奥底に眠る
夏休みが始まって一週間。着実にライブに向けた準備がされる中、蘭は煌プロダクションにやって来ていた。
「………。」
「蘭さん、こちらもありました。セカンドシングルのリリイベの映像です。」
「ありがとうございます、小夜さん。」
小夜に手伝ってもらいながらPentagram☆*。の過去の映像を漁っていたのだ。
その理由は、奏空と組んでレッスンをしていくに連れて、ある疑問が浮かび上がったからだった。
「………やっぱり、そうだ。」
小夜から受け取ったリリースイベントの映像を見て声を漏らす。初めてのライブでも大きな会場でやったPentagram☆*。が唯一、店内の小規模なステージで行ったライブ。
そこでも彼女は変わらなかった。
「蘭さん、前々から色んなライブを見てるみたいですけど、そんなに参考になるものですか?」
「…なります。歴史を学ぶことで、人生を学ぶことが出来るのと一緒です。
業界に関しては素人な分、国民的な人気を誇る星屑さんの隣に立つためには、先人たちが造り上げたライブを見ることが一番の学びになると思います。」
ライブを見終えた蘭は大量にある資料の中、元あった場所に完璧に戻す。今も頭の中で映像を反芻しているのだろう。
その記憶力と分析力がある蘭にしか出来ない勉強法に小夜は見惚れる。
「蘭さんと奏空ちゃんなら、きっとライブも成功しますね!楽しみです。」
「ありがとうございます。でもその為には………。」
蘭はボソリと呟き、窓の外の青空を見上げる。雲ひとつないそれはすっかり夏の空だ。その奥で小さく光る星を射抜くように、見つめた。
・・・
蘭は学園に戻り、あかつき寮へと向かう。最近は奏空とレッスンをするためにここへ通っていた。
地下にあるレッスンルームに向かうと、既にそこには奏空がおり、真剣な表情の彼女を見て息を飲む。
「……………。」
彼女を一目見た瞬間、惹き込まれてしまう輝きに溢れた才能。秀一郎が奏空を気に入る理由がよく分かる。
しかし、奏空はその姿を決して他人に見せない。
「…失礼します。お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「あ!蘭ちゃん。まだ時間じゃないから大丈夫だよ。」
優しく笑う彼女に先程までの輝きはもう無い。器用に仕舞い込むのが彼女の癖だ。
「先程は何の振りをやっていたんですか?」
「ん?あぁ…これは今度のバースデーライブの。もうすぐだから蘭ちゃんが来るまでやっておこうと思って。
初めてのソロライブで…ちょっと緊張してるんだ。」
「…ソロライブ、ですか。」
奏空はライブの資料を片付け、蘭とのライブの資料に切り替える。
月末に迫ったライブは良い感じにまとまりつつも、蘭の胸には少しもやがかかっている。その正体も何となくわかっている。
「それじゃあ、デュオの振りやろっか。」
「………はい。」
簡単に柔軟をして、二人はライブでやる曲の振りとフォーメーションを確認する。最中、気を付ける点や変更したい点を細かく丁寧に行っていると、次第に時間は過ぎてゆく。
「ふぅ…、流石蘭ちゃん。もう完璧だね!」
「ありがとうございます。」
水分補給を兼ねて小休憩中。蘭は普段からランニングをしていて体力があり、あまり疲れている様子では無いが、奏空も同じく表情を変えない。
「…星屑さんは、疲れを見せませんね。」
「え?それを言うなら蘭ちゃんだって。あ…普段からランニングしてるんだっけ?」
「はい。合宿の時に言いましたね。」
「うん。合宿かぁ…もう随分前のことに思えるよ〜。まだ数ヶ月しか経ってないのにね。」
二人は合宿の時のことを思い出す。蘭がランニングを終えた後、空を見上げていた奏空に会い、少しの言葉を交わした。
あの時はなんとも思わなかったが、今となると彼女が纏っている空気が他とは違う独特なものだったと感じる。
「あの時は…まさか、蘭ちゃんとチームを組むことになるなんて思ってなかったなぁ…。Pentagram☆*。が活動休止するかもって事で頭がいっぱいだったし。」
「そう、ですね。活動休止なされても、Pentagram☆*。の皆さんはどこかで繋がっているように感じます。素敵な関係性です。」
「ふふ、ありがとう。濃い一年だったからねぇ…。」
奏空は頭の中でPentagram☆*。での一年を振り返る。
蘭も、彼女たちが実際にどう過ごしてきたのかは分からないが、ライブを見て伝わってきたものはある。
初めてのライブはとりあえずまとまった五人の姿。次に見せたのは技術の向上。その次は小さいながらも彼女たちが元々持っていた輝き。その次は…と徐々に成長を重ねていった。
そして、その中心にいるのは目の前にいる少女。
彼女はいつも変わらない。他の四人の技術が向上しても、輝きを放っても、奏空はそれに合わせて抑えていた力を解放しているだけ。
そして、それは今も。
