第5話
あの後「美琴先輩のLIMEゲットしたぜ!」と嬉しそうに戻って来た湊と一緒に帰る事にした。
「なんでお前の周りには可愛い子ばっかりが集まるんだろーな」
「何言ってんだよ、お前の方が女子の知り合い多いだろうが」
俺がそう言うと湊はハッと鼻で笑った。
「数の問題じゃないんだよなー。なぜ俺好みの女子はお前の周りに集まるんだって話だよ」
「あれじゃね? お前ががっつきすぎて身の危険を感じるとかじゃね?」
「……ありえるな」
湊は心当たりがあるのか、少し考えてから真剣な顔をしてそう答えた。
「……それよりお前、あの後音瀬さんと何があったんだよ」
それを聞かれて俺は一瞬ドキリとした。
忘れてなかったかー。
忘れてくれたら良かったのになー、無駄にこいつ記憶力良いから無理かー。
正直に音瀬にキスをされましたとは言いにくい。
フラれた湊に言いづらいというよりも、それを思い出したせいでさっき顔が赤くなったなんて、恥ずかしすぎて知られたくなんてない!
さぁ、どうやって誤魔化そうか……。
「お前今どうやって誤魔化そうか考えてるだろ?」
そうジト目で俺を見ながら湊は言った。
そんな湊から俺は目を逸らした。
「はぁー、何年お前と友達やってると思ってるんだよ。お前の考えてる事なんて大体分かるに決まってんだろ」
『ふーやれやれ』みたいなジェスチャー付きで友達の鑑みたいな事を言っている湊。
なら俺が聞かれたくないのも分かるだろと思っていると「因みに聞かれたくないの分かってて、あえて聞いてるからな」とニカッと良い笑顔で言ってきた。
「なんであえてなんだよ」
「お前が狼狽えるのが面白いっていうのもあるけど、どーせ悩んでるのに俺に気を使って言えないんだろ? だから優しい俺からあえて聞いてあげてるの! ほれっ、言ってみ」
ほんと嫌になるよ。
俺の考えている事が全て筒抜けなんてさ……ほんと良い奴だよ。お前って。
でもなんか言うの恥ずかしいんだよな。
「よしっ」と俺は覚悟を決めて、フゥーと息を吐いて、心を落ち着けた。
「……キスされた」
「えっ? なんて?」
「だから! 音瀬にキスされた!」
俺は大きな声でそう言うと、また顔がかーっと赤くなった。
またあの時の事を思い出したのと、やっぱり友達にこの出来事を話したのが恥ずかしかったからだ。
俺は下を向いて湊からの反応を待った。
しかし、いくら待っても湊から反応が何も無い。
それを不思議に思った俺は恐る恐る顔を上げて湊を見ると、無表情で固まっていた。
あまり見る事のない親友の無表情は怖かった。
「お、おい……湊……くん?」
俺がそう言うと、湊はブルっと体を震わせて俺の方を見た。
「お前が湊君なんて気色悪すぎて、正気に戻ったわ!! ちょっと、予想を遥かに超えた答えに意識が飛んでった」
そう言って湊は頭を抱えた。
「な、何でお前が頭を抱えるんだよ。頭抱えたいのは俺だよ!」
湊はそれを聞いて俺の方をチラッと見た。
そしてまた、はぁーとため息をついた。
「キスだけでこの反応……俺じゃ無理なわけだ…………いや待て。こいつがこんなに狼狽えるんだ、キスはキスでも大人のキスなのか!?」
湊は俺の顔をまじまじと見ながら、何やら一人でブツブツと言っている。
そうかと思えば、ハッと目を見開くと俺の肩を揺さ振りながら「大人のか!? お前は音瀬さんと大人のキスをしたのか!?」と大きな声で聞いてきた。
「大人のキスって何だよ。キスはキスだろ」
「マウストゥーマウスか?」
「なんで英語? まぁーそれだけど……」
「他は? 他は何もなかったのか?」
「キ、キスに他も何もないだろ?」
それを聞いた湊はハハッと笑った。
「確かにな。キスに他も何もないよな!」
そう言いながらも笑うのをやめない湊。
「そうか、そうか。やっぱり俺じゃダメなんだ。けど、今までの俺に後悔もない。仕方ない……か……」
湊はひとしきり笑った後、笑いすぎて涙がでたのか涙を手で拭った。
