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あの星に煌めきを  作者: そーら
第八章 私はあなたの隣で
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夜空に瞬く星

 



 八月六日。それは奏空の誕生日。

 そして、彼女のバースデーライブの日。


 "星屑 奏空バースデーライブ『HELLO!MY WORLD』"


 そう書かれた大きな看板と、後ろに聳え立つ大きな会場を蘭は見上げていた。辺りにはライブを見ようとやって来たファンたちがぞろぞろと集まりだしている。

 そんな彼らを横目に、関係者入口から会場に入った。


 たくさんのスタッフが行き交い、ステージに向けて準備をしている。そんな中彼女を探して歩いていると、どこからか大きい甲高い声が聞こえる。


「…?」


 そちらの方に歩いてみると、結弦がその声が聞こえる部屋の前でスタッフと話をしていた。


「…はい、ではそのようにお願いします。おう、蘭もう来たのか。」


「おはようございます…あの、そちらの部屋からの声は?」


「ん?あぁ、奏空が発声してんだよ。今日は一人だからな。いつもより大きいぞ。」


 大きな声の正体は奏空だった。いつも温厚な彼女からは想像が出来ないほどの大きな声で、蘭は驚く。


「挨拶に来たならちょっと待ってろ。多分もうすぐ終わって出てくるから。」


 結弦がそう言うと丁度声は止み、ドアが開いた。


「綴さん、終わりました…あ!蘭ちゃん来てたんだ、お待たせっ!」


「お疲れ様です。お邪魔してすみません。」


 いつもよりテンションが高めな奏空。ライブ前で気持ちが高揚しているのだろう。

 彼女の名の通り、空をイメージした衣装に身を包み、スカートが朝から昼、夕方、夜のグラデーションになっていてとても綺麗で可愛らしい。


「衣装、この前も少し見ましたが素敵ですね。グラデーションが本当の空のようで…。」


「ありがとう。澄佳さんが趣味で描いた絵がすごく綺麗でね、その話からこのスカートになったんだ。これは雲をイメージしていて…このキラキラは雨、背中は虹で…。」


 余程衣装が気に入っているのか、ポイントをたくさん語っている。いつもは大人びている奏空が、子供のようにはしゃいでいる姿を目に焼き付けたくて、その声を耳に残したくて、蘭はジッと聞いている。


「アクセサリーのミニハットにも空モチーフがあって…って、私ばっかり話しちゃった。ごめんね。」


「いえ、たくさんお話が聞けて嬉しいです。」


「あはは…最近こういうの多くて…。何でも口に出ちゃうんだよね。」


 困ったように笑う奏空。彼女の変化は守秘義務の多い業界では少し困ったものらしい。

 しかし、その変化にどこか安心しているところがあるのも蘭には伝わった。


「…抑え込むのをやめた証拠ではないですか?」


「え?あ………。」


 蘭の一言で、奏空は今までの事を思い出す。変化が現れた時期と抑え込むのをやめた時期が重なるのだろう。


「そっか…、私…抑えなくて良いんだよね。」


「はい。それが本来の星屑さんですよ。」


「………ふふっ。」


 奏空と目が合うと、少し間を開けて彼女は笑った。その間が気になって不思議そうに見ると、奏空は微笑んで言った。


「蘭ちゃんは、よく笑うようになったよね。」


「…それは私の変化ですね。」


 二人で笑い合ってると、スタッフにメイクに入るよう指示をされる。開場の時間も近くなり、分かれようとした時。


「あ…すみません、星屑さん。最後にこちら…。」


「ん?あ、星風堂の袋…。ありがとう、いつもの金平糖?」


「いえ…。」


 蘭か答えようとすると、奏空は紙袋の中身を取り出す。金平糖と同じ瓶に入っているものだが、その中には琥珀色の液体が入っていた。


「…これ………!」


「蜂蜜です。お湯や紅茶によく合うそうです。」


「うん、知ってる…けど、これすごく高価なものだよね?良いの…?」


「お金は気にしないで下さい。ライブに少しでも役立つものを差し入れたくて…星屑さんなら喉を一番大切にすると思いましたので、星風堂の店主さんにお聞きしました。」


 蘭が渡した蜂蜜は受け取るのを遠慮してしまいそうなほど高価なもの。けれど蘭が奏空に渡したいのは、奏空のために何かしたいという気持ちだった。それなら、無下には出来ない。