「…星屑さん。」
奏空は蘭の声に笑顔で反応する。そして次の言葉でその表情は陰りを見せる。
「どうして、才能を抑え込むんですか?」
「っ。」
「あなたはもっと輝く力を持っているのに、どのライブでも周りに合わせている。他と同じようにしていますが、百パーセントでやっている人と百点でやっている人は明らかに違う。
星屑さんは常に百点でやっている側です。どんなに全力でやっているように見せても、無意識に抑え込んでしまっている。自分でも分かっているんですよね?」
今まで、奏空のライブを見てきて感じた違和感。他のアイドルとは違う、百点のアイドル。
どんなに頑張っても決してなれない人がいる中、彼女は才能だけで百点になれる数少ない天才。しかしそれに胡座をかかず、影でこんなにも努力を続けられる逸材。
だと言うのに、本番ではその努力を見せない。
「星屑さんのことは理解しているつもりです。きっと、周りの方とのバランスをとっているんですよね。一人のライブじゃないから、実力は並行でなければ、チームとしての均衡が崩れてしまう。」
Pentagram☆*。は五人。一人が突出して上手ければ、それはその一人とその他のライブになってしまう。奏空はそうならないようにしている。
けれど、それは本当に正しいのか。彼女にそうさせることが正しいのか。蘭はずっと考えていた。
「…責めているわけではありません。私は、本気でやってくれないことが悲しい。本気を引き出せないことが、悔しい。
星屑さんのこれまでのライブを見て、それに気付いた時…そう、思いました。」
「蘭ちゃん…。」
「私は、あなたの相棒になりたい。本気のあなたの隣に立ちたい。何があっても追いつきます。だから…抑え込まないで下さい。」
蘭の硝子のように透明な瞳が、奏空を映す。蘭の瞳に奏空の瞳に宿った星が反射して、あの時見た星空が焼き付く。
瞼を閉じても鮮明に映るそれは、奏空に勇気を与えてくれるもの。
「…分かったよ、蘭ちゃん。」
決意を固めた表情で、けれどすっかり貼り付いた笑顔で、奏空は一枚のチケットを取り出した。
「これ…、今度のバースデーライブのチケット。全力で、本気でやるから…蘭ちゃんに見て欲しい。」
蘭はそれを大事そうに両手で受け取る。何が起こるのか分からない雰囲気に唾を飲んだ。
その日は、練習を続けられる状態では無くなり解散となった。と言っても、奏空が集中したいと言って蘭が退出する形になったのだが。
余計な事だっただろうかと今になって不安に思う。
「…あれ、駿河さん?」
「諸星さん。お仕事終わりですか?」
「はい…。駿河さんは…あ、奏空とレッスンっすか。」
すると、あかつき寮のロビーで蘭世に会った。蘭がここにいる理由を悟って、少し寂しそうな顔をする。
それもそうだ。今すぐにでも彼女の隣に立ちたいのは彼女なのだろうから。
「奏空とはどうですか?」
「レッスンは順調です。バースデーライブもあるのに、どっちも頑張っていて…凄いです。」
「アハハ!奏空らしいですね〜。ほんと…ずっと頑張ってる………。」
蘭世はロビーのソファーに座り、蘭を隣に促す。その通りに座り、彼女の横顔を見ると顔は笑っていても、悲しそうな目をしていることに気が付いた。
「才能があるのに、努力も欠かさず…。アタシなんかじゃ追いつけない。でも奏空は優しいから、アタシのところにまで降りてきてくれる。」
「…!」
天井を見つめながら蘭世はそう言った。そして、彼女もまた奏空が力を抑え込んでいることを知ってるようだった。
「諸星さんも、気付いていたんですか?星屑さんが、本気じゃないことを。」
「あ、駿河さんも…ですか。流石っすね。」
蘭が聞くと蘭世は一瞬表情を崩し、無理矢理口角を上げた。
「そっか…アタシ以外にも、気付いてくれる人がいたんだ。」
安堵と喪失感が入り交じったような表情で、蘭世は下を向いた。その様子に胸が締め付けられる。
「Pentagram☆*。で奏空の一番近くにいたのがアタシだったから、なんとなく奏空が実力を出せていないのは分かってたんです。
最初の合宿で、暗闇にいたアタシを引っ張ってくれた奏空の輝きを見たから…。ホントの奏空はこんなもんじゃない…って。」
グッと力強く握られた拳は、その力の捌け口を見つけることが出来ず、弱々しく緩む。蘭はその手にゆっくりと自分の手を重ねた。
「諸星さんは、ずっと星屑さんの傍にいるんですね。」
「…え?」
「あなたの瞳を見れば分かります。星屑さんと…同じ瞳をしているから。」
形や色は違えど、奏空と蘭世の瞳にある輝きは同じもの。彼女もまた、それを隠している…否、見つけられていない。
「私は必ず、星屑さんの本当の輝きを見つけてみせる。その瞳の奥に眠った星を…。」
「…っ!」
星を見つめる透明な硝子は、全てを映し出す鏡のように星にその姿を見せる。星は揺らぎ、やがて瞬くことを思い出す。




