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CHERRY─彼女が狩人になった理由─  作者: 彩心


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第6話

 昨日はあれからも音瀬の事を考えすぎて、よく眠れなかった。

 一晩考えたが結局よく分からず、音瀬に会えば何か分かるかもしれないと、俺は初めて図書室に音瀬が来るのを待っていた。


 それに、小説のどこで泣いたのかも凄く気になる。

 たまには泣ける本を読みたくて読んだら、全然泣ける所がなくて、俺の心がおかしいのかと不安になったというのもある。


 もしハッピーエンドに感動して泣いたというのなら、彼女は見た目に反してとても純粋なのかもしれない……いやいやいや、いきなり体の関係を持とうとした音瀬が純粋なわけないか……。

 などとどうでもいい事を考えていると、ついに図書室の扉が開いた。


 俺の胸は思考に反してドキドキしていた。


 「おはよー」と満面の笑みを浮かべた音瀬が図書室に入ってくると、彼女は真っ直ぐに俺がいるカウンターまでやって来た。


 まだ会っただけだというのに、俺の胸はドキドキしっぱなしで、今までの色んな音瀬の顔が脳内を駆け巡る。


 えっ……?

 やっぱりこれって恋……なのか?


 俺が自分の思考に困惑していると、音瀬は俺の顔を覗き込みながら「どうしたの? なんかいつもと違うね」と言ってきた。

 はっと気づいた時には音瀬の顔がすぐ近くにあって、その後音瀬のプルプルとしたつややかな唇に目がいった。

 俺は何を見ているんだと、自分の行動に恥ずかしくなり熱くなった顔を隠すために、片腕で顔を隠して一歩後ずさった。

 

 「なになになにー? やっと私の事意識してくれた?」


 そう言ってカウンターから身を乗り出しニヤニヤ笑う音瀬には苛立ったが、その通りなので何も言い返せない。

 俺は小さな抵抗で音瀬から目をらした。


 「ほらほらほらー、昨日までは迷惑そうだったのに、今日はそうでもないでしょ?」

 

 確かに昨日までは迷惑だと思っていた。

 なのに今日は音瀬にドキドキしっぱなしで、いつも通りになんて出来ない。

 でも、そんな俺を見てニコニコしている音瀬に本当の事は言いたくない。


 俺は「ゴホンッ」と咳払いをして、気持ちを切り替えてその場で姿勢を正した。

 

 「きょ、今日はあれだ。音瀬に聞きたい事があったから」

 「聞きたい事? なになになにー? 朝陽君ついに私に興味が湧いちゃった?」

 

 目をキラキラさせて、本当に嬉しそうに言う音瀬を見て、可愛いと思ってしまった俺の胸は心臓をギュッと握りしめられたように痛んだ。

 

 なんなんだこの感情は。

 昨日までは音瀬に可愛いなんて思った事がなかったのに、今日は小動物のように可愛く思える。

 ……本当は分かっている。

 一度経験したから。

 でも、頭がそれを認めるのを拒否する。

 だって認めてしまったら……。


 「おーい、朝陽君。起きてるー?」


 そう言って音瀬が俺の目の前でヒラヒラと手を振る。

 いつもだったら「何でもない」と鬱陶うっとうしそうに手を払いのけただろう。

 でも今日は鬱陶しいどころか、可愛いなーと眺めていたくなる。

 

 おい! 俺っ!

 一体どうしちゃったんだよ!

 キスされただけで、こんなに感情が変わるなんて!


 この前は湊の事を『チョロすぎ』と馬鹿にしていたのに、もう馬鹿になんてできない。

 この気持ちを認めてしまったら、俺チョロすぎじゃね?


 でも、もう自分の気持ちがはっきりと分かってしまった。

 認める認めないなんて思っている時点で、俺は音瀬を好きになっている────あぁー俺はチョロいよ! チョロかったよ!

 ただキスされただけで好きになったよ!


 自分がこんなにもチョロかったなんて……知りたくなかった……。

 

 はぁーと溜め息を吐いた俺に音瀬は「本当に今日は朝陽君なんかおかしいよ。情緒不安定っていうか」と心配そうに言って俺を見つめてくる。


 うるうるとした瞳に見つめられ、俺の心臓は更にドクドクと早鐘をうつ。


 この気持ちを恋だと素直に認めてしまえば、音瀬の全ての行動が可愛く思えてくる。


 「ははっ、情緒不安定って確かにそうかもな」

 「あっ、今朝陽君笑ったでしょ! 初めて笑った所見たかも!」

 「別にそんな事ないだろ? 俺、普通に笑うし」

 「んーん、初めて見た。というか、朝陽君は真剣な顔でずっと本読んでるイメージしかない! いつも1人だし……さっきみたいに笑ってたら友達もすぐに出来るよ! 前髪で顔が見えないのもミステリアスでいいんだけど、前髪も切って目が見えるようにすれば……」


 そういいながら音瀬は俺の前髪に手を伸ばした。

 あっと思った時には前髪越しではない音瀬と目が合った。


 「やっぱり! 目が見えた方が絶対いいよ!」


 音瀬は屈託くったくのない笑顔でそう言った。

 俺の顔を見て見惚れるでもなく、音瀬がただ純粋に俺のためを思って言ってくれているのが分かる。

 中学の頃の女子達とは違った反応に俺は戸惑った。


 俺ってもしかして自意識過剰だったりする?

