決意する時
弥生と双葉が導かれた翌日、彼女たちはいつも通りに過ごしていた。
導かれたこと自体は知られており、数人に問いかけられたりしたけれど、それもすぐに雑談に変わる。良くも悪くもお互いに干渉しない生徒たちの関係が、今は心地よく感じる。
「ひーなっ!これから部活?」
「うん。燈子ちゃんも?」
「そ!部室棟近いし一緒に行こー。」
放課後になり、雛は友達の火影 燈子と途中まで一緒に行くことになった。軽い雑談を交わしながら、歩いていると昇降口前で大きな声が耳を劈く。
「いたーーーーーー!!!!!」
「きゃっ。」
その声に反射的に耳を塞ぐ。柚希によく大きな声を出される雛はそれが身体に染み付いている。
「ねねね!小鳥遊 雛ちゃんでしょっ!」
遠くの方から走ってきて雛の目の前で止まる小さな女の子。雛がぽかんとしながら頷くと、ギュッと手を握られた。
「ねー!一緒に来てー!というか、来なきゃ叱られちゃう!」
「は、はい?わっ!」
雛の手をしっかり握り、ぴゅーんと凄い勢いで走り出す。雛は突然のことに着いていく他なく、置いていってしまった燈子の方を見ると微妙な顔をして手を振られていた。
「と、突然何なんです…か。」
裏門の方まで来ると止まり、雛はすぐに理由を聞こうと息を整えて顔を上げる。するとそこにはワゴン車があり、外からはよく見えないが数人が乗っているようだった。
「あ、いたの?」
「うん!かわいいからすぐ見つけちゃった!」
雛を引っ張った女の子と同じくらいの背格好でおさげの女の子がもう一人、運転席から出てくる。
目の前の光景の意味が分からなくて雛は混乱する頭で必死に状況を考えるが、混乱する一方だ。
「小枝ちゃん、その子に説明した?」
「あ、してない!」
雛が戸惑っている顔をしているのに気が付いたおさげの女の子は苦笑して、雛に向き合った。
「初めまして、私こういうものです。」
「は、はぁ…。」
その小さな見た目からは想像も出来ないしっかりとした口調で名刺を差し出された。そこには『煌プロダクション Truth Emperorマネージャー 鼓 小和』と書かれていた。
「あ、えだちゃんもっ!」
続いて、雛を引っ張った女の子も名刺を差し出す。小和の名刺と全く同じ内容で、名前は倭 小枝と書かれていた。
「私たち、社長の指令で皆さんを連れて来るよう言われたんです。説明が遅れてしまってすみません。」
小和が申し訳なさそうに謝ると小枝も一緒に謝る。雛は納得し、頭を上げさせた。
「それじゃあ全員集まったので、行きましょう!車に乗ってください。」
小和が車に乗るよう促し、車内を見るとそこには伊織や奈帆、歌唄、弥生、双葉がいた。彼女たちとはあまり面識が無いが、全員雛と同じ状況にあるメンバーだ。
「あ、えっと…ここ座っても良い?」
「ど、どうぞ。」
雛は入口から一番近い席に座る。そこしか空いていないのだが、丁寧に隣に座る奈帆に聞くところは彼女らしい。
「伊織様、これってやはり蘭様たちと同じなんですよね?」
「ええ、そうじゃないかしら。」
「弥生〜!お菓子食べる〜?」
「人様の車で飲食は駄目ですよ、双葉。」
「はぁ…今日は個人練するつもりだったのに…。」
「仕方ないよ、歌唄。」
それぞれが会話をする中、特別仲が良い人がいない雛は少し居心地が悪い。
こういう時、柚希がいてくれたら…と思うがその願いは叶うはずもなく、手持ち無沙汰になる。
「…あ。」
雛は小さく息を漏らし、スマートフォンを取り出す。部活に行こうとしていたところで小枝に連れていかれてしまった為、まだ休むことの連絡をしていなかった事に気づく。
『すみません。急に用事が入ってしまった為、部活休みます。』
サッカー部のグループチャットに送るとすぐに既読が付き、数人から了解と返事が来る。
雛はホッとしてスマートフォンを仕舞うと、車がどこかの地下に入ったようで車内が薄暗くなる。
「さ、着いたよ〜。」
停車して小枝が言う。雛は急いで扉を空けて降りる。そこはどこかの建物の地下のようで、車が数台あった。
「皆さん、こちらです。逸れないで下さいね。」
小和が先頭を切り、全員それに着いていく。エレベーターで上の階へ向かう。目的の階に着くと綺麗なオフィスが目の前に広がる。
「こちらです、どうぞ。」
小和が会議室の扉を開け、入るよう促す。適当な場所に座り、しばらくすると秀一郎がやって来た。
