夢の中で舞う
「すぅぅう………はぁぁあ……………。」
深く呼吸をした。何度も、景色が変わる度に。
けれど、鼻を通る匂いに同じものは一つも無い。
桜舞う春。青葉凪ぐ夏。樹木彩る秋。草花眠る冬。
どこを切り取っても美しいその景色は、私が理想とする姿。
けれど、理想は遠い夢のような話。
「弥生っ!すぅ〜っごくきれいだね!」
そして景色の中心にいる彼女は、夢に溢れた私の理想。
・・・
「……………。」
目を閉じて呼吸を繰り返す。
自分の中にある幾つかの芯がひとつに重なり、交わるような感覚が生まれるまで。
「やーよいっ!」
あともう少しで重なる。そう感じた矢先、肩を思いっきり叩かれ、耳元で大きな声で名前を呼ばれた。
「………双葉、精神統一の最中は触らないでと言ったはずですよ。」
「え?あ!ごめんなさ〜い…。」
目を開けると、反省した様子の双葉が映る。素直な彼女は憎めず、頭を優しく撫でる。
「集中が途切れました。双葉、何の用ですか?」
「えっとね、ゆずゆずたちのライブ一緒に見たいな〜と思って!」
盛り上がってるイベントに大はしゃぎの双葉。環境が変化しても変わらない彼女らしさに弥生は目を細める。
「仕方ありませんね、行きましょう。」
「やったぁ〜!」
双葉と共にステージ袖に向かうと、そこには雛と迷子の少女がおり、柚希と楓の元気溢れるパフォーマンスを見ていた。
「あ!ぴーなんだ!」
「雛様、お疲れ様です。彼女のご両親はまだ見つからないんですか?」
「弥生ちゃん、双葉ちゃん!お疲れ様。サッカー部のみんなから探してる連絡はあるんだけど、まだ見つからないんだ。でもこの子すごく楽しそうで。」
柚希が連れて来た迷子の少女の両親はまだ見つからない。けれど、彼女は目を輝かせて目の前のライブを見た。
時折、柚希や楓と目が合うのか、それはそれは嬉しそうにはしゃいでいる。
「今日のライブ、成功すると良いですね。」
「うん。というか、もう成功だよ。こんなに素敵な笑顔が見られるんだもん。
この子だけじゃなくて、ステージからも。」
ステージを終えた雛は、ステージから見た観客たちの顔を思い出す。
それはまだステージに立っていない弥生には想像が出来ない光景。けれど、雛の顔を見ればぼんやりと浮かんでくる。
「…綺麗な景色なんでしょうね。」
「弥生ちゃん…?」
弥生はボソリと呟いた。隣にいる双葉も身を乗り出しそうなほど魅入っており、彼女を見て目を細めた。
「…双葉には、やはりああいう元気いっぱいなライブが似合いますね。」
「ん?うん!楽しいライブは大好きだよっ!」
双葉が素直に笑って言うその姿は眩しい。柚希や楓のような太陽のように。
眩しすぎて、自分の中の陰りが浮き彫りにような感覚があり、それを誤魔化すように双葉の頭を撫でた。
「でも…双葉は弥生と一緒なら、どんなライブでも楽しいよっ!」
「!」
先程よりもニカッと笑う双葉の言葉に息を飲む。頭を撫でる手を止めても、双葉は手に擦り寄る。
純粋な双葉が好きなのに、その純粋さは時に残酷だ。
「………そろそろ、ライブの準備をしに行きましょうか。」
「え〜もうちょっと見たかったけど…でも、ライブ頑張るぞー!」
「二人とも、頑張ってね。」
「ありがとー!ぴーなん!!!」
双葉にライブの準備を促し、雛にも応援を貰う。
そしてその場を後にしようとした時、弥生は雛に呼び止められた。
「雛様、どうかなさいましたか?」
「あの、大したことじゃないんだけど…。」
雛は少し目線を落とした後、再び弥生の目を見る。その目は真っ直ぐで柔らかだ。
「ステージからの景色、私と伊織ちゃんの時はすごく綺麗だったけど、きっと弥生ちゃんと双葉ちゃんにしか見れない景色になると思うから…楽しんでね!」
