不安と自信
星空学園昼休みにて。
柚希は友人の水野 楓と一緒に屋上で昼食を共にしていた。雲ひとつない青空の下で、たまにはここで食べるのも良いなと柚希は感じながら、母特製のミニオムレツを頬張る。
「ん〜!おーいひー!」
「ゆずは本当に美味そうに食べるっすね〜。」
「だって本当に美味しいんだもーん♪あ、めぷるのハンバーグも美味しそう!」
先程まで蘭がいないから昼食は一人になってしまうと嘆いていた人とは思えないほど、柚希はご機嫌だ。
いつもは蘭やクラスメイトを誘って、教室で食べるのだが、蘭は勿論のこと、みんなそれぞれ用事があったらしく、柚希は他クラスの楓に泣きついたのだ。
ちなみにめぷるとは、楓のニックネームだ。楓が英語でメープルだからめぷるだ!と一年生の頃に柚希が名付けたのも懐かしい記憶だ。
「ところで、駿河さんは大丈夫なんすか?結構大事に巻き込まれてるみたいっすけど。」
「んー…さっきチャット来てて…今日は来れないけど、明日は普通に行くって。一応朝早めに行くっぽいけど。」
蘭からのメッセージを読み返しながら言う。
ニュースの件についてや、煌プロダクションにお世話になることも蘭は柚希に伝えていた。
「何か出来ることがあると良いっすね。難しいかもっすけど。」
「うん。でもまぁ、蘭のことだから自分でなんとかしちゃいそ〜。」
「ははっ、それもそうっすね。」
柚希は何でも難なくこなしてしまう蘭を想像しながら、ブロッコリーを摘んだ。
・
「ふー…お腹いーっぱい!」
昼食を食べ終わり、柚希はお腹をポンッと軽く叩く。楓も片付けが終わり、のんびりとお茶を飲んでいた。
「ゆずは午後何あるんすか?」
「えーっとー…今日は五時間目が何も無くて、六時間目に英語!乙桜ちゃんだ!」
柚希はスマートフォンで午後の授業の確認をする。
この星空学園の時間割は少し特殊で、午前は普通に固定の時間割なのだが、午後の授業は選択式なのだ。
基本的に興味のある教科を選択し、それに合わせてクラス関係無く自分でカリキュラムを組む。自主性を重んじる校風の最も特徴的な部分だった。
「ボクも五時間目無くて、六時間目体育なんすよ!どう時間を潰そうか迷ってたんす〜。」
「ん〜…お腹いっぱいでちょっと眠くなって来ちゃったな〜…。」
「お昼寝するっすか?」
柚希は頷いて、スマートフォンのアラームを掛けた。ちゃんと起きれるように爆音に設定をして、ポカポカする日差しの下で楓に少し寄りかかりながら、スッ…と目を閉じた。
_____微睡む意識の中、気がつくと柚希は不思議な場所に立っていた。
どこかファンタジーな景色。雲はわたあめみたいに美味しそうだし、金平糖のような形のキラキラが雨のように優しく降ってくる。
夢か…と思いながら意識が薄れゆく瞬間、柚希は目を見開いた。
「あれ、ここって…。」
ボソリと呟いた言葉もやけに鮮明に聞こえる。
目の前の景色がハッキリしてくると、やはりそこはニュースで蘭がいた場所だった。
『柚希。』
すると、頭の中に自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
蘭の話を思い出して、それがやはり蘭と同じことが起こっているのだと理解した。しかし、柚希はこの声を別のところで聞いたことがあるような気がしてならない。
『初めまして、私はアリア。私のこと、覚えているかしら?』
初めまして、と言うのに覚えているか?という疑問に矛盾を感じる。だが、柚希はその言葉の意味がなんとなく理解出来た。
「えぇっと…なんかどこかで聞いたんだけど………あれ…?」
思い出そうとしても、やはり記憶に無い。ニュースの蘭の映像には声なんて入っていないし、現実で会ったことなんてあるわけが無い。
『きっと、昨日の夢…あなたは見たはずです。私たちの現状を………。』
「夢………あっ!!!」
アリアの声に柚希はピンッと思い出す。
蘭のことに驚いて忘れていたが、確かにこの世界で少女が二人、綺麗な歌を唄い、闇に飲み込まれる夢を見た。
『ここは『煌めきの世界』。世界中の煌めきが集まる場所。その夢がこうなった全てなの。
夢の結末、闇に飲み込まれたこの世界を救う為、柚希に歌って欲しいの。』
「…歌を?どうして?」
『あなたの歌には特別な力がある。世界中を元気で溢れさせる…そんな力が。』
夢の中で見た煌めいた美しい世界が闇に飲み込まれる映像が鮮明に蘇る。それに柚希は不安を覚え、下を向く。
「………無理だよ。」
『柚希…?』
柚希は拳を握り締めて、グッと噛み締めた。
「蘭とゆずは違いすぎる…。蘭みたいに素敵には歌えない…。」
柚希はずっと何でもできる蘭が羨ましかったのだ。美人で綺麗で、それなのに飾らず驕らない純粋な心を持つ彼女が。
純粋すぎるが故に、柚希のその気持ちには気付かないし、蘭のことが大好きだから明るく振舞っていた。
『…柚希、それは違うわ。』
「え…?」
しかしアリアは、柚希のその言葉を否定した。その美しく凛とした声に柚希はハッとして黙る。
『蘭と柚希は確かに違う…でもそれってごく当たり前のことよ。蘭と同じ人はいないし、柚希とも同じ人はいない。
純粋で美しい蘭と、明るくて優しい柚希。それぞれに違った煌めきがあるはずよ。
だから、ありのままの柚希の歌を_____…………。』
アリアはそのまま気配を無くした。突然いなくなったことに驚き、柚希は辺りをキョロキョロすると、自分の着ている衣服が変わっていることに気がついた。
大きなリボンにポンポンがついたかぼちゃパンツ、ピエロをイメージさせるポップな衣装。左手にはマイクが握られていた。
導かれるように手に持つマイクを口元へと持っていき、自然と詩が浮かぶ。目の前に広がる暖かい景色が、大好きな蘭の笑顔と重なった。
このキモチ ゆずれない!
