曇天の下
ライブ前日。今日は音代テンペスタースタジアムにて、最終リハーサルが執り行われていた。
各々がライブを想定し、本番同様の緊張感が走る。
「伊織〜!繋ぎのとこで相談があって…。」
「分かったわ。雛、行きましょう。」
「双葉はバーンッてヒーローみたいに登場したいな〜!」
「ワオ!フタバさん、かっこいいデースネ!」
右を見ても、左を見ても活気づいていて、早朝から行っていたリハーサルはもう昼を過ぎていた。
「ん〜、おいひ〜!」
「ゆずちゃん、頬に米粒付いてるよ。」
ステージのリハーサルを終えた柚希が美味しそうにケータリングのお弁当を頬張っている。その横を蘭が通ろうとすると、頬から鼻のてっぺんにまで米粒が付いている。
「ん、勢い良く食べすぎちゃった〜。蘭は食べないの?」
「私たちはこれからリハーサルだから、その後かな。」
明るい表情でステージを見つめる蘭。その様子からもう心配はいらないと分かり、柚希はまた美味しそうにお弁当を頬張る。
「蘭、ステージ袖に行こう。」
「分かりました、奏空。」
奏空に呼ばれて蘭は彼女と共にステージ袖に待機する。自然に名前を呼び合う二人を見て、柚希はニヤニヤと口元を緩ませる。
「あの二人、何かあったよね〜。」
「まぁ、ずっと一緒にいれば何かはあるっすよ。」
「え〜?ゆずとめぷるはあんま変わってなくなぁ〜い?」
段取りの確認をしていた楓が柚希の隣に座る。蘭たちの方を見れば、何かあったのは一目瞭然。けれど、柚希と楓は他のチームとは違って、以前からの変化は無い。いつも通りだ。
「そりゃ、元から仲良いんすから変える必要ないっすよ。相性バツグンだし。」
「そーだけど〜…目に見える変化欲しくない!?」
「暑苦しいっすよっ!」
クネクネと楓に擦り寄る柚希。スタジアムの中とはいえ天井は無く、夏らしい青々とした空と照りつける太陽が暑さを物語っている。
ただでさえ蒸し暑いというのに、子供体温の柚希にくっつかれれば暑さも倍増だ。
「めぷる冷た〜い。あ、アイス食べよ〜♪」
「呑気っすねぇ…奏空たちのリハ始まるみたいっすよ。」
柚希がクーラーボックスからバニラアイスを取り出すと、リハーサルの準備が整った蘭たちがステージに上がる。
けれど、柚希は席を立って場所を移そうする。
「ゆず?どこに行くんすか?」
「ン〜?スタジアムの外〜。出店の準備でも見に行こっかなって。」
「駿河さん、見ないんすか?」
纏う空気が変わった柚希を心配する楓。柚希は深呼吸した後、振り返って楓を見る。その表情は心配するのが馬鹿らしくなる程の笑顔だった。
「蘭のステージは本番までのお楽しみ!」
柚希の言葉に驚いたものの彼女らしい考えで、楓は笑みが零れる。そんな柚希の後を追って、二人はスタジアムを後にした。
・
蘭と奏空のリハーサルを終え、これで全体のリハーサルも終わった。蘭たちの前の出番である莉愛とアイリーンと繋ぎの確認をしながら、明日へ向けて備品の片付けが始まる。
「私たちの終わり方が幕を閉じるようなイメージなので、蘭先輩たちがどんな始まり方でも大丈夫だと思います。」
「…うん、私も問題無いと思うよ。奏空は?」
「私も大丈夫。でも、一度暗転するなら私たちの始まりはもっと歌で惹き付けるような…。」
それぞれがより良くしようと、更なるアイデアを重ねる。
自分の意見を堂々と述べる奏空の背中を、結弦は優しく見つめていた。
「…ずっと、言われたことをやるだけだったお前がな………。」
