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CHERRY─彼女が狩人になった理由─  作者: 彩心


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第3話

 「────って事があって、図書室の当番も押しつけられてほぼ毎日あるし、俺は一体どうすれば音瀬と関わらないですむと思う!? 」


 あの後部活終わりの湊を校門で待ち伏せし、一緒に帰りながら今日の出来事を一部始終話した。

 中々返答がないので湊の顔を見ると、ぽかーんとした顔をしていた。

 俺は湊の目の前で「おーい」と手を振るが反応がない。

 どうやら湊の意識は宇宙の彼方に行ってしまっているようだ。


 少しすると俺と目が合い、正気に戻ったかと思えば今度は俺を睨みつけてきた。

 

 「おいおいおい、なんだそれ……自慢か? 結局自慢なのか!? お前、俺が音瀬さんを好きって知ってて、よくそんな事が言えるな!」

 「自慢な訳あるか! 俺は本気で困ってるんだよ! っていうか、お前音瀬の事好きだったのか?」

 「昨日お前に『音瀬さんの事本気で好きになってもいいか?』って相談したら『そう思ってる時点でもう好きだろ』ってお前が言ったんだろうが!」

 「俺そんな事言ったっけ? ラーメンが旨かった事だけしか覚えてねーわ」

 「お前って奴は……まぁいい、お前は昔からそういう奴だった。だからここでハッキリ言っておく、俺は音瀬さんが好きだ」


 俺にそう言った湊はいつになく真剣な顔をしていた。

 

 「お前……本気なのか? でも、昨日まで彼女いたよな?」

 「もえちゃんな、フラれたけど……本当は俺、高校入学した時から気になってたんだ音瀬さんの事。けど、音瀬さんは『高嶺の花』って感じで俺は最初から諦めてたんだよな。だから、七緒ななおちゃんに朱里あかりちゃん、梨央りおちゃんにはなちゃんとも付き合ったしな。もちろん付き合っている間は彼女の事をちゃんと好きだったし、大事にしてたよ。皆おっぱい大きかったし……」

 「何人か俺が知らない名前があったけど、確かに大事にしてたな……今気付いたけど、お前胸の大きさで付き合う人選んでね?」

 「無いよりは、あった方がいいだろうが! それにあの柔らかさに顔をうずめた時の──」

 「あぁーもうそういうのはいいから、よ続きを話せっ!」

 「何だよノリ悪いなぁー。これだから童貞君は」


 ふーやれやれと大人ぶった湊の顔が無性にイラつく。

 高校に入ってすぐに童貞を捨てた湊は、ことある事にこうして俺をよく揶揄からかってくる。

 そろそろ一発ぐらい殴ってもいいよな?

 

 「俺の事は今はいいだろ! なんで諦めてたのに、今更音瀬を好きになるんだよ?」

 「昨日音瀬さんと初めて喋った時にさ、 思ったよりも親しみやすくて……こう抑えてた気持ちが溢れたというか、ワンチャンいけんじゃね? って思ちゃったんだよね」

 「お前チョロくね?」

 「チョロいよ! なんならもう笑いかけられただけで好きになっちゃうよ!」

 「チョロすぎて引くわ……」

 「うるせーな、そんな事言うならもうお前の相談聞いてやらないからな!」


 そう言うと湊は歩く速度を上げ、もう聞く気はないとばかりに俺の前を歩いた。


 ヤバい! 湊が本気でねだした。

 チョロすぎるのはどうかと思うが、高校での友達作りを放棄した俺には頼れるのは湊しかいない。

 不本意だが俺は前を歩く湊の腕を掴んで謝った。


 「悪かった! もう言わない! だから俺を助けて下さい湊様!」


 俺が謝ると、振り向いた湊はニンマリと勝ち誇ったように笑った。

 その顔がとてもウザかったが、その言葉はグッと堪えて今は下手にでるしかなかった。


 「分かったなら良い。解決法は簡単だ、明日俺も図書室に一緒に行くよ」

 「え? なんで? お前本嫌いじゃん」

 「馬鹿かお前は! 図書室で2人きりだから変に揶揄からかわれるんだろ? 俺がいれば2人きりにならない。俺は音瀬さんを口説ける、お前は音瀬さんから解放されるという一石二鳥の天才的な解決策だろ?」


 湊のドヤ顔に腹が立つが、言っている事は理にかなっている気がする。

 認めたくはない。

 認めたくはないが『湊って天才じゃね』と思ってしまった。 


 「なんなら音瀬さんと俺を2人きりにしてくれても構わない」

 「お前……神かよ……」


 俺達は無言でうなずき合い、グータッチをした。

 

 「明日はよろしく頼む」

 「任せとけって」


 湊の頼りがいがある『任せとけ』に安心した俺は、これで問題は解決したも同然だと思った。

 

 次の日、俺は湊と一緒に図書室のカウンターに座っていた。

 

 「はぁー、クーラーが効いててめっちゃ良いなここ。俺、夏の間はずっとここに居たいわ」

 

