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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章:囚われの民と雷鳴の姫君 〜目覚める龍の紋章〜

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第102話:出陣、黒鉄鉱山へ

決行前夜。エルム公国公王執務室の空気は、張り詰めた弦のように震えていた。


ランプの灯りが、テーブルに広げられた大陸地図を照らし出している。その一点、黒鉄鉱山の座標を示す朱色の印を、公国の最高幹部たちが静かに、しかし厳しい表情で囲んでいた。


二週間という絶望的なタイムリミット。 そして、我々の中枢に潜む「内通者」の影。


昨日、カジミール卿の「命がけの覚悟」によって提示された作戦を採用すると決断したものの、その実行方法を詰める段階で、俺はドラグニア抵抗軍の最高指揮官と対峙していた。


「レン公王。改めて確認いたしますが、本当にこの少数で十分とお考えですか?」


鋼のように鋭い視線を俺に向けたのは、騎士団総長セレスティーナ・フォン・シルフィードだった。彼女の氷のように澄んだ青い瞳は、目の前の地図ではなく、俺の覚悟そのものを見透そうとしている。


「我がドラグニアの兵も、公国防衛隊も、このエルムヘイムには数千の戦力がおります。彼らを使わず、我々中核メンバーだけで敵の心臓部に飛び込むのは……指揮官として、あまりにもリスクが高すぎると判断します」


彼女の懸念はもっともだった。ジュリアス殿、アルバート卿、バルトロメオ副官といったドラグニアの重鎮たちも、その表情にはセレスティーナと同様の懐疑の色が浮かんでいる。


数千の兵を動かさず、国のトップ自らが危険に飛び込む。常識的な軍略からすれば、愚策以外の何物でもないだろう。


「総長の懸念は理解できます。ですが、今回の作戦は『少数精鋭』でなければ、成功はあり得ません」


俺は立ち上がり、全員の顔を見回して断言した。


「第一の理由は、時間です」


俺は指を一本立てる。


「処刑まで、あと二週間もない。数千の軍隊を編成し、装備を整え、黒鉄鉱山まで秘密裏に行軍させる……たとえ俺の転移魔法を使ったとしても、それだけの規模の兵站を動かす時間的余裕は、我々にはありません」


「第二に、作戦の性質です」


俺は、カジミール卿が提示した鉱山の設計図を指し示した。


「カジミール卿の作戦は、帝国軍に察知されていない『古い通気孔』を使う、隠密潜入・奇襲作戦。大軍で動けば、その通気孔に到達する前に必ず帝国側に察知され、奇襲の利点は完全に失われます」


そして、俺は最も重い理由を口にした。


「第三に、そして最大の理由が……『内通者』のリスクです」


その言葉に、室内の空気が再び凍りついた。


「イリスの潜入情報は漏れていた。作戦規模が大きくなればなるほど、関わる人間は増え、情報漏洩のリスクは飛躍的に高まります。もし、我々の大掛かりな動きが帝国側に筒抜けになれば、黒鉄鉱山に到着する前に待ち伏せされ、全滅する可能性すらある」


俺は、厳しい表情で仲間たちを見据えた。


「だからこそ、今回の作戦の全容を知るのは、この場にいる中核メンバーのみ。そして、実行するのも、互いの背中を預けられる、我々少数精鋭である必要があるんです」


俺の言葉を、カジミール卿が静かに引き継いだ。彼は、いつもの冷静沈着な笑みを浮かべ、セレスティーナ総長に向き直る。


「全くもって同感です、セレスティーナ総長。わたくしの提案したこの作戦は、大軍では必ず失敗いたします。我々少数精鋭だからこそ、ギデオン将軍の鉄壁の裏をかく、万に一つの成功の可能性があるのです」


「……」


セレスティーナは、俺とカジミール卿の顔を交互に見つめ、やがて深く、重い息を吐いた。


「……分かりました。公王の決断に従いましょう。ドラグニアの未来、あなた方に託します」



◇◇◇



夜明け。


転移門が常設された首都エルムヘイムの格納庫は、厳戒態勢が敷かれ、張り詰めた空気に満ちていた。 作戦に参加する俺たち八人――俺、カイル、アリシア、ティアーナ、オリヴィア、イリス、セレスティーナ、そして案内役のカジミール卿――が、最終的な装備の確認を行っている。


