これからも共に
「…んん………。」
朝日の眩しさに顔をしかめる。スマートフォンの時計を見て、まだ時間があることを確認し、暫く目を閉じる。
まだ記憶に新しい、夢の中の出来事の先を妄想しながら微睡む。
「…………っは!」
そのままでは二度寝しかねないと思い、頭に過ぎる遅刻の二文字。慌てた様子で布団を剥ぎ、起き上がる。まずは目を覚ますためにも顔を洗った。鏡に映る寝起きで不細工な自分に少し笑った。
そのまま髪を梳かし、いつものように高い位置で二つ結びし、お気に入りのリボンで猫耳のように結う。いつもの歌唄の姿だ。
「んーっ…はぁ………。」
大きく伸びをして、完全に目を覚ます。スマートフォンでまた時間を確認すると、通知が入っていたことに気付く。歌唄のバンド『CHILL BLAZING』のメンバーからのようだ。
『キャンセル入ったから今日のスタジオ予約取れた。十六時半に集合。』
『こずちゃん、いつもありがとうございます。了解です!』
『はーーーーい!!!』
バンドメンバーがスタジオの予約が出来たらしく、歌唄はホッとする。「サンキュー!」と彼女らしい返事をし、電源を切る。
急遽集まることになったのは、他でもない歌唄の話があるからだ。先日、事務所で話があってから全員集まれる日と場所を相談していた。
「…どうなるんだろうな。」
歌唄本人の気持ちとしては、自分の歌で誰かを救えるならそうしたい。でも、一緒に音を奏でるメンバーは凄く貴重な存在だ。どちらを天秤に掛けてもどちらも同じくらい重い。
だから自分だけでなく、メンバーたちも納得のいく答えを一緒に探る。それが今の歌唄の答えだ。
「ま、なるようにしかならないか。」
考えるのは性に合わない為、その言葉で流した。
窓の外を見ると、あかつき寮の十三階に位置するこの部屋から朝日を浴びた綺麗な街並みが見える。その光景に微笑みながら、歌唄は朝食へと向かった。
・
「歌唄、おはよう。」
「歌唄ちゃん…お、おはよう。」
食堂に着くと既に歌唄の分も取っておいてくれた奈帆とその弟の涼風 真帆がいた。
「奈帆、真帆おはよ!取っといてくれてサンキュー!」
奈帆の隣に座り、いただきます!と元気よく手を合わせる。今日はコッペパンと新鮮な卵を使ったスクランブルエッグとハムだ。
「いただきまーす。」
「いただきます。」
奈帆と真帆も手を合わせて、朝食を食べ始める。寮の朝食は普通の学校の給食より美味しいと評判だ。コッペパンはいつも中身が違っていて、今日はチーズが入っている。
「そういえば歌唄、バンドメンバーとお話する日って決まったの?」
「ん!今日スタジオ取れたって。だから今日は放課後すぐ行かなきゃなんだ〜。」
「うん、分かった。私も部活終わったらすぐ帰るよ。」
奈帆と今日の予定について話しながら食べていると、すっかり登校する時間になっていた。周囲が動き出したことに気がついて、歌唄は慌てて朝食を飲み込んだ。
一度それぞれの部屋に戻り、歯を磨き制服に着替え、荷物を確認してギターを背負う。最後に部屋の姿鏡で全身を確認してから部屋を出た。
玄関ロビーに着くといつも奈帆がそこで待っている。
「忘れ物無い?」
「ああ!今日締切の宿題もちゃんとあるぞ!」
奈帆はいつも忘れ物の確認をしてくれる。歌唄はたまに夜遅くまでギターの練習をして寝落ちしてしまった時は忘れ物をしてしまうことが多いからだ。
それからは奈帆に忘れてしまいそうな物を見せるようにしている。
「ギターは忘れないのにね。」
「これが一番大事!鞄よりも大事。」
「それじゃあ先生に怒られるよ…。」
「乙桜センセは怒んないよ〜。」
「紅命先生連れてくるかも。」
雑談を交わしながら、そう長くない通学路を歩く。あかつき寮は学園の敷地内にあるため、きちんと整備された道を歩くだけで校舎に着く。
教室の自分の席に座り、ギターを真後ろの棚に置く。歌唄の席は廊下側の後方。その斜め前に奈帆がいる。
「奈帆ぉ、一時間目何だっけ?」
「英語だよ。」
「うへぇ…一時間目の英語って何も頭に入んなくね?」
「そうだね〜。でも歌唄、作詞とかで英語使うでしょ。」
