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あの星に煌めきを  作者: そーら
第九章 煌めきのふたつ星
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百合の花を添えて

 



「ん………。」


 朝、カーテンの隙間から漏れる日光が雛の顔に降り注ぐ。あまりの眩しさに目が覚めると、見慣れた天井が見えた。


 のそりと起き上がると、ふわり…と花の良い香り。雛は寝る前にしていたことを思い出して、机の上を見た。


「…ふふっ。」


 そこにはいくつかの花束。それを作っていた時のことを思い出すだけで笑みがこぼれる。


 うんと伸びをして起き上がり机の前に立つと、一つの花束を手に取った。他のどれよりも思い入れが強い花束。


「うん、やっぱり綺麗。」


 その花束は、薄紫と薄緑の小さな品種の薔薇と真ん中には堂々と咲く白百合。ラッピングは愛らしいピンク色にワインレッドのリボン。


 雛は嬉しそうに眺めながら、今日のことを考える。


「…もう本番かぁ。」


 まだ実感が湧かない。けれど、今日のためにたくさん努力を重ねたのは事実。

 その隣にはいつも、その薄紫色の薔薇のように美しい彼女がいて、日に日に彼女が近い存在になっていった。


「………よし、準備しよう。」


 花の香りを纏いながら、深呼吸をして決心を固めた。




 ・・・




「ふぅ…。」


 朝一番、伊織はソフィアが淹れたレモングラスティーを飲む。すっきりとした爽やかな味わいが口の中に広がり、一気に目が覚めていく。


「お味は如何ですか?」


「美味しいわ。いつもありがとう、ソーニャ。」


 伊織がそう言うと、平静を保ちつつも嬉しさを抑えきれていない様子のソフィアが「それは良かったです」と告げる。


「いよいよ今日ですね。体調は問題ありませんか?」


「えぇ、問題無いわ。それより、お祖母様は来れそうなの?」


「昨夜、伊織様がご就寝なされた後、連絡がございまして。スケジュールを抑えられたので来日するそうですが、ご到着がギリギリになるようです。本番が終わったら会いましょう、との言伝も。」


「そう…お祖母様に見て頂けるなら最高のライブにしなきゃね。」


 大好きな祖母に直接見てもらえる。そう思うだけで、伊織は少女のように笑う。


 いつも通り朝食を食べ、身支度をする。それだけのはずなのに程よい緊張感が押し寄せる。妙な感覚だ。

 深く息を吐くと心臓の音が耳に響いてくる。


「伊織様?大丈夫ですか?」


 車に乗り込もうと扉を開けた蓮華が伊織の顔を覗く。大人っぽいが自分より幼い顔。妹のように接してきた彼女に心配されるなんて自分らしくない。

 そう言い聞かせ凛とした表情で「なんでもないわ」と答え、車に乗り込んだ。


 伊織は流れゆく景色をぼんやりと眺めながら、今日までのことを思い出した。雛と過ごした日々のことを。


 ・


 星空学園の夏期講習が終わった頃、伊織は雛を自宅に招待した。チームのことについて話し合うという名目だったが、実際は単純に親睦を深めたかったからだ。


「お、お邪魔します…。」


「いらっしゃい、小鳥遊さん。遠慮せず上がって。」


 初めて来るからか、それとも普段見なれない高級な家具ばかりだからか、雛は緊張している様子。そんな対応に慣れている伊織は気にせず、自室に迎えた。

 以前、奈帆を上げた時は玄関からすぐ近くの応接室だったことをふと思い出し、顔が綻ぶ。それは他人との距離の在り方を改めた証拠だ。


「お茶を用意していたの。今日は天気が良いし、良ければバルコニーでどうかしら?」


 平常心を保っているが、殆ど会話したことの無い雛を誘うのはとても勇気が必要だった。声は上ずってないか、手は震えていないか、心の中はそんな心配でいっぱいだった。

 けれど、警戒心が無かったのは蘭のアドバイスのおかげだろうか。


「は、はいっ…是非。」


 雛の答えにホッとする。安心したせいか先程より不安は無くなる。

 いつも一人で過ごすバルコニーに人を入れたのは初めてだ。お茶を用意してくれるソフィアや蓮華も入れたことの無い伊織だけの空間。そこに雛を入れることで自分なりに気持ちの整理が出来るような気がして。


「楽にして。お菓子は今ソーニャが持ってきてくれるから。」


「あ…じ、実は私もお菓子を作ってきたんです。お口に合えば良いんですが…。」


 雛は持ってきたトートバッグの中から可愛らしいデザインの紙袋を取り出す。中には小さく食べやすいサイズのスコーンが入っており、一緒にディップするクロテッドクリームや数種類のジャムなどもあった。


