第4話
あぁーダメだ。
今は何を考えてもダメな気がする……。
それに今までは何かあるたびに湊に相談していたし、1人で解決できた事なんて無いかもしれない。
俺はほんと湊に頼りきりだったんだと、今更ながらに気づいた。
湊という存在の有り難さを再認識したところで、俺は考える事を諦めた。
だって今まで1人で解決できた事が無いのに、俺がいくら考えてもいきなり解決策なんてでるわけが無い。
そう思うと考えている時間が勿体なくなった。
本の続きでも読んで気分転換していれば、そのうち良いアイデアが浮かぶかもしれないしな。
今の問題を未来の俺に託す事にし、俺は本の続きを読む事にした。
えぇーと、確か主人公が好きな先輩にこれから告白するシーンだったな。
────やっと付き合ったかぁ。ずっと両片思いだったもんな。
うんうん、え!?
付き合ったと同時にキス!?
キスという単語を読んだだけで、さっきの出来事が脳内で再生され顔が熱くなる。
唇って思ったより柔らかいんだな……って違う違う!
クソー、何考えてんだよ俺!!
音瀬め……俺の読書まで邪魔をするというのか!
はぁーと溜め息をついて持っている本を見ると、もう残りのページは少なかった。
あれ? もう終わり?
泣く所って何処だ?
今の所泣ける所は無かったぞ?
もしかして、後2、3ページで先輩が病気になるとか、交通事故にあうとかなのか?
いやいやどう考えてもそれは無いだろうと思いながら残りのページを読んでいく。
本を読み終えた俺は、本をパタンと閉じた。
やっぱり誰も死んでませんでした。
普通にラブラブハッピーエンドでした。
だとしたら、音瀬は何を思って泣いていたんだ?
それとも俺が気付いていないだけか?
理由がどうしても知りたくなった俺は、もう一度最初から読み直す事にした。
今度は1度目よりも丁寧に読み進んだ。
本を読み終え、俺はパタンと本を閉じた。
2回読んでも分からん!
普通にハッピーエンドじゃねぇか!
一体どこが泣ける本なんだよ!!
はぁーと溜息をついて机に突っ伏していると、また扉がガラガラと開いた。
湊がやっと帰って来たのかと目線だけを扉の方に向けると、図書委員長の柏木 美琴がそこに居た。
図書委員長と言っても、彼女は1つ上の先輩で3年生は受験という事もあり当番はほとんど無い。
今日も当番ではない日なのに、一体先輩は何をしに来たのだろうかと顔をあげれば先輩の方から喋りかけてきた。
「藤真君久しぶりだねー。って、あれ? 今日の当番って藤真君だったっけ?」
そう言いながら先輩は辺りをキョロキョロと見回した。
「あぁ、佐藤と変わったんですよ。それより先輩はどうしてここに?」
「そうなんだ……私はほらっ、あ、あれ! べ、勉強! 勉強の息抜きになんか読もうかなーて思って……」
「先輩もしかして、佐藤に何か用事がありました?」
「ないよっ! ほんとにっ! 大丈夫!」
俺の問いかけに、何故か先輩は身振り手振りをつけて必死に否定してきた。
いつもの落ち着いた雰囲気の先輩とは違い、挙動不審な先輩に違和感を覚えつつ、俺は話を続けた。
「そうですか……因みに佐藤の夏休み中の当番は俺が全部代わったので、佐藤が此処に来る事はないです」
「そうなんだ……」
さっきのは気のせいかと思ってスルーしたけど、やっぱりがっかりしてるよね!
明らかにシュンとしてるじゃん!
先輩は何か佐藤に用事でもあったのかな?
「先輩」と声をかけようとした時、ガラリと乱暴にドアを開けて「涼しいー!」と言いながら湊が戻って来た。
「あっ、湊おかえり」
「おぅ」と返事をして、気まずそうに俺に視線を向けた湊は先輩が居る事に気付いたようだ。
そして視線はそのまま先輩の胸に行く。
おいおいおいおい。
お前さっき振られて凹んでたんじゃねーのかよ!
