第33話 曇り空
屋上に着くと、いつもは閉まっているはずのドアが少し空いていた。
俺は扉を開いて屋上に出ると、大の字になって地べたに寝転がっている音瀬がそこに居た。
「音瀬、やっと居た」
俺は息を整えながら、音瀬に近付いて行く。
音瀬は何も言わず、チラッとこちらを見るとまた空を眺めた。
泣いてはないな……良かった。
俺は少しホッとして「何してるんだよ」と声をかけた。
「空見てる」
「こんな曇った空見て楽しい?」
「別に……ただ見てるだけ」
「そっか……なぁ、音瀬。何で動画の事言わなかった?」
「フフッ」
音瀬は軽く笑っただけだった。
「何が面白いんだよ」
「動画見たんでしょ? 面白くない?」
「何にも面白くない。あれ、音瀬じゃないし」
俺がそう言うと、音瀬はやっと俺の方を見た。
「見たらすぐに分かったよ。あれは音瀬じゃない」
音瀬は驚いた顔をした後、プイッと顔を背けた。
「……私じゃないって言っても、誰も信じてくれなかったのに?」
「俺は音瀬が好きだって言っただろ。好きな人なら見分けられるよ」
「……私振ったんだよ?」
「振られたからって、すぐに好きじゃなくなるわけじゃない」
俺は音瀬の隣に腰をおろした。
「朝陽君はずるいなぁー……」
「もう藤真君じゃなくていいの?」
「……うん」
音瀬はそう言うと、また空を見上げた。
「空は良いよねー、自由で」
「いきなり何の話だよ」
「何のしがらみもなくて良いなって話」
俺も空を見上げる。
「確かに自由だな……」
「ね、そうでしょ」
音瀬は笑っているが、目は何も映していないかのように遠くを見つめていた。
その顔を見て音瀬が以前言っていた言葉を思い出した。
「音瀬さ……前に言ってたよな。『ただ死ぬのは嫌だ』って。俺、何でそんな事言うのかなって考えたんだ。……音瀬、死ぬつもりじゃないよな?」
音瀬はこちらを向いてニヤリと笑った。
「いつかは死ぬよ」
「え?」
俺の心臓がドクンと強く跳ねた。
「明日交通事故に合うかもしれないし、突然事件に巻き込まれるかもしれない。人間いつかは死ぬよ」
「確かにそうだな。なんだよ……俺、音瀬がもしかして死ぬ準備してるんじゃないかって思ってさ。やっぱりそんな訳ないよな」
俺は自分の考えすぎを誤魔化すように笑った。
それと同時に、チャイムが鳴る。
音瀬は起き上がると俺の背中を叩いた。
「そんな事するわけないじゃん。ほら、チャイム鳴ったよ! 教室帰ろ!」
そう言って音瀬は立ち上がり、俺の腕を引いた。
「あぁ」と返事をして俺も立ち上がる。
「……朝陽君はバカだなぁ」
「え?」
「朝陽君はバカって言ったの」
音瀬は笑っていた。
「何でだよ」
俺も笑ってそう言った。
「バカバカ、バーカ」
「はいはい。ほら、早くしないと遅刻になるぞ」
「朝陽君ごめん、先行ってて。トイレに行きたくなっちゃった」
「わかった。先生に音瀬は腹が痛いって言っとくよ」
「何それ。別にそれでいいけど」
「いいのかよ!?」
「はははっ、いいからさっさと行く!」
音瀬は笑いながら、教室の方を指差した。
「じゃ、また後でな」
「うん」
俺は音瀬と別れ、教室まで走って帰ろうとした。
でも一瞬視線を感じて振り返った。
音瀬は俺と反対方向に歩いていて、なぜかその背中が小さく見えた。
気のせいだよな?
音瀬、最後はちゃんと笑ってたし、もし教室で何かあったら俺が守れば良いだけだしな。
あ、やべ。
本気で急がねーと。
俺は教室まで走った。
俺が教室に入ると授業はもう始まっていた。
「藤真遅いぞ! 何してたんだ!」
「すみません、トイレ行ってたら遅くなりました」
俺が謝りながら席に行こうとすると「シコってたんじゃねーの」と誰かが言った。
俺は声のする方を向けば、さっきの男子達がニヤニヤとしながらこっちを見ていた。
「おい! そんな下品な事は言うな! 藤真、もういいから早く座れ」
「すみません……」と俺はもう一度謝りながら、男子達を睨みつけた。
男子達はそれに気付いてないようで「はーい」とふざけた返事をしてゲラゲラ笑っていた。
そうか、前髪……。
俺は前髪を触りながら、席に着いた。
前髪邪魔だな。
あの時から前髪を伸ばして、今は鼻の辺りまであるのが俺のデフォルトだ。
これがあったおかげで俺の高校生活は快適だった。
音瀬に出会うまでは。
音瀬と出会って、好きになって、色々な事があって、色々な感情を知って……。
今度こそ音瀬を守りたい。
でも、暴力じゃダメなんだ。
暴力は何の解決にもならなかった。
ただ俺の気持ちが晴れただけで、音瀬の心の傷は治せない。
音瀬がまた傷つけられている今、どうしたら音瀬を守れる?
今音瀬を庇った所で馬鹿にされて終わりだ。
なら、どうする?
説得力が必要だ。
俺は前髪を強く掴んだ。