「今日は突然お呼びしてしまって申し訳ない。私は煌 秀一郎、この煌プロダクションの社長をしている。」
秀一郎が簡単に挨拶をする。有名で偉い人、というイメージのある彼を見て、雛は少し緊張する。雛以外にも、緊張が走っているのを感じる。
「小和、彼女たちにお茶を。小枝は資料を持って来てくれ。」
「「はーい!」」
小和と小枝はそれぞれ会議室を出ていく。さらにピリッと空気が張り詰め、居心地悪そうに唇を噛む。
「君たちを今日集めた理由は、もう分かっているかな?」
「…先日の『煌めきの夢』と言われているものを見たからですよね?」
「あぁ、その通りだ。理解が早くて助かるよ。」
伊織が答えると秀一郎は頷く。雛もやはりそういうことか…と溜息を小さく吐く。
「君たちには駿河くんたち同様にアイドルとしての活動を行ってもらいたい。」
タイミング良く、小和と小枝がお茶と資料を持って現れる。それぞれの目の前に置くと、一人は緊張を解すためにお茶を飲み、また一人は真面目に資料に目を通す。
「その資料は活動のためのスケジュール予定を仮組みしたものとその目的だ。」
「…煌めきの夢を解明する…。」
雛がポツリと資料の文章を読み上げる。その他にも色々細かく書かれているが、その目的が目を引く。
「元々は未成年の駿河くんたちをメディアから守るためにスカウトをした。しかし同時に煌めきの夢のことを調べている内に、気になることがあったんだ。」
「気になること?」
「…アリアとミコト、という姉妹の存在だ。君たちも彼女たちの声に導かれたのだろう?」
秀一郎は顔を上げ、遠くを見つめる。どこか寂しそうに目を細めながら。その顔が不思議と雛の記憶に残る。
「その姉妹はこの世界の者だ。何故あの世界に閉じ込められてしまっているのか、何故姿を見せずに駿河くんたちを導いたのか…彼女たちは何者か。それを知りたい。」
秀一郎の言葉に少しの違和感を覚える。曖昧な言葉なのに、どこか断定的で確信めいた言い方だ。
彼が何を考えているのか、出会ったばかりの雛にはそれが図れない。
「…あの世界の謎を解くために、君たちの力が必要なんだ。出来るなら、私に力を貸して欲しい。もちろん拒否権もある。自分たちで決めてくれ。」
淡々と秀一郎は言った。懇願される、とまでは行かないがあの手この手で言いくるめられると思っていた為、ここまであっさりされると返って不安になる。
難しい話過ぎて、自分では決め兼ねる雛はチラッと周囲に目を向けた。
「急に言われてもな…バンドのこともあるし。それに…な。」
「うん……。」
「双葉はやってもいいかも!楽しそう!」
「双葉、遊びでは無いんですよ。もう少し慎重に…。」
「……………。」
やはりそれぞれ思うところがあるようだ。伊織も黙っているようで、その顔は真剣に考えている。
「…後で、ゆずに聞いてみようかな。」
結局自分では決められず、後で柚希に連絡しようと雛は思う。
すると伊織がその場に立ち上がり、真っ直ぐな目で秀一郎を見つめた。
「私、やります。」
その凛とした声が会議室に響く。思いの外、早い答えに秀一郎は瞠目する。
「正直、こんなよく分からないことに首を突っ込むなんて馬鹿馬鹿しいと思っています。ですが、夢の中でミコトさんが放った言葉が…ずっと、頭から離れなくて………。」
" 伊織は未熟。どんなに自分を磨いても、心だけは未熟なまま。"
" でも未熟だからこそ、無限大の可能性を秘めている。どうなるか分からない伊織の歌…その未知の煌めきを………。"
伊織は目を閉じて、忘れられないその言葉を思い出す。
貶されたと思っていたが、これは未熟なままの現状に甘んじてはその無限大の可能性が無駄になるということ。
そう考えたら、いても立ってもいられなくなった。だから、どうなるか分からない自分の可能性をしっかりと掴み取りたい。そう、願った。
「私は、完璧でありたい。三日月ではなく、満月のように…。」
力強く言い放つ伊織の姿が眩しい。今のままでも月のように美しく見えるが、彼女はそれで満足しない。
その心の強さと向上心に雛は尊敬の念を抱いた。
「…ありがとう。君の勇気ある決意に敬意を。壬生屋くん、よろしく頼む。」
「こちらこそ。よろしくお願い致しますわ。」
