第36話 雅side 曇った空
屋上に出ると、気が抜けたのか体に力が入らなかった。
立っているのも、座るのもしんどい。
今日は丁度よく曇り空。
いつもなら地面が熱くて寝転がるなんてできないが、今日はそんなに熱くなかった。
私は屋上の中心で大の字になって、地面に寝転んだ。
空がよく見えた。
風に流されて動く雲をぼーっと見ながら、教室に帰りたくないなと思った。
このまま時間が止まればいいのに……。
「フフッ」
そんな事無理なのに。
馬鹿みたいな事考えてる自分に笑える。
……絶対、朝陽君に動画の件バレたよね。
もう動画見たかな?
私じゃないって分かってくれるかな?
……いや、無理か。
だって、どこで探して来たんだってくらい、私にそっくりだった。
自分でも似すぎてて気持ち悪いと思った。
朝陽君に軽蔑の視線を向けられたら……本当に死にたくなる。
今すぐ────
「音瀬、やっと居た」
え? 朝陽君?
私は入り口の方に視線だけを向けると、そこにやっぱり朝陽君がいた。
幻聴じゃなかったんだ。
私はまた空に視線を戻した。
怖くて朝陽君の方を見れないから。
足音はどんどん近付いてきて「何してるんだよ」とすぐ近くで声が聞こえた。
「空見てる」
朝陽君が聞きたい事は分かってる。
でも、わざと関係のない事を言った。
それなのに朝陽君は、少し笑った声で言った。
「こんな曇った空見て楽しい?」
「別に……ただ見てるだけ」
「そっか……」
もしかして、私の早とちりだった?
朝陽君にまだ動画の事バレてない?
「なぁ、音瀬。何で動画の事言わなかった?」
「フフッ」
思わず笑ってしまった。
だよね。
バレてるよね。
「何が面白いんだよ」
朝陽君の冷たい声が聞こえる。
あぁー、最悪……。
震える声を隠すために、喉に力を入れてわざと明るく言った。
「動画見たんでしょ? 面白くない?」
ほら、早く同意して。
そしたら私はもう消えるからさ……。
「何にも面白くない。あれ、音瀬じゃないし」
え?
私は驚いて朝陽君の方を見た。
「見たらすぐに分かったよ。あれは音瀬じゃない」
真剣な顔をして朝陽君はこっちを見ていた。
え?
見たのに?
私じゃないってすぐに分かったの?
目頭が熱くなって、涙が溢れそうになったので朝陽君から顔を背けた。
「……私じゃないって言っても、誰も信じてくれなかったのに?」
「俺は音瀬が好きだって言っただろ。好きな人なら見分けられるよ」
一瞬、心臓が止まったみたいだった。
次の瞬間、胸の奥が遅れて強く脈打つ。
なんでそんな事言うの……。
「……私振ったんだよ?」
「振られたからって、すぐに好きじゃなくなるわけじゃない」
そう言って朝陽君は私の隣に座った。
隣に人の体温を感じた瞬間、胸の奥がまた強く脈打った。
さっきから心臓が落ち着かない。
「朝陽君はずるいなぁー……」
「もう藤真君じゃなくていいの?」
「……うん」
だって、もう距離をおきたくないから……。
私はまた空を見上げた。
さっきまで見ていた空とはまた違って見えた。
「空は良いよねー、自由で」
「いきなり何の話だよ」
「何の柵もなくて良いなって話」
朝陽君も空を見上げて「確かに自由だな……」とボソリと言った。
「ね、そうでしょ」
私も空に行ったら自由になれるかな。
そしたらこんな柵も無くなって、苦しい思いもしなくて……。
幸せになれるかな?
