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あの星に煌めきを  作者: そーら
第七章 重なり合う心
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キミのヒーロー

 



 弥生は空港にやって来ていた。今日は海外留学していた兄の神楽坂 梓(かぐらざか あずさ)が長期休暇のため、一時帰国する日だ。

 久しぶりに会う兄。嬉しいはずなのに、どこか気持ちが落ち着かない。


「弥生さん、飛行機着いたみたいですよ。」


「はいっ、お母様。」


 母の神楽坂 実鈴(かぐらざか みすず)と共に梓を迎えに行く。キャリーケースを転がしながら歩いてくる人混みの中に、一際目立つ猩々緋の髪色が優雅に揺らめいている。


「梓さん、お帰りなさい。」


「母様、弥生。ただいま戻りました。」


 スラッとした長身と綺麗に結んだ長髪、人を魅了する切れ長の青い目。以前会った時とは違う、全てが一段と磨かれた美しい風貌に弥生は見蕩れる。


「弥生?また一段と綺麗になったね。」


「っ、いえ…お兄様の方こそ、美しいです。」


「そうかい?ありがとう。」


 憧れの兄に褒められているのに、素直に喜べずにいる自分がいる。それは弥生にとって弱さであり、自分ががまだまだだということを思い知らされる。


「あ…お兄様、お荷物お持ちします。」


「ありがとう。じゃあ…これを頼むよ。」


 荷物を受け取るが、簡単に持てるほど軽い。小さな気配りも完璧で頭が上がらないな…と思う。


 家に着き、梓が海外で学んだことを祖父の龍堂や父の神楽坂 茶助(かぐらざか さすけ)に話している。そんな中、弥生は浮かない様子で隅に座っていた。


「……………。」


 その様子は花のように美しいけれど、彼女自身は憂いているようだった。

 スッ…と静かに立ち上がり、気配を消して部屋を出る。向かうのは弥生が好きなあの庭園だ。今はすっかり夏の景色を写し出している。


「…雛様に見ていただいた時は梅雨でしたね。」


 初めて雛が家にやって来た時のことを思い出す。梅雨の暗くも幻想的な雰囲気から一変、夏の眩しく彩り溢れる花が多い。

 雛の存在が当たり前になった今、つい数ヶ月前のことが遠い過去のように感じる。


「仲良くなれたと思ったら、離れる…なんて残酷なことしますよね。」


 夏期講習の日、少しの時間でも雛に会えたことが嬉しかった。それほどまでに自分の中で彼女の存在が大きくなっていたことに漸く気付く。

 そして、このタイミングで梓の帰国。弥生の心を蝕むには十分すぎるくらいだった。


「お兄様…。」


 梓は神楽坂流の日本舞踊を引き継ぐために、海外で様々な踊りを学んでいる。

 時に社交ダンス、時にクラシックバレエ、時にストリートダンス。ジャンルに捕らわれず、様々な国で様々な踊りから刺激を直に受けている。


「眩しい………。」


 太陽の光を満遍なく浴びる一際大きい向日葵が目に入る。

 それはまるで十六歳という若さで才能にも容姿にも恵まれながら、貪欲に努力を欠かさない梓のようだ。


 そんな兄を見てしまうと、自分がちっぽけに見えてくる。自分なんかと比べることさえ烏滸がましい。

 失敗出来ないライブが控えているからこそ、緊張が走り、プレッシャーが重くのしかかってくる。


「…っ。」


「うわああぁ!」


「何奴っ!」


 弥生が心を責め立てようと拳を強く握ろうとしたその時、庭園からガサガサガサッと物音がした。奥にある低木を見ると、そこにはいくつかの葉を見に纏った双葉がいた。


「いったたぁ…着地しっぱぁい………。」


「双葉…何してるんですか。」


 突然の双葉の来訪に弥生は驚くと同時に呆れる。幼少期、彼女に初めて出会った日と同じ光景だ。あの日も、今日のように着地に失敗していた。


「えへへ…久しぶりにここから入ってみよ〜と思って…。」


