赤青の奇跡
「あなたの目、すぅーっごく綺麗!」
目を閉じれば甦る記憶。すっかり忘れていたなんて嘘みたいに鮮明に思い出せる。
あの日、そう言うと彼女は動揺していたけれど、それに構わず必死に名前を聞いた。彼女のことを覚えておきたくて。
あの日の自分の願いはいつの間にか忘れてしまったけれど、彼女と再会してまた思い出した。
やけに赤い夕焼けと、迫り来る青い夜空。
彼女の瞳はそれによく似ていて、この世界の何よりも美しかったんだ。
・・・
「こ、こちらです…!」
慌てた様子で莉愛が楽屋にやって来る。二人の男女を引き連れて入ると、柚希の手を握りながらこちらを見る迷子の少女と目が合った。
「パパ!ママ!」
少女の視線はすぐに後ろにいる男女に向き、二人に飛びついた。そう、少女の両親がサッカー部員たちのお陰でようやく見つかったのだ。
両親は少女を抱きかかえ、再会出来た喜びに溢れている。
「りあち、案内ありがと〜。出番もう次なのにごめんね。」
「いえ、準備する時間はありますし…意外と暇なので。」
少女と入れ替わるように柚希の隣に立ち、感動の再会の邪魔をしないように気配を消す。
すると、少女は振り返り柚希と楓にお礼を言った。
「ゆずきちゃん!かえでちゃん!ありがとうございましたっ!」
「うんっ!ゆずも一緒にいれて楽しかったよ〜♪」
「はいっす!ステージも楽しそうに見てくれてありがとっす!」
この短時間で大分仲良くなったのか、ハイタッチを交わしている。一緒にいてくれた雛にもお礼を言って、少女と両親は観客席へと戻って行った。
「ふぅ〜。ひと段落着いたし、藍音たちのとこ行こっかな。サッカー部のみんなにもお礼言わなきゃだし!」
「そうっすね!アニキたち、屋台の方にいるみたいっすよ。」
先程ステージを終えた柚希と楓は、肩の荷が降りたように伸びをして楽屋の外を歩いていった。
莉愛はその背中をじっと見つめる。
「………。」
「リーアさんっ!」
「わっ!」
後ろの方で一部始終を見ていたアイリーンが莉愛の背中に飛び乗った。莉愛は驚きながらも彼女をおんぶする。
「ん~…リアさんあったかいデース♪」
「あ、あいるちゃん…私、力無いからそんなに持たないよ…。」
腕をプルプルさせる莉愛から降り、アイリーンは他に誰もいない楽屋を走り回る。子供のようにはしゃぐ彼女は、昔からは想像も出来ない姿だ。
「元気だね、あいるちゃん。」
「ハイ!リアさんとステージに立てると思うとウズウズしマース!」
「それなら、軽くリハーサルしよっか。」
二人だけの最終リハーサルが始まる。スマートフォンから流れる音楽に耳を傾けながら、たくさん練習したダンスを踊る。
「〜♪」
楽しそうに踊るアイリーンを横目に、彼女の足を引っ張らないように振りや立ち位置をひとつひとつ確認していく。
サーカスを彷彿とさせる音楽は、何が起こるのか分からない高揚感と不気味な雰囲気が織り交ざる。それに自分が飲み込まれてしまわないように、気持ちを強く持つ。
「はぁ…。こんなものかな?」
「ン〜!早くステージに立ちたいデスネッ!」
曲が終わり、莉愛は息を整えるが、アイリーンはまだまだ体力が有り余っている様子。
けれどそのワクワクとした表情の中に、どこか生き急ぐような焦りのようなものが感じられたような気がした。
「…あいるちゃん?」
莉愛がボソリと呟くと、楽屋のモニターからステージの歓声が響く。今は弥生と双葉のステージの最中。
どうやら弥生が神楽坂流の舞を披露し、双葉がそれに合わせたアクロバットを即興で踊っているようだ。
「ワォ!ヤヨイさんもフタバさんもスゴいデース!」
「そうだね…、妙にマッチしているっていうか。」
弥生の洗練された動きと双葉の本能のままの動き。一見バラバラのように思えるが、二人の息はぴったりで幼馴染だからこそのパフォーマンスと言えるだろう。
「…ホント、スゴいデス…。」
小さく呟いたアイリーンの言葉は莉愛の耳にもしっかりと届く。先程感じた違和感が確信に変わっていく。
「あいるちゃん、やっぱり何かあった?」
「エッ!アッ…ト、ソノ………。」
莉愛に言い当てられたアイリーンは、ギクリとした感情をそのまま表情に出す。僅かな違和感だったが、それが確信に変わる。
「…不安があるなら話して欲しい…かな。」
