その瞳に映る
「…やはり。」
事務所の社長室で一人呟く秀一郎。
目の前にはAmalilesとIGNITION Now!のライブが終わった後の会場が映し出されている。
彼の目には二つの小さな煌めきが見えていた。
「そこにいるのか…………。」
画面に映るそれを優しく撫でると、氷が溶けるように消えてなくなり、胸に虚しさが残る。
すると、コンコンと社長室の扉がノックされ、結弦が入ってくる。
「社長。小和たちから連絡が入り、ただいま撤収したようです。」
「そうか、お疲れ。奏空の仕事はどうだい?」
「はい。こちらも先程無事終わったようで、今は帰路に着いています。」
仕事の連絡を終え、結弦は社長室を出ていこうとすると、秀一郎がそれを止める。
「………何か、分かりましたか?」
結弦は秀一郎が止めた理由をなんとなく察し、そう質問をする。彼の察しの良さに笑みを浮かべながらも、秀一郎の心はまだ虚しいまま。
「あぁ…『あの子たち』が見えたよ。」
「そうですか…。」
目を伏せて言う秀一郎の表情は、結弦の胸を抉る。自分にはどうにも出来ない現状が苦しくて、悔しくて仕方が無い。
結弦は、蘭たちの合宿の時に聞いた彼の話を思い出した。
・
「………ただの私の我儘だよ。空回りに終わるかもしれないが、どうしても調べずにはいられないんだ。」
「…それって、どういう………っ!」
秀一郎に不信感を覚えた結弦は、彼のやっていることに疑問を浮かべる。Pentagram☆*。の活動を休止してまで、調べる意味は何なのか。何が彼をそうさせるのか、分からなかった。
「…分かった、君には話そう。」
結弦を鋭く睨む秀一郎の険しい表情は、どこか切なそうで哀愁が漂う。
「彼女たちの夢の中に出てきた声の主、アリアとミコト…いや、有葵と命は私の娘だ。」
「…娘………って、数年前に行方不明になったって言う…!?」
秀一郎には十一年前、二人の幼い娘がいた。妻に似て美しい容姿の姉、有葵とそんな姉にくっついて離れない引っ込み思案な妹、命。
「この十一年間、ずっと行方を掴めなかった二人の持つ色が、煌めきの夢を見た彼女たちから溢れ出ていたんだ。見間違うはずが無い、愛してやまない娘たちの色だ。」
秀一郎は人の持つオーラのようなものが視えている。所謂『共感覚』というやつで、その目で多くの才能をスカウトして来た。
今、目の前にいる結弦の『秀一郎に対する不信感と戸惑い』の色が彼を覆っているのもよく視えている。
「奏空を見ていたから分かる。それまでは無かった色が、あの日を境にこの目に映るようになった。」
今になって失ったはずの娘たちの手がかりが掴むことが出来た秀一郎には、行動しないという選択肢は無く、自分が出来ることは全てやるという意志のままに行動していた。
「彼女たちに頼るしかないんだ。我々は、彼女たちの煌めきを世界に放てるようにする…。それが唯一の手段。」
「…そんなことが…本当に?」
「あぁ、普通ならありえないことだ。しかし、これが現実なんだ。だから、この件を後回しには出来ない。Pentagram☆*。のことも、辛いだろうが…決定事項だ。」
・
今になって、あの時の彼の乱心さが分かる。毅然に振舞っていても、愛娘たちの行方を愚直にも追う姿は父親以外の何物でもない。
「…社長、俺は何があってもあなたに着いていきます。」
「どうしたんだ、急に。」
結弦の突拍子の無い言葉に、秀一郎は苦笑いを浮かべる。十数年の付き合いに言葉は必要無いが、何故だか言葉にしたくなる。しなくてはいけない気がした。
「社長にはずっとお世話になってますから。社長がやりたいことを、ずっとお傍で支えたくて。」
「フッ…十分に世話になっているよ。これからも頼りにしている。」
「はい。」
秀一郎が次第に柔らかく笑うようになって、事が順調に進んでいるということが窺える。蘭や奏空たちだけでなく、雛や伊織たちがこの活動に加わり、今回のライブで手応えを感じているのだろう。
そこに少しでも自分が協力出来ている。Pentagram☆*。活動休止の選択も、彼女たちの中で一番忙しい奏空を支えることも、しっかりとした自分の役目。
自分のやるべきことに誇りを持って、結弦は社長室を後にした。
・・・
