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あの星に煌めきを  作者: そーら
第五章 月夜に照らされて
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花の語らい

 



 土曜日の午後。部活を終え、雛は弥生の家へと向かった。

 スマートフォンで地図アプリを見ながら、周辺で一番大きな家に向かう。星空学園に来てからは、慣れ親しんだ従姉妹の柚希の家以外に泊まるのは初めてのことで、ドキドキとワクワクが混ざり合ったような浮ついた感じがする。


「……わあっ、ここだ。」


 しばらく歩くと見える範囲の右から左全てが漆喰の壁で埋め尽くされている。


「思ってたより広い…。」


 ポカンと口を開けながら、玄関の方へ回る。厳かな雰囲気の門を見上げ、目先にあるインターフォンを押す。


『はい。』


「あっ、本日お世話になる小鳥遊 雛です。」


『小鳥遊様。お待ちしておりました。弥生様よりお話は伺っております。門を開けますので真っ直ぐ玄関までお進み下さい。』


 涼やかな声が雛を迎える。弥生がお手伝いさんがいると言っていたことを思い出しながら門が完全に開くのを待つ。

 門を潜ると、テレビで見るような有名な日本庭園に負けず劣らずな雰囲気の庭が広がっている。


「お、お邪魔します…。」


 遠慮がちに玄関の引き戸を開けると、膝を着いて頭を下げる和装の女性が迎え入れた。


「ようこそお越し下さりました。お部屋までご案内させて頂く松原と申します。」


「よ、よろしくお願いしますっ!」


 とても綺麗で上品な大人の女性、松原 琴子(まつばら ことこ)に畏まられ、雛は慌てて頭を下げる。それをニコリと優雅に笑って受け止める琴子の器の広さに感服してしまう。


