静寂
「…それから、次に記憶があるのは病院のベッドでした。そして、その日を境に娘たちはこの世に存在することは無く、私が創り出した世界で眠っていました。」
話が一段落着くと、麗生は紅茶を飲んだ。
想像を絶する出来事に、蘭と奏空は眉を顰めて言葉を失っていた。
「有葵たちが眠りから覚めた頃、私は二人の記憶を創造し、あたかもその世界で生まれたかのようにしました。世界を創り出した際、私の力の殆どはその世界を保つことにエネルギーを使い、その世界から二人を戻すことは不可能だったのです。
だからせめて…脅威の無い、煌めき溢れる世界で自由に育つように。」
そう言葉を放つ麗生の瞳は、常軌を逸していて恐怖すら感じた。
「…それで、あの世界が生まれたんですね…。」
奏空は無限に広がる美しい世界を思い出す。目の前の麗生を見て、その世界の美しさに納得がいく。そして、それを塗り潰したかのような暗闇も。
「あなた方にはとても感謝しています。誰も何も分からないままだというのに、あの世界のためにたくさんの努力を重ねてくれていた事…ずっと感じていました。
だから、私はあの世界を保っていられる。」
「…保っていられる、と言うのは?」
「皇一族の能力は『オウ』と呼ばれた創造神が、人間を愛した証。人間が創り出す無限の煌めきが私たちのエネルギーとなり、能力を使えるようになるのです。
と言っても可視化している訳では無いので、そんな気がする…という感覚ですが。」
蘭は一つ一つ疑問に思ったことを率直に聞いていく。それはちゃんと理解しようとしてくれている事の表れで、麗生はとても嬉しかった。
蘭の心で会話をしてくれるところも、奏空の自分が見たものを信じて受け入れてくれるところも。
「………蘭さんと奏空さんにお願いがあります。」
「…何ですか?」
「私に出来ること、なら…。」
麗生は真剣な顔で真っ直ぐ二人を見る。柔らかな白い睫毛は有葵に、砂時計のように煌めきが降る瞳は命に、よく似ている。
そんな彼女が口にした願いは、娘たちを救い出すためのひとつの手段だった。
・・・
数時間後、蘭たちと話を終えた麗生は一人、学園長室に残り窓の外を眺めていた。
すっかり暗くなった夜空には煌々と月が浮かんでいる。
「……………零那。」
ボソリと呟いたのは大切な人の名前。思い出の中でしか会えない彼女に語りかけるように月を見上げた。
「今日あなたの話をしました。誰にも話すことが出来なかったのに、何故でしょうね。」
返答の無い問いは虚しくも空に消えていく。
目を閉じて思い出すのは、息を荒くして強く睨み、そしてどこか寂しそうな顔の零那。
真美に抑えられながら、輝夜に能力を奪われた時の顔が頭から離れない。
「あの時、私はどうするべきだったんでしょうか。
…あれは、正しい選択だったのでしょうか。」
気を失う寸前まで麗生を見て、心のどこかで助けを求めているような顔。その顔から目を背けたことを後悔してもし足りない。
「もし、あの時…いえ、もっと前から。別の選択をしていたら…今、私の隣であなたは笑っていたのでしょうか。」
彼女の笑顔はもう見られない。ずっとあの日のまま、彼女の時は止まっている。
「…麗生、まだいるの?」
「真美…。」
学園に残っている生徒や教師がいないか確認しに行った真美が戻って来る。困ったように麗生を見て、ハンガーに掛けていたストールを羽織らせる。
「夏とは言え、あなたは身体に気を付けなきゃいけないんだから。」
「えぇ、ありがとうございます。」
仕事中とは違う砕けた口調の真美に少しホッとする。そしてまた月を見上げると、真美は麗生が何を思っているのか察した。
「…麗生があの話をするなんて思わなかったわ。」
「私にもどうしてあの話をしたのか、分かりません。」
「え?そうなの?」
真美はキョトンとした顔で麗生を見る。その顔は麗生が理由がないことに驚いたのではなく、別のことで驚いているように見えた。
「てっきり、零那の死を受け入れられたのかと思ったんだけどな。」
「……………。」
真美の言葉に毒気を抜かれたような気がした。