また雑談に花を咲かせ、ホームルームのチャイムが鳴るのを待った。
・・・
放課後。歌唄は電車に揺られながら、今後のことを考えていた。この後バンドメンバーに話さなければならない内容をまとめることも兼ねて。
「………煌めき、か。」
夢の中でのミコトとの会話がやけに鮮明に覚えている。自分だからこその煌めきがあると言われたことに少し嬉しさを覚える。
他人に本当の意味で認められることは数少ない。それが大好きな歌なら嬉しくないはずがない。
自分で選んだこの道が間違いでは無いと言われているようで、歌唄は微笑んだ。
電車が目的の駅に着き、そのまま行きつけのライブハウス『Due』へ向かう。そこまで距離は無いが、入り組んだとこにある為、知っていないと中々辿り着かない穴場だ。
「こんにちは〜。」
「歌唄ちゃん、こんにちは。もう皆来てるぞ。」
「オーナー。スタジオどこですか?」
ライブハウスに着くと受付にいるオーナーの二科 透也と挨拶を交わす。口調の割に端正な顔立ちをしている。
透也に言われたスタジオに入ると、そこには既にメンバーがいた。
「あ、歌唄ちゃんお疲れ様ですぅ。」
「お疲れ〜。あれ、ハカセとエマは?」
「機材見てる。」
歌唄を迎え入れたのはキーボードの有栖川 萌絵、そしてその横でベースのチューニングをしている二科 梢がいた。
他にはドラムのハカセこと海神 綺羅とDJのエマ・ジェンツーがいるのだが、どうやら機材の調子を見に行っているようだ。
「それならあたしもギターセッティングしとこ!」
荷物がまとめられているところに鞄を置き、ギターを取り出す。アンプに挿し、ギターのチューニングをしていると綺羅とエマが戻ってきた。
「たっだいまー!あ、うたちー来てる!やっほー!」
「…お疲れ様。」
うるさい程に元気な綺羅と、無表情なエマ。その二人のテンションの差に笑いつつも、歌唄は挨拶をした。
それぞれの準備を終え、不思議と室内の中心に集まる。全員、歌唄から話を切り出すのを待っていた。
「…あー…、あたしの話…だよね?」
「その為に集まったんじゃん。」
「はい。よろしければ、説明して欲しいですねぇ。」
歌唄が少し恥ずかしそうに話を切り出した。煌めきの夢を見たこと、煌プロダクションから声がかかり、所属する方向に話が向かっていること。
「…あたしはアイドルなんてガラじゃないけど、歌で誰かを救えるなら話に乗ろうと思うんだ。」
歌唄の歌への情熱はバンドをやっている彼女たちがよく知っている。歌唄の意思が分からない訳では無い。
「でも、あたしの音楽はCHILL BLAZINGがあってこそだから…皆がちゃんと納得する答えを出したい。」
所属することになると、融通は効くかもしれないがスケジュールの都合上、バンドをやる時間が無くなってしまう可能性がある。
歌唄の気持ちを尊重したいけれど、バンド活動も続けたい。その間に挟まれてしまい、どうすればいいのか解決策が見当たらないことにもどかしさを覚える。
いつにも増して真剣な雰囲気に沈黙が続く。
「………うたちーの好きにしたら良いんじゃないかなっ?」
「へっ?」
その沈黙を破ったのは綺羅だった。あまりに軽く言ってきたからか、素っ頓狂な声が出る。
「だってうたちーの歌の魅力って、自分の気持ちを素直に語る自由さでしょ?誰かに合わせて自分を縛るなんて向いてないよ〜。」
「アハハー」と笑っていう彼女の言葉には不思議と説得力があり、歌唄の心はストンと落ち着く。
「それにハカセたちもうすぐテスト期間だから、どっちみちバンド活動出来ないし、終わる頃にはうたちーもお仕事慣れてるだろうからまたその時話そーよ!」
綺羅がニコリと元気よく笑って言う。先程までの雰囲気が一気に明るくなるのを感じる。
現実的でありながら理想的な答えに萌絵たちも頷いた。
「そう…ですよね。すぐに全部決めること無いですもんね。私も少しずつ決めていけば良いと思います。」
「あたしも賛成。たまには歳上らしいこと言うね、ハカセ。」
「同意。」
ハカセの言葉に全員が同意し、歌唄を見た。歌唄は驚いた顔をしていたが、次第に笑顔に変わる。
