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あの星に煌めきを  作者: そーら
第十章 道無き道を歩む少女たち
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幸せとの再会

 



 夏休み最終日。蘭はいつものように生徒会の仕事をしに星空学園にやって来た。

 夏休みが明ければ、星空学園の文化祭『明星祭(みょうじょうさい)』の準備が始まる。そうなれば普段の仕事に手が回らなくなるため、ライブが終わったら片付けようと決めていた。


 手早くそれぞれの仕事を分け、黙々と進めていく。夏にしては快適な室内だが、集中しているせいか頭に熱が集まってくる。


「…蘭、弥生。この前の煌さんのお話、どうするか決めたのかしら?」


 集中力が切れたのか、伊織は唐突にそう聞いた。蘭は一瞬ピタリと手を止め、また作業に戻る。

 けれど、伊織と同様に集中が切れた弥生はお茶を淹れようとティーセットが置いてある机に向かった。


「私は退所しようと思っています。武道は芸能に通ずるものもありますが、私が目指す道はそうではな気がして…。」


 レモンティーを淹れる片手間、弥生はハッキリとそう答えた。神楽坂の者として道を切り開いていく彼女らしい決断だ。


「ただ折角出来たご縁ですから、退所しても関係を切り離す必要は無いと考えています。」


「…なるほど、そういう考えもあるのね。」


 弥生の答えに伊織は関心する。どうやら答えを迷っていたようだ。

「蘭は?」と再び蘭に答えを仰ぐ。弥生のようにハッキリとした答えが出ず、再びピタリと手を止めた。


「…私は、まだ迷っています。元々芸能界に興味は無かったのですが、こうしてたくさん触れる機会を頂いて…良い経験をさせてもらいましたから。」


「そうね、そうなのよねぇ…。私も壬生屋の人間としてファッションに携わっていく以上、折角出来た芸能界とのパイプは切り離せないと思ってたのよ。」


 決断に迷っていた伊織は自分の気持ちを吐露する。種類は違えど、芸能に携わっているという点で言えば壬生屋家と神楽坂家は似ている。

 弥生の話を聞いて、伊織は決心を固めたようだった。


「退所しても縁が切れるわけじゃないわよね。煌さんも、何かあったら協力して頂けそうだし…目的も無いのに私自身が芸能界に留まる理由は無いわよね。」


 伊織は明るくそう言い、彼女なりの答えを出した。弥生も微笑みながら、その答えに賛成するように頷く。

 けれど蘭は仕事に戻りながら、考えていた。


「………。」


 二人の言う通り、秀一郎との縁を切る必要は無い。芸能界に強い人脈がある彼の存在感は大きい。

 しかし彼に何かを協力してもらった時、蘭にはお礼をする手段が無い。それならば、彼の元で仕事をして持ちつ持たれつという関係を築くのも一つの道だ。


 幸いにも、蘭はテレビドラマ『ミドル・スパイ』で高い評価をもらい、次のドラマの仕事も来ていた。役者としての道もある。


 けれど、本当にそれで良いのか。答えが出ない。


「蘭ちゃん、九月からの転入生の書類に目を通しておいて欲しいって赤城先生が………蘭ちゃん?」


「…あ………は、はいっ。」


 考え過ぎてボーッとしていた蘭の顔を覗く敦夫。蘭はハッとして極秘と書かれた書類を受け取り、転入届に目を通す。


 一人は中性的な見た目をした女の子。写真に映る彼女がやけに暗い表情をしているという点以外は気になるところは無い。

 他にも有葵や命の書類もあり、顔が綻ぶ。


 書類の内容を画像のように頭に保存し、次の書類を捲った瞬間。そこにある名前を見て、蘭はピタリと手を止めた。


「…え……………?」


 蘭が発したというより、喉から勝手に漏れ出たという表現が正しいくらいの小さな声。けれど、蘭の中には稲妻が走ったような衝撃があった。


 いつもの冷静さを忘れ、周囲の配慮も忘れ、勢いよく机を叩き立ち上がる。生徒会のメンバーが驚いて蘭を見上げるのも他所に、書類を持って生徒会室を出た。


 いつもの美しいフォームとは違い、乱れたフォームで校内を走り、向かったのは重厚感漂う大きな扉の学園長室。

 荒い呼吸を整え、その扉をノックすると相変わらず透明な声が返ってくる。


「…失礼します。」


「蘭、いらっしゃい。」


 そこには以前と変わらず、麗生が居た。以前と違うのは、彼女が座っているのが車椅子では無く、部屋の雰囲気によく合う高級そうなデスクチェアに変わったことと、背後に真美が居ないこと。