そして俺の肩をポンポンと叩くと「頑張れ、童貞」と言って、先を歩いて行った。
いやいや、無理やり聞き出しておいてそれはないだろう。
俺は湊を追いかけ肩をつかんだ。
「いや待てよ! ここまで聞いたんだから、なんかこう……あるだろ?」
俺は必死に言っているのに、湊は生温かい目で俺を見ていた。
「どうせあれだろ? 『俺、音瀬にキスされたけどどうしたらいい?』とかだろ?」
「おぉー、お前エスパーかよ……」
「いいか、よく聞け! 特にどうする事もない。自然体でいればいい。本当に嫌ならハッキリ本人に言えばいい」
「嫌っていうか……驚いたって感じかな」
「だろうな。お前は音瀬さんにキスされて嫌じゃなかったんだよ。普通は好きでもないやつにされたら気持ち悪いだけだから。俺は誰でも嬉しい……いや、余計な事は言わないでおこう……ま、まぁ普通はそうだって事だ」
確かに俺は音瀬にキスされて驚きはしたが、嫌悪感はなかった。
そうだよな。経験がないから分からないけど、普通は好きでもないやつからキスされたら気持ち悪いと思うと思う。
……え? って事は俺はいつのまにか音瀬の事が好きになってたって事?
え? いつから?
俺は音瀬に会う事を面倒だと思ってたはずなのに……いや、でも中学の時の初恋の時とはなんか違う気が……。
うーんと俺が悩んでいると、また湊は俺の心を読みとった。
「またなんか余計な事考えてるな? どうせ中学の時の初恋の時の気持ちと何か違うとか考えてんだろ? あの見ててじれったーいお前の恋。いいか! 考えるな! 感じろ! 嫌じゃなかった時点でお前は音瀬さんが好きだ!」
俺は雷に撃たれたような衝撃を受けた。
そ、そうなのか?
俺はいつのまにか音瀬を好きになってたのか?
まだ頭の中では違うんじゃないかと疑う俺がいるが、音瀬にキスされて嫌じゃなかったという事実がある。
俺が……音瀬を好き?
『これで本気だって分かった?』
そう言った音瀬の顔が頭をよぎる。
「俺が音瀬を好き?」
「あぁ、多分好きだ……知らねーけど」
「お、おい何だよそれ! お前が言い出したんだろ!」
「いや、知らねーよ! 俺は助言しただけで、お前の気持ちはお前が決めるもんだろ!」
確かにな。
ぐぬぬ……湊に正論で言い負かされるとは。
「ははっ、悩め悩め! じゃな、俺これから麗奈ちゃんとデートに行く事になったから」
「えっ? お前音瀬の事が好きだったんじゃ……それに、柏木先輩は?」
「はっ、終わった恋を俺がいつまでも引きずるとでも? それに美琴先輩はこれからよ、これから」
「お前ってやつは……俺の心配を返せよ!」
「お前心配してくれてたのか? まぁーこれでも傷心中よ。それを埋めるのは新しい恋ってね。てな事で、またな!」
そう言って、湊は走って駅の方へ向かって行った。
俺はその背中を見送りながら、湊の切り替えの早さに感心していた。
俺には出来なかったからこその今なのかもしれない。
本当に好きだったんだ。
だから俺の気持ちを無視して、俺を物のように他人に譲られた事が許せなかった。
彼女は優しかったけど、それは優しさなんかじゃない。
悲しくて、ムカついて、俺の心はぐちゃぐちゃで、考えるのも嫌で全てに蓋をした。
『こんな気持ちになるならもう恋なんてしない』
そう思っていた俺が……恋だって……?
ありえない。
俺の理性はそう否定する。
だって恋って一日中その人の事を考えたりするだろ?
いや、最近はずっと音瀬の事を考えていたかもしれない……。
いやいや、だって音瀬の事を考えていたのはどうすれば関わらずに済むかって考えてただけで、別にドキドキしたりしてたわけじゃ……いや、今はしてるな。
音瀬の事を思い出しただけで、あの事を思い出してドキドキしてる……。
状況を整理すればする程、俺は音瀬を好きな気がしてくる。
女子とは関わりたくないって思っていた俺が恋!?




