夕日が届くまで
翌日、テレビには雛と伊織の話題でいっぱいだった。蘭たちとの共通点も見て秀一郎が取材を受けている映像が臨時ニュースでずっと流れている。
「うわぁ…どのチャンネルも煌さんばっかっすね〜。」
「大変デース。お顔も少し疲れてるように見えマス。」
あかつき寮の休憩所にあるテレビでそれを見ている生徒が数人。それを横目にスマートフォンでSNSを見ながらギターを背負う少女が一人。
「………。」
「歌唄〜!」
名前を呼ばれた少女は顔を上げて、待っていた幼馴染の姿を探す。正面で控えめに手を振っていた。
「奈帆、宿題終わったのか?」
「うんっ。歌唄は何を見てたのー?」
歌唄、と呼ばれた彼女の名前は響木 歌唄。そしてその正面に立った彼女の幼馴染は涼風 奈帆だ。
二人はお互い宿題が終わったらここに集まろうと約束をして、落ち合ったところだ。
「別に暇だったからSNS眺めてただけ。」
「そっか。」
「…じゃあ、行くか。」
SNSを見るのをやめて歌唄は歩き出す。賑やかな休憩所から離れて向かうは寮の外、敷地内の静かな場所。
歌唄のお気に入りの場所で、二人以外は滅多に近寄らないところだ。
「今日は何弾くの?」
「んー…何がいい?」
段差のあるところに腰掛けて、緋色のギターをチューニングする。歌唄はバンドを組んでおり、メンバーとの練習日でない日はこうしてここで奈帆を相手にギターの練習をしているのだ。
「あの曲!」
「オッケ。」
チューニングを終えて全ての弦を鳴らす。『あの曲』と言われて通じるのは二人だけ。
歌唄は頷いて、ゆっくり息を吸うとその綺麗な歌声とギターの音を響かせた。
〜♪
まだ拙いけれど、柔らかなギターの音。一切乱れのない歌の中に篭もった優しい気持ち。
普段はロックを好む歌唄が唯一歌うバラード曲だ。
それからもその曲に合わせて、即興でバラードにアレンジして何曲か歌い、歌唄と奈帆だけのミニライブ状態だった。
歌い終わり、目を開けると空は薄らと夕日の色を帯びていく。二人の好きな時間帯だった。
「ふわぁ………ちょっと眠くなってきちゃった。」
「バラードにアレンジしすぎたかな。」
「ふふ、心地良かったよ。」
目をとろんとさせた奈帆が歌唄の肩に頭を預ける。彼女の優しい香りが歌唄の鼻腔を擽った。
歌唄も奈帆の眠気が移ったのか、夕日が暖かいからか、少し瞼が重くなる。
「…このまま寝そ………。」
「うん…風邪引いちゃうね…。」
何度か瞬きを繰り返した後、二人は互いに肩を寄せ合い、ゆっくりと夢の中に落ちた。
_____微睡む視界の中、歌唄は不思議な場所に立っていた。どこか現実味の無い幻想的な空間。
スーッ…と頭が冴えていく感覚があり、目の前の景色をよく見る。
「…ここ、は…………。」
キラキラと煌めく世界は現実的では無いのに、自分の感覚は鋭く現実のそれだった。
『…歌唄。』
「うわっ!だ、誰だ!?」
頭の中にはっきりと自分を呼ぶ声がして、肩を跳ねさせて驚いた歌唄は声を上げる。周りをキョロキョロと見渡すもそこに声の主はいない。
『初めまして、私はミコト。歌唄に直接語りかけているから、姿は見えない。だから…落ち着いて。』
ミコトと名乗る少女は騒ぐ歌唄に落ち着くよう言う。頭が混乱状態の歌唄はこのままではいけないと頭のどこかで思い、大きく深呼吸をして落ち着かせた。
「これ、何?夢?現実?意味わかんないんだけど。」
『ここは『煌めきの世界』。世界中の煌めきが集まる…夢でもあり、現実でもある場所。歌唄は昨日見た夢を覚えてる…?』
昨日見た夢、歌唄はそれを覚えていた。何故だか分からないが、とても印象深かったからだ。
そう、こんなキラキラした不思議な世界。二人の少女が聞いたことの無い歌を歌い、闇に飲み込まれた夢。
『ここにいる理由はその夢が全て。歌唄に歌って欲しいの…。私たちを救って欲しい。』
「歌?救う?イマイチ意味が…。」
『分からなくていい。きっといつか、分かる日が来るから。』
ミコトの煮え切らない言葉に頭を掻く。段々状況が掴めてきた歌唄はハッとして、先程まで一緒にいた奈帆の存在を思い出す。
「そういえば奈帆は!?」
『奈帆…もう一人の方はお姉様と一緒にいる。』
「そいつはどこだ!?」
『えっと…それは………。』
歌唄が奈帆のいる場所を聞くとミコトは押し黙る。いつも一緒にいる彼女がいないのは変な感じがするが、それ以上に心配なことがあった。
「奈帆はあたしがいないと…っ。」
『歌唄。』
「あ!?」
焦る歌唄に綺麗な声で呼びかける。意味もなく顔を上げると、美しい夕焼けが目に入る。あの場所からよく見るあの夕日だ。