奏空の目まぐるしい成長に胸が熱くなるのを感じる。小さく呟いたその言葉は誰の耳にも届かないが、結弦はそれで良かった。
「おい、お前ら。表の看板見てきたか?良い感じだぞ。」
「わ、綴さん。看板の設置完了したんですか?」
結弦が看板を見に行くよう促すと、その場にいた蘭たちはスタジアムの入口へと向かう。そこには既に柚希たちがいた。
「あ!蘭〜、リハおつ〜。見て見て!看板!」
蘭は柚希の隣に立って、看板を見上げた。そこには『Grand×Cross 〜あの星に煌めきを〜』と書かれていた。白地に紺色の文字とシックな色合いだが、紺色の部分は銀河のように輝いている。
「Grand×Cross…?」
「お前たち十二人の総称だって、社長が決めたんだよ。」
ライブタイトルすら聞かされていなかった蘭たちは、その文字を見て首を傾げる。すぐに結弦が補足し、秀一郎が考えたものだと明かした。
「社長が…いつの間に。というか、その社長はどこに…?今日はまだ見かけていないですけど。」
「あぁ、それなんだが…。」
「蘭!」
ライブタイトルを考えた秀一郎が居ないことに気付き、結弦が話そうとすると後ろから蘭の名前を呼ぶ男性の声が響いた。
「…あ、お父さん。」
「蘭パパだぁ!なんでいるの〜!?」
「ゆ、ゆず先輩っ…!そんな言い方失礼ですって…!」
男性は蘭の父、嵩梧だった。高級なスーツに身を包み、星明財閥の総帥たるオーラを醸し出しているせいか、蘭と柚希以外のその場にいた全員は緊張が走る。
「アハハ、柚希ちゃんは相変わらず元気だね。今回、このライブのスポンサーになったから様子を見に来たんだ。」
「へぇ〜…あ!だから機材とかKIRIA製品が多かったんだ〜。」
嵩梧が取り纏める星明財閥は主に電子機器を扱ってる会社で、ライブで使われる機材は全て電機メーカーの最大手『KIRIA株式会社』のものだ。
機材以外にも星明財閥が持っている会社の製品を幾つも使用している。
「様子を見に来たと言っても、本音は蘭のライブを見に来たんだが…。」
「リハーサルはさっき終わったよ。」
「う…一足遅かったか…。まぁ、本番までのお楽しみだな。」
嵩梧が蘭の頭を優しく撫でる。財閥の総帥という堅いイメージがあったが、目の前にいる彼は娘を愛する父親そのもので奏空はクスリと笑う。
「帰る前に、煌社長に挨拶したいのだが…案内してもらえるかな?」
「あ…綴さん、話を遮ってしまってすみません。煌さんはどこに…?」
先程、結弦が言いかけたのを思い出して、蘭が結弦の方に向く。嵩梧と目が合って結弦の背筋が伸び、肩が少し上がる。
「えっと、申し訳ありませんが社長は本日来られないんです。」
「え…。」
「何かあったんですか?」
「いや、自分も詳しくは聞いてないんですが…今朝方、奥様の体調が宜しくないと連絡がありまして。血相を変えて病院に…。」
結弦の言葉に蘭と奏空は顔を見合せた。詳細を聞かずとも、その言葉の意味が分かるのは彼女たちだけだ。
不安を抱え、ふと空を見上げる。あんなにも晴れやかだった青空は、灰色の雲を携え太陽を隠していた。
・・・
白い清潔な病室は灰色に染まり、彼の心を表したかのような空が光を遮る。眠ってしまった彼女の僅かに温かい手を握り、彼女がまだ精一杯生きていることを確かめる。
「……………。」
この世の全てがどうでも良くなるほど、彼女のことを強く想う。それと同時に、何も出来ない自分に冷たい空気が纏うような感覚が全身に帯びる。
「秀一郎さん、今朝から何も食べていませんよね。少しでも何か…。」