数日後、雛たちは瞬く間に有名人に成り果てた。ライブの反響も蘭たちに負けないほどで、彼女たちの煌めきは人々の心を掴んで離さない。
街中のあちこちで彼女たちを見かけるようになり、それを見た誰もが惹かれていく。
そしてそれは、彼女たちの生活も少しずつ変わっていく要因となった。
「あ、の…神楽坂さん、おはようございますっ!」
「双葉ちゃん!この前のライブすごかったね〜。」
「響木さんって歌上手なんだね!今度バンドのライブ行ってみたくなったよ!」
「涼風さん、良かったらお昼一緒に食べない?」
「み、壬生屋先輩!実は前からお話がしたくて…。」
彼女たちの周りには多くの人が集まるようになった。
それは有名人に対する好奇心もあれば、今まで彼女たちを隔てていた壁のようなものが無くなり、声を掛けやすくなったりもした。
弥生の見目麗しい容姿に臆することも無く、双葉の変人さも愛らしさへと変わり、歌唄の歌が誰かに響き、奈帆の親しみやすさが他人に伝わり、伊織の近寄り難い雰囲気は柔らかくなった。
「雛様、そろそろお時間ですよ。」
「あ、うんっ。今行く!」
それでも、雛の周りは変わらなかった。以前と変わらず友達が隣にいて、大好きな恋人もすぐ近くにいる。
芸能活動に慣れてきて、部活との両立も出来るようになった。
生活にしっかりとした変化はあるのだが、雛にはその実感がどうしても持てなかった。
「……………。」
「雛様、どうかなさいましたか?」
現場への移動中。ボーッとする雛の顔を隣に座る弥生は覗く。その隣で双葉は外の景色をキラキラとした瞳で眺めていた。
「…うーん………、私は変わったのかなぁ…ってちょっと思っちゃって。」
「…変わった、とは?」
雛の真意が読み取れず、弥生は首を傾げる。このまま一人で悩んでいても答えが出ない気がして、ぼんやりと悩みを打ち明けた。
「なんて言うか、二人も壬生屋さんたちも周りの人から声掛けられる機会が増えたでしょ?」
「まぁ…はい。以前よりは確実に増えたと思います。」
「でも、私はそんな分かりやすい変化が無くて…。みんなみたいに才能とか、惹かれるものとか…持ってないからなのかなぁとか思ったり………って、ごめんね。こんな話…。」
雛が困ったように眉を下げる。一人で抱えきれなかったとは言え、年下の弥生にする話では無かったなと心の中で反省すると、弥生はそれを否定した。
「そんなことありません。」
「え…?」
弥生の凛とする声が雛の耳に響く。弥生の美しい紅の瞳に自分が映っているのか見える。
どれだけ情けない顔をしているだろうか。弥生の方がずっとしっかりしている。
「雛様は素晴らしい方です。私たちとは違う…強く惹かれる魅力の持ち主です。」
弥生の言葉に息を飲む。そんなことは無いと雛は言いたくなるが、それは弥生の言葉を否定してしまうような気がして飲み込む。
「どんなに世界が変わっても、あなたのその飾らず、変わらない魅力に皆が惹かれてるのです。」
「弥生ちゃん………。」
飲み込んだ言葉が嬉しさとなって込み上げてくる。そんな言葉を言われたことは勿論無い。特別褒められたことも、敬われることも無い。
しかし弥生は素直な言葉を真っ直ぐにぶつけてくれる。
「それと、年長者だからと言って、しっかりしなきゃ…とか、頼られる存在で…とか思う必要はありません。
私たちの間には家柄や容姿、性格はありません。そして、年齢も。そうしてくれたのは、他ならぬ雛様です。」
微笑む弥生が雛の頬に手を添える。そこで漸く、雛は自分が涙を流していることに気が付いた。すると、ポロポロとさらに涙は流れ、止まらなくなっていた。
「あ!弥生がぴーなん泣かせた!」
「双葉、これはきっと嬉し涙というものです。ね、雛様?」
「うっ…うんっ………!すごく、嬉しいっ…。」
弥生は柔らかい純白のハンカチを雛の頬に当てる。弥生の優しさと、双葉の心配してくれる気持ちがさらに雛を泣かせる。
「…私、変わらなくても良いのかな…?」
「はい。雛様のお好きなようにして下さい。」
「変わっても変わらなくても、ぴーなんはぴーなんだよ!」
雛は止まらない涙を抑えながら、力強く頷き、しっかりと微笑む。その瞳に映るのは、大切でかけがえのない仲間の笑顔だった。