「こちらが小鳥遊様のお部屋になります。後ほど弥生様がいらっしゃると思いますので、それまでごゆっくりなさって下さい。」


 琴子が最後まで丁寧に接してくれたせいか、変に緊張してしまってガチガチの身体がやっと解れる…と、思ったのも束の間。部屋を見渡すとまたガチリと身体が固まる。


 お泊まり会と言われて想像する和やかで生活感のある場所とは程遠い、高級老舗旅館を彷彿とさせるような部屋。


「う、うわぁ〜………。」


 あまりにも驚いてしまってそれ以外の言葉も出ない。しばらく入口からすぐ近くの壁になってしまったかのように張り付いて動けない。

 いつの間にか呼吸も止まってしまい、苦しくなってハッとする。


「つ、連れてこられちゃったら仕方ない。ちょっとだけ荷解きしよう…。」


 自分に言い聞かせるように置いた鞄に手をつける。荷解きと言っても一晩過ごすくらいの荷物のため、物はあまり持ってきていない。


「…小鳥遊様、いらっしゃいますか?」


 忘れ物が無いか荷物を確認していると、弥生の声が襖越しに聞こえる。雛は返事をして、襖を開けた。


「出迎えられずすみません………えっと、そんな入口で荷解きなさっていたんですか?もっと自由に使って頂いて構いませんよ?」


「あはは…あまりにも広くて萎縮しちゃって…。」


「お、落ち着きませんか?どの部屋も大体このくらいなので…ど、どうしましょう。」


「あ、ここで大丈夫だよっ!すぐ慣れる…と思うから。」


 雛の言葉を素直に受け止める弥生が可愛らしくてクスッと笑みが零れる。そんな雛の反応に疑問は持ちつつも凛とした表情で立つ。


「小鳥遊様、宜しければ家の中を案内したいのですが…。」


「あ、うん!お家の人に挨拶したいんだけど…いるかな?」


「父と母は遠方へ出ているので、今は祖父しかおりませんが…会って頂けると祖父も喜ぶと思います。」


 雛は持ってきていた紙袋を持ち、弥生の後を着いて行く。案内が無ければ迷子になってしまいそうなほど広く複雑な廊下。

 部屋がたくさんあるのは住み込みで稽古をしている弟子がたくさんいるからだと弥生は説明をしてくれる。


 弥生に案内されてとある障子の前に立つ。少し待つよう弥生に言われ、その場に立ち止まっていると弥生が膝を着いて祖父がいるか確認をする。


「お祖父様、いらっしゃいますか。」


「…うむ。」


「小鳥遊様がいらっしゃいました。お祖父様にご挨拶したいとの事です。」


「…入って良い。」


 障子越しに聞こえるその声は低く、そしてとても渋い。テレビで見かけた威厳のある雰囲気と相まってとても怖い姿を想像してしまう。


「失礼致します。小鳥遊様、こちらにどうぞ。」


「し、失礼します…。」


 弥生に導かれるように正座する。背中を向ける彼をジッと見ていると、雛の視線を射抜くような視線で振り返る。


「…っ!」


「お祖父様、こちらが小鳥遊 雛様です。」


「たっ小鳥遊 雛です…!ほ、本日はお世話になります…っ。」


 鋭い眼光に怯んでしまうけれど、名乗らなくてはいけないと自分を制し、出来る限り粗相の無いように挨拶をする。


「ふむ…。」


「こ、こちら宜しければ…。」


 持ってきた紙袋から中身を取り出して差し出す。雛を見ていた眼光は綺麗に包まれた和菓子に向く。

 包みを剥がして一つ摘むとゆっくり咀嚼する。険しい顔に不安を抱きながらその様子を見ていると、その顔は打って変わってにっこりと柔らかい表情になる。


「うむ、美味い。」


「へっ…?」


 急な変わりように雛は間抜けな声を出す。そんな彼女がおかしかったのか、カッカッカッと愉快に笑う。


「可愛らしい反応じゃのう。ぴゅあで初々しい。」


「お祖父様…あまり小鳥遊様を揶揄わないで下さい。」


「えっ?えっ?」


「意地悪をしてすまない。弥生の祖父、神楽坂 龍堂じゃ。」


 白い髭を擦りながら、龍堂は穏やかな笑みを雛に向ける。先程の鋭い目は彼が雛を揶揄う為にやっていたのだと納得し、雛は安堵する。優しそうなお爺さんだ。


「よ、よろしくお願いしますっ。」


「丁寧で育ちの良い娘じゃ。気に入ったぞ、雛子。」


 慣れない呼び方に首を傾げたが、龍堂があまりにも可愛らしい笑顔をするものだから雛も顔が綻ぶ。


「この菓子も美味い。どこの店のじゃ?」


「あっ、えっと…て、手作り…です。」


「なんと!」