このトキメキ 無限大∞
ハチミツみたいに 甘く溶けた
ワタシのココロ
今のキブンは
CITRUS BLUE_____。
・・・
_____ここはもうひとつの世界。気がつくと楓は不思議な場所に立っていた。
綺麗な青空に熱い雲。太陽の光の反射なのか、そこらでキラキラと何かが光っている。正面にはゆらゆら揺らめく波のような何か。
夢か…と思いながら意識が薄れゆく瞬間、楓はまた目を開けた。
「海…?ここは………。」
ボソリと呟いた言葉もやけに鮮明に聞こえる。
目の前の景色がハッキリしてくると、そこは昨日の夢で見た景色だった。
『…楓。』
すると、頭の中で幼い少女が自分を呼んでいる。
辺りをきょろきょろと忙しなく見回してもそこに誰もおらず、不思議に思っているとまたその声が聞こえた。
『…初めまして、私はミコト。姿は見えないから落ち着いて。』
見えないからあたふたしているのに…と内心思うが、口には出さずにとりあえず落ち着くように深呼吸した。
「ふぅ………で、何なんすか?これ。」
『ここは『煌めきの世界』。世界中の煌めきが集まる場所。楓は昨日見た夢を覚えてる…?』
楓はミコトの問いになんとなく…と答えて頷く。
不思議な夢を見たな…程度にしか思わず、記憶から抜け落ちていたが、確かにその夢の光景はこれだったのを思い出す。
『ここにいる理由はその夢が全て。夢の結末、闇に飲み込まれたこの世界を救う為、楓に歌って欲しい…。』
「世界を救う…?でも、ここはあの夢みたいに真っ暗じゃないっすよ?」
『…それは、ミコトからは説明が出来ない。』
ミコトは楓の問いに言葉を詰まらせる。楓は問い詰めることはせず、今どうすれば良いのか聞く。
『…楓の歌には特別な力がある。闇をも包み込む海のような広い心を持ち、太陽のような揺るがない光を放つ楓の歌なら…。』
彼女の言葉は全く持って理解が出来ない。しかし何故か、彼女の言葉にはそうさせる力があった。
夢の中の美しい世界が飲み込まれる瞬間が、海の中に沈んでいく光景と重なって、楓は身体を震わせる。
「…その闇に飲み込まれたら、どうなるか聞いてもいいっすか…?」
『………分からない。けど、ミコトたちはひとつの光を見つけた。みんなの煌めきがこの世界を救ってくれる。』
楓はミコトの言葉に胸を打たれたような感覚になり、目を閉じた。
海の中から見えた太陽の光の景色が見える。きっと彼女たちもそんな風に光を見つけたのだと考えると、とても他人事とは思えなかった。
「…わかったっす。歌はあんま自身無いっすけど、力になれるなら。」
『ありがとう…楓なら、大丈夫だから…。』
そう言って、ミコトは気配を消した。
気がつくと楓は海をモチーフとしたスポーティーな衣装を身に纏い、左手にはマイクが握られていた。
導かれるように手に持つマイクを口元へと持っていき、自然と詩が浮かぶ。目の前に広がるのは、大海原とカンカンに照る太陽。大好きな景色。
波の向こうに ゆらめく太陽
波に任せて さざめく海上
愛の波乗り ときめく相棒
手向けた先に きらめく才能
まぶしい海が 今日もかがやく_____。
・・・
「……き!……のさ………………_____!