 えっ? そうなの?

 そうだったら俺恥ずかしすぎないか?

 今までの努力は全部無駄だったって事だし、俺はただの自意識過剰のチョロい奴だったと……恥ずかしい。

 恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい!!


 俺が羞恥心しゅうちしんで意識を飛ばしかけていると、音瀬は俺から視線を外し「あーでも、前髪あった方が朝陽君らしいか」と言って俺の前髪から手を離すと、元の位置に手櫛てぐしで直してくれた。


 「うんうん、なんかこっちの方が朝陽君って感じで落ち着くかも」


 そう言って音瀬は満足そうに笑った。

 一瞬俺の黒歴史の象徴と化した髪を切ろうかと悩んだが、音瀬がこっちの方が良いって言うならそのままでもいいかと思った。

 

 「そう? ならこのままでもいいかな……今の方が俺もなんか落ち着くし」


 俺は長くなった前髪をいじりながらそう答えた。


 「落ち着くならそれでいいと思う! 私もこのままの方が落ち着くっていうか……あっ、そうだ! 朝陽君の聞きたい事って何?」


 そうだった!

 普通に忘れる所だった!


 俺はカウンターに置いておいた本を手にとり、音瀬に見せた。


 「あぁーそれ! 読んだんだ! どうだった?」

 「面白かったよ。でも普通にハッピーエンドだし、誰かが死ぬわけでもないし、音瀬はどこに感動して泣いてたのかなって気になってさ」


 それを聞いた音瀬は顔が真っ赤になっていた。


 なにそれ、可愛い。

 ギャップがエグいし、顔を手で必死に隠そうとしているのが可愛い……って、俺さっきから可愛いしか思ってないよ!

 俺の語彙力が恋愛によって死んだ……やっぱり恋愛は人を馬鹿にするって話は本当だったのか……。


 俺がそんな馬鹿な事を考えてるうちに、音瀬は落ち着いたのか顔から手を離し、寂しげに笑った。


 「あはは、やっぱり見られちゃってたか……確かに泣ける場面なんてないかもね」


 音瀬はそう言って顔から表情を無くし、下を向いた。


 「羨ましいなぁーって。主人公達の綺麗な恋愛が」

 「え?」

 「純粋な心で人を好きになれて、ピンチの時は絶対に誰かが助けてくれて……それでさ、困難を乗り越えた2人は愛を更に深めてハッピーエンド。ねっ? 素敵でしょ? 私もこんな恋愛してみたかったなーって思ったら、泣けてきたってだけ」


 そう言って顔をあげた音瀬は、いつもの笑顔に戻っていた。


 「そうか……俺の感性がおかしくて泣けないのかと思った。でもさ、俺たちまだ高校生だろ? 羨ましいなら、音瀬もそんな恋愛すればいいじゃん。出会ってすぐに『エッチしない?』とか言うのやめれば……」


 『やめればいい』と言おうと思ったのに、音瀬の瞳が悲しそうに揺れたのを見て、俺の言葉はつまった。

 音瀬は俺から視線を外すと「あーごめん。今日はなんか気分が乗らないから帰るね」と言って、俺に背を向けた。


 「えっ? ごめん、俺なんか気に障るような事言った?」

 「んーん、違う……ほんと、朝陽君の言う通りだよ」


 音瀬は振り返ると、無理やり作ったような笑みを浮かべていた。


 「羨ましいならすればいいんだよ! ほんと……その通り。でも私には出来ないかなーなんて……」

 「なんでだよ? 普通に出来るだろ?」

 「なんでだろーね。多分心の問題……かな。まぁ、いいじゃん私の事なんてさ……あーヤッバイ……ほんと……今日はもう帰るね。バイバイ」


 音瀬はしんどそうにそう言うと、足早に図書室から出ていこうとした。

 俺はそんな音瀬の背中に向かって「おい! 大丈夫か?」と声をかけた。


 音瀬は背を向けたまま、俺に見えるようにピースサインをした。

 そして、そのまま何も言わずに図書室を出て行った。


 「本当に大丈夫なのかよ……」


 なんか肩で息してたし、ふらふらしてなかったか?


 「もしかして熱でもあるのか?」


 俺は音瀬が心配になり、カウンターから慌てて出ると音瀬の後を追った。

 


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