「全く…玄関から普通に来て下さい。今なら入れますから。」


 双葉に手を貸して立たせ、彼女に着いた葉を取る。何をするのか想像が出来ない型破りなところは変わらないなと思いつつ、その無邪気さが少し羨ましくもある。


「弥生?何かあったのかい?」


「っ!」


「あ!あーずーだぁ!!!」


 すると、物音を聞きつけたのか梓がやって来る。双葉は久しぶりの梓の姿に目を輝かせて飛びついた。


「おや、双葉ちゃん。久しぶり。」


「おひさー!どうしてー!なんでいるのー!」


「長期休みをもらったから一時帰国したんだよ。」


 双葉は梓によく懐いている。弥生の兄というのも勿論あるが、表現者である彼は双葉が憧れる役者(ヒーロー)に近しいものがあるのだろう。


「あ!双葉ね、この前のライブを弥生と一緒に見ようと思って来たんだ!弥生とーってもキレイだよ!」


「ふ、双葉…っ!」


「ライブ…?何か芸事でも始めたのかい?」


 双葉は背負ってきたリュックからタブレットを取り出し、映像を映す。海外にいた梓は弥生たちの活動のことを知らなかったようで、興味を示して画面を覗く。

 しかし、弥生はそれを彼に見られることに少しの抵抗があった。


「弥生?見ないの〜?」


「あっ…えっと………その…。」


 弥生は双葉のタブレットをその白い両手で隠し、画面を見せないようにする。彼女にしてはあまりに不自然で、余程焦っているように感じる。


「弥生…?」


「お、お兄様!長旅でお疲れでしょうから、お部屋に戻られてはどうですか?今日くらいは稽古もお休みにするおつもりでしょう?」


 弥生は梓と目を合わせず、一方的にそう言った。見られたくないことを察した梓は弥生の頭を優しく撫で、彼女の言う通り自室に戻る。

 チラリと見た梓の背中が少し寂しそうで、胸が苦しくなる。


「…弥生〜………?」


「………双葉、すみません。折角来て下さったのに…私たちも部屋に行きましょうか。」


「う、うん…。」


 弥生と双葉も部屋に戻り、さっきのお詫びに双葉の好きな茶葉の紅茶を淹れる。子供舌の双葉でも楽しめる甘く飲みやすいものだ。


「ん〜!美味し〜!」


「ふふ、それは良かったです。すみません、今はお茶菓子を切らしていて。」


「だいじょーぶー!双葉が持ってきたー…あ。」


 リュックからスナック菓子の袋を取り出すと、さっきの着地のせいか他の荷物で潰れたのか、ぺしゃんこになっていた。


「あー!双葉のお菓子がー!」


「少々つまみづらいですが、お皿に開けましょうか。」


 弥生は客人用の小皿を取り出し、袋の中身を開ける。パラパラと小さい固形と粉状になったスナックが出てくる。

 つまむより掬う方が食べやすそうだ。


「…ね〜、弥生〜。どうしてあーずーにライブ見せなかったの〜?」


「……………。」


 粉状になったスナックをスプーンで食べながら双葉は言った。

 普通の人なら空気を読んで聞かないことも、双葉は真っ直ぐな目で聞いてくる。そんな双葉だから好きなのだが、今は少し胸が痛い。


「…お兄様は、修行中と言えど立派な芸者です。本気で日舞をやっているお兄様に、私なんかの踊りなんて見せられません。

 私のような、未熟で半端な踊りは………。」


「そんなことないっ!弥生の踊りはキレイだし、双葉の方がまだまだだって思うこといっぱいあるよっ!」


 梓にライブを見せられない理由を吐く。

 昔から梓の舞は見てきた。だからこそ、彼が留学を始めてからの目覚しい成長とその裏にある努力をひしひしと感じている。

 けれど、自分はそれとは違う。いくら努力を重ね、本気でやっていたとしても本物の前では霞むことが分かっている。雛と双葉はそうでないことも。


「双葉は、双葉は…良いところがたくさんあります。確かに技術面で言えば、素人な部分が目立ちますが、それ以上に純粋で楽しい気持ちになります。応援したくなる気持ちも…アイドルに相応しいと言えるでしょう。雛様も同様です。

