進歩と試練
「はぁぁあ!出来たぁ!!!」
曲が止まると同時に柚希は嬉しそうに声を上げながら決めポーズをした。
最初は出来なかった振りも、奏空の暗記術を用いながら練習した結果、着々と出来るようになっていった。
「おぉ!柚希、調子いいね!」
「えへへ!そらしの暗記術、最初は無理って思ってたけど、やってみたらすっごく身についちゃった〜!ゆずってば天才〜☆」
褒められるとすぐに調子に乗る柚希。えっへんと胸を張り、ドヤ顔をしている。
「はぁ…ゆず先輩は相変わらずですね。」
「でも、そこがゆずちゃんの良いところだよ。」
その後ろで蘭と莉愛は水分補給をして休憩していた。莉愛も先程、一通り踊れたばかりだ。
「莉愛ちゃんも踊れてきたね。」
「はいっ!蘭先輩がお手本をしてくれているので、すっごく頭に入りますっ!」
莉愛は奏空の暗記術はあまり効果が無かったが、それを見込んだ蘭が莉愛のパートも記憶し手取り足取り教えた結果、あっという間に覚えてしまった。
普段からアニメやゲームのことはスラスラと覚えてしまうことを知っていたからこその対策だった。
「役に立って良かった。」
「好きなアニメなら歴史でも科学でも難読漢字でも覚えちゃいます!好きって偉大ですね!」
声高らかに言う莉愛。いつもは声が小さく、大人しめの彼女にしては珍しかった。
「お、莉愛もテンション上がってんね〜!出来るようになるとやっぱ嬉しいよね。」
「はいっ!」
「そういえば、三人は華乃子さんから明日の予定聞いた?」
「明日ですか?いえ、聞いていませんが…。」
水明は明日のレッスン内容について聞いてくる。午前のレッスンでは何も聞いていなかった蘭たちはキョトンとする。
「実は明日、チームA・Bで合同でレッスンするんだ。」
「え!?」
「とは言っても見せ合うのが目的なんじゃなくて、歌とダンス…両方やるレッスンに入るからあたしと華乃子さんが一緒に見た方が良いってだけ。」
明日のレッスンでは本番のように歌って踊るようだ。それが出来ると認められたという意味にも捉えられ、三人は喜びと安堵に包まれた。
「…だけど、難しいのはこれから。歌もダンスもそれぞれ完璧に出来ても、それを同時にやると歌に引っ張られてダンスが疎かになったり、逆にダンスに集中しすぎて歌詞が出てこなくなったり…ブレて声がマイクに入らなかったり、ここからは技術面を鍛えていかないと。覚えるだけで喜んでたらまだまだだね。」
水明は三人が油断しないよう、しっかりと釘を刺す。特に調子に乗りやすい柚希は、と強調してその後のレッスンも気合を入れて取り組んだ。
・・・
翌日。水明の言った通り、チームA・Bの合同レッスンが始まった。全員ダンスルームに集まり、昨日まで無かった機材が置かれていた。
「わあ…おっきいスピーカー………。」
「歌とダンスをやる時はいつもこんな感じだよ。音大きいから気を付けてね。」
奏空の注意も聞き入れて、今日のレッスンに気合いが入る一同。今日は秀一郎と結弦も見に来ていた。
「綴さんと社長も見に来たんですね。」
「あぁ、報告を受けているだけでは無責任だと思ってね。君たちの現状をしっかりとこの目で把握しておきたいと思ったんだ。」
「いつもと違うメンバーでやる奏空も見てみたかったしな。」
結弦は奏空の頭をわしゃわしゃと撫でる。相変わらず兄妹のような関係の二人を父のように見守る秀一郎は微笑んだ後、少し悲しそうな顔をした。
「はーいっ、準備出来たからスタンバイして!最初はチームAから!」
水明が手を叩きながら仕切る。蘭は集中するように深呼吸し、柚希と莉愛は念入りに身体を解していた。
「はい、マイクとイヤホンモニター。」
「ありがとうございます。」
華乃子が三人に配る。マイクチェックをし、イヤホンモニターも問題無いため、水明が曲を再生した。
・
両チームの合わせが終わり、休憩することになった。
奏空以外、歌いながら踊ることが初めてだったため、上手く出来ていたか分からず少し不安げだった。
「うー…ゆず、練習みたいに上手く出来なかった〜。」
「私も…声がブレてしまって………。」
「奏空はすごく安定してたっす!イヤモニで聴こえてくると引っ張られる、というか…。」
特に調子に乗っていた柚希、元から落ち込みやすい莉愛、そして奏空のすごさを実感した楓は項垂れていた。
反省点は山ほど出てくる。昨日までのレッスンが調子良かっただけに、その分ショックなようだった。
「反省するなら今の映像見返すといいよ!どこがダメでどこが良かったか、客観的に見えるから改善点も見えてくるし!」
水明がひょっこりと顔を出し、落ち込む三人の隣に座ると、タブレットを差し出した。