 図書室に来てから湊は椅子にダランと腰かけて、ずっとスマホでゲームをしていたかと思えば、急に喋りかけてきた。

 俺も真剣に本を読んでいたので突然声をかけられて驚いた。


 「急に喋りかけるなよ。驚いただろ」

 「いやーごめんごめん。ここが天国すぎて言わずにはいられなかった。ってか、暇じゃね? 誰も来ねーじゃん」

 「いつもこんなもんだよ。俺は静かに本が読めるから、誰も来ない方がありがたいけど」

 「お前本ばっかりよく読めるよな。俺は字ばっかり見てると眠くなるよ」

 「好きだから良いんだよ。俺だって、お前みたいにこんな暑い中一日中走ったり出来ねーよ」

「向き不向きって事か。てか俺、やっぱじっと動かないでいるの無理かも……でも、今日から始まるんだ! 俺と音瀬さんのラブストーリーが!」


 俺を助けてくれようとしている湊には悪いが、その発言は普通にキモい。なんならキモすぎる。

 本当に恋愛脳だよな湊って。俺もあんな事がなければ湊のように馬鹿になっていたのかしれないと考えると、恐ろしくて身震いがした。

 俺はやっぱり今のままで良いと改めて思った。

 「まぁ、頑張ってくれ」と適当にエールを送ると、湊は「おう! 応援しててくれ!」と嬉しそうに言った。


 そんなやり取りをしていると、急に図書室のドアが開いた。


 「あれ? 今日は朝陽君だけじゃないんだね」


 音瀬はそう言いながら図書室に入ってきて、当たり前のようにカウンターの前に立った。


 「えーと、君は朝陽君の友達?」


 音瀬はニコニコしながら湊に話しかけるが、湊はニッコリと顔に笑顔を貼り付けたまま固まった。


 再起動したかと思うと「ちょっとだけ失礼しますね」と言って、湊は俺の腕を掴むとカウンターの下に引っ張りこんできた。


 「急になんだよ」

 「なんでお前が名前で呼ばれて、俺は名前すら覚えられてねーんだよ!」


 音瀬に聞こえないように湊は小声で話すが、声には悲愴感ひそうかんが漂っていた。

 「知らねーよ」と俺も小さな声でそれに返すが、音瀬さんの「おーい」という声で湊は直ぐさま立ち上がると「朝陽君の友達の早瀬はやせ 湊です!」と元気よく答えていた。


 切り替え早えーな、おい……。


 「早瀬君ね……そういえばこの前喋ったよね?」

 「はい! 2日前に校門の所で少しだけ」

 「あぁ、そうだったそうだった。忘れててごめんね」

 「いいっすよ、いいっすよ。これから覚えていてくれれば」

 「あはは、早瀬君って優しいんだね」

 「俺の半分は優しさで出来てるんで。後、俺も『湊』って呼んでもらっていいっすよ」

 「えーでも、そんな直ぐには呼べないかな。仲良くなったらね」


 仲良くなったらねって、俺も別に音瀬とは仲良くなんてなってないし、なんならいつの間にか勝手に名前呼びされてるんだが?

 

 視線を感じて上を向けば、顔に笑みを浮かべたまま湊が俺を見下ろしていた。


 湊の言いたい事は分かる。

 「聞いてない」と言いたいんだろうが、俺もそんな理由があるなんて聞いてない。

 音瀬が勝手に言ってるだけなので、俺は無実だと伝えるために首を横に振る。


 湊はそれを見た後、また音瀬に視線を戻した。


 「もう喋ったら友達じゃないっすか。友達なら仲良しっすよね?」


 ちょっと待て! お前、はがねのメンタルすぎんだろ!

 俺には到底マネできない。これがコミュ力お化けと言われた男の実力なのか。

 

 そう湊に感心していると、音瀬の笑う声が聞こえた。

 

 「早瀬君って距離の詰め方エグいね。はー笑った、笑った。その理論なら仲良しかもしれないけど、私が早瀬君の事呼び捨てになんかしたら、他の女子達に嫉妬されちゃうよ」


 これは遠回しに俺をディスっているという事でいいですかね?

 俺を呼び捨てにしたり、揶揄った所で誰も何も思わないってか?

 確かにその通りだよ。俺の名前を覚えている奴がいるのかってレベルだよ!

 それに比べて湊は友達多いし、女子にモテてるっぽいしな。

 そんな湊は揶揄って遊べないって事か。


 「音瀬さんには誰も嫉妬しないと思うっすけど……」

 「そんな事ないよ。女子の嫉妬は怖いんだからね!」

 「そんなもんすっか? なら、今から親睦深めに2人で遊びに行きません?」


 ナイスだ、湊!