「皆、これは私がエラーラさんと共同開発した、高純度の回復薬と、帝国が使うかもしれない毒に対応するための解毒薬です。必ず、持っていてください」


アリシアが、小さな小瓶を一人ひとりに手渡していく。その表情は緊張でこわばっているが、瞳には強い意志の光が宿っていた。


「ありがとうございます、アリシアさん。心強いですわ」


ティアーナも、通信用と、万が一はぐれた時用の信号発信機能を兼ねた、改良型の『遠話の魔石』を全員に配布する。


カジミール卿は、完璧に整えられた貴族服の上から、目立たない革鎧を身に着け、オリヴィアの傍らで地図を再確認している。


「オリヴィア様、皆様、ご安心を。この地図とわたくしの案内があれば、必ずや成功いたします」


また、俺たちの留守を預かる仲間たちが、見送りのために集まっていた。ドルガン補佐、


ジュリアス殿、アルバート卿、バルトロメオ副官といった重鎮たちが、厳しい顔つきで俺たちを見守っている。


その中で、フィーナが俺のローブの裾を不安そうに、しかし強く掴んでいた。


「レン、私も行く! レンが心配だから!」


彼女の真剣な瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。


「フィーナちゃん、さすがに今度は危険すぎるよ!」


「そうですよ。黒鉄鉱山は遊び場じゃありません」


アリシアとカイルが慌てて止めようとする。だが、俺は二人の懸念を手で制した。


「いや、フィーナには来てもらう」


俺の決断に、仲間たちが息を呑む。


「彼女はただの子供じゃない。俺の力を安定させる『調律者』だ。彼女がそばにいてこそ、俺は龍覚者としての全力を制御できる。」


セレスティーナとジュリアス殿が、俺の決断の合理性を認めざるを得ない、という表情で頷いた。


俺は、留守を預かる幹部たちに向き直った。


「ドルガン補佐、ジュリアス殿、バルトロメオ副官。俺たちが不在の間、公国の守りを固く託します」


「レン公王、ご武運を。公国のことは、この老骨に鞭打って、必ずや守り抜きますぞ」


「公王。どうか、ご自身の魔力制御を過信なさらず。ジュリアス殿の指導を思い出されよ」


「はっ! 総長も、どうかご無事で!」


仲間たちの力強い言葉に送られ、俺は頷いた。


「よし。……行くぞ!」



◇◇◇



俺は、格納庫から一歩外、広場へと出た。


「フィーナ」


俺が呼びかけると、フィーナは力強く頷き、その身を眩い光に包んだ。光が収まった時、そこには白銀に輝く美しい竜の姿があった。


「レン、乗って!」


俺は彼女の背中に飛び乗ると、格納庫で待つ仲間たちに一度だけ手を振り、空へと舞い上がった。


「フィーナ、頼む! 『龍奏飛翔』だ!」


「うん!」


俺の龍覚者の力と、フィーナの龍としての力が調和し、俺たちの体を紫電のオーラが包み込む。光の矢と化した俺たちは、エルムヘイムの上空で一度旋回すると、帝国の監視網をかいくぐるため、超低空を滑空するように、一路、黒鉄鉱山近郊へと向かった。


眼下に広がる大陸の風景が、凄まじい速度で後ろへと流れていく。


数時間の超高速飛行。フィーナの消耗も考慮し、一度だけ中継地点で休息を挟んだが、俺たちはついに、カジミール卿の地図で示された、黒鉄鉱山近郊の岩陰に隠れた安全な潜伏地点(帝国軍の監視塔からも死角)へと、無事に着地した。


「お疲れ、フィーナ。よく頑張ったな」


「へへー。レンと一緒だから、平気だよ!」


人の姿に戻ったフィーナの頭を撫でると、俺はすぐにマッピングで周囲の安全を最終確認した。


「……よし。帝国兵の気配はない。完璧な潜伏地点だ」 俺はストレージから、ティアーナたちが作り上げた星脈鋼の転移門を取り出し、平坦な岩場に設置した。


そして俺は、門の制御台座に手を置き、公国との空間を接続する。 星脈鋼のフレームが蒼い光を放ち、門の内側が揺らめき、見慣れた格納庫の光景が映し出された。


「レン! 繋がったか!」


門の向こうからカイルの声が響く。


「ああ! 全員、こちらへ!」


カイルを先頭に、アリシア、ティアーナ、オリヴィア、イリス、セレスティーナ、そして最後にカジミール卿が、次々と転移門をくぐり抜け、瞬時に敵地である黒鉄鉱山近郊に合流した。



◇◇◇



「……ここが……」


全員が敵地に集結した。


フィーナも、緊張した面持ちで俺の隣に立っている。総勢九名の精鋭部隊だ。 肌を刺すような冷たい風。荒涼とした岩山。そして、遠くの稜線の向こうにかすかに見える、巨大な鉱山の威容。無数の松明の光が、まるで巨大な獣の目のように、闇夜に不気味に輝いている。


「……黒鉄鉱山。」


オリヴィアが、憎しみを込めて呟いた。イリスとセレスティーナも、その光を睨みつけ、静かに闘志を燃やしている。


「すげえ数の灯りだな……。本当に、こんな場所に入れるのかよ」


カイルが、盾を構えながらゴクリと喉を鳴らした。 その時、一行の先頭に立ったカジミール卿が、地図と周囲の地形を見比べ、自信に満ちた(ように見える)声で俺たちを導いた。


「さあ、皆様。こちらです」


彼は、監視塔の死角となる、深い崖下の暗闇を指さした。


「古い通気孔は、あの崖下にございます。帝国兵も、まさかあのような場所から侵入者が来るとは思ってもおりますまい。わたくしが先導いたします」


カジミール卿を先頭に、俺たち九人の精鋭部隊は、闇に紛れて黒鉄鉱山の岩肌へと、その第一歩を踏み出した。


二週間後に迫る処刑を阻止するため、そして数千の同胞を救い出すため、俺たちの、あまりにも危険な潜入作戦が、今、始まった。



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