 身に余るほど褒められてくすぐったくなった雛は頬を染めて目線を外す。そんな姿も気に入ったのか、龍堂は和菓子をまた摘む。


「ぴょっこーーーん!!!」


「きゃあああっ!」


 会話に花を咲かせていると、後ろの障子が凄い勢いで開き、そこから今着いたのであろう双葉が雛に飛び付く。驚いて心臓が痛くなるほど鼓動が早まる。


「双葉!あなたはまた…。」


「へへへ〜ぴーなん良い匂い〜♪」


「はぁ………。」


 すりすりと双葉の頭を擦り付けられながら、雛は鼓動が落ち着くのを待つ。彼女の突拍子の無い行動には慣れたくても慣れないなと思う。


「相変わらずじゃのぉ…ぶっ飛び娘は。」


「おヒゲのおじーちゃんもこんばんは〜!」


「双葉…そろそろ小鳥遊様から離れて下さい。」


 一向に雛から離れようとしない双葉を抑えて自分の隣に座らせる。その前で孫とその友人が戯れているのを見て、和菓子を頬張る手が進む龍堂。


 それからまた少し話した後、夕飯までに屋内を案内し終えなければならない為、龍堂の部屋を後にした。


「…こちらが道場です。今の時間は誰もいませんが、お昼にはお弟子さんたちが稽古に励みます。」


「弥生ちゃんはしないの?」


「私は朝に素振りを。精神統一するのが目的ですが…ここに入る朝日はとても気持ちが良いんです。」


 毎朝見るその景色を思い浮かべているのか、弥生の表情はとても穏やかなものになる。その様子を見て、雛も胸が暖かくなった。


 最後に見せる約束をしていた庭園に連れられる。夕日に照らされた花たちがその美しさをより一層際立たせている。


「わぁ…綺麗………。」


 紫陽花や花菖蒲、桔梗など紫色の花を主体としており、池には白い睡蓮がぽつりぽつりと浮いている。


「この色とりどりのルピナスが紫陽花の雰囲気に合っていて素敵…。このクレマチスはきっと夜に映えるし、雨が降るともっと良さそう。」


 雛が興奮した様子で、花たちを一つ一つ見る。溢れ出す花への愛に弥生と双葉は嬉しそうに笑う。


「…あの方となら、やっていけそうですね。」


「うんっ!」


 花に夢中の雛に気付かれないようにコソッと話す。

 今まで二人だけだった世界に、雛を迎え入れるように弥生と双葉は彼女の元へ向かった。




 ・・・




 夜、月が煌々と空に浮かぶ。今日は満月のようで、その光は美しい花たちを妖しく照らす。

 先程とはまた違った雰囲気を醸し出す花たちに雛はすっかり魅了されてしまった。


「…………。」


 ぼんやりと眺めていると、足音が聞こえてその方向を見る。そこには桜色の綺麗な寝間着の弥生が立っていた。


「小鳥遊様、眠れませんか?」


「一人であんなに広い部屋にいると落ち着かなくて。それになんだかここに来たくなったんだ。」


「…私もです。」


 弥生が雛の隣に座ると彼女の美しい黒髪がサラリと揺れ、月の光を帯びる。白い肌に薄い色の唇。その歳に似合わない妖艶な容姿にやはり見蕩れてしまう。


「…小鳥遊様?」


「…あっ、ごめんね。ジッと見ちゃって。」


「いえ…そういう視線には慣れております。」


 含みのある言い方に少し違和感を覚える。雛が首を傾げると、困ったように笑って弥生は月を見上げた。


「昔から、なんです。手入れを施された黒髪も、白い肌も…人は皆、美しく思うようで。」


 雛も先程、心の中で思ったことをまるで他人事のように話す。


「ずっと好奇の目で見られていました。私にとっては当たり前なのに、珍しいものを見るかのような視線で…。」


 弥生が急に語り出した理由が自分にあるような気がして、雛は慌てて謝る。


「ご、ごめんねっ!私、失礼なことしちゃったんだよねっ…!」


「い、いえ。小鳥遊様は悪くありません。小鳥遊様の視線は心地良いものですから…お気になさらず。」


 弥生が柔らかく笑み、それが嘘偽り無い彼女の本心だと分かって雛はホッと安心した息を吐く。


「小鳥遊様、私と双葉が出会った頃の話…聞いてくれますか?」


「ん?うん。聞きたいな。」


「それなら…双葉もそこに隠れていないで出てきたら如何です?」


「う、バレてたかぁ。」


 雛の後ろに目をやると、双葉がアホ毛を揺らしてはにかんでいる。気付いていなかった雛は驚いて双葉を隣に座らせる。


「…双葉と出会ったのは、この庭。」


 その時のことを思い出すように、弥生と双葉は庭の紫陽花があるところに目をやる。




 ・・・