秀一郎と伊織は固く握手を交わす。決意を固めた伊織の表情はとても晴れやかで眩しい。雛は無意識に拳をギュッと握っていた。
「…あの、私もやります。出来ることは数少ないかもしれませんが…私の尊敬する人は、こういう時逃げたりしないと思いましたので。」
「双葉も!ヒーローは困ってる人がいたら助ける!双葉もそうなりたい!」
弥生と双葉も決めたようで、秀一郎を見つめる。秀一郎は二人が本気なのを感じ取り、歓迎した。
「…あのぉ、あたしも歌で協力出来るならしたいんですけど、バンドやってるから一人で決められなくて。メンバーと話し合ってからでも良いですか?奈帆も…あたしがいた方が良いと思うし。」
歌唄も遠慮がちに手を挙げて言う。彼女の言葉に奈帆も頷き、秀一郎を見る。秀一郎は勿論、と言って時間を与えた。
これで、雛以外の全員が意志を表明した。そうなると、自然と秀一郎の目線は雛に向く。雛はまだ自分で決められていない。
未知の世界に飛び込む勇気も無く、優柔不断な自分に嫌気が差していた。
「…小鳥遊くん。」
そんな雛の様子に気付いた秀一郎は優しく彼女の名前を呼ぶ。ゆっくりと顔を上げて彼を見ると、とても優しい瞳と目が合った。
「こんなことに巻き込んですまない。」
「い、いえ…煌さんのせいでも、誰のせいでもありません。」
「…君は優しいね。」
秀一郎は雛から一定の距離を保って近くの椅子に座る。雛の目線で彼女と対等に話そうとしている。
「…私がこの件に関してここまでするのには、もっと深い理由があるんだ。でもそれはとても自分勝手で、ただのエゴに過ぎない。
その中で私が君たちにしてやれることは、君たちが自ら活動してくれる環境を作ること。強制的にやらせては意味が無い。君たちが自分で決めて動くからこそ、君たち本来の煌めきが生まれる。」
秀一郎は雛の目を見て話しているが、それはその場にいる全員に話しているかのように言葉が響く。
「その為なら、私は身を粉にしてでも動こう。君は…どうしたい?」
問いかけられて、言葉が詰まる。何か溢れてくるが、それを言葉に出来ない。唇を震わせていた時、雛の頭にアリアの言葉が浮かんだ。
" 私たちをいつか…見つけて。"
アリアのその切実な願い。それが雛に向けてなのか、誰かに向けてなのかは分からないけれど、雛の頭の中にしっかりと残っている言葉。
「………っ。」
雛に勇気をくれるのは、大好きなあの絵本。少女のために、魔法の花を用意して捧げた心優しい妖精に憧れた。ずっと、憧れていた。
今、その妖精のようになれる時なのかもしれない。
「私、願いを叶えたいです。」
真っ直ぐに秀一郎を見る。まだ少し恐怖もあるけれど、雛の心の中には花を持った妖精がいる。
「アリアさんの願い…いつか、彼女たちを見つけて欲しい。その願いを叶えるために、私はやります。やりたいです!」
雛の感情がハッキリとしたものに変わり、秀一郎は瞠目した。人はこの一瞬で思考し、意志を固めることが出来るのかと。
「小鳥遊くん、君を歓迎する。ありがとう。」
雛は秀一郎と固く握手を交わし、決意したこの気持ちにとても強い誇りを感じた。
その日はそれぞれが見た夢の内容を共有し合って、解散することとなった。
車でそれぞれの家と学園寮に送って貰うことになり、先程と同じ場所に座る。
「はぁ…明日の練習でメンバーに話さないと。」
「歌唄、大丈夫そう?」
「伊織様かっこよかったですよ。」
「え?そ、そう?」
「みんなヒーローになるんだねー!」
事務所に向かっていた時より、少し賑やかに感じる車内。居心地は悪くなく、雛も心がスッキリとしていた。
「…あ、ゆずに連絡しておこう。」
雛はスマートフォンを取り出して、柚希に今日のことを報告しようとチャットを開いた。
・火影 燈子
星空学園中等部三年C組
雛とはクラスメイトで親友。元気で型破りな性格。占いが得意で、常に持ち歩いているタロットはよく当たると評判。華乃子の娘。
・鼓 小和
煌プロダクション Truth Emperorマネージャー
子供のような容姿だが、成人済み。控えめな性格で、何事も器用にこなす。学生時代は文学の天才と囃され、小枝が唯一の親友だった。
・倭 小枝
煌プロダクション Truth Emperorマネージャー
子供のような容姿だが、成人済み。マイペースな性格で、お調子者。学生時代は理数の天才と囃され、小和が唯一の親友だった。