『歌って。そうすれば奈帆に会えるかもしれない。』
「…ど、ういうことだ…?」
『歌唄の歌には熱い気持ちが篭っている。でも、それだけじゃない。それまでの苦しさも辛さも乗り越えてきた歌唄だからこその煌めきがある。』
ミコトの言葉に歌唄の目の前には過去の記憶が蘇る。
才能に縛られた幼い少女が、自分の音楽を見つけるまでの物語。それはとても辛く、苦しいものだったけれど、そのおかげで今がある。
『煌めきは時にその人の心を救い、願いを叶える。歌唄が歌で煌めきを広めれば、その煌めきはきっと歌唄の願いを叶えてくれるはず。』
気がつくと歌唄は赤を基調としたパンクロックテイストの衣装を身に纏い、肩には自分のギターが掛けられており、目の前にマイクスタンドが現れた。
導かれるようにマイクに口元を寄せると、大きく息を吸った。何か詩が浮かぶけれど、歌唄はそれを歌わない。自分を表現するのに不純物はいらなかった。
夕日を反射したような緋色のギターがその世界に鳴り響く。
あの日見た夕焼けの空
あの日感じた鼓動の音
ボクの相棒に映る この空は
ボクのセカイを彩った
BLAZING SUNSET_____。
・・・
「_____っ、イヤっ!!」
同時刻、煌めきの世界にその声が響く。耳を塞ぎ、震えて蹲ってしまった奈帆がそこにいた。
『…奈帆。』
「やだっ!誰っ…こわいっ………!」
奈帆の脳内に響く声はアリアのもの。しかし、彼女の声を聞いたことがない奈帆は酷く拒絶し、取り乱していた。
「やだぁ…怖い、怖いよぉ………歌唄、どこにいるの…。」
アリアの声は耳に届かず、恐怖に支配される奈帆。彼女の姿はとても弱々しく、悲惨だった。
それでも彼女の周りには皮肉にも美しい世界が広がっている。しかし奈帆はそれに目を向けられない。
奈帆が落ち着くのを待つしかないと思ったアリアは黙って見守っているが、しばらくしても耳を塞いで奈帆は震えるばかり。
そこにキラッと空間が光る。その光は塞ぎ込んでいた奈帆にも伝わるほど眩しくて、顔を上げた。
「奈帆っ!」
「…っあ、歌唄…っ!」
その光から歌唄が現れた。彼女の登場に奈帆は驚き、泣いて縋った。
「歌唄っ!歌唄ぅ…!」
「奈帆…良かった………。」
ギターを背に回し、奈帆を抱きしめて背中を優しく撫でる。
何が起こっているのか分からず、見守っていたアリアにミコトの気配が近付く。
『お姉様。』
『ミコト…どうして…。』
『あの子が願ったの。』
それだけでアリアには通じたようだ。歌唄はミコトの言う通り歌った後、強く奈帆のことを想った。そうすると、身体は光に被われて奈帆の元へ来た。
「…なぁ、そこにいるのか?」
「…ん?歌唄…何を言って…。」
『はい。』
奈帆を抱きしめたまま、歌唄は何も無い空に呼び掛けた。奈帆はビクッと身体を震わせるが、落ち着いたのか漸くその声を聞くことになる。
「ミコトとか言うやつに言われたんだけど…奈帆も同じことをすればいいのか?」
『…はい。この世界に、歌で煌めきを届けて下さい。』
アリアが言うと、歌唄は立ち上がる。知らぬ声に話し掛ける歌唄を不思議に思い、奈帆は不安げな顔で歌唄を見上げた。
「歌唄?」
「奈帆、あの歌を歌おう。」
「え…?」
状況が掴めない奈帆に歌唄は簡単に説明する。それでも訳の分からないことばかりだったが、一度体験した歌唄の目に嘘が無いことは幼馴染の奈帆には一目瞭然だ。
「大丈夫、あたしが演奏するから。」
「でも…あの歌は、歌唄の…。」
「いつもあたしの隣で聴いてるだろ。」
歌唄がニカッと眩しい笑顔をすると、夕日と相まって一層眩しく感じる。
閉じ込めたはずの記憶が蘇る。それは確かに辛く、苦しい出来事だった。それ故に今もなお、奈帆は声が届かなくなるほどの恐怖を抱えている。
でも、歌唄が隣にいるなら。
彼女が一緒に奏でてくれるなら。
「…、分かった。」
奈帆の決心が固まると目を閉じて深呼吸した。
次に目を開くと奈帆はカントリースタイルのシンプルな可愛らしい衣装を身に纏っており、左手にはマイクが握られていた。
隣の歌唄に目を向けると、力強く頷きギターを奏でる。
マイクを握る手はまだ震えていたけれど、奈帆の口からは美しい旋律が流れた。
I love your melody. I love your melody.
あなたに届くまで歌うよ
I love your melody. I love your melody.
私の気持ち鳴り響け
あなたのために歌うから おねがい
キレイな心 閉ざさないで_____。