 そのまま音瀬を連れ出し、俺に読書ライフを堪能させてくれ。

 俺は成り行きを見るためにカウンターから少しだけ顔を出した。


 「うーん、どうしようかなー」と音瀬は悩んでいるかと思うと、突然カウンターに身を乗り出し湊の眼前まで自分の顔を近付けた。


 俺は一瞬2人がキスするのではないかと思ったが、2人はその距離のまま見つめ合っていた。

 湊は何を思ったのか、音瀬を抱き寄せようと背中に腕を回した。

 それに気付いた音瀬は顔を離してその腕をするりとかわすと、そのまま元の位置に戻って溜め息をついた。

 

 「私、早瀬君みたいな人タイプじゃないかも」

 「へ?」

 「私のタイプは……」


 音瀬はそう言うと、今度は俺に顔を近付けてきた。

 驚いた俺は慌てて後ろに下がると、後ろの椅子に頭をぶつけ、そのまま椅子と一緒に倒れた。


 「ぷ、はははは。朝陽君大丈夫?」

 

 いってぇー、マジで痛ぇ。

 俺クソダサすぎんじゃねーか!

 音瀬と関わってから俺って、マジでろくな事がない。

 もう恥ずかしすぎて起き上がりたくない……あぁ、床冷たくて気持ちいいな。


 俺が床で現実逃避をしていると、音瀬はとんでもない事を言い出した。


 「 私ね、こういう人がタイプなの 」


 音瀬ーー!!

 何適当な事言ってんだ!!

 湊のアプローチを断るにしても俺を巻き込むな!!


 音瀬に一言言ってやろうと上体を起こすと、湊の必死な声が聞こえてきた。


 「いや、俺だって──」

 「んーん、違うよ早瀬君は。慣れてるでしょ?」


 音瀬は湊の言葉をさえぎると、妖艶ようえんな笑みを浮かべた。

 話は終わったとばかりに音瀬は湊から視線を外すと、今度は回り込んでカウンターの中へ入ってきた。

 

 「ねぇ、凄い音したけど朝陽君本当に大丈夫?」


 音瀬は何事も無かったかのようにそう言って、俺の横にしゃがみこんだ。

 更に「たんこぶできたんじゃない?」と言って、俺の頭を触り始めた。


 気まずい……非常に気まずい。

 親友がバッサリ振られた所を目撃し、親友を振った女は今俺の頭を撫でている。

 何なんだこの状況は?

 一瞬思考が止まりかけたが、湊が心配になって音瀬の手を振り払うと俺は立ち上がり、湊の肩に手をかけた。


 「おい」と声をかけたが、湊は振り返らず「悪ぃ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」と言って、俺の方は一切見ずに図書室を出て行ってしまった。


 湊が心配だが、ここは1人にしてやった方がいいだろうと思い、俺は湊の背中を見送った。


 「やっと2人きりになれたね」


 湊が出て行った後、音瀬は嬉しそうにそう言った。

 

 「いい加減にしてくれよ……」

 「え? 何?」

 「いい加減にしてくれって言ってるんだよ!」


 もう我慢の限界だった。

 湊を振るのは構わない。それは仕方のない事だから。

 けど、必要以上に傷つけるのは違うだろ?

 しかも揶揄うのが楽しいからって、無意味に俺まで巻き込んで。


 「何? どうしたの?」

 「俺昨日言ったよな? 揶揄うなら他の人にしてくれって」

 「私も昨日言ったよ。揶揄ってないよ、本気だよって」

 「いや、だからそれが揶揄ってるって──」


 俺が話し終わる前に、音瀬は俺の胸ぐらを掴んで下に引っ張ってきた。

 そして、唇に何か柔らかい物があたった。


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、眼前には音瀬の顔があり、柔らかい何かは音瀬の唇だと脳がやっと理解した時「チュッ」と音を立てて音瀬の唇は離れていった。


 音瀬は掴んでいた俺の胸ぐらを放すと上目遣いで「これで本気だって分かった?」と聞いてきた。

 俺はまだ唇に残る初めての感触に戸惑いながら、なんとか首を上下に振る事でそれに答えた。


 「ははは、本当に朝陽君って可愛いよね。今日はここまでにしといてあげる。また明日ね」


 そう言って音瀬はカウンターから出ると、さっさと帰ってしまった。


 俺は1人残された図書室で茫然ぼうぜんとしていた。

 頭が混乱していて、上手く思考がまとまらない。


 音瀬が今まで言っていた事は、全部本当の事だった。

 流石に女の子が揶揄うためだけに、好きでもない男とキスをするとは考えられない。

 俺を揶揄って遊んでいる訳ではなかったのか……。


 でも、好きだとは言われていないよな?

 ひと目ぼれした訳でもなく「エッチしよ」としか言われてないよな?


 え? どういう事?

 「エッチしよ」が「好き」って言ってるのと同じって事?

 いやいやいや、それなら「好き」の方が言うハードル低いだろ。

 あぁー、考えれば考える程訳が分からなくなっていく……。

 こんな時湊に相談できたらいいけど、湊が振られた相手の相談なんて出来るわけないしな。

 「俺のファーストキスまで奪われた」なんて絶対言えない。 

 俺が1人でなんとかするしかないのか……いや、無理ゲーすぎるだろ。

 



 

 

 

 

 

 


 

 



  




 

 

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