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CHERRY─彼女が狩人になった理由─  作者: 彩心


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第12話 雅side

少し加筆しました

 「今日も暑いな……」


 家を出る前に見た天気予報では、今日の最高気温は39℃らしい。

 今はまだ昼前だというのにすでに暑く、ただでさえイライラしているというのに、そこにせみの大合唱が加われば更にイライラが増した。


 ふと1年前のあの日もこんなに暑かったなと嫌な記憶を思い出してしまい、急に息が上手く吸えなくなった。


 あの時の男達の笑い声に混じって聞こえる蝉の声、冷房をつけているのに熱い体温にその場の匂いまで、五感で感じた全ての記憶が鮮明に脳内でよみがえる。


 ハァハァハァと息はより荒くなり、首元をガリガリときむしってしまいたい衝動にかられる。

 ちゃんと空気を吸っているはずなのに息苦しくて、悪循環なのは分かっているけど更に空気を吸ってしまう。


 手や足がブルブルと小刻みに震えだすと立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んだ。


 いつもの軽い発作とは違い、今日の発作はひどい。

 手の指が固まってしまう前に早く薬を飲もうと鞄の中を漁る。


 苦しくて涙が出てきて、視界はぼやけているが薬の入ったポーチと水の入ったペットボトルを何とか取り出した。

 小刻みに震える手で薬を口に放り込むと、水でそれを流しこんだ。


 これで大丈夫と安堵して、落ち着いて深呼吸を繰り返す。


 大丈夫大丈夫大丈夫。

 そう自分に必死に言い聞かせる。


 少し落ち着いてきた時、優しく背中を撫で続けてくれた人の事を思い出した。

 男の人に触られて嫌悪感ではなく、安心感を感じたのは久しぶりだった。

 

 「また……撫でてくれないかな……」


 淡い願望を口に出してみるが、それはきっと無理な事だと思う。

 だって、とても怒っていたから。


 『もういいから、俺の前から消えてくれ!』


 優しい人にそんな事を言わせてしまった。

 

 「もっと早く……あなたと出会いたかったよ……」


 そしたら普通の恋ができたと思う。

 だって、朝陽君といた数日間は楽しかった。

 

 もうすでに作業と化した私の日常だったのに、あの時1年ぶりに本気で欲しいと心が動いた。


 自分のおろかな行いに後悔し、涙がこぼれた。

 

 「アイツは本当に疫病神やくびょうがみだよ……」


 絢斗への憎しみが更に増す。

 でもどうする事もできないし、どうこうするつもりもない。

 馬鹿な自分が全部悪い。

 

 高校に入る前にイメチェンをして、モテるようになったからと調子に乗っていた自分を殴りたい。

 皆んなが憧れる絢斗と付き合えて、舞い上がって、地獄に落ちた。

 全部自業自得。


 「はぁーー」とため息を吐いて、私は目的地に行くために立ち上がる。


 鞄の中から、あの日返しそびれた朝陽君の眼鏡を取り出す。

 

 「これを返したら最後か……」


 そう考えるとなんだか寂しくて、その眼鏡をなんとなく自分にかけてみた。


 「えっ、これって……」


 眼鏡をかけても視界がぼやけないので、それは度の入っていない伊達眼鏡だった。


 なんで伊達眼鏡?


 その時朝陽君が素顔を見せて、雄々《おお》しくキスしてきた時の事を思いだした。

 

 思わず顔がカーッと熱くなる。


 「あれは反則だよ……絶対誰でも好きになっちゃうよ」


 自分が完璧に朝陽君に落ちた瞬間だった。

 

 でも、あんなにカッコ良くて優しい人に私は釣り合わない。


 この眼鏡を返して最後。

 朝陽君とは関わらず、私は元の日常に戻る。

 後1年……雅、もう少しだけだから頑張るの。


 そう自分にかつを入れて、いつもの道を歩いた。



 


 

 学校の図書室の前で私は一度深呼吸をする。


 朝陽君にまた何を言われるか分からないけど、自分が傷つけてしまったのだから仕方がない。

 でも恐い。

 好きな人からの罵詈雑言は想像しただけで結構キツい。

 それで中々決心がつかなくて、ここへ来るのに数日空いてしまった。


 数日悩んだ結果、どうしても最後に一目会いたいと思った。


 手に持った眼鏡を見て、最初にどう声をかけようかと悩む。

 

 「よしっ」と気合いを入れて、私は数日ぶりに図書室の扉を開いた。






 








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