第38話 決意
「ありがとうございました! 次は怪我してない時にカットさせて下さいね」
担当してくれた美容師のお姉さんが冗談混じりにそう言って、レシートを渡して来た。
「今日は無理言ってすみませんでした。こちらこそありがとうございます」
すっかり頭の怪我の事を忘れていた俺は、無理を言って髪を切ってもらった。
やめた方が良いと言われたが、今切らないと決心が鈍りそうだった。
「……ほんと助かりました」
「いいですよ。私もやり甲斐ありましたし! また来て下さいね」
お姉さんは俺に気を遣わせないためか笑顔でそう言うと、美容室のドアを開けた。
俺はもう一度「ありがとうございました」と頭を下げて、美容室を出た。
後ろから「ありがとうございました! お気をつけてお帰りください」と声が聞こえたので、後ろを振り返るとお姉さんが手を振っていた。
俺は更にもう一度ぺこりと頭を下げると、帰路についた。
帰り道、頭が軽くなって首元がスースーする事に落ち着かなくて、何度も頭を触った。
前髪も切ったので目の前がよく見えて、人と視線がよく合うようになった。
それも何だか落ち着かない。
俺は下を向いて歩きながら、音瀬の事を考えた。
屋上で音瀬と話した後、中々戻って来なかった。
戻ってきたと思ったら、ヤジを飛ばしてきた相手に「馬鹿じゃないの?」と笑い飛ばしていた。
教室で何かあれば俺が守ればいい。
そう思っていたのに、現実は違った。
俺は舐められただけで、音瀬は一言で相手を黙らせた。
音瀬はかっこいいなぁー。
絶対傷ついているはずなのに、それでも笑い飛ばせるなんて。
……それに比べて俺は、カッコ悪い。
何にも出来なかった。
髪を切ったものの、これで何か変わるのかなとか不安になってきたし……。
いや、俺の気合いが違う!
明日からは絶対音瀬を守るんだ!
よしっと気合いを入れ直し、家のドアを開けた。
「ただいまー」と言うと、すぐに母さんがリビングのドアからひょっこり顔を出した。
「おかえりー……って、あんた髪切ったの!?」
母さんは俺を見て大分驚いていた。
「うん……まぁ……」
「いいじゃない! 清潔感があって、そっちの方が良いわ!」
「清潔感? 似合ってるとかじゃなくて?」
「あんたはお父さんに似てるんだから、髪型なんて何だって似合うでしょ」
でたっ!
母さんの父さんノロケタイムが!
こうなったら話長いから、俺はすぐに部屋に避難しようと考えた。
「へぇー」と適当に返事をしつつ、俺は部屋の方へ移動する。
「待ちなさい!」
あ、バレた?
俺は恐る恐る母さんの方を見ると「あんた手洗ってないでしょ?」と言われた。
俺はホッとして「そうだった」と言い、洗面所に向かった。
何とか逃げれて良かったー。
親のノロケ話聞くのはキツいって。
その晩、帰って来た父さんにも髪の事を言われて褒められた後、結局2人からノロケ話を聞かされた。
湊に『親のノロケ きつい』とLIMEを送った。
湊は爆笑スタンプを連投してきた後『いつもの事だろ』と返事が来た。
……欲しかった言葉はそうじゃない。
ハァーと溜め息を吐いてアプリを閉じると、LIMEの通知音が鳴った。
今度は何?
そう思って湊のメッセージを開くと『そういえば朝陽、今日校門の所で告白されたんだろ? 噂になってたぞ。誰に告白されたんだ?』と書いてあった。
嘘だろ……。
噂になってんの!?
あんな人目が多い所で告白されたんじゃな……。
『日坂だよ』と返信すると、今度は電話がかかってきた。
俺は通話ボタンを押して、電話に出た。
『は? 日坂? なんで?』
第一声から湊が困惑しているのが分かった。
「要に俺の学校聞いたんだって」
『あいつマジで何も考えてねーな。この間言ったのに、もう日坂の事忘れてるじゃん』
湊の呆れた声に俺も「ハハハ」と苦笑いで答えた。
『はぁー。それよりも何で今更日坂がお前に告白してくんだよ。別れたいって言ったの向こうだろ?』
「日坂の親友に彼氏が出来たから、やっと言えたんだって」
『は? どういう事?』
「俺と付き合ってる時、日坂女子からハブられててそれを助けてくれたのが親友なんだって。その親友が俺の事を好きで、俺より親友を優先したけど、ずっと好きだったて」
『あー、そーいう事……』
「どんな事情があったって、知らねーよ。もう昔の事だし……」
『……それで、何て答えたんだ?』
「え? 普通に『好きな人がいる』って言った」
『そうか……でもさ、日坂って清楚系美人じゃん。こう、ぐらっと気持ち揺れたりしなかったのかよ』
「一ミリも動かなかったけど? 俺が好きなのは音瀬だし……」
『お前……そこまで音瀬さんの事を……』
「べ、別にいいだろ! 俺は諦める事を諦めたんだ!」
『分かったよ。もう女の子紹介するとか言わねーよ』
「あぁ、そうしてくれ。後さ……やっぱりいいや」
『なんだよ、言えよ。気になるじゃん』
「いや、何でもない。明日も朝練だろ? 早く寝ろよ」
『……確かにいい時間だな。じゃー寝るわ! おやすみ!』
そう言って湊は通話を切った。
湊がもし知らなかったらと思って聞けなかったけど、湊も音瀬の動画の件知ってるのかな?
いや、知ってるならアイツの方から言ってくるはずだ。
湊の方が噂に敏感なのに、音瀬の動画の事を知らないなんて珍しい事もあるんだな。
そんな事を思いながら、俺も今日は寝る事にした。