「あ…撮ってたんですね…。」
「うん。今までのレッスンも撮ってあるよ!」
そう言うと水明は過去の動画も見せる。毎日、レッスンの度に一つ一つ記録していたようだ。
それを見返すと、日に日に上達していることが分かる。前日に出来なかったところが翌日には出来ていて、磨きがかかっていく。
「今日初めてだったんだから出来ないのは当たり前!また努力すれば、出来ていくよ!」
屈託のない笑顔で励ます。今日のことを引きずらないように、ショックを和らげてくれていたのだ。
「水明さん…ありがとうございます!」
「が、頑張ります…っ。」
「水明さん、かっけーっす!」
元気になった三人を横目に蘭と奏空、アイリーンは華乃子と話をしていた。
「奏空さんは流石現役って感じだけど、蘭さんもすごく良かったです。最初のレッスンの時も思ったけど、初めてじゃないみたいで…。」
「ありがとうございます。見よう見まねでやってみてるのですが…。」
「見よう見まねで出来ることじゃないよ〜。蘭ちゃんのポテンシャルの高さにはびっくり。」
蘭は相変わらず、底知れぬ才能を発揮していた。ダンスのキレを保ちながら、安定して歌う。
奏空も今でこそ出来るようになったが、最初は苦戦していたことを思い出す。
「アイリーンさんもダンスは上手でしたが、日本語がまだ難しいみたいですね。英語のところはよく歌えていたので、レッスンの効果は出ているようですが…。」
「ハイ…ニポン語ムズかしいデース…。」
アイリーンは上手く日本語で歌えないことに落ち込んでいた。慣れていないからか、舌が上手く回らずリズムに乗り遅れることが多々あった。
「…言葉じゃなくて、音として捉えて歌ってみたらどうかな?海外の人が歌う日本の曲とかそんな感じで歌ってるように聴こえる。意味は分からないけど、こういう音…みたいな。」
奏空の提案にアイリーンはハテナを浮かべる。
例えば、と奏空は動画サイトで有名な外国人が日本の曲を歌っている動画を流す。
確かに意味は分かっていなさそうだが、音として捉えるだけでも伝わってくるものがある。
「楽器と同じですよね。単なる音でも、感情は音にしっかりと乗っている…というか。」
「そう!そんな感じ。アイリーンちゃんは日本語が大好きだから、意味をしっかり考えちゃってたけど、歌はちゃんと出来てるし…今はそれで良いと思うな。急いでなんとかなるものじゃないと思うし…。」
「…わ、分かったデス!やってみるデス。」
奏空の提案にアイリーンは頷いて、早速曲を聴いていた。
休憩が終わり、何度か繰り返して出来ないところを割り出していくことになった。交代交代やっていくため、見ている側が客観的にアドバイスをしたりと切磋琢磨している。
「…………。」
「…どうかしましたか?社長。」
「いや…。」
そんな彼女たちをずっと見ていた秀一郎は、顎に手を当てて何か考えている様子だった。
・・・
その日の夜、奏空は庭でPentagram☆*。のメンバーと通話していた。
「みんな、お仕事どう?綴さんこっちに来てるけど、大丈夫?」
『大丈夫〜!事務所の人たちもサポートしてくれるし、小夜ちゃんも仕事回るようになってきたから乃愛たちのこと任されてるっぽい。』
元々奏空に着きがちだった結弦が合宿に来てしまっているため心配だったが、煌プロダクションに入社したばかりの新人社員、姫路 小夜が奮闘してくれているようだ。
『小夜さん元々仕事は出来る人だからねー。』
『すごく気遣ってくれるし、助かってるって綴さんに伝えておいてくれる?』
「うん、分かった。」
小夜はまだマネージャーになって日は浅いものの、元からアイドルが好きだったこともあり、知識豊富で気遣いのできるお姉さんみたいな存在で奏空もよく頼りにしていた。
それからいくつか話題を交わすと、それまで黙って聞いていた夕空が急に喋り出す。
『…ねぇ、話したいことあるんだけど。』
『夕空?なんだー?』
蘭世は夕空が喋り出しやすいように明るく言う。夕空は少し黙った後、意を決して話す。
『…ソロデビューが決まったの。』
「え…。」
『えぇー!すっごーい!くーちゃん!』
奏空のポツリと零した声は、乃愛によって掻き消される。他のメンバーも賞賛する中、奏空は黙って聞いた。
『今日、小夜から聞いて…契約のこととか、打ち合わせがあるからもう少し先だけど、デビューは確実って。レコード会社も結構大手のとこで…。』
『やったね、夕空。ついに夕空の歌手の夢が叶うんだね…!』
夕空の事を小さい頃から知っている来夢はまるで自分の事のように嬉しさを零す。涙を目に溜めながら言っているのが電話越しに伝わる。