「お料理が得意と聞いていたけれど、こんな美味しそうなものが作れるのね。頂くわ。」


 噂に聞いていた雛のお菓子をもらえて嬉しそうに笑う。その笑顔を見た雛も安心したようだった。


「伊織様、お持ちしました。」


「ありがとうソーニャ。小鳥遊さんお待たせ。このカヌレ、私が好きなお店のものなの。」


「わぁ…美味しそう…。」


 伊織がソフィアから受け取ったトレーを雛の前に置くと、目を輝かせてカヌレを見ている。ほんのり香る甘い匂いが漂う。


「どうぞ食べて?私もスコーン頂くわ。」


「はいっ!頂きます。」


 お互いのお菓子を食べ合う。雛からもらったスコーンにクロテッドクリームを塗って頬張る。スコーンの軽い口当たりと、クリームの柔らかい甘みが絶妙なバランスを保っている。


「「美味しい…!」」


 口からつい零れた感想が重なる。反射的に目を合わせて笑い合った。


「美味しかったですか?良かった…。」


「えぇ、今度は紅茶と一緒に食べるわね。カヌレも口にあったようで何よりだわ。」


「外のカリカリ具合と中のふわっとした感じが程よくて…何ていうお店のものですか?」


「あぁ、それはフランスにある………。」


 共通の話題が出来たからか、自然と会話は弾んだ。雛のお菓子、伊織の好きなお店。そこからどんどんと話は広がり、お互いのこともさらけ出せるようになっていた。


「…じゃあ、小鳥遊さんはその絵本がきっかけで妖精に憧れるようになったの?」


「は、はい…。子供っぽい…ですよね。」


 雛が好きな絵本の話題になり、小鳥遊 雛という人物像を知ることが出来た。伊織と同じように年齢よりも大人びた彼女の子供らしい部分に触れることが出来て、少しの親近感が湧く。


「確かに妖精は空想上の生き物で、実際に見たことは無いし、見えないものに夢を感じるのは子供っぽいかもしれないけれど、見たこと無いからと言って存在しないとも言いきれないじゃない。」


「!」


「ファンタジーって想像の幅が無限に広がるから魅力的なんでしょう?存在の有無を想像出来るのは、存在が確認されていないものにしか出来ないわ。」


 子供っぽいと自分を卑下する雛の姿に、大人びた子供らしくない自分の姿が重なる。大人とも子供とも言いきれない年齢の複雑な気持ちはよく分かるのだ。


「凄い…そんな考え方、したこと無かったです。」


「ふふ、私も自分がこんな風に考えられるなんてビックリ。前までの私だったら、ファンタジーなんて現実味のないこと…馬鹿にしていたと思うわ。」


 ふと、伊織は奈帆が家にやって来た日のことを思い出す。


「奈帆と歌唄が居たから…彼女たちと過ごした日々が私を昔に戻してくれた。」


「昔の…壬生屋さん?」


「私、昔は自分でも驚くくらい子供らしい子供だったのよ?お祖母様のお洋服が大好きで、よく駄々を捏ねてファッションショーを見せてもらっていたし、お祖母様の隣でデザインの真似事をしていたり。」


 今思えば、無理を言っていたな…と思い出しながら、伊織は眼下に広がる庭を見た。美しく手入れの施された庭、それまでずっと醜い自分のようで嫌いだった庭。

 けれど、今は綺麗に見えて仕方ない。きっと今の自分が好きだからだろう。


「子供らしいってとても素敵なことなのよね。」


 それをはっきりと口に出来ることがどれだけ幸せなのか。伊織は身に染みて知っていた。

 だから、雛にも分かって欲しい。その幸せを。


「子供らしいは素敵…そう、なんですかね。」


「えぇ。あなたはもっと堂々としてていいのよ。私の…隣に立つのだから。」


 伊織の言葉に胸がじんわりと暖かくなる。彼女の力強い言葉はまるで絵本の中の妖精のように雛に力を与えてくれるようだった。


 雛は力強く笑い、前を向いた。


 ・


 あの時の雛の顔を思い出すと、記憶は途切れ今に戻る。気が付くと目の前には音代テンペスタースタジアムがあり、本番が差し迫っていることを理解する。


「到着致しました。」


 運転していたソフィアが言い、バックミラー越しに目が合う。伊織が荷物を持つと、反対側から素早く回った蓮華が扉を開ける。

 礼を言い、車から降りる。裏口から会場内に入ると、既にたくさんの人が準備をしていた。


 人と荷物の間をすり抜け楽屋に入ると、出演者たちが数名揃っていた。


「伊織様、おはようございます。」


「弥生、おはよう。結構揃ってるのね。」


「はい。皆様、最後の確認をしてらっしゃいます。」


 弥生に挨拶をし、周囲を見渡すと奈帆と歌唄が真剣に楽譜を見ている姿が目に入る。不思議と目で追ってしまうのは、彼女たちが友達だからなのだろうかと頭の中で思うと、ふと自分のパートナーが居ないことに気付く。


