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あの星に煌めきを  作者: そーら
第十章 道無き道を歩む少女たち
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それぞれの歩む先に

 



 朝、今日は始業式。蘭はいつものようにランニングをしてシャワーを浴び、制服に着替えた。

 凛とした彼女によく似合う紺色のブレザーがシワひとつ無く彼女を包む。


「…よし。」


 赤いネクタイをキュッと結び、整えると自然と背筋が伸びる。


 朝食を済ませ、通学路に着く。閑静な住宅街を歩いていると、背後からは弾むように音を立てて近付いてくる人影があった。


「らぁんっ!おっはよ〜!」


「ゆずちゃん、おはよう。」


 音だけで柚希だと気付き、驚くことなく振り返る。飄々とした蘭の態度が気に食わなかったのか、口をムッと尖らせて柚希は隣に並んだ。


「も〜、おっきな声で驚かせようと思ったのに〜。ちょっとはリアクションしてくれても良くない?」


「ごめんね。足音ですぐに気付いちゃって。」


「ム…そうかぁ…足音かぁ………。」


 イタズラの欠陥を指摘され、柚希は次のためにそろりそろり…と足を動かして予行練習する。

 いつも通り朝から元気な彼女にクスリと笑みを漏らした。


「アレ、蘭ってばご機嫌〜!何かあったの〜?ゆず様に教えなさいっ!」


「そう、かな…?ふふっ、そうかも。」


 柚希に心の内を見透かされ、また笑う。機嫌が良い理由は一つしかない。


「ゆずちゃんには前に話したことがあると思うんだけど、昨日双子の弟と再会出来たんだ。」


「え!それって蘭のことを助けてくれたって言う…えっと、蓮くんだっけ?」


「うん。学園長がこの前のライブのお礼に探してくれたみたいで。勿論、蓮の意志を尊重して連れて来てくれたの。」


 思い出すだけで顔が綻ぶ。一瞬、あれは夢なのではないかと錯覚するほど、蘭にとっては嬉しい出来事だった。

 そして、自分の事のように柚希も嬉しさが込み上げてくる。


「そっか………良かったね!あ、ゆずも会ってみたいな!蓮くんがいなかったら、ゆずたち会えてないんだもんっ!」


「…そうだね。」


 蘭は少し伏し目がちに小さく呟く。そして、空を見上げるとまだ低い位置にある太陽と目が合った。


「…あの日々が夢であればと思ってた。あれが夢なら…蓮と、ずっと一緒にいられるはずだった。

 でも、あれが夢だったなら…私とゆずちゃんは出会うことすら叶わなかったかもしれない。ゆずちゃんだけじゃなくて…サッカー部のみんなや煌プロダクションの方々、麗生さんや有葵さん、命さん…数え切れないほどたくさんの人と出会うことは無かったのかもしれない。」