「音瀬さ……前に言ってたよな。『ただ死ぬのは嫌だ』って。俺、何でそんな事言うのかなって考えたんだ。……音瀬、死ぬつもりじゃないよな?」
不安そうに朝陽君はそう聞いてきた。
……やっぱり朝陽君なら気付くよね。
私は朝陽君の顔を見て、わざと笑った。
「いつかは死ぬよ」
「え?」
「明日交通事故に合うかもしれないし、突然事件に巻き込まれるかもしれない。人間いつかは死ぬよ」
「確かにそうだな。なんだよ……俺、音瀬がもしかして死ぬ準備してるんじゃないかって思ってさ。やっぱりそんな訳ないよな」
朝陽君は安心したように笑った。
その時、タイミング良くチャイムが鳴った。
誤魔化してごめんね。
これだけは誰にも言えないの……。
私は起き上がると朝陽君の背中を叩いた。
「そんな事するわけないじゃん。ほら、チャイム鳴ったよ! 教室帰ろ!」
これ以上は何も聞かれたくなくて、私は朝陽君の腕を引いて急かした。
起き上がった朝陽君の背中を見て「……朝陽君はバカだなぁ」とつい心の声が漏れてしまった。
「え?」
「朝陽君はバカって言ったの」
「何でだよ」
朝陽君の腕を持っている手に力が入った。
「バカバカ、バーカ」
「はいはい。ほら、早くしないと遅刻になるぞ」
私は朝陽君から手を離し、ぐっと喉に力をいれた。
「朝陽君ごめん、先行ってて。トイレに行きたくなっちゃった」
「わかった。先生に音瀬は腹が痛いって言っとくよ」
「何それ。別にそれでいいけど」
「いいのかよ!?」
「はははっ、いいからさっさと行く!」
私は笑いながら、教室の方を指差した。
「じゃ、また後でな」
「うん」
私は朝陽君の背中を少しの間見送った。
背を向けた瞬間、涙が頬を伝った。
まだ泣くな、泣くな、泣くな。
誰にも顔を見られたくなくて、下を向いたまま早足でトイレに向かった。
トイレに入ると、一番奥の個室に駆け込んで鍵を閉めた。
ドアに背中を預けた瞬間、さっきまで必死に堪えていた涙が一気に溢れた。
「本当にバカ……」
小さく呟いた声は、誰にも聞こえない。
信じてくれて嬉しかった。
気付いてくれて嬉しかった。
でも──。
ぎゅっと目を閉じた。
胸の奥が苦しくて、呼吸がうまくできない。
もう決めてるから──。
その日があるから私は今まで頑張れた。
どうしても死にたくなる日もあった。
そんな時はリストカットの代わりにピアスを開けた。
もういくつになったかな?
ハァと小さく息を吐いた。
本当は生きたい。
生きて朝陽君の隣に居たい。
少し落ち着いた涙がまた溢れだした。
……でも、生きるのが怖い。
また酷いめにあうんじゃないかって。
今だってそうだ。
終わる日があるから、耐えられるだけ。
私、馬鹿だから……こんな方法しか思いつかない。
もう、これしか無いって。
「……誰か気付いて」
そう声にしたら、堪えていたものが一気に崩れた。
「っ……ぁ……」
喉の奥から変な声が漏れる。
うまく息ができない。
涙だけが後から後から溢れてくる。
「……っ、ぅ……」
必死に声を押し殺しても、嗚咽が零れる。
「……助けて」
掠れた私の声だけが、個室の中に残った。
どれぐらい泣いていたんだろう。
チャイムの音で授業が終わった事が分かった。
流石に教室戻らないと朝陽君が心配するよね……。
私は涙をカーディガンの袖で拭くと、個室を出た。
鏡の前に立つと目が真っ赤だった。
「あー、これはバレるかな?」
でも、しょうがない。
化粧もボロボロだし、顔を洗ったついでに目元も冷やそう。
マツエクがあるから化粧してないのも誤魔化せるでしょ。
私は水道で顔を洗った。
少し温い水が目元を冷やしてくれる。
しばらく顔を濡らして、鏡で確認すればさっきよりはマシになっていた。
もうこれぐらいでいいか。
ポケットからハンカチを取り出して、顔を拭いた。
またチャイムが鳴ったので、私は慌てて教室に向かった。
私が教室に入ると「また誰かとやってたのか?」とヤジが飛んだ。
それにみんなが笑う。
「バカじゃないの?」
私はそう言って笑ってやった。
私、ちゃんと笑えてるよね?