俺も釣られて先輩の胸をチラリと盗み見る。
確かに大きいな。先輩は湊が好きなタイプだな。
そんな事を思っていると先輩から湊に声をかけた。
「藤真君のお友達?」
「はい! 早瀬 湊と申します!」
「ふふっ、早瀬君は藤真君と違ってとっても元気なのね」
「あぁーこいつは普段クールぶってますが、ただのコミュ障です」
「ちょっ、おまっ!!」
俺は余計な事を言う湊の口を塞ごうと、慌ててカウンターを飛び越えた。
「お前適当な事言ってんじゃねーよ!」
そう言いながら湊に近づき、口を塞ごうとした所で湊に手首を掴まれた。
それにイラついた俺は湊を睨みつけると、湊はそれを気にした様子はなく、ふふんと悪そうに笑っていた。
「っと、こんな感じで慣れると猫ちゃんのようにじゃれてきます」
「ふふふ、確かにこんなに俊敏に動いてる藤真君見たことないかも」
先輩は何かツボに入ったようで、ずっと笑っている。
そして湊は、俺の手首を掴んでいる手とは反対の手でガッツポーズをした。
「よしっ、うけた。つかみはバッチリだな」
湊は小声で俺にだけ聞こえるようにそう言った。
「なーにがつかみはバッチリだよ」
俺も小声でそう返し、掴まれている手首を振り払った。
「お前水臭いぞ。こんな巨乳美女の先輩と知り合いなら教えてくれないと」
「いや、知らねーよ」
俺はそう呆れながら答えるが、いつものように湊と軽口を言い合えてほっとしていた。
正直この後湊とどう接していいのか分からなかったからだ。
俺が慰めるのはおかしいし、無かった事にもできない。
まぁ、湊の気持ち次第で適当に合わせようと考えていたが、湊的にはさっきの事は触れないでほしいらしい。
さっきの事……。
せっかく忘れていたのに、また音瀬とキスをしてしまった事を思い出し、途端に顔が熱くなる。
「おい、どうした? 顔を真っ赤にして……もしかして俺に手を掴まれてときめいちゃった? えっ、何それ。キモいんですけど」
そう言って湊は俺から3歩後ずさった。
「ちげーよ! 気色悪い事言うな! あれだよ、あれっ! いやー、今日は本当に暑いなー」
俺は誤魔化すためにも、自分を落ち着かせるためにもワイシャツの胸元をパタパタと引っ張った。
それを見た湊は何か気付いたようにハッと目を見開くと、離れていたのに今度は近付いて来て俺の肩を組んできた。
「お前……あの後何かあっただろ? 後で聞かせろよ、このムッツリが」
そう耳元で言った後、湊は結構強めに俺の胸を叩いてきた。
「いってぇー……」
痛くて胸を押さえながら、湊の方を見るとニカッと笑って小さくピースサインをしていた。
あぁ、これでチャラだから気にするなって事か。
はぁー、俺はただ巻き込まれただけなのに……。
何でこんな気まずい思いしたり、痛い思いしなきゃいけないんだよ。
それにしても結構いてぇーなぁ。
そんな俺をお構いなしに、湊は先輩とのトークに花を咲かせている。
「あっ、そういえばさっき佐藤とかなんとか言ってませんでした? 図書委員の佐藤と言えば……サッカー部の佐藤 律の事っすか?」
「そ、そうだけど……ただ、藤真君と佐藤君が当番を変わったって話してただけよ!」
その話を聞いて、さっき先輩に言おうとしていた事を思い出した。
「そうだ、先輩は佐藤に用事があったんですよね?」
「だから違うって!」
「あっ、俺サッカー部なんで佐藤呼んで来ましょうか?」
「だからいいって! 特に用事はありません!」
「そうっすか? 遠慮しなくていいのに」
「本当に大丈夫だから! あっ! 私用事思い出したから帰るね!」
そう言って先輩は、さっと踵を返し足早に図書室を出て行った。
「あっ、先輩! 連絡先まだ教えてもらってませーん!」
そう言って湊は先輩の後を追いかけて、図書室を出て行ってしまった。
賑やかだった図書室が一気にしーんと静まり返った。
ふと時計を見ると、もうすぐ下校時間になるところだった。
結構集中して本を読んでいたんだなと思い、図書室を閉める準備をした。
といっても湊と先輩、後は音瀬しか来ていないので特に片付ける物はない。
俺はカウンターの上に置いてある本を手に取り、元あった場所に戻した。
「明日も音瀬くるよな……」
まだ音瀬とどう接すればいいのか分からないから会いたくない気持ちと、この本の何処で泣いたのかが気になりすぎて会いたい気持ちもある。
「はぁーどうしようか……」
俺は溜め息をつきながら戸締まりの準備を終え、ぼーっとカウンターの椅子に座りながら湊が戻って来るのを待った。




