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CHERRY─彼女が狩人になった理由─  作者: 彩心


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第13話

 あれから何かあるわけでもなく、図書委員の当番を佐藤と変わってから2週間後、俺は久しぶりに学校に来た。


 残りの夏休みは家でダラダラしたり、たまに湊と会ってゲームをしたりしていると、あっという間に夏休みは終わった。


 時間は沢山あったのに、何だか買いに行く気がおきなくて、いまだに新しい眼鏡は買っていない。

 

 眼鏡をかけずに初めて自分の教室に入るが、誰も俺の事なんて気にしていない。

 誰にも声をかけられずに、俺は自分の席に座った。

 ホッと一息つき、ヒマなのでスマホで面白そうな本がないかチェックする。


 そんな時教室がより一層騒がしくなった。


 「雅久しぶりー!」


 そう誰かが言ったのを聞いて、俺は思わず顔を上げて騒ぎの中心を見た。

 

 そこには「おはよー久しぶりだね」と笑顔で返事をする音瀬が居た。

 

 久しぶりに音瀬を見た俺の胸は、あんな事があったというのにいつものようにドキドキしていた。


 それに困惑こんわくしていると、ふいに音瀬と目が合った。

 それに驚いた俺だったが、音瀬は何事も無かったかのようにすぐに視線をそらした。


 今までの音瀬だったら、俺を見つけた瞬間絡んできたと思う。

 でも、今日は違う。


 当たり前だ。

 俺があんな事を言ったんだから。


 視線をスマホに戻して、本探しを再開するが心はズキズキと痛んだ。


 その後特に何かあるわけでもなく、淡々と時間は過ぎ、始業式も終わって後は帰るだけとなった。

 いつもの俺の日常が戻ってきた。


 でもいつもと違うのは、気付けば音瀬の事を目で追っている事だった。

 目が合いそうになって、急いで目線を外す。

 そんな事を今日は何回繰り返しただろうか。

 

 関わらないと決めたのに、俺は何をやっているんだと自己嫌悪におちいっていると、「雅ちゃん!」と音瀬を呼ぶ男の声が聞こえた。


 声の方を見ると、教室のドアのところで佐藤が必死な顔で立っていた。


 何で佐藤? と思っていると、名前を呼ばれた音瀬は冷たい表情で「何?」と鞄を持ちながら返事をした。


 「ちょっと話たい事が!」

 「私にはないけど」


 そう言って音瀬は佐藤の横をすり抜け教室を出て行った。


 「あっ、ちょっと待って!」


 佐藤は慌てて音瀬の後を追った。


 何だあれ?

 それに佐藤は『音瀬さん』と呼んでいたはずなのに、『雅ちゃん』と呼んでいた。

 夏休み中に親しくなったのか?


 そう考えるとまた俺の胸はズキズキと痛みだす。

 

 そんな時、ざわざわとした声の中から気になる話が聞こえた。


 「あぁー、佐藤もついに雅にわれたか」

 「えぇー、私佐藤くんちょっと狙ってたのに! まぁ雅なら仕方ないか……」

 「えっ、あんた雅に狙われたって事はそういう事だよ! いいの?」

 「あーね。でも顔が好みだったんだもん!」

 「それなら先に雅に言っとかないと。雅は誰でもいいんだから」

 「今日言おうと思ってたのに、もうしょくされた後だったなんて……お下がりもらえたりするかな?」

 「何それ、笑えるんだけど。あんた雅と姉妹になるよ。まーあんたが良いなら言ってみれば?」

 「うーん、それは悩むなぁ」


 いつも音瀬と一緒にいる二人がそう喋っていた。

 二人はさっきの一連の流れを見ただけで、ある程度状況を把握したらしい。


 佐藤が喰われた?

 喰われたって事は二人はエッチをしたって事だよな?

 って事は二人は付き合っている……って事か。


 そう理解した時、一際ひときわズキリと胸が痛んだ。


 それなら佐藤が『音瀬さん』から『雅ちゃん』と名前呼びになったのも納得する。


 たった2週間図書室に行かなかっただけで、こうも状況が変わるのか。


 2週間前、佐藤は音瀬と喋った事もないと言っていたのに、あっという間に2人が付き合うなんて想定外だった。

 


 『本当にごめん……でもさっきのキスは本気だったよ。それだけは嘘じゃない』と真剣な顔をして言っていた音瀬の言葉がずっと引っかかっていた。

 もしかしたら、あの言葉だけは本当だったんじゃないかって。

 

 「やっぱり嘘じゃねーか……」


 音瀬の友達が言っているように、音瀬は結局()()()いいんだ。

 皆んなに同じように言っていたんだ。


 はは、やっぱり俺は馬鹿だなぁ。

 また騙された。

 音瀬は俺の事なんてもうどうでもいいのに、俺はまだ音瀬の事を引きずっていた。

 忘れたつもりだったのに、会えば音瀬を目で追いかけたりドキドキしたり、ましてや傷ついているなんて。


 馬鹿だなぁ。

 湊の言う通りじゃないか。

 『本気で好きなら許すよ』

 『腹が立っても好きな気持ちの方がでかいからだろ』


 確かに騙された事なんてどうでも良くなるぐらい、好きな気持ちの方がでかかったよ。

 

 『お前本当にそれでいいのか?』


 湊が心配してくれたのに、俺は意地なんか張ってさ。


 俺は本当に馬鹿だ。

 今更自分の気持ちに気づいたってもう遅い。

 2週間前、俺は逃げずに音瀬と話し合うべきだったんだ。

 未だに眼鏡を買わないのだって、眼鏡を理由に音瀬が話しかけてくれるんじゃないかって思っていたからだ。


 「俺って女々しかったんだな……」


 失恋によって新たな自分を発見したのはいいが、次にやらなければいけない事を思うと寂しく思った。


 『相手が嫌なら身を引くけどな。その時は頑張って恋心消すよ』


 音瀬に彼氏が出来たというなら、俺は身を引かなければならない。

 でもどうやったら恋心は消せるのだろうか。


 元カノの時はあの時スンッと一瞬で恋心が消えた。

 別に消そうと思って消したわけじゃない。

 でも音瀬への思いは中々消えそうにない。


 「はぁ、結構キツイなぁー」


 湊はどうやってこんな思いを消化してるんだ?

 何回振られても飄々《ひょうひょう》としてる湊って実は凄い奴だったんだな。


 俺は机に()して、ズキズキとするこの胸の痛みをどうしようかと悩んだ。

 



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