短時間での成長
同時刻、チームBとなった奏空と楓、アイリーンはレッスンルームにいた。レッスン用のスニーカーを履き、水明の準備が整うのを待つ。
その間、奏空はずっと浮かない顔をしていた。
「………。」
この三人でチームを組むことを言われて、まだ受け入れることが出来ていなかったのだ。
「…よしっ!準備出来たから始めよっか!」
水明の明るい声で奏空はハッと顔を上げた。今はレッスンに集中せねばと頬を軽く叩く。
「じゃあ最初は準備運動!次からはレッスン時間になる前に済ませておいてね。奏空がいつもやってるやつだから二人が分からなかったら教えてあげて。」
「分かりました。」
準備運動が始まる。奏空がいつもレッスン前にしているもので、特に変わったことはしていない。怪我をしないようにゆっくりと身体を解していく。
「…はい、終わり。身体はアイドルの資本!怪我なく大事にしてね。」
「はいっす!!!」
憧れの水明に指導してもらえて、嬉しさが抑えられない楓はずっと目をキラキラさせている。欲を言えばサーフィンを教えてもらいたいが、知り合えただけでも光栄なことなのだ。
「んじゃあ…いくつか質問をしていくね。奏空は現役だし、楓はさっき言ってたから聞くまでも無いから…他に何か運動とかしてたりする?」
「ボクはサーフィンだけっす!あ、水泳も出来るっすよ。」
「私もいつもレッスンでやってるくらいで…ダンスは一回見たら大体覚えられます。」
水明の質問に楓と奏空は答える。その後ろでアイリーンは難しい顔をして必死に考えている様子だった。
「アイリーンは何かやってたりする?」
「エーット…エット………あ!スポーツデスカ!?」
「うん。あ、日本語難しかった?」
「ハイ…まだベンキョウブソクで…。時間をかければ分かりマス。」
「オーケー、焦らずいこう。」
アイリーンは片言になりながら頑張って日本語で話していた。すると、最初のうちはと水明が英語で質問をしていった。
「わ、水明さん英語ペラペラ…。」
「世界的サーファーっすからね〜。やっぱりスゴいっす!」
数分後、アイリーンへの質問が終わると奏空と楓にも恐らく同じ質問をした。
それ程難しいものはなく、素直に答えればそれで良いものばかりだ。
「…はーい、じゃあ質問も終わり!ここからはダンスレッスンに入りまーす。」
ようやく本題のレッスンに入る。慣れている奏空以外の二人はどんな内容なのかとワクワクしていた。
「今回は時間が無いから君たちのダンスを覚えながら基礎も学んでいくよ。」
「ボクたちのダンス…っすか?」
水明のレッスン内容に首を傾げる三人。彼女たちを他所に水明はタブレットを取り出してとある動画を見せる。
「これって…?」
「君たちのダンス!ユニットとしての曲はもう出来上がってるんだよ。」
ポカーンと三人とも同じ反応に水明は陽気に笑う。
芸能活動をしている奏空は特に、曲作りが始まってからダンスが出来るまでの大体の期間を熟知しているが、煌めきの夢を見てからのこの短期間で完成するものでは無い。
「この短期間でどうやって…。」
「フフ、それは秘密♪良いから見て見て!」
水明は妖しげに笑うと、動画を見るよう催促した。
曲は三人の雰囲気がピッタリとマッチした元気で明るく中毒性の高い曲。アイリーンの英語も生かし、かっこよさが際立つ。
ダンスもフォーメーションが目まぐるしく動き、中々難しいものだった。
「曲は午後のレッスンでやると思うよ。ダンスは一見難しいけど、ちゃんと君たちが踊れるようにしてあるから大丈夫!」
何を根拠に言っているのか分からないが、水明の自信満々さは決して適当では無く、しっかりとした根拠があるように見える。
そんな曖昧な根拠に不安を覚えるが、百聞は一見にしかずと説得されてレッスンが始まった。
・・・
「だはーーーーーーっ…つ、疲れた〜〜…。」
レッスンも終わり、部屋に戻ると柚希はベッドにダイブした。力が抜けてもう動きたくないと嘆いている。