「突然お邪魔してすみません…。その後、お身体の方は大丈夫ですか?」


「はい、お陰様で。こちらにお掛けください。」


 蘭は来客用のソファに座る。目の前には、淹れたての紅茶が二つあった。


「…来るって分かっていたんですか?」


「ふふ、何となくというやつです。」


 麗生は立ち上がり、蘭の前に座る。紅茶を取り、一口飲むとふわりと芳醇な香りが広がる。


「それに、その書類のこともありましたから。」


 麗生は蘭が手に持っていた書類を射抜くように見つめる。

 それは蘭にとって、とても重要な事実を伝えるものだった。


「学園長なら…彼が、私にとって何か………知っていますよね?」


「はい。知っているからこそ、彼をここに呼びました。

 私たち家族を救ってくれたお礼として。」


 書類には『駿河 蓮(するが れん)』と名前が書いてあり、その横には蘭の記憶の奥底にある少年の面影が残る姿が写真に収められていた。


「お礼って………。」


「勿論、蓮の意志も聞きました。蘭に会うつもりは無いと言われましたが。」


「え?」


 麗生の支離滅裂な言葉に蘭はあやふやな疑問を返すのみ。それほど余裕が無く、動揺している様子の彼女に麗生はクスリと笑い、言葉を続けた。


「私は彼にこう言いました。贖罪のために離れることを選ぶのなら、それは贖罪にならない…と。」


 紅茶の揺れる水面を眺めながら、麗生は淡々と告げる。彼女の言葉が続けば続くほど、蘭の心臓の音は耳に近くなっていく。


「蘭が星明を名乗らない理由は、星明の方々に恩を感じていないわけではなく…彼に見つけて欲しいから、ですよね?」


 蘭は答えも頷きもしない。けれど、表情を見れば明らかだった。愛する彼との唯一の繋がりを尊ぶ表情は、再会への期待と混ざって歪んでいる。


「私の家族を救ってくれたあなたには、家族で返すのが一番だと思ったのです。ずっと、会いたかった…双子の弟が。」


 すると、外に通じる扉が開く。そこには、ずっと見当たらなかった秘書の真美と、森林を彷彿とさせる髪色の少年がいた。


「真美、お疲れ様です。」


「いえ。どうぞ、お入りください。」


 少年は真美に促されて一歩、部屋に入り顔を上げる。長い前髪で片目を隠しており、もう片方の海のように青い瞳と目が合った。


「蘭…。」


「れ、蓮……………?」


 驚きを隠せず、視界が揺らぐ。背丈が伸び、声も低く、記憶の中とは違う片割れの姿に時の流れを自覚する。

 涙が溢れ、息が詰まる。そんな蘭に蓮はゆっくりと近付き、遠慮がちに抱き締めた。


「…ごめん、勝手に置いていって。」


「…置いていかれたなんて思ってない。ずっと、お礼を言いたかった…。」


 顔を覆いながら涙を流す。全身に彼の温もりを感じながらも、どこかで夢なのではないかと思っている自分がいる。


「本当は、二度と会うつもりなんて無かったんだ。君が幸せになれる場所に、俺は居たら駄目だって…思ってたから。」


 蓮がぽつりぽつりと小さく呟く。その間も蘭の涙は止まらない。


「でも、麗生さんに…それは贖罪にはならないって言われて気付いたんだ。

 あれは、二人で乗り越えなきゃいけなかったんだ…って。あの時、誰よりも蘭の近くに居なきゃ駄目だったんだって。」


 蘭を抱く力が強まる。彼の心臓の音がやけに大きく聞こえる。それが自分の心臓の音と重なっていることにすぐ気が付いた。


 蘭は漸く目の前にいる自分の片割れの背中に腕を回して抱き締め返した。


「あの時、蓮が暗闇から連れ出してくれたから…今の私は幸せだよ。」


「…そっか。」


「でも、この幸せを蓮と分けられるのなら…もっと幸せになれる。」


 二度と離さぬように、力強く。けれど、優しく。二人はお互いの存在を確かめ合うように抱き合った。


「蘭、ありがとう。」


「蓮、ありがとう。」


 額を付き合わせ、気持ちを伝え合う。そうすれば、言葉以上の感情が清流のように頭の中に流れてくるような気がして。




 _____決めた。


 蘭はその硝子のような瞳で、真っ直ぐと空を映した。

 晴れやかに澄み渡る、嫌気が差すほど青い空。けれど決して嫌味は無く、つい笑ってしまうほど清々しい。


 それは、最愛の双子の弟と再会を果たした日。無限に広がる未来が見えたような気がした。

・駿河 蓮

星空学園中等部二年B組

生き別れていた蘭の双子の弟。蘭とはまた違う爽やかな容姿で情に満ちた性格。髪で隠した左目は失明している。星空学園に転校して来た。

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