「…要らないよ。」
いつもの威厳ある声はすっかり掠れてしまい、心身共に窶れ始めているのが窺える。
秀一郎は、ずっと麗生の閉じた瞳を悲しげに見つめている。
「………っ。」
そんな彼の姿を見て、真美は何も言えなくなる。先程、売店で買ってきたおにぎりやサンドイッチが入った袋をギュッ…と握る。
麗生の頼みとはいえ、彼女がこうなるまで秀一郎に何も言えなかった罪悪感が募る。
「真美くんは、知っていたんだろう?麗生か何を背負っていたのか。」
「…!」
秀一郎は麗生を見つめたまま、真美に言った。彼の苦しそうな言葉に真美は息を飲む。恐らく、彼の共感覚で真美の色は見えているのだろう。
「良いんだ。麗生の意思なら責めたりしない。夫婦でありながら、一人で背負わせてしまった僕が悪いんだ。」
「そんなこと…っ!」
「そんなことない」そう言えたら、どれだけ楽だろうか。真美は言葉に詰まる。それが全てだった。
「自覚はある。自分の夢のために、家族を蔑ろにしたのは僕だ。麗生が、あの子たちを彼女の世界に閉じ込めたのも…それを僕に言わなかったのも、その結果だ。」
秀一郎の背中には後悔が募っているのだろう。いつもピシッと伸びた背中は小さく丸まってしまっている。
「全部、知っていた…んですか?」
「いや、この十一年…何も分からなかった。ずっと居なくなってしまったものだと考えていたよ。
だが彼女たちが現れて…調べていく内に君たち、皇一族が関係していることを知った。この目でね。」
秀一郎の共感覚には、蘭たちを纏う光に共通しているものがあった。それは娘たちの色と一族がその能力の糧とする『煌めき』と言われているもの。
「麗生に聞くより、千夜子さんに聞くのが一番手っ取り早いと思ったよ。血縁関係の無い僕が、彼女から聞き出すのは相当苦労したがね。」
秀一郎はこの件について調べるのに、幾度となく千夜子の元へ訪れていた。
皇一族を裏から管理する夜陰家は、何よりその血縁を大事にする。婿養子である秀一郎への風当たりは強い。それでも、何度も訪れた。
「零那さん…のことも聞いたよ。誰も悪くない、ただその血に愛された者と愛されなかった者がいただけだ。」
有葵と命を煌めきの世界に閉じ込める原因となった出来事を知った秀一郎は言葉を失った。けれど、誰も悪くないと言い張る秀一郎の強さに真美は胸を打たれる。
「君たちの能力は、救いであり…呪いだ。本人の意志とは関係無く、与えられるそれは人を救いも呪いもする神の気まぐれ。それを咎める資格は僕には無い。」
秀一郎の横顔は、ただ麗生を見つめている。閉じた瞼の奥にある宝石のような瞳に恋焦がれるように。
「…明日だ。」
迷いのない瞳で小さく呟く。
「明日、あの子たちがどうするかで麗生も、有葵と命も…どうなるかが決まる。」
麗生が提案したデュオライブ。それが正しいとは限らない。結局、能力というのは神の気まぐれ。助かるという確証は無い。
けれどそれに縋る他無い今、麗生の言葉と蘭たちのこれまでに賭ける。賭けるに値するものを見せてくれた彼女たちを信じていた。
「麗生、ずっと傍にいるよ。今まで居られなかった分には到底足りないけれど…君が目覚めるまで。目覚めても尚、傍に居たい。」
秀一郎は優しく麗生の手をギュッと握る。
二人だけの空間に自分がいるのは野暮だと感じた真美は、食べ物が入った袋をそっと置いて病室を後にする。
外はすっかり夜となり、雲は厚ぼったいまま月を隠している。けれど、うっすらとその存在を主張していた。




