親友として
「…はぁ……………。」
朝、一人で登校した柚希は無意識に溜息を吐いた。
最近は一人で登校することが増えてきたが、未だに慣れない。蘭がいない朝はとてもつまらなかった。
「柚希さん、おはようございます。体調が優れないんですか?」
「へ?り、りんりん!そんな事ないよ!元気元気〜。」
クラスメイトの雲類鷲 燐子に心配され、驚いて元気に振る舞う。それがいつもの柚希とは違うのを燐子は察するが、彼女の言いたくない気持ちを尊重する。
「そうですか…。最近ご多忙のようですし、あまり無理はなさらず。休みたくなったらいつでも言ってくださいね。」
「うんっ!ありがと〜りんりん。」
燐子が自分の席に戻ったのを確認して、柚希はまた窓の外…ではなく、斜め前の蘭の席を見た。
綺麗に手入れされており、机の中は空っぽ。まるで誰の席でも無いかのように人の気配を感じさせない。
「…今は朝のニュース番組に出てるのかぁ。」
蘭は八時からニュース番組の生放送にゲストとして出演している為、今日は遅刻する予定となっていた。
ドラマに限らず、芸能人らしい仕事が入り始め、一緒にいる時間が減っているのは事実だ。
「蘭………。」
情けない顔を誰にも見られたくなくて、机に顔を伏せる。
柚希がここまで落ち込んでいるのは、蘭に会えない時間が減っているだけが理由ではなかった。
「わっ!!!」
「んにゃ!?」
泣きそうになっていると、突然肩を叩かれて変な声を上げる。後ろを振り向くと満面の笑みを浮かべた楓がいた。
「め、めぷる!もうっびっくりしたじゃん!!!」
「アハハ!ごめんっす〜!」
楓は謝るもあまり反省していないようで、柚希は頬を膨らます。その頬をツンツンと突いて遊ぶ楓。
「てかここC組じゃないよ?」
「分かってるっすよ!ゆずに会いに来たに決まってるじゃないっすか。」
「ゆずに?もうホームルームまで時間無いけど…。」
柚希がそう言うと、楓はチャームポイントの八重歯を見せて笑い、柚希の頭を雑にわしゃわしゃと撫でた。
「わあっ!な、何?めぷるっ!」
「ゆずらしくない顔してるからっすよ!」
ぐしゃぐしゃになった髪を整えようと、結んでいたリボンを解く。山吹色のサラサラな髪からはシトラスがふわりと香る。
「って、こんな事しに来たんじゃなくって…ゆずに頼みがあって来たんすよ〜。」
「頼み?なぁに?」
手櫛では綺麗にツインテールを結べないため、とりあえずひとまとめにする柚希を他所に、楓はパンッと手を合わせてお願いするポーズをした。
「来週からプール開きなんすけど、今日水泳部で掃除することになってて…ウチのプール広いから手伝って欲しいんすよ〜。」
「え!プール掃除ぃ〜?」
頼みを聞いた柚希はとても嫌そうに顔を歪ませる。星空学園のプールは学校の設備としては大きい五十メートルプール。その広さを知っている柚希は面倒臭いの一言に限る。
「頼むっす〜!その様子だと何にも手に付かないみたいだし、気分転換に!お礼になんか好きなもの奢るっす!!!」
「え!うーん…。」
しかし、物に釣られ少し心が動く。それに楓の言う通り何も手に付かないのは事実で、あれだけ楽しみにしていたサッカー部に行くのも億劫になっていた。少しでも気晴らしになるのなら…と柚希は小さく頷いた。
「わ、分かったよ…。でもほんとに何か奢ってよね。」
「ありがとうっす!約束は絶対に守るから放課後、プールで待ってるっす!」
柚希の了承を得ると、楓は嬉しそうに自分のクラスへと戻って行った。
・・・
放課後、柚希は約束通りプールにやって来ていた。水泳部員ではない柚希は夏以外にここに来る事は無く、プール独特の塩素の臭いが鼻に刺激を与える。
「あ、ゆず〜!こっちっす〜!」
プールサイドの奥で水泳部員と掃除道具を分けている楓を見つけ、そちらに歩く。
「ゆず!来てくれてサンキューっす!」
「立花さん、ホントありがとね。楓が無理矢理誘ったんでしょ。」
「ううんっ!確かに無理矢理だったけど…いつもと違う事してみたかったし、丁度良かったよ〜。」
水泳部員の北王子 絃音が柚希にお礼を言う。ジャージ姿も似合うほどスタイルが良い彼女は楓の友人でもある。
「…っていうか、楓。立花さんにジャージで来るよう言わなかったの?」
「あ!忘れてたっす…。水泳部のジャージ貸すから着替えて来てっす!」
「うん!分かった〜。」
柚希にジャージを貸して、更衣室に向かわせる。その様子を見て、絃音は不思議に思う。
「…ねぇ、ほんとに立花さん落ち込んでるの?そうは見えないんだけど…。」
「ゆずはマイナスな時ほど隠すのが上手いっすからねぇ…。でも、いつものゆずとは明らかに違うんすよ。」
「ふーん…。」
絃音と会話していると、着替えた柚希がポニーテールになってやって来た。いつもツインテールのイメージがあるせいか新鮮な気持ちだ。
「めぷるお待たせ〜。」