 それは弥生がまだ五歳の頃。目に入った武道全てに憧れ、いつか祖父のような剣の道を、父のような茶の道を、母のような華の道を、兄のような舞の道を。

 目を輝かせて、胸をときめかせて、毎日稽古に励んでいた。


 その日は剣道の稽古が終わり、自室に戻る途中。庭に繋がる縁側を通った時だった。ガサガサと白い躑躅が揺れている。


「…そこに誰かいるのですか?」


 猫でも迷い込んでしまったのだろうかと弥生がそこに近付くと、ぷはっと息を吸い躑躅の間から顔を出した少女。


「きゃあっ!」


「わあ!」


 見知らぬ少女が飛び出てきて、弥生は尻餅をつく。お互いパチパチと目を瞬かせてしばらく見つめ合うと少女はニコリと笑って大きな声で挨拶をした。


「こんにちは!」


「こ、こんにちは…。あの、あなたはどちら様でしょう…?」


 やっと頭が冷静になってきた弥生は少女に聞いた。少女は首を傾げてまたニコリと笑う。


「ふたばだよー!」


「ふ、ふたば様…?と申されましても…。」


 双葉と名乗る少女はずっとニコニコと躑躅の間から顔を出している。それが何だか面白くて弥生はふふっと声を漏らす。


「ん〜?どうしたの〜?」


「いやっ…す、すみませんっ…お顔がつつじまみれで…ふふっ。」


「つつじ?あ、このお花!?つつじって言うんだ!」


 双葉は目を輝かせて、躑躅に擦り寄る。仄かな香りが彼女の鼻腔を擽る。


「ふたば、お花のことよく分かんないけど、お花はすき!かわいいし、綺麗!あ、あなたみたいだね!」


「えっ…?」


 突然の言葉に弥生はドキッと胸を高鳴らせる。今まで味わったことの無い不思議な感覚がとても心地良い。

 好奇な目ではない、その純粋な瞳が。


「ねぇね〜、あなたのおなまえは?」


「弥生…神楽坂 弥生です。」


「ふたばはねー!ゆめごころ ふたば!」


 その日、二人の少女は躑躅の香りに包まれながら笑い合った。




 ・・・




「…初めて友達が出来ました。出会いは突然でしたけど…双葉の純新無垢な笑顔に惹かれたんです。」


 今でもはっきりと鮮明に思い出せるその記憶は弥生と双葉にとっての宝物。何者にも変え難い突然の出会いだった。


「当時の私は武道こそ楽しくやっていましたが、同い年の方との交流が一切無く…あっても祖父に連れられたパーティーに出席するのは、敷居の高い家柄の方ばかりでしたし…外に出れば、珍しいものを見たかのように私を見て…。」


 弥生の長い睫毛が伏せられる。その穏やかな表情から読み取れるのは、当時の虚しさ。満たされない子供心の寂しさ。


「だからなんでしょうね。家柄も何も関係の無い…どこまでも純粋な双葉だからこそ、私は双葉と友達になりたかった。」


「双葉は、あの時の弥生がすっごく可愛くて綺麗だったから!この庭園がとっても似合う…お花のお姫様みたいな弥生とお友達になりたかったんだ!」


 雛の両隣りで微笑み合う二人。それがなんだかくすぐったくて、雛もふふっと笑う。


「本当に仲が良いんだね。二人とも。」


「…小鳥遊様とも、そうなりたいと思っております。」


「双葉も〜!」


 弥生と双葉が雛の腕に絡みつき、グッと顔を寄せる。弥生の綺麗な顔と双葉も愛らしい顔を近くに感じて頬が赤く染まった。


「ねぇ、弥生ちゃん。」


「はい、何でしょう?」


 弥生の大きな目が雛を見上げる。それを見て微笑んだ後、庭に目をやる。真ん中に咲く可愛らしい赤色のアマリリスとその周りに咲く白い百合が風で揺れる。


「弥生ちゃんも私のこと、名前で呼んで良いんだよ?」


「!」


「遠慮、しないで欲しいな。」


 雛はまた弥生に目をやり、優しく微笑む。彼女その包容力のある暖かさについ甘えたくなってしまう。


「…はいっ!雛…様。」


「ふふっ、様は付けるんだ?」


「く、癖で…つい。」


 照れる弥生が可愛くてつい揶揄ってしまう。その呼び方も悪くないと思えるのは、弥生が心から雛を信頼しつつあることが感じられるからだろうか。


「ぴーなん様〜!」


「双葉ちゃんも〜?」


 満月が浮かぶ空の下、少女たちは太陽のように暖かく幸せの中で笑う。花たちも彼女たちを優しく見守るようにゆらゆらと揺れていた。

・松原 琴子

神楽坂家に務める家政婦。品行方正で几帳面。元は神楽坂流華道に弟子入りしていたが、神楽坂家自体に惚れ込み家政婦として働いている。

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