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あの星に煌めきを  作者: そーら
第十章 道無き道を歩む少女たち
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目覚め

 



 瞼をゆっくりと開く。そこには真っ白な天井と愛する人が祈るように目を瞑り、手を握っている姿があった。


 この世の終わりを見てしまったかのように顔を白くさせ、夜空のように美しい紺碧の髪には流星が瞬くように白髪が混じっている。

 まだそんな歳でもないだろうに、どれだけの苦労を重ねたのだろうか。


 彼の頬にそっと手を伸ばすと、ハッとした表情で顔を上げ、視線が交わる。彼は直ぐにその美しい漆色の瞳に涙を浮かべ、小さく嗚咽を漏らす。


「う…麗生………。」


 涙を白い手で拭い、力無く笑った。すると彼はさらに大きく嗚咽を漏らし、涙をボロボロと零した。

 彼の曇った心を溶かすような、暖かな涙だ。


「秀一郎…ただいま戻りましたよ。」


「麗生…っ!麗生ぁ………!!!」


 勢い良く、けれど硝子を扱うように優しく、秀一郎は麗生を抱き締めた。

 二度と彼女が離れていかぬように。


 二度と、彼女への愛を忘れぬように。




 ・・・




 どこからか、美しい歌声が聴こえた。とても聞き覚えのある声だった。


 一つは精密に作られたガラス玉のように透明で美しい。一つは夜空に一際輝く星のように心を惹く。


 それらは螺旋のように絡み合い、決して交わらず、互いを照らし合える…確固たる凛々しさをそれぞれ持っていた。


 その心地良さに、それまで暗闇だった視界が自然と開かれる。煌々と月に照らされ、そこには声の主たる少女たちがいた。


「有葵さんっ!」


「命さん…!」


 彼女が放つ大きな大きな煌めきの渦を肌で感じる。上手く動かせない身体が、次第に自由になっていく。


「蘭、ありがとう…。」


「奏空…キラキラ………。」


 ゆっくりと手を伸ばす。蘭は有葵の、奏空は命の手を握り、その暖かさに彼女たちが幻ではなくそこに存在していると確信する。


「蘭!そらしっ!」


「これは………!」


 蘭たちの歌を遠くから眺めていた柚希や結弦たちが駆け寄る。

 夢の中で出会った少女が今、目の前に存在している。それは目的の達成を意味していた。


「大丈夫、ですか?」


「えぇ…少しずつ、身体に力が戻ってきてる………。」


 蘭は有葵を支えながらゆっくりと身体を起こす。首に指を添え、脈を測ると正常に動いている。他にも身体に異変は無いか、医者のように手際良く調べる蘭に有葵はクスリと笑う。


