……すごい……!」


アリシアが息を呑む。カイルも「これが……レンの魔法か……」と唖然としている。


俺はさらに、掘削した水路の底と側面に、ゴードンさんから作り方を教わった魔法モルタル(今回は強度より水密性を重視した配合)を流し込み、土魔法で圧力をかけて均一に塗り広げ、さらに火魔法で急速に硬化させる。これで、水漏れの心配もない、半永久的に使える頑丈な水路が完成するはずだ。


この大規模な土木作業は、俺の膨大な魔力とそして精密な魔力コントロールがあってこそ可能だった。それでも、数キロメートルに及ぶ水路建設は容易ではなく、数日間を要した。その間、カイルは力仕事と護衛を、アリシアは周辺の警戒と薬草採取を担当し、俺をサポートしてくれた。


そして、ついにエルム村初の灌漑用水路が完成した!


俺が小川の取水口を開くと、清らかな水が勢いよく水路へと流れ込み、設計通りのルートを辿って、村の畑へと到達した!


「「「おおおおおおっ!!!」」」


その瞬間、水路の完成を見守っていた村人たちから、これまでで一番大きな歓声が上がった! 水が畑のうねの間を流れ、乾いた土を潤していく光景は、まさに恵みの奔流だった。


「水だ! 畑に水が来たぞ!」

「これで、日照りを心配しなくて済む!」

「レン隊長、ありがとう! あんたは本当に村の救世主じゃ!」


村人たちは、俺と、協力してくれたカイル、アリシアを取り囲み、手を取り合って喜びを爆発させた。特に、長年水不足に悩まされてきた畑仕事の老人たちは、感極まって涙を流している。


この大規模な魔法行使を通じて、俺の魔力コントロールも鍛えられ、より大規模で、より精密な土操作が可能になっていた。



◇◇◇



完成した水路を流れる豊かな水を見ながら、俺は新たな可能性を考えていた。


(この安定した水の流れ……これを利用すれば、水車が作れるんじゃないか? 水車があれば、脱穀や製粉を自動化できる。村の労働負担を大幅に減らせるはずだ)


前世では当たり前だった水車の動力。この世界でも再現できるのではないか?


「なあ、ゴードンさんなら、水車って作れるだろうか?」


俺は隣にいたゴードンさんに尋ねてみた。


「水車? 水車とはなんじゃ?」


「水の力で輪っかを回す仕掛け..みたいなものです。形はこんな感じなのですが、、作れますかね?」


「作れんことはないが、正確な設計と頑丈な歯車が必要じゃ。……ふん、小僧、また何か企んどるな?」


ゴードンさんは、ニヤリと笑って俺を見た。


「ええ、まあ。少し面白いことを思いついて」


水車の建設は、次の目標となりそうだ。



◇◇◇



エルム村は、確実に変わりつつあった。頑丈な家々、強化された防壁、そして、豊かな水が流れる畑。それは、俺が持つ前世の知識と魔法、そして何より、村人たち自身の努力と協力によってもたらされた変化だった。


夕暮れ時。完成した水路のほとりで、俺はカイル、アリシアと共に、完成した水路に流れる流水をを眺めていた。今年の収穫は、きっと素晴らしいものになるだろう。


「すごいね、レン。本当に村が変わっていく」


「ああ。だが、まだ始まったばかりだ。やるべきことは、山ほどある」


「おう! 何でも来いだ! 俺たちがいる!」


カイルが力強く拳を握る。アリシアも、隣で優しく微笑んでいる。


そうだ、俺たちは一人じゃない。この仲間たちと共に、エルム村の未来を、そして俺たち自身の運命を切り拓いていくのだ。


復興の槌音は、やがて発展の足音へと変わっていく。だが、その先にあるものが、平穏だけではないことを、俺は心のどこかで予感していた。



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