「雛様、ありがとうございます。」
雛の言葉に感謝するけれど、彼女が何故そう言ったのか真理が図れない。
そして、彼女もまた眩しい。ステージを終えればそこにいけるだろうかと思いながら、弥生は双葉の背中を追いかけた。
「弥生ちゃん…大丈夫だよ。」
・
心が不安で揺らぐ中、着替え始める。
特殊なデザインだが着物を主体としているため、いつも通り着付けをしているような感覚になり落ち着きを取り戻していく。
「弥生〜!見てみて〜!すーみんにやってもらったー!」
「似合ってますよ。ですが、澄佳様のことをそう呼ぶのは失礼ですよ。」
「あっ、弥生さんっ良いんです!親しくしてくれるのはすごく嬉しいので…。」
「澄佳様がそうおっしゃるのなら…。」
着替えが終わり、メイクを施す。弥生には目を惹く赤いアイライン。双葉には光を反射するキラキラとしたパウダーを。
どんどんと、二人らしさを増していく。
「わぁ〜!キラッキラだぁ…!」
隣でメイクで変わる自分を楽しそうに見つめる双葉を横目に、弥生は真っ直ぐと鏡に映る自分を見た。
「………。」
真っ直ぐ、見つめているはずなのに鏡に映るのは揺らいだ目をしている自分。
頭の中で自分を律する言葉をいくら投げかけても、それは変わらなかった。
「弥生?大丈夫…?」
心配そうに弥生の顔を除く双葉が視界に入る。ハッとして彼女を見ると、その目は変わらず純粋だ。
「双葉………すみません。何でもありません。」
鏡の前から退き、小さく深呼吸した。
背筋を伸ばし、目を閉じる。先程のように自分の中にある芯がひとつに交わるまで繰り返す。
けれど、中々交わらない。
「…どうして。」
焦りが募る。ここまでは駄目だと言い聞かせるが、それがさらに乱れを生む。
重くのしかかるのはきっとプレッシャーだ。
雛と伊織が観客を惹き、歌唄と奈帆が熱くし、柚希と楓が盛り上げている。それに次ぐパフォーマンスを自分が出来るのか、考えれば考えるほどプレッシャーは重くなっていく。
「弥生!」
しかしそれは空虚なものに過ぎない。
「二人でせーしんとーいつ?しよっ!」
こんなに近くに、彼女はいた。
自分を、夢の中に誘ってくれる憧れの人。
「手を繋いで…目を閉じれば良いんだよね?」
弥生の真似をしているのだろうか。双葉はギュッと目を閉じ、手を握る。その姿に弥生は小さく微笑み、同じように目を閉じ手を握り返して、呼吸をした。
そうすると、先程までの乱れが嘘のように無くなり、芯がひとつになっていく。
そしてもうひとつの芯が現れる。真っ白でブレることのない大きな芯。それが双葉のものだと気付くのにそう時間はかからなかった。
自分のものとは違うそれは、揺らぐこともなくバラバラになることもない。存在感があり、惹き込まれるような気さえする。
「…弥生、あったかいね。」
「そう、ですね。」
双葉の芯に弥生の芯が絡みつき、ひとつになる。それは色を変え、温かな赤色になった。
どちらともなく目を開けると、二人は笑い合った。
・・・
ステージの上から見た景色はまるで夢のようだった。
不安になることなんて何一つ無い。たくさんの観客が二人を求め、輝いている。
「…〜♪」
声を伸ばせば、見渡す限りの全てに届く。
遠くから二人を照らす太陽はてっぺんから傾き始め、眩しいほどに降り注ぐ。
身体が火照っていく。けれど心地が良い。
隣で舞う少女はその熱に身を任せ、跳ねるように踊る。
「さぁ、参りましょう。さらなる…夢の世界へ。」
私たちは夢へと誘う踊り子。
桜舞う春。青葉凪ぐ夏。樹木彩る秋。草花眠る冬。
それらを繰り返した先にあるのは、夢の扉。
ようこそ、私たちの夢の中へ_____。