「蘭、命の方も診て貰えないかしら…?」


「勿論です。」


 蘭はコクリと頷き、命も同様に診ていく。その間に有葵は結弦に目を向けた。


「綴…結弦さん。」


「!どうして、俺の名前を…。」


「ずっと夢の中で見ていましたから。いつも父の傍に居てくれてありがとうございます。」


 有葵が微笑む姿は麗生によく似ていた。いつも近くで秀一郎を見ていた結弦は、一刻も早く彼女たちを彼に会わせてあげたいと気持ちが逸る。


「焦らずとも、父には会いますよ。今は母が目覚めた喜びを噛み締めていることでしょう。」


「…心を読むなんて、社長そっくりだ。」


「父の共感覚とは違います。これは皇の能力ですから。」


 有葵は隣に目を向ける。やけに奏空に懐いている命の体調を診ている蘭。それに抱き着きながら泣いている柚希に、後ろでキラキラとした目で蘭を見ている莉愛。


 つい笑ってしまう光景に胸が暖かくなる。これも、彼女たちが持つ煌めきの力なのだろうか。


「…さて、お騒がせして申し訳ありません。ライブのお片付けがあるんですよね?」


「あぁ、だが…。」


「私たちは蘭たちの近くにいれば大丈夫です。お気になさらず進めて下さい。」


 心配する結弦に有葵は微笑んで言う。彼女の言う通り、撤収は迅速に進めなければならないため、奏空に目配せをして彼女にこの場を任せた。


「ステージも点検が入りますし、一度楽屋に戻りましょう。」


 奏空の指示に従って、その場にいた全員は楽屋に戻る。

 目的の達成に浸る間もなく、どこかふわふわした気持ちの中、有葵は目を閉じ人気の無いところへ消えていく。


「………有葵さん?」


 それに気付いた蘭は振り返って、有葵が歩く方へと進む。小さな光も吸収する有葵の白く長い髪がそよ風に揺れてキラキラと光る。


「蘭、ありがとう。」


「え?」


 有葵は立ち止まるなり、そう言った。


「私の能力、念話は私が相手に語り掛けるだけでなく、相手が無意識的に強く想っていることが頭の中に流れてくることもあるの。

 あなたが強く、私たちを助けようとしてくれていたこと…いつも伝わってきたわ。」


 女神のように優しく微笑む有葵に月明かりが落ちて美しい。思わず目を奪われる蘭を余所に、有葵は彼女に身を寄せた。


「母は、あの日あなたの輝きを見つけた。

 私たちをあの世界から戻すための方法は分かっていてもそれが実現出来ずにいた時、綺麗なフォームで真っ直ぐ見つめ走るあなたを見た。」


 蘭の記憶は四月の何の変哲も無い、いつもと同じ朝を思い出す。いつもと違ったのは、ただ一瞬。必ず通る河川敷の向こう側に車椅子に座る綺麗な人に目を奪われた数秒間。


「そのたった数秒間で、母はあなたなら…と確信していたの。私も…母を通してあなたを見た時、同じ気持ちを抱いた。

 そして、あなたはその望み通り…いえ、それ以上の輝きを放った。私たちの回復が早いのも、母の身体が大事にならなかったのも…蘭と、皆さんのおかげなの。」


 麗生によく似た顔で有葵は言う。当然のことをしたまでだと心の底から思う蘭は首を振ったが、ふと疑問が浮かび上がった。


「…学園長は、あの日私を見て有葵さんに導かせた…んですよね?」


「…ええ、そうよ。」


「じゃあ、あの日の朝に見た煌めきの夢は…どうして見ることが出来たんですか?」


 有葵は一瞬目を見開いた後、クスリと笑った。


「流石、ね。実は…あれは私たちが見せたものでは無いの。

 実際に、煌めきの世界で起きたことを誰かがあなたたちに見せたのよ。」


「誰か、というのは…?」


 有葵の答えを、ゴクリと唾を飲んで聞く。聞き逃さないように、耳を彼女の声に集中させた。


「創造神、オウ。」


「!それって………。」


「皇一族始まりにして、この世界を創造したと言われる神。」


 麗生に有葵と命のことを聞いた時に少し出てきた皇一族始まりの神。それが未だに実在するような言い方に蘭は驚きを隠せない。


「オウは人間を愛し、人間との間に子を作った時、自身も人間となり天寿を全うした。一族の文献にもそう残ってあるわ。

 けれど人智の及ばぬ範囲で彼、または彼女は存在していたのよ。」


「…その、オウという神様が私たちに夢を見せ、学園長を導いた…ということですか?」


 有葵はコクリと頷き、空を仰いだ。月の眩しさに目を細めるとゆらり…と光が揺らいだ気がした。


「オウは今もどこかに存在している。人間としての役割を終えた後、神様に戻ったんだと思うの。

 けれど、一度人間になった代償は大きく、一族以外の人間に影響を与えることが難しくなってしまった。だからオウは一族に特別な能力を与え、この世界のために使うよう命じた…そんな気が、するの。」


 その揺らぎの先に、有葵は髪の長い少年とも少女とも呼べる様相の何かを見た。それは実際にそうあったのか、はたまた幻覚なのか分からない。


「………、蘭は信じてくれるかしら。」


「信じますよ。」


 不安そうな顔で小さく尋ねる有葵に、蘭は即答した。あまりの速さに有葵は驚いて彼女を見た。


「確かに普通では考えられない話です。けれど…私たちは既に有り得ない経験をしている。

 私でなくとも、みんな信じてくれますよ。」


 蘭がふわりと笑って後ろを振り返る。そこには奏空や命たちが立っていた。


「お姉様…。」


「命………。」


「みんなのキラキラ…すごく綺麗で、あったかい……………。」


 ずっと笑顔を見せなかった命が、とてもあたたかな笑みを浮かべていた。そのまま有葵に抱き着き、命が見たキラキラが頭の中に流れてくる。


 目の前の少女たちは優しい色を纏い、有葵の心を包んだ。


「…っ、みんな………。」


「あなたたちには、感謝しているわ。」


 有葵が目に涙を潤ませると、伊織が彼女の目の前に立った。


「あなたたちがいなかったら、私は私を変えてくれた友人と…共に高め合える仲間に出会えた。

 心の中で燻っていた何かを発散する術もなく、ただ苛立っていた私に光をくれた。」


 有葵に微笑み、命の頭を優しく撫でる。数ヶ月前に、そんな彼女の姿を想像出来ただろうか。


 後ろで奈帆は嬉しそうに、歌唄は照れくさそうに笑い、雛は伊織の背中に手を伸ばした。


「ゆずも………、ゆずに何が出来るんだろうってずっと思ってたけど、めぷるにゆずはそのままでいても良いことを教えてもらったよっ!」


「柚希…。」


 柚希の屈託の無い眩しい笑顔。さらに目線を全員の顔、一つ一つに向けるとそれぞれの輝きを放っていた。


 彼女たちが強く想っている感情が勢いを持って流れてくる。


「そう…、そうね。」


 ずっと触れられなかった人の暖かさに有葵は一筋の涙を零す。それはたくさんの煌めきを帯び、やがて命の頬に落ちる。


「キラキラ…あったかい。」


 命は目を閉じ、その煌めきを目の奥に焼き尽くす。次に目を開けると、窓の外から射す月の光に紛れて何かが光っていることに気が付く。


 その光はやがて消えゆく。けれど、やけに美しかった。

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