23 愛莉がずっと恐れていたものの正体
真司たちは同盟を組んだのだから、互いの持ちえた情報を、交換しようとするのは当然だろう。パースが過酷な環境であれば、なおさらそのほうが生存に役に立つ。
⑤班が得られた知見は、食捕・這々赤子の概要。そして、本格的な戦闘をすることになった、寮雨転蝉の生態についてである。
そのどれもが、権蔵からの反論を免れないものだったが、彼の指摘は、その実、完全に妥当しているとは言えない。否定的な見方をしてもなお、翔太朗たちの体験は、即座に無価値となるわけではないからである。
とりもなおさず、以前に翔太朗が語っていたように、⑤班の対応は、偶然に助けられた部分が大きい。つまり、次に寮雨転蝉などと遭遇した際、同じ方法での処理ができるかどうかは、甚だ不明という意味である。アクションの再現性が低いのだから、より確実な対策を取っておこうとするのは、自然な流れである。
対する権蔵たちは、今日までいったいどのように過ごして来たのかと、そう真司に問われても、軽く肩を竦ませただけだった。
「俺たちはそんなに動き回ってねえからな。そういう意味で、新種の生物は見かけちゃいねえよ。だが、一度だけあいつと鉢合わせた」
「あいつ?」
「わかるだろう? 紫色の靄だよ」
拳斗を即死させたパース固有の蚊――擬朝焼である。
これとの遭遇は、もはや不運な事故以外の何物でもない。
そばに寄ること自体が、半ばタブーの域にある。
無論、権蔵たちがこうして無事に生きているのだから、何事もなかったことは明白だったのだが、それでも、彼らの体を心配せずにはいられなかった。
「……よく平気だったな」
「ああ。と言うより、向こうが何もして来なかったっていうのが、現実だろうな。でなけりゃ、今頃俺たちは閻魔と歓談しているぜ。ただ、見逃してくれた原因はまるでわからん。銃声ほどじゃないが、俺たちも騒いでいた最中だったからな。静かかどうかは、たぶん重要じゃない」
そんなこともあるのかと、愛莉たちは不思議がる。改めて当時を思い出してみても、いまひとつ納得できる要因がないようで、曜介も決まりが悪そうに首を捻っていた。
もっとも、翔太朗には、心当たりがないわけでもなかったのだが、いかんせん相手が相手である。不用意な希望は命取りになりかねないだろうと、自身の意見を口に出すまではしなかった。
打って変わって、話題はこれからの方針に移る。
当面の間、食料の確保に専念するという点に、違いはなかったが、翔太朗の推定から、パースの前提を見直す必要に迫られていた。文明の状態に照らすと、どうしたって土着のコミュニティーが、閉鎖的である場合も、考慮しなければならなかったのである。ゆえに、現地人との直接的な接触は控えるべきだろう。ネイティブとの交流は、大都市などに出てからでも決して遅くはない。
そうやって、みなで目標を定めていれば、いったい何事だというのか。突如として、権蔵が全員に黙るようにジェスチャーを出した。
指示され、促されるままに周囲に耳を済ませれば、なるほど、葉擦れの音が、僅かだが確かに聞こえて来ている。注意していれば、すぐに、そこに人間の足音が混じっていることにも、気がつけた。
「妙だな……。まるでこっちを探っているような足取りだ。お前らの時とは全く違う。うぜえから、警戒しながら見に行くか」
独り言ちるような権蔵の声。
焦ったように反応したのは愛莉だった。
「相手は一人よね?」
「たぶんな」
「殺しましょう、それしかないわ! これだけの人数差なら、間違いなく排除できる」
彼女の極端な考えを前に、今度は翔太朗が慌てる番だった。
どうしてそうなってしまうんだと、驚いて制止する翔太朗だったが、何を呑気なことを言っているのかと、却って愛莉に耳訴訟される始末である。
「馬鹿じゃないの!? ⑥班の人間に決まっているじゃない。私たちを殺しに来たのよ!」
「だから、なんでそんなにラディカルなんだよ……」
舌打ち。
わからず屋の子供を叱りつける母親のごとく、愛莉が煩わしそうに小声で怒る。
「よく考えてもみなさいよ! 拳斗が銃を乱射した時、装備の回収が、まだ少しも終わっていなかったのは、私たち⑤班と⑥班とだけなのよ? 苦戦していた④班でさえ、こうして武器をバッグから拾っているの! ほかの班が、わざわざ靄と遭遇するリスクを冒してまで、鞄を取りに戻るわけがないじゃない! 一人でパースを放浪する羽目になったから、⑥班は私たちのことを恨んでいるんだわ。これもそれも全部、拳斗のせいよ!」
『でも、人じゃなくてよかった』
ずっと愛莉の様子がおかしかったのは、偏にこのためだったのかと、翔太朗も今さらながら、不審な態度の本質を理解した。
端的に言えば、⑥班の生き残りに強襲されるのを、愛莉は危惧していたのである。
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