問題を共に解決しようとしてくれて、共に進んでくれるこのメンバーが改めて好きだと感じた。
「分かった。あたし、やるよ。自分の歌を世界に響かせてくる!」
やる気のスイッチが入った歌唄たちは早速練習に取り掛かった。
・・・
夜、歌唄はあかつき寮に帰り、そのまま奈帆の部屋にやって来ていた。
夕食までまだ時間があった為、歌唄は奈帆にギターを聴かせていた。先程の練習で上手く出来たところを奈帆に聴いて欲しかったのだ。
「………って感じ!」
「すごい!歌唄、どんどん上手になるね。」
弾き終えた歌唄はドヤ顔になり、奈帆も拍手をして歌唄を褒めた。
人混みが苦手な奈帆はライブに行けない。その為、こうして弾いてもらうか、ライブ映像でしか歌唄の演奏を聴くことが無いのだ。
「ほぼ毎日練習してるから上手くなってないとな!」
「ふふ、そうだね。はぁ…ライブ、行ってみたいなぁ………あ。」
ボソリと呟いた言葉は歌唄の耳にも届く。安心してつい本音が出てしまったのであろう奈帆は思わず口を抑える。
「奈帆…やっぱり………。」
「な、何でもない!気にしないで………。」
歌唄が声を掛けようとすると、奈帆は慌てて飲み物を取りに行く。奈帆の小さな背中を見つめ、歌唄は顔を顰める。
「奈帆。」
「っ!」
歌唄が優しく声を掛けると、ピクリと肩を揺らす。その様子を見て歌唄は意を決したように奈帆を見た。
「今のは、本音でしょ?」
「………。」
「ライブ、行きたいなら来なよ。あたしの歌、一番熱い状態で聴いてよ。奈帆。」
歌唄のその真っ直ぐな言葉に奈帆は目に涙を浮かべ、下唇を噛む。
「やりたい事があっても出来ない。何かに縛られたように体が動いてくれない。その気持ち、よく分かるよ。あたしも同じだったからさ。
でも、たった一歩踏み出すだけで世界は変わった。見えないものが見えるようになった。」
お互い、過去には辛いことがあった。でも歌唄はそれを乗り越え、なりたい自分を見つけた。世界が色んな音で溢れていることを知った。
「奈帆にもさ、見て欲しいんだよ。あたしが見てる世界。」
「歌唄…。」
二人の境遇は似ているようで違う。過去に囚われている歌唄はもういない。奈帆は晴れやかな彼女の姿を見て、今の自分が変わらなくてはならないことを察した。
「私…変われる、かな。」
「変われるさ!だって奈帆は、あたしの一番の親友なんだから!」
根拠の無い言葉。でも歌唄らしい言葉に奈帆は薄く笑ってで頷いた。
「私、変わりたいな…。」
ボソリと呟いた本音。それは彼女のハッキリとした意志だった。
・涼風 真帆
星空学園初等部四年二組
奈帆の弟。引っ込み思案で大人しい性格。気さくに話しかけてくれる歌唄に懐いている。幼い頃から一緒にいる愛馬がおり、乗馬は得意。
・二科 透也
ライブハウス『Due』のオーナー。男らしい性格で荒い口調の割に、色素が薄く容姿端麗。梢の叔父で、元NEONTETRAのベーシスト。
・二科 梢
私立月輪女学院中等部一年B組
CHILL BLAZINGのベーシスト。クールな一匹狼。ベースはサポートを任されるくらいの腕前。歌唄とは何かとぶつかることが多い。
・有栖川 萌絵
私立月輪女学院中等部二年A組
CHILL BLAZINGのキーボーディスト。おっとりとした性格で語尾を伸ばしがち。絵やピアノで多くの賞をもらうほど多彩な才能を持つ。
・海神 綺羅
私立月輪女学院高等部一年一組
CHILL BLAZINGのドラマー。自分の事を『ハカセ』と呼び、理数系においては天才的な頭脳を持つ。エマは自分の最高傑作。
・エマ・ジェンツー
私立月輪女学院高等部一年一組
CHILL BLAZINGのDJ。綺羅によって造られた人間型高性能AI。初期の不具合で小指を立てる癖があるが、人間らしくて気に入っている。
・CHILL BLAZING
歌唄、梢、萌絵、綺羅、エマからなるガールズバンド。Dueを中心に活動しており、サイバーパンクが主体のクールで熱い楽曲が特徴的。
・Due
隣町の駅近くにあるライブハウス。入り組んだ地形の場所にあるため、通う人は多くは無いが根強いファンがいる。機材が豊富にある。