『ん。皆に頼ってばっかだったけど、一人のお仕事も…頑張る。』
普段はあまりそういうことを言わない夕空だが、今日ばかりは日頃の感謝も言わずにはいられない。
夕空の成長に一緒に見守ってきたメンバーは感動する。しかし、それでも奏空は黙ったままだ。
『…?奏空ー、電波悪いのかー?』
そんな彼女に蘭世が気付く。奏空はハッとして通話に意識を戻した。
「あっ、ごめんね。急だったからびっくりしちゃった。夕空ちゃん、おめでとう!」
『奏空、ありがとう。』
そんなビッグニュースもあり、その日の通話は終わる。それからしばらく、奏空はその場でボーッと星を眺めていた。
「…随分と盛り上がってたみたいだが、夕空の話聞いたのか?」
「綴さん…聞いてたんですね。」
すると、コテージの角から結弦が顔を出す。どうやらそこから奏空たちの会話を聞いていたようだ。
「まぁな、お前のことが少し気になって。マネージャーだしな。」
結弦は先日のPentagram☆*。活動休止について奏空が悩んでいることを気にかけていた。奏空も彼のその優しさに小さく溜息を漏らす。
「…そういえば、小夜さんがとても頼りになるってみんな言ってました。綴さんと社長がいない分頑張ってるって。」
「そうか。俺も社長も姫路になら任せられると踏んではいたが…それなら良かったよ。」
まずはメンバーが伝えて欲しいと言っていたことを伝え、また星を眺める。
結弦は奏空の隣に座って、一緒に星を眺めた。
「…夕空ちゃんのソロデビューって、Pentagram☆*。の活動休止に向けて…ですか?」
「そんなことはない。元々あいつは歌手志望だったが、社長の意向でPentagram☆*。に入れた。それもこれも全部夕空がソロで歌手になるためだ。」
夕空は歌手になるために事務所のオーディションを突破した。しかし、年齢的にも精神的にもまだまだ未熟な彼女をソロとしてやっていくには厳しい世界。
彼女が芸能界で上へ行くためには必要な過程だったのだ。
「アイツは顔が綺麗で歌が上手くても、急にエクレア食べ出すし、愛想は無いし、マイペースで頑固なとこもあるだろ?そんな夕空には誰かと一緒に成長する環境が必要だったんだ。」
現に今の夕空は、リーダーの奏空を見習って自身も周りをよく見るようになり、ダンスが得意な蘭世に感化されてパフォーマンスの技術や関心が向上。スイーツを作ってくれる乃愛のおかげでエクレアの糖分も抑えられている。
そして、来夢がいなければ夕空をサポートしてくれる人はいなかったし、夕空らしさを受け入れられることは無かった。
Pentagram☆*。は夕空にとって必要だった。
「勿論、夕空だけじゃない。奏空も最初は大人を頼るのが苦手で、何でもかんでも自分で解決しようとしていたが、今では周囲の大人とも上手くやり取りが出来るようになったし、休む大切さも知った。
蘭世は奏空という明確な目標が出来て向上心が芽生え、乃愛は自分を思いっきり表現出来る場が出来、来夢は自分の才能を惜しみなく出せるようになった。
お前たち全員にとって、Pentagram☆*。は必要だ。今までも、これからも。」
結弦は星を真っ直ぐ見上げ、そう言った。自分が見てきたPentagram☆*。の全て、彼女たちにとって必要無かったなんて言わせないとでも言うように。
「ソロデビューは偶然、タイミングが重なっただけだ。と言っても…活動休止になれば嫌でもソロで活動しなきゃならんがな。」
「…………。」
活動休止の言葉が胸に引っかかる。どんな形であれ、Pentagram☆*。が大好きだから簡単には受け入れられない。受け入れたくないのだ。
「奏空、受け入れられないならそれで良いと俺は思う。」
「え?」
そんな奏空の考えを見透かすように、そしてそれを否定するように結弦は言う。
「完全に受け入れてしまったら…休止した後、気持ちが離れていって解散って事になるかもしれない。
いつでも活動再開出来るように、心のどこかでPentagram☆*。を留めておけば良い。休止という形ではあるが、少しの間離れるだけ。無理に受け入れる必要なんてどこにも無いんだ。」
結弦はわしゃわしゃと奏空の頭を撫でて、立ち上がる。風邪引くなよと言い残して、彼はコテージの中へと戻って行った。
「受け入れる必要は無い…か。」
Pentagram☆*。の活動休止を想うだけで心が痛い。それなら受け入れなくていい。
その言葉は何故だか奏空の心が軽くなった気がした。
・姫路 小夜
煌プロダクション 社員
春に入社したばかりの新人。アイドルが大好きでオタク気質な面もあるが、テキパキと仕事をこなす。今は結弦の元で勉強中。