「零那が亡くなってから、麗生は総帥として相応しい選択が出来るように心を抑え込んでいるように見えたから。
…それが、駿河 蘭や星屑 奏空…彼女たちの姿を見て、麗生自身の煌めきを取り戻していたのかな…って思ったんだけど。」
真美が麗生を優しく撫でる。一族の立場では麗生の方が上だが、昔から麗生を妹のように思っていたからか、仕事外では彼女の姉として接してしまう。
「…秀一郎に、話せる日は来るでしょうか。」
「えぇ、いつかきっと。だって…来ないと思っていた零那の話をする日が来たのだから。」
どれだけ麗生が強く振舞っても、気を抜ける場所であり続ける。それが真美の役目だった。
「さて、そろそろ帰りましょう。車の用意をして来ますね。」
秘書として一日の最後の仕事。麗生を皇邸まで送り届ける為に車を用意しに外へ向かう。
その背中をボーッと見つめる麗生は少しだけ身軽な気がした。
グッと腕に力を入れ、車椅子から立つ。少しフラリと揺れるが、なんとか立つことができた。
「……………。」
目を閉じてフッ…と意識をあの世界に向けると、ぼんやりと見えてくる娘たちの姿。
寄り添って眠る美しく尊い光景。しかしそれは麗生が創り出した幻影に過ぎない。
意識が遠のく。
世界が揺れ動き、歪む。
麗生は何の音を起てる訳でもなく、その場に倒れた。
沈みゆく世界の中で、彼女は小さく呼吸した。
・・・
「…麗生?」
煌プロダクション、社長室。蘭たちの活動スケジュールを確認していた秀一郎はふと、何かを感じたのか後ろを振り向く。
しかしそこに映るのはいつもの光景。窓の外にはぼんやりとした月が浮かんでいる。
「気のせいか…。」
最近の仕事の疲れのせいにして机に向き直る。羅列された蘭たちのスケジュール。秀一郎が想定していた以上に彼女たちは芸能界を上り詰め、今や注目の的。
「…そろそろ、かな。」
秀一郎は鍵付きの引き出しを開け、大事に仕舞っていた書類を取り出した。
それは大型ライブの企画書。蘭と奏空が導かれた日、それを見た秀一郎はいつかの日の為に書き始めていたのだ。
「急になってしまうが、告知の準備も手配せねば。」
明日、会議を行う旨のメールを作ろうとしていると、スマートフォンが鳴る。蘭からの着信だった。
「駿河くん?……もしもし、煌です。」
『煌さん、突然申し訳ありません。今お時間大丈夫でしたか?』
「あぁ、問題無いよ。どうしたんだい?」
相変わらず美しい音色の声だなと惚れ惚れしながら用件を聞く。
『お話したいことがありまして…煌めきの夢を見た人たちが集まれる日と場所の用意を頼みたいのですが…。』
「話?確認するから少し待ってくれ。えっと…丁度明日なら皆、時間がありそうだ。どうだろう?」
『ありがとうございます。早めの方が助かります。』
「それじゃあそのように手配しておくよ。」
蘭との通話を切り、即座にスケジュールにメモをする。彼女の話が気になりつつ、先程開いたメールフォームを削除して新規のメールを作成する。
「…明日、企画の話もするとしようか。」
メールを一斉送信し、ゆっくりと背中を椅子に預ける。ふと、机上の家族写真が目に入った。
「…有葵、命………麗生。」
幼い娘たちを抱く今より少し若い麗生と秀一郎の姿。幸せな家族そのものだ。けれど、今その家族は存在しない。
「…きっと、麗生が駿河くんに話をしたんだろうね。だが、それを私に話さないのは…………。」
秀一郎は写真を持ったまま、椅子を翻し後ろの窓を見上げる。月は妖しくも美しく輝いている。
「…あの日から、君の色が視えなくなってしまった理由もそこにあるんだろうね。」
ある日を最後に視えなくなってしまった麗生の色に思いを馳せる。
透き通るような青色は彼女の聡明さと博愛主義を強く表している。それでいて、時に見え隠れしてしまうほど薄く儚い色。
初めて彼女に出会った瞬間、今まで視たことがなかった色に強く惹かれたのをよく覚えている。
「さて、そろそろ帰宅するとしよう。」
家族写真を大事に置き、秀一郎は帰宅の準備をした。




