Dialogue
休日の昼下がり。厚い雲が空を覆っている中、秀一郎は星空学園にやってきていた。
校庭には運動部の生徒が各々トレーニングに励む声が飛び交う。
その煌めきの美しさたるや。それは今しか見られないかけがえのない瞬間。
それを胸に仕舞いながら、秀一郎は校舎の中へと入っていく。
そのまま真っ直ぐ彼はあるところへ向かった。
「………__、いるかい?」
中等部と高等部の間にある人気のないそこは星空学園の学園長室。
人の出入りどころか、学園長の姿すら見たことがないと生徒たちの間で噂の場所だ。
「…はい、どうぞ。」
小鳥が囀るような細く綺麗な声が扉越しに聞こえてくる。重い扉を開け、室内に目を向けると窓の外を眺めている女性がいた。
「こんにちは、秀一郎。」
サラサラと流れる白髪に、長い睫毛と硝子のような瞳。その美しい容姿は車椅子に収まっている。
彼女こそ、この星空学園の学園長だ。
「身体の調子はどうだい?」
「最近は大分落ち着きました。」
秀一郎が来客用のソファに座ると、彼女も車椅子を動かしてティーセットを持って正面に座る。
「気を使わなくてもいいのに。」
「いいえ、私が飲みたいのです。」
「君の優秀な秘書はどこだい?彼女に頼めば良いだろう。」
「彼女は別の用事があって不在です。」
女性の秘書がいないことに少し不安を覚えるも、彼女が元気な様子を見れただけでも安心する。
女性は原因不明の病で一時は命の危うさすらあったが、それが次第に回復しつつあるという現状だ。
「彼女がいないなら尚更無理はしないでくれ。」
「ふふ、分かっています。相変わらず心配性ですね。あなたから見て私の色は不安定ですか?」
それを聞く彼女は儚げで美しい。不安定でも、色が見えたならどれだけ楽だろうか。
秀一郎の共感覚では彼女の色が見えない。それ程までに繊細で、脆く崩れやすい。
「…君は特別だ。何者かが君を覆い尽くして隠してしまっているかのようだ。」
秀一郎の言葉に女性はクスリと笑って、淹れた紅茶を彼の前に置く。芳醇で味わい深い香りが鼻腔を擽る。
「…それで、本題だが。」
紅茶を一口飲むと、秀一郎は真剣な顔になり鞄から複数の紙の束をテーブルの上に置いた。少し古ぼけたそれらは蘭が見つけた絵本の切れ端。
「これは、君のものだよね。」
「……………。」
女性は黙ってそれを手に取り、優しく紙を捲る。伏せられた長い睫毛が時折、上下に揺れる。
「君は一体何だ。まるで予言書のようなこれを残し、あの子たちに何をしようとしている。」
長年連れ添ってきた彼女。しかし、謎多き彼女に秀一郎は詰め寄る。愛する娘たちのために、世界で一番愛している彼女に鋭い視線をぶつける。
それに心が痛まないわけではない。
「…今はまだ、話す時ではありません。」
秀一郎から鋭い視線を受けても尚、女性は穏やかな表情をやめない。
絵本の切れ端をテーブルに置き、慈愛に満ちた目で秀一郎を見つめ返した。
「遠くない未来、私は話すでしょう。しかしそれはあなたではない。」
女性は車椅子に再び座り、窓際まで動かす。
先程まで厚く空を覆っていた雲は、その隙間から太陽の光を漏らし、地上を照らしている。まるで天界から遣いが降りてきているかのような美しさに、女性は目を細めた。
「この物語の結末を描くのは、私でもあなたでもありませんから。」
そう言って、女性は静かに目を閉じた。永遠の眠りに着くかのようにそっと、ゆっくりと。
そんな彼女の色の無い後ろ姿を見ているしかない秀一郎は、ギリ…と拳を握った。血が滲むほどに、強く。