「…リアさん。」
複雑そうな笑みを浮かべて、アイリーンはポツリと話し始める。
「………ホントは、ステージが終わってから話そうと思ったんデスけど…。」
言いにくそうに口をモゾモゾとさせながら、アイリーンは決意を固めた表情で真っ直ぐと莉愛を見つめた。
「ワタシ、今日のステージが終わったら、イギリスに帰るんデス…!」
「え………。」
アイリーンの言葉に莉愛は目を丸くした。想像の遥か上を行く答えに、一瞬頭が追いつかなかった。
「リアさんと再会して、こうして同じステージに立つコトが出来て…また一歩、進めたような気がしたカラ。もう、何も怖くないデース!」
生まれながらに持ってしまった赤と青の瞳に鋭く尖った八重歯。故郷はそれを忌み嫌ったが、広い世界の中にはそれを美しいと思う人もいた。
あの日の苦しみはずっと消えないけれど、もう脅える必要が無いことを知った。あの苦しみを少しでも拭えるように、彼女はまた一歩進みたがっている。
「…そっか、うん…。私、離れてもあいるちゃんのこと忘れないよ。」
「…!ハイッ!」
アイリーンの言葉をしっかりと飲み込んで、莉愛は彼女を応援する。それしか自分には出来ないから、せめて彼女が寂しくならないように。
「そろそろ着替えよっか。」
「そうデスネ!ところで、リアさん。」
「ん?」
隣の衣装室に向かおうとしたその時、アイリーンは再び莉愛に話し掛ける。
「帰ってくるのが一ヶ月後になるのデスが、星空学園の文化祭ってどんな感じデスカ?参加出来なくて残念デス。」
「…え?今、なんて?」
「星空学園の文化祭は…。」
「そ、その前!」
「ン?帰ってくるのが一ヶ月後に………。」
「……………。」
アイリーンの言葉に莉愛は言葉を失って固まる。
友との別れを決意したばかりだというのに、たった一ヶ月の別れという事実に先程の決意が無駄になったような気がしたり、かと言って嬉しくないわけでなく、何とも複雑な気持ちが莉愛の中で混ざり合う。
「い、一ヶ月したらまた帰ってくる…ってこと…?」
「?そうデースよ?アレ、そう言いませんデシタ?」
「………聞いてないよぉぉおおお〜…!」
複雑な気持ちは莉愛の表情へと表れ、安堵したように涙が溢れ出す。もうすぐ本番だということも忘れて、莉愛はアイリーンに抱きついた。
「良かった…!あいるちゃんとこれからも一緒に居られるんだねっ…。」
「何やら、リアさんの中でオオゴトになってしまったみたいデース。ニポンゴはムズかしいデース…。」
莉愛はアイリーンが離れないようにギュッと抱き締めて、アイリーンはそんな莉愛を宥める。
お互いの体温が溶け合って、とても心地が良かった。
・・・
ステージの下。双葉の激しく動き回る足音が聞こえてくる。
「双葉ちゃん、もうラストの曲なのに元気だね。」
「スゴいデース!」
明るく弾ける彼女とその隣で凛と美しく咲く花のような少女を想像する。彼女たちのステージは終わりを迎え、すぐ自分たちの出番。
二人のステージは、一部始終マジックサーカスをテーマに、突拍子も無い演出の連続を予定しているため、失敗は許されない。
「………ふぅ。」
「リアさん、大丈夫デスカ?」
元々あがり症な莉愛は大勢を目の前にすることと、失敗が許されないステージに緊張する。
小さく呼吸を繰り返し、落ち着かせようとするも心臓が破裂しそうなくらいうるさく響く。
「…リアさん。何があっても、ワタシがいるデース。」
莉愛が胸の前で強く握る手を、その小さな手で優しく包む。それはとても暖かく、勇気が湧いてくる。
「あいるちゃん…ありがとう。」
莉愛もアイリーンの手を握り返し、次第に震えが止まる。
まるで、マジックのように。
「エヘヘ、まずはリアさんにマジックデース♪」
「フフ、本当だ。」
二人は笑い合い、お互いの立ち位置に準備する。少し距離はあるが、隣を見ればすぐに目が合う。
「…あいるちゃん。」
「ン?」
ポップアップの準備をスタッフがする中、小さく彼女の名前を呼んだ。
赤と青の瞳と目が合う瞬間、莉愛は笑った。
「あいるちゃんの目、すっごく綺麗。」
「…!」
莉愛がそう言うと、景色は一転。真っ暗な舞台裏から夕日に向けて傾く太陽が真っ直ぐに二人を照らした。
それはやがて、赤と青の空を作り出す。まるで、彼女の瞳のように。