「ポニテ良いっすね!爽やかな感じで。」
「でしょ〜!髪が厚いからいつもはあんまりしないんだけど、掃除するなら上げた方が良いと思って。」
上手く結べたポニーテールを褒められて鼻高々とドヤ顔を決める。
楓によって掃除する場所を割り振られ、各々配置に着く。柚希は楓と一緒に校舎とは反対側の床を掃除していた。
「ふぅ…結構疲れるね!てか毎年水泳部が掃除してるなんて知らなかったよ〜。」
「夏以外でプール使ってるのは水泳部だけっすからね。自分たちで使ったプールを掃除するのは当たり前っす。」
疲れてはいるものの、楽しそうに掃除する楓。掃除が嫌いなイメージは無いものの、進んで掃除をする程綺麗好きなイメージも無い。
そんな楓が目を輝かせて掃除をしているのが不思議に思った。
「…めぷる、楽しそうだね。」
「うーん、そうっすか?あぁ…でも、毎年こうやって掃除してると、プールに愛着湧いてるのかもしれないっすね!」
「プールに…愛着?」
「自分の好きな事をめいっぱいさせてくれた相手を好きになるのは当然っす。ゆずだってそうっすよね?」
ドキリと心臓が跳ねる。楓がプールを、水泳を愛しているのはとても伝わった。
けれど、柚希にとってのそれが何なのか。分かってはいるけれど、本当にそうなのか不安で堪らない。
「…ゆずの、好きな事をめいっぱいさせてくれるのは………。」
「駿河さん。分かってるんすよね?」
「………。」
沈黙の肯定だった。蘭のことを考えると、胸がキュッとなって穴が開いたような感覚になる。
「駿河さんの事、大好きだから…一緒に居られなくて、チーム組めなくて寂しいんすよね?」
「っ!どうして…。」
「分かるっすよ。この前チームの組み合わせを聞いた時のゆず、妙に大人しかったし…事務所に入る時も駿河さんのこと気にしてるっていうか…そんな感じしてたっす。
駿河さんの事を意識しまくってるのバレバレっすよ。」
楓に見透かされ過ぎて自分に呆れる。それと同時によく見てくれている事が嬉しくて、感情が複雑に混じり合う。
「めぷる…なんでそんなにゆずの事見てるの?」
「そりゃ、駿河さんにも負けないくらいゆずのことを親友だと思ってるからっすよ!ゆずはそうじゃないんすか〜?」
ニヤニヤと揶揄うように言うけれど、それを言葉にするのは辛いこと。
自分は親友だと思っていても、相手には別の親友がいる。それを分かっていても気丈に振る舞える楓に申し訳が立たなくて、ジワリ…と涙が滲む。
「ううん、めぷるも…ゆずの親友だよ…っ!」
「わわっ!泣かないでっす〜!揶揄い過ぎたっす!」
プールのど真ん中で泣く柚希とそれを宥める楓。
そんな異様な光景に可笑しくなりつつも、水泳部員はそっと掃除を続けた。
・・・
「ぷはぁ〜!つっかれた〜!」
プール掃除も終わり、柚希は楓に炭酸のオレンジジュースを奢ってもらっていた。
「はぁ…沁みるっすねぇ…。」
「なんかおじさんみたいな言い方!」
「パパがビール飲む時、こう言うんすよ〜。」
楓もサイダーを飲み、疲れた身体をすっきりさせていた。そんな二人を夕日が照らす。
「それにしても奢るのジュースで良かったんすか?そんな高いものは無理だけど、普通に買い物とか付き合ったっすよ?」
「良いの良いの!さっきのめぷるの話…すっごく身に沁みたから。話聞いてくれてありがと。」
柚希がふざけることなく、真剣な顔でお礼を言うのは珍しく、楓は目を見開いて微笑んだ。
「…藍音がゆずと付き合ってる理由、何となく分かったっす。」
「え?なにそれ。てか今まで分かってなかったの!?こーんなに可愛いのに!」
「アハハ!そーゆーとこは変わんないっすね〜。」
しかしやっぱり、柚希とはバカみたいにふざけてる方が楽しいと楓は思う。
「…また合宿とかしたいっすねぇ…。」
「なぁに?突然。」
「いやぁ、ほら夏だし?今度こそ、煌さんのコテージ近くの海でサーフィンしたいな〜って!」
日が長くなり、まだ明るい空を見上げながら楓は掃除で疲れた身体を伸ばす。以前の合宿では寒くて入れなかった海も今の暑さなら入れるだろうと、思いを馳せながら語る。
「合宿かぁ…。確かに、ライブに向けてやるなら煌さんも許可してくれそう。」
「今度はゆずと二人で行くっす!!!さらに友情深めちゃうっすよ〜!」
「ちょっと!引っ付かないでよ〜!暑い〜!!!」
楓が肩に体重を乗せながらくっついてきて体温が重なる。汗滲む暑さの中、二人は合宿の約束をして太陽のように笑った。
7-2
・雲類鷲 燐子
星空学園中等部二年A組
蘭や柚希のクラスメイトで学級委員。家が神楽坂家の分家で洗練された立ち振る舞い。大のオカルトマニアで心霊や都市伝説に詳しい。
・北王子 絃音
星空学園中等部二年C組
楓のクラスメイトで同じ水泳部。クールで端正な顔立ちから女子生徒に人気がある。性格はドライだが、情に厚く面倒見が良い。