 でも、私は…いくら綺麗だと思って頂けても、私自身は空っぽで、何も無い。」


 純粋な心でステージを楽しんでいた二人の横に並ぶ自分は、二人と同じ心だっただろうか。

 あの日、気持ちをひとつに出来ていたのはまやかしだったのではないか。それを見抜かれていたからこそ、デュオでは雛と離れてしまったのではないか。


 そんな思いが日に日に募っていく。


「私は、皆様のように輝けない。そもそも器では無かったのかもしれませ…。」


「そんなことないっ!!!!!」


「っ!」


 弥生のどんどんとのしかかる消極的な思いを断ち切るように、双葉は立ち上がり声を荒らげた。

 それに驚き、弥生は息を飲む。


「弥生はすごいの!まず、とってもキレイ!お花が似合って、髪もサラサラで、動きもピシッとしてて…双葉とは全然違う!

 それに、双葉のことすっごく分かってくれる!双葉、あんまり上手にお話出来ないけど、弥生はすごくすごく聞いてくれて、分かってくれようとしてくれる!

 あと、頑張り屋さん!このライブだって、たくさん練習してたの知ってる!歌はかのちゃん先生にいっぱい質問してたし、踊りもアイドルっぽくなるようにみーちゃん先生と練習してたのも知ってる!

 あとは、えーっとえーっと、もっといっぱいあって………!」


 双葉は精一杯、弥生を褒める。普段から弥生が気を付けていることや、弥生と接するようになってから覚えた彼女の丁寧な言葉使い。

 さらには、他人に見せないようにしていた影の努力。

 全部、双葉は見ていてくれていた。


「このライブの前だって、ぴーなんに声を掛けてリラックス出来るようにしてた!」


「双葉…見ていたのですか?」


「うんっ!弥生のことはいっぱい見てるよ!

 だって、弥生が双葉のこといっぱい見てくれてるから!」


 双葉の純粋な言葉が弥生の胸を打つ。線が切れたように涙が溢れ出る。とても暖かい涙がポロポロと頬を伝う。


「わっ!弥生だいじょ…。」


「双葉っ!」


 弥生は心配する双葉に抱き着いた。ギュッと小さな身体を優しく。

 突然の事で驚いた双葉だったが、弥生から香る桜の匂いに安心して身を任せる。


「私…、駄目ですね。こんなに見てくれる人が近くにいたのに…、主観に捕らわれて自分を見失ってしまうなんて。」


「ダメじゃないよ!弥生が弥生を見失ったら、双葉が絶対見つけるから!双葉は弥生のヒーローだから!」


 双葉は肯定してくれる。自分を否定してしまいそうな時、それを否定してそのままを肯定してくれる。

 それが彼女なりのヒーローなのだろう。


「ね!あーずーにライブ見せに行こっ!」


「えっ………。」


「だいじょーぶっ!双葉を信じてっ!」


「信じる………。」


 幼少期、信じられるのは己だけだった。武道というのはそういうものだったから。孤独の道を歩んで行けるように強くなる。

 けれど双葉と出会い、彼女が信じる夢のような世界は、彼女の中に本当に存在するものだった。

 そんな双葉が言うのならば、双葉が信じている自分を信じてみたくなった。


「…わ、かりました。お兄様に…見せに………。」


「うんっ!行こっ!」


 そう言って手を差し伸べる双葉の手は先程の涙よりも暖かかった。手から身体へ伝わり、じんわりと胸を暖めてくれる。


 あなたに出会えて良かった。

 あの日、突然現れた躑躅の花に塗れた少女はずっと自分を信じてくれるヒーローだったのだから。

・神楽坂 梓

星空学園高等部一年二組

弥生の兄。日本舞踊の勉強のため、今年度から海外に留学していた。美しく艶やかな女性らしい容姿をしている。芸名は緋扇 梓。


・神楽坂 茶助

弥生の父。神楽坂流の茶道家。物静かで物腰柔らか。神楽坂家に婿入りした身であり、血縁者では無いが、茶道の最高位を取得している。


・神楽坂 実鈴

弥生の母。神楽坂流の弓道家。一見、淑やかで気品のある女性だが、家では豪快で溌剌としている。百発百中を体現するほどの実力を持つ。

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