「星屑さんの本気のライブ、楽しみにしています。」


「蘭ちゃん…。うん、本気で…最高のライブにするよ。」


 最後にお互いの瞳を見れば、気持ちは一つだった。


 ・


 蘭は奏空に渡されたチケットの席を探す。前列にファンが埋め尽くされている中、蘭の席は後ろの方。

 一見、良い席とは言い難いがステージの方に目をやるとペンライトで彩られた銀河のような客席が目に入った。


「わ………。」


 あまりの美しさに声が漏れ出る。奏空のイメージカラーである青色がゆらゆらと揺れている。


「…あ、の………。」


「?あ…すみません。」


 一面の青に見蕩れていると、隣の席に座る男性が気まずそうに話し掛けて来る。蘭も席に座り落ち着いていると、隣の男性に見覚えがあることに気が付いた。


「…あ、もしかして…Truth Emperorの影日向 ナツメさん…ですか?」


「え………あ、っと…そ、そう…です。」


 帽子を被っていたが、やけに長い脚と少しの光も反射する銀髪が特徴的だった。

 ナツメが言いにくそうに答えると、あまり宜しくない挨拶だったことに気が付く。


「すみません、不躾に。私、駿河 蘭と言います。四月から煌プロダクションにお世話になっていて、Truth Emperorさんのこともよく拝見しています。」


「四月から…あぁ、あの綺麗な歌の人。」


「影日向さんにそんな風に覚えて頂いて…光栄です。」


 蘭の丁寧な挨拶に少し安心したのか、ナツメは席に身を沈める。お互い、自分から話すタイプでは無いためしばらく二人の間には沈黙が続く。


 開演の時間が近づくと、カウントダウンが始まり、客席はそれに合わせて声に出している。段々と大きくなる声と比例して気持ちが高揚していくのが分かる。

 いつも映像で見ていた熱気を肌で感じる。


「あぁ…だから、星屑さんは私の席をここに…。」


 小さく呟いた言葉は歓声にかき消され、誰にも届かない。しかし、蘭には奏空の気持ちが残っていく。


 突然、世界が変わった。ゆらゆらと揺らめいていた青のサイリウムは荒波のように動き、真っ暗だったステージが一人の(スター)によって輝きに溢れている。

 現実と乖離したまさに夢そのものの空間の中心に、彼女は立っていた。


 大きな会場に響き渡る声は、ビリビリと肌に当たってくる。遠い席にいるはずの蘭でさえ、それを感じている。

 小さなその身体はステージ全体を動き回り、次第に大きく見えてくる。


「…これが、星屑…奏空………。」


 止まることを知らない輝きの連鎖は、この時間が永遠にも一瞬にも感じるようだった。


「_____二曲続けてお送りしました。」


「…っ。」


 息をするのを忘れるほど魅入っていたその時、奏空と目が合った気がした。距離は遠いけれど、そんな気がした。


「皆さん、今月末行われるライブはご存知ですか?」


 奏空の声に殆どの観客はペンライトを振って反応を返す。皆、どうやら知っているようだ。


「ありがとうございます。ライブの詳細は近日出ますので、チェックしてくれると嬉しいです。

 …そこで私はある人と一緒に歌います。私のためにとてつもない努力を重ねてくれる人です。」


 また奏空と目が合う。偶然では無いことを蘭は察した。


「彼女のおかげで、私は…私自身が持つものに気付くことが出来ました。そんな彼女に…感謝と尊敬を込めて。聞いて下さい。」


 〜♪


「…っ!」


 小さく息を吸う音が聞こえ、最初の音を放った瞬間、また世界が変わった。その曲は、蘭が夢の中で歌った曲。力強くも儚い星の煌めきを持つ、蘭自身を表した曲。

 けれど、キラキラとした音に透き通った声を乗せて、柔らかな気持ちが広がっていくそれは奏空の曲。


「…心地が良いな。」


 隣のナツメが小さく呟く。その言葉に顔を綻ばせ、奏空の歌に耳を傾けた。


「星屑 奏空………。」


 いつの間にか蘭の頬には涙が伝い、その歌に鼓膜を揺らした。




 ・・・




 ライブを終えて、蘭はナツメと共に奏空の楽屋へと向かった。道中すれ違うスタッフは撤収しつつも、ライブの成功に満身創痍と言った風に気が少し緩んでいる。


 楽屋に着き、コンコンと扉をノックすると結弦が出た。


「おう、蘭…とナツメも来たのか。奏空は疲れきって寝てるが…まぁ、入れ。」


 楽屋に入ると、ホットアイマスクで目を覆い、氷水が入ったバケツに足を入れてぐっすりと眠っている奏空がいた。


「…星屑さん、大丈夫なんですか?アイシングまでするほど足に負担が…。」


「あれだけのライブをしたら身体に負担がかかる。今回初めてのソロで…あれだけのパフォーマンスを見せれば、尚更な。」


 奏空と同じだけ場数を踏んでいるナツメが言った。その言葉に蘭は心配そうに奏空を見つめる。


「だが、声だけは終始最高の状態だった。あの声量で会場を圧倒しても。」


「………。」


 奏空が眠る隣の机に、空のマグカップと蘭が渡した蜂蜜の瓶が置いてあった。マグカップにはスプーンが入れっぱなしになっており、瓶には丁寧に開封した跡が残っている。


「大事な喉を、お前が護ってくれたんだよ。」


 ポンッと結弦の大きな手が蘭の頭に乗せられる。優しい笑みで言う彼の姿は、奏空の兄のよう。


「…それなら、良かったです。」


 蘭は奏空の暖かな手を握り、小さく寝息を立てる彼女に心の中でお疲れ様と労った。

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