 可能性の話、あれがああならば…こうだったならば。それが尽きることは無い。

 けれど、今が無ければ今ある全てが無くなるということ。


「蓮と過ごす未来。ゆずちゃんたちと過ごす未来。

 ずっと欲しかった幸せと今ある幸せ。どちらかを選ぶことは難しいけど、交わることのなかった未来が交差した今…奇跡とも呼べるこの瞬間を大切にしたい。」


 蓮と再会した時、涙と共に胸の奥から溢れ出るものがあった。優しく暖かいそれを幸せと呼ぶのなら、きっとそうなのだろう。


「ゆずちゃん、私…煌プロダクションを辞めるよ。あの時欲しかった、何よりの幸せがここにあるなら。」


 幼い頃、蓮が救い出してくれたあの暗闇は、蘭の中で一生消えない。けれど、その先に幸せがあったのなら、これも幸せの一つだったと思える。


「蘭…。」


 蘭の一連の決意を聞いて、柚希もどこか腑に落ちたように微笑んだ。


「ゆずも、辞めるよっ!ちょっと悩んだけど…でも、やっぱりみんなと過ごす今がすっごく楽しいから!えへへっ、これからも蘭と一緒だねっ!」


 短絡的な彼女だが、しっかり悩んで決めたのだと蘭にも伝わる。

 その小さな身体から溢れるエネルギーは彼女を大きく見せ、とても力強く存在する。奏空とは違う煌めきを魅せる柚希はこれからも蘭の憧れだった。




 ・・・




「え、じゃあ蘭も辞めることにしたの?」


 放課後、蘭は生徒会室にいた。始業式の後に行われた明星祭に向けた話し合いで決めた各クラスの出し物を精査している最中だ。


 その中の雑談で、蘭は事務所を辞めることを生徒会のメンバーに伝えた。


「はい。やっぱり、ここにいる時間が何よりも大切だと思って。」


「蘭様らしいですね。」


「伊織や弥生も辞めるんだろう?そんなに一気に辞めても良いものなのか?」


「まぁ、元々一時的な契約だったし…煌さんも好きにしていいって言ってたもの。そこら辺は上手くやる方じゃないかしら。」


 伊織と弥生も退所の決心を固めたようで、結局元通りの生活に収まりそうだ。明星祭の準備にも人員が割り振れそうで少し安心するが、それでもこの時期は忙しい。


「それにしても、今年の明星祭は忙しくなりそうですね。」


「まぁ、高等部の生徒会が頼れる人たちばかりだから何とかなりそうだけど…それでもやっぱり不安だね。」


 高等部の生徒会は六人。しかも優秀な人材揃いのとても頼れる先輩たちだ。

 しかし、蘭たちと合計しても十一人。たった十一人で中等部と高等部の運営を担うというのはとても重い。


「それに関しては少し考えがあります。もうそろそろ来ると思うのですが…。」


 その対策も抜かりは無く、蘭は作業の手を止め扉の方を向く。すると、タイミング良く扉がノックされた。


「どうぞ。」


「失礼します。」


 その透き通るような声に伊織と弥生は驚いた。その長く美しい白い髪を靡かせて現れたのは有葵だった。


「ふふ、生徒会の皆さんこんにちは。本日より星空学園に転校してきた皇 有葵です。」


「有葵さん、どうしてここに…?」


 女神が微笑むような眩い顔に見蕩れながらも、伊織は浮かんだ疑問をぶつける。


「私が呼んだんです。有葵さんに、私の秘書になって頂こうと思って。」


「蘭の頼みなら断れないし、何だか賑やかで楽しそうだもの。」


 星空学園の生徒会長には秘書を付ける権限がある。去年務めていた者は高校生となり空席のままだったのだが、どうやら蘭は忙しくなる予感を加味し、有葵を指名したようだ。


「秘書か、確かに不在のままだったし…蘭ちゃんを支えてくれる人がいるのは助かるね。」


「蘭はすぐ無理をするからな。有葵、よろしく頼む。」


「えぇ、よろしく。敦夫、侑。」


 敦夫と侑ともすぐに打ち解けるのは有葵の人柄だろうか。蘭はその光景を見て微笑んだ。


 煌プロダクションを辞めたとしても、以前までの日常はそこには無い。明らかに新しい未来が蘭たちを待っていた。

 けれどそれは決して悪いものではなく、彼女たちが変化を恐れずに成長した証。


「それでは、早速有葵さんにもお仕事を割り振りたいのですが…。」


 予め分けていた資料を有葵に渡す。まだ彼女の机は用意出来ておらず、少し離れて来客用の広いテーブルで蘭が見守りながらの作業となった。


「全く…抜かりがないというか、まさか有葵を捕まえて来るなんてね。」


「蘭様らしいと言えばらしいですが。」


 有葵が来たことにまだ驚きを隠せない伊織と弥生は、二人の様子を眺めながら笑う。


「…私も、前に進まないとね。」


「伊織様…?」


 伊織はそう呟くと、仕事に戻る。そこに少しの陰りが見え、弥生は様子を窺う。心配そうな弥生の表情に、伊織は微笑むと仕事に戻った。