「ゆずー情けないっすよー!サッカー部で体力あるじゃないっすかー。」
「サッカーはガチ勢じゃないもーん。楽しいからやってるだけ〜。あと、サッカーと使う筋肉違うぅううぅううぅうぅ………。」
楓にマッサージをされて声が揺れる。そんな二人のやり取りを見て奏空が笑う。
「フフッ、二人ともなんだかんだ楽しそうだね。」
「ハイ!ワタシもちょっと疲れマシタ〜。」
「私で良ければマッサージしようか?」
奏空がアイリーンにマッサージをする。アイリーンは気持ちよさそうにしているところを蘭が見るとホッと安堵した。
「…蘭先輩?どうしたんですか、ボーッとしてますけど…。」
「…あ、ううん。なんでもないよ、ただ…星屑さんが元気そうで良かったなって。」
今朝、奏空の話を聞いてからチームの活動が休止するかもしれないとなった時の彼女のこと考えると、心中穏やかでは無かったと思っていたが、他者が心配するほどのことではなかったのだと安心した。
「蘭先輩…、やっぱり優しいですね。」
「え…そうかな?ありがとう。」
莉愛が尊敬を込めた目で蘭を見つめる。莉愛が蘭をリスペクトしているのは本人にも伝わっているが、少し大袈裟な気もする。
「そういえば、ゆずたちはどんな曲なんすか?」
「うーん…如何にも王道って感じ?でもこれを蘭が歌って踊るのが想像つかな〜い!」
「確かに…どのジャンルにしろ、駿河さんが歌って踊るのは想像つかないっす!」
柚希たちの会話の中で呼ばれた蘭は莉愛からそちらに目をやる。柚希と目が合い、蘭は首を傾げる。
「でも、駿河さんなら何でも完璧でバチッと合うんだろうな〜。」
「え、そうですか?」
「蘭!覚えてるならやってみて〜!」
柚希の突然の振りにも蘭は立って軽く手足首を慣らす。圧倒的な記憶力を持っていることを知っているから出来ることだが、普通だとただの無茶振りだ。
「ワーオ…ランさんもう覚えたデスカ?」
「蘭ちゃんの記憶力…噂には聞いてたけど、実際に目にするのは初めて…すごい……。」
綺麗な歌声と華麗なダンス、今の蘭を表すならこの言葉が一番だ。今日初めて覚えたにしては完成度が違う。それこそ、ずっと前からやっていたかのような。
「すごいっす…!今まで想像つかなかったのに、バシッと駿河さんに合ってて…。」
「蘭先輩…流石です…♡」
楓は驚きが隠せず、莉愛は目をハートにさせてうっとりしている。柚希は拍手をして、ありがとうと言う。
「まだ細かいところが身体に馴染んでないんですけど…。」
「いや、充分凄いよ…プロレベル…。」
奏空もまた、言葉を失った一人。彼女のように出来る人はいくら探しても中々いない、逸材だ。
「そう言う星屑さんは普段どんな風に覚えているんですか?スマートに熟しているようにしか見えないので…。」
「あ!それゆずも聞きたい!現役アイドルの覚え方!」
「え、私?うーん…。」
蘭の質問に柚希も便乗する。奏空は説明が難しく、しばらく悩むと遠慮がちに言った。
「私も特殊な覚え方って言われるんだけど…要するに寝て、起きると…身に染みてるっていうか…?」
奏空の突飛な発言に皆、え…と声を漏らす。蘭よりは現実的な覚え方だろうと思っていた柚希はどういうことか問い質す。
「私もよく分からないんだけど、一通り見たり聴いたりして身体に馴染んでない箇所を覚えておいてそのまま寝るの。」
「うんうん。」
「そうすると…次の日には大体出来てる…?」
「えぇ…?全然分かんない!」
奏空の説明を何度聞いても理解出来ない。そんな魔法みたいなことが可能なら、学校のテストだって余裕に出来てしまうからだ。
「…でも、一理あるかもしれません。」
「え、蘭?どゆこと?」
奏空の話をじっと聞いていた蘭がそう言う。
「睡眠中にその日覚えたことを無意識下で定着することは、科学的に証明されています。脳が最も活性化するのは朝や午前中とされていますが、暗記に関しては睡眠前がベストと言われているんです。
星屑さんは偶然にもその方法を見つけ、