3 蒼霞大社
警視庁。
日本の近代化を諸外国にアピールするうえで、せめて首都くらいは綺麗にしておかなければならない、という名目のもとに創設された、東京警察の本部である。あくまでも、規模と名前に違いがあるだけで、その実態は○○県警・○○府警と変わらない。
地上一八階。
表向きは地下四階までとされているが、実際には膨大な地下空間が、そこからさらに下に広がっている。
どうして東京にあるのかという由来は上述のとおりで、あまり大仰な意味はないのだが、なぜこの場所なのかという疑問には明確な答えがある。
蒼霞大社があるためだ。
ここに置かれた異世界パースへと繋がるゲート。その存在の登場は古く、すでに平安時代に書かれた『諸方求法註解』という、各地の逸話を集めた仏教系の巻物にも姿が見られる。曰く、「先日、実に不可思議なことを私は聞きました。武蔵の国の近くで、人が渦よりさまよい出て来たと言うのです」と。
現在のように社の形になったのは意外にも新しく、一八世紀末のことらしい。それまでも、一応は有志の手によって保管されて来たゲートだったが、ある年、実際に渦の中から人が出て来た。当時の人々が、さぞかし肝を潰したことは言うまでもないだろう。
生涯、日本で暮らした男は、名を蒼森和澄と改め、以降はこのゲートの管理に一生を捧げることになる。ここに蒼霞大社は起こり、和澄の子孫が代々の神主を務めた。
和澄は自分の子供に対しても、一切、ゲートの向こう側について語ろうとはせず、パースという異世界がどのような場所なのかは、全く判明していないに等しい。過去にも、ちょくちょくと命知らずの若者が、未知なる世界に勇んで渡ったそうだが、それについて記述されたもので信頼の置ける文献は、残念ながら一つもなかった。
その中でも、比較的マシな部類の話に、パースに行って戻って来たという男について、簡素に描写した日記がある。曰く、「男はすっかりと別人のように信心深くなっていて、時折、思い出したように『あれはこの国を助ける橋だ』と、奇怪な渦を指して人々に吹聴した」と。
あれから二世紀を経て、二度目のミレニアムに足をかけた頃、ついに一大プロジェクトが始まる。
パースの中を覗いて来る――延いては、そこから資源を回収しようという計画が、俄かに持ちあがったのだ。
現代科学をもってすれば、未知の物質との融合も容易。そこまでは望めずとも、資源の少ない我が国にとって、他国に干渉されない広大な土地は、宝の山にほかならない。
時は二〇二六年。
実に三度目となる調査団が派遣される年である。
※
第⑤班の面々がバス型の護送車から降りて来る。
明らかに地下に入ったというのに、ずいぶんと煌びやかだ。翔太朗はそんなことを思いながら、辺りを見回した。
前方に神社。
参道から見える鳥居は石材が青く塗られており、想像で作られたものなのだろうか、その周囲には異国の樹木を思わせる石製の置物が、随所に配されていた。もっとも、神社としての体裁を失ってはいないようで、青々とした庭園の中には、小規模ながらも池が水を湛えている。
中央には黒い円。
翔太朗の語彙力では、それを穴や渦という言葉以外で説明することはできない。
そのゲートを真ん中に、四方には先ほどの青い鳥居が立っている。まるで取り囲んでいるようだ、という感想はあながち間違いではないらしく、遠目にも四神とわかる置物が、それらの道を塞ぐように内向きに置かれていた。南の朱雀だけがないところかして、どうやら入口はそちらであるようだ。
でたらめな光景に、翔太朗は一瞬息を呑んだが、何よりも彼を驚かせたのは、蒼霞大社を包囲している自衛隊の数である。どれだけ低く見積もっても、数人というレベルではない。
なるほど、自分たちは死刑囚だ。
脱走を阻止し、確実に異世界へと追いやるための、見張りが必要であるに違いない。
だが、それは警察の役目であって、自衛隊の出張る幕ではないだろう。
馬鹿正直に異世界の存在を信じていたわけではないが、ここまで大掛かりな仕掛けを目にしてしまうと、翔太朗としてもパースの実在を確信せざるをえなかった。
(……調査と呼ぶからには、少なからずサバイバルの要素があるはずだ。それなのに、専門の軍隊を派遣することなく、わざわざこうして無駄に遊ばせている。まさか、自衛隊との共同作業というわけではないだろう。なぜ、自衛隊に調査を委ねない? ……パースからの戻り方がわからない……のか?)
そこまで考えた時、はたと翔太朗は取引の内容を思い出していた。
調査の報酬ばかりに目が行ってしまっていたが、たしか、その目的に「パースからの帰還方法を探すこと」というのがあったはずだ。
ごくり。
一層の緊張が翔太朗を襲う中、合図に促されて⑤班は蒼霞大社へと近づいていく。
畢竟、自分たちはそのためのモルモットなのだ。
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