_____……………柚希!水野さん…!」
柚希と楓はその声で目を覚ます。ぼんやりとする中、目の前で必死に二人を起こしていたのは藍音だった。
「んん…あい、と…?」
「良かった…二人とも探してたんだよ。」
「探す…?何か用っすか?」
藍音は息を切らしてまで探していたようで、息を整えながら二人に状況を話した。
「これ…二人が駿河さんたちみたいに知らない場所で歌った映像が流れて…どこに行ったんだろう…って。」
藍音は今朝の柚希のように、スマートフォンを見せた。そこには蘭や奏空と同じように柚希と楓のライブ映像が流れていた。
「これ…さっき、夢で見たやつっす…….。」
「ゆずも…蘭の話を聞いたから見たんだと思ってたんだけど……。」
まだどちらも状況が読めていないのか、頭を抱えて夢の中での出来事を思い出す。
すると、柚希のスマートフォンに着信があった。どうやら蘭からのようだ。
「もしもし?蘭?」
『ゆずちゃん?良かった…繋がって。今、どこにいる?』
「学園の屋上!めぷると藍音と一緒だよ。」
『分かった。今から星屑さんの事務所の方が迎えに行くから、水野さんと裏門で待っててくれないかな?煌さん…えっと、社長さんが私と同じ話をしたいみたい。』
柚希と楓は秀一郎の呼び出しにより、煌プロダクションに行くこととなった。藍音は心配そうにしていたが、蘭や奏空がいるし大丈夫と説得した。
・
「初めまして、私は煌 秀一郎。この煌プロダクションの社長をしている。」
社長室に連れられた二人は秀一郎と対面した。楓はきょろきょろと室内を見渡している。
「は、初めまして!立花 柚希です。」
「初めましてっす!水野 楓っす〜。」
「あはは、とっても元気な子だ。」
柚希は少し緊張気味に、楓はいつも通り呑気に挨拶をする。
秀一郎は先程、蘭と奏空にした話を二人にもする。彼の言葉をなんとなく理解したようでうんうんと頷いている。
「えっとー…要するに、事務所に所属すればなんとかなる!ってことっすか?」
「めぷる、ざっくりし過ぎだよ…。」
「まとめるとそういうことになるね。どうだろうか?」
「いいっすよー!」
秀一郎がそう言うと楓は二つ返事でこたえるが、柚希は少し悩んだ。行動は突飛も無いが、意外と現実主義なのだ。
「…あの、煌さん。所属したら学業ってどうなりますか?お仕事とかって…。」
「あぁ、それに関しては問題無いよ。本来芸能事務所に入るということは芸能人として仕事をすることになるけれど、今回のようにやむを得ず一躍有名人になってしまった君たち未成年を大人は守らなければならない。
学業も仕事もしたければすれば良い。私は君たちの意思を尊重しよう。」
まるで星空学園の校風みたいだと柚希は思う。昔からなにか見えないものに縛られることが大嫌いだった柚希は、その自由さを気に入って星空学園に入学した。
煌プロダクションもそうなら…と柚希は首を縦に振る。
「わかりました!ゆずも所属しますっ!」
「嬉しいよ。とは言っても…未成年は親御さんの許可が必要だが、大丈夫そうかな?」
「あ、ボク…実家から離れて暮らしてるんすけど、良いんすかね?」
「あぁ、遠い場所でも大丈夫だよ。」
後日、蘭のように保護者に挨拶をする旨を話し、その日はしばらくして解散となった。
・
結弦がそれぞれの家へ送り届け、最後に奏空と楓を星空学園の学園寮で降ろしていた。
「あ、奏空。ちょっと良いか?」
「…?は、はい。」
「じゃ、またねっす〜。」
楓は手を振って寮に入って行く。奏空も行こうとして呼び止められたため、結弦が乗っている方に駆け寄り、前屈みになる。
「社長も言ってたが、今日は折角のオフだったのにすまない。」
「いえ、むしろオフだったのでちゃんと話が出来たので良かったです。」
「ふっ…お前はそういうやつだよな。でも本当は学校で同じ年代のやつらから刺激を受けたいだろ。我慢も遠慮もするなよ。」
結弦はそう言って、奏空の頭をくしゃくしゃと撫でる。突然の事に驚いた奏空は一瞬目を見開いて、すぐに笑みが零れた。
「ふふっ、綴さんってほんとお兄さんみたいですね。」
「兄って柄じゃないが、お前みたいな聞き分けの良い妹なら悪くないかもな。
明日は午前の仕事が無いからリフレッシュして来いよ。あと、これからもこういうことが増えると思うけど、無理な時はちゃんと言え。俺は察しが良い方だが、お前は隠すのが上手いからな。」
釘を刺すように奏空の目の前にビシッと指を差す。奏空はうんうんと頷いて微笑んだ。
そうして結弦は車を出して、事務所へ戻って行った。
「…はぁ………あ、春の大三角と春の大曲線…。」
小さく溜息を吐いた後、ふと空を見上げるとよく星座が見えるほど綺麗な夜空だった。
春の大三角と春の大曲線を指でなぞり、空を見つめた。
「あそこにあるってことは…しし座があの辺でその左下ら辺がおとめ座かな。大曲線の上は北斗七星で………っくしゅんっ…寒くなって来ちゃった。」
星座のこととなると、周りが見えなくなる奏空。腕を摩って寮に入り、受付にいた寮長に挨拶をして、自室がある十五階に上がった。
_____胸に小さな期待と不安を抱えて。