「…ねぇ、弥生。雛はまだ来ていないのかしら?」


 会う日を重ねる毎に自然と名前呼びになったパートナーの雛。彼女のことはもう分かっていると自負出来る。

 この大事な日に遅刻するはずもなく、むしろ誰よりも早く現場入りすると思うが、楽屋内のどこにも見当たらない。


「雛様でしたらロビーの方にいらっしゃると思いますよ。」


「ロビーに?ありがとう弥生。ちょっと様子を見てくるわね。」


 弥生から場所を聞き、ロビーへ向かう伊織。ただ単純に何をしているのか気になる。

 まだ観客の入っていない静まり返ったロビーに、確かに彼女はいた。


「雛。」


「…あ、伊織ちゃん。おはよう。」


 名前を呼ぶと呼び返してくれる。可愛らしい声が耳をなぞるようで心地良い。


「何をしていたの?」


「花束を作ったから飾ってたの。ほんとはそれぞれのチームに渡すために作ったんだけど、小和さんが折角だし飾ったらどうかって。」


 よく見ると雛の目の前や奥の方、合計で六つの花束が飾られていた。一つ一つを眺めると、どれがどのデュオチームなのか分かるほど個性を掴んで上手く表現している。


「へぇ…。花束を作るのも上手なのね。」


「よく行く花屋さんに年齢が近い人がいて…仲良くなった時に作り方を教えてもらったことがあったの。」


 一つは紫と青の大人っぽい色合いの花束。それでいて、小さな花が星のように点々とし、その白さが純粋さを表している。これは恐らく蘭と奏空をイメージして作ったものだろう。

 他にも、山吹色と水色の爽やかな色合いは柚希と楓。莉愛とアイリーン、奈帆と歌唄、弥生と双葉…とはっきりと分かる。


「これが…雛と私ね。」


「ふふ、正解。チーム名にも使った百合を使いたくて…立派で綺麗なものを選んじゃった。」


 真ん中に一輪、その美しさに自信があるような出で立ちで咲く大きな白百合。一片のくすみも無い純白という言葉が似合うそれは威厳に満ち溢れている。


「フルール・ド・リス。フランスの国花よね。」


「うん。やっぱり伊織ちゃんにすごく似合う。」


 雛は花束を持って、伊織に重ねる。伊織は少し恥ずかしそうに花束を見た。


「私って、百合よりも薔薇の方がイメージされやすいのだけれど。この周りにある薔薇みたいな…。」


 伊織が指差したのは白百合の横に添えられた小さな薄紫色の薔薇。伊織の髪色に似たその薔薇を彼女に重ねる。


「確かに伊織ちゃんは薔薇が似合うけど…やっぱり白百合の方がいいと思うなぁ。」


 雛は元の場所に花束を戻し何度か頷く。雛が何故そう思うのかは分からなかったが、彼女なりの視点で自分を見てくれることが嬉しかった。


「あ、そろそろ戻らないと着替える時間無くなっちゃう。」


「そうね。行きましょう。」


 二人は楽屋へと戻り、衣装に着替える。

 雛が好きな妖精をイメージしたファンタジーで可愛らしい衣装。けれど、どこか不思議な魅力のあるデザインで大人っぽい伊織にも似合っている。


「ヘアメイク任せちゃってごめんね、蓮華ちゃん。」


「いえ!雛さんの髪、サラサラで柔らかくてヘアメイクし甲斐があります!」


 雛は蓮華、伊織はソフィアにスタイリングをしてもらっている。隣で仲良さそうにしている雛と蓮華を見て伊織は微笑む。

 伊織が仲良くなるにつれて、蓮華とも打ち解けた雛。彼女がどんどん身近になっていく。


「伊織様、ご機嫌ですね。」


「あら、そう?」


「はい。伊織様が嬉しそうだと、私も嬉しいです。」


 慣れた手つきで伊織の髪を巻いていく。鏡に映るソフィアが本当に幸せそうで、胸が温かくなった。


「最近知ったのよ。胸が温かくなること。」


 伊織は胸に手をやる。温かくなる感覚がする場所には白百合の花が凛と咲いており、手が触れ揺れた。


「変わることって…ちっとも怖くないのね。」


 伊織が完璧に囚われてしまった日。あの日から完璧さを求め、自分が弱く変化することを恐れた。

 どんどん暗がりに行く自分に気が付きたくなくて、目を逸らした。


 けれど、少しずつ光の方へ歩み始めれば、一緒に光の方へ歩いてくれる人がいて、光の中にはとても温かい心を持つ人がいた。


「伊織ちゃんっ!」


 優しい柔らかな声で名前を呼ばれ、そちらを向く。彼女の小さな手が目の前にあった。


「そろそろ開演だよ!トップバッター、頑張ろうね!」


 その手を取り、自分の足で立つ。不思議と足取りは軽い。

 あぁ、彼女は妖精だ。私を導いてくれるあの絵本の妖精。彼女がくれたのは白百合。純潔と威厳を思い出させてくれた。


「雛、共に…咲き誇りましょう!」


 二人は光に満ち溢れたステージへ足を踏み入れた。

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