 ・・・




 同時刻、柚希たちはライブの打ち上げ会場の準備をしていた。

 秀一郎の何気無い発言から始まり、格式高い会場を用意しようとした彼を止めて、歌唄が是非行きつけのライブハウスでと提案した。


「めぷる〜!これズレてない〜?」


「大丈夫っすよ〜!」


 その方が学生である彼女たちには気軽で楽しめそうだと秀一郎も賛同し、今は飾り付けの最中だ。


「いやぁ…それにしても、これで全部終わりってなると寂しいものっすね。」


「もうっ!めぷる!これから楽しむぞ〜!って時にそういう暗いこと言うのやめてよ〜。」


 楓がしんみりすると柚希は怒る。気持ちは分からなくは無いが、今は打ち上げの気分を楽しみたいようだ。


「でも…そうですよね。皆さん殆ど、事務所を辞めるみたいですし…寂しい気持ちは分かります。」


「りあちは残るんだっけ?」


「はい。コスプレイヤーとしての活動で何かしら役に立つかと思って…。」


 柚希の隣で花飾りを作る莉愛。彼女は事務所に残り、コスプレイヤーとして契約を継続する。趣味のコスプレをより本格的に出来るならと覚悟を決めたようだ。


「あいるちゃんも日本に戻って来たら活動を続けると言ってました。まだ何をするかは聞いてないんですけど…。」


「まぁ、アイリーンなら何でも楽しそうにやってそうっすけどね。」


 故郷のイギリスに帰国中のアイリーンも事務所に残る選択をした。

 それぞれが各々の道を進んでいく様子を後ろから見ているような感覚になり、柚希は少し下を向いた。


「ゆず!手が止まってるっすよ〜。」


「へっ!?あ、ごめ〜ん!」


 それに気付くのはやはり楓で、彼女がいると落ち込む暇も無いなと苦笑いした。


「おーい、ステージの方の掃除終わったからテーブル運ぶの手伝ってくんねぇ?」


「はぁ〜い!ちょっとゆず、行ってくるねっ。」


 飾り付けも粗方終わり、ステージの掃除をしていた歌唄が呼び出す。このライブハウスに詳しい歌唄は慎重に行わなければならない機材周りの管理をしていた。


「よいしょっ…うたちー、ここで良い?」


「あ、いや…もう少し後ろの方が良いかも。普段は飲食禁止だからあんま機材周りには置かないで。」


「おっけぇ…っと。そういえば、うたちーは進路どうするの?悩み中?」


「あー…まぁ色々考えてるんだけど、まだ答えは出てない感じかなぁ。奈帆は辞めるって決めたみたいだけど。」


「そっかぁ。」


 歌唄はぼんやりと曖昧に答える。音楽の道を進むであろう彼女なら一択だろうと考えていたが、案外そうでもないことに柚希は少し驚いた。


 しかし、まだ決め兼ねている彼女を見て安心する自分もいた。辞めることに迷いは無いが、少し心残りのようなものが柚希の胸の中で蠢いていたからだ。


「柚希は辞めるって聞いたけど、なんか浮かない顔だな。」


「え、うたちーにもバレてる?」


「顔にめっちゃ出てるぞ。」


 歌唄に頬をむにむにと触られ、されるがままになる。けれど、このモヤモヤは簡単には晴れない。


「…なんかさぁ、このまま静かに辞めるのもつまんないっていうか…。短い間だったけど、楽しかったから………名残惜しい…?うーん、なんか違う。」


 先程の歌唄よりも曖昧な答えになってしまい、心の中で笑ってしまう。しかしそれを聞いた歌唄は柚希が心の底で何をしたいのか感じ取る。


「…柚希は、楽しく終わりたいんじゃないか?」


「え……?」


「活動、楽しかったんだろ?まぁ、今までは期間限定っていう前提でそこまで気負わずやって来たから楽しめたんだろうし。

 それが無くなって色々と責任みたいなものも付きまとうと怖いだろうし、元の生活が恋しくなって辞めたいっていう気持ちはごく自然なことだと思う。

 でも、柚希は…何て言うかその性質上、簡単に終わるなんてことは出来ないんだとあたしは思うよ。」


 歌唄の言葉がストン…と胸の中に落ちる。妙に腑に落ちて瞠目した。


「エンターテイナーはただじゃ終わらない。最後の最後までみんなを楽しませる。」


「…でもゆず、うたちーみたいにギターとか弾けないし…。」


「別に自分に無いものを無理にする必要は無いでしょ。んー、例えば………あ、良いこと思いついたかも。」


 歌唄は柚希に耳打ちをした。それを聞いた柚希は先程まで元気が無かったのが嘘のように気持ちが高揚し、見る見るうちに口角を上げる。


 その作戦を決行するために、柚希はすぐに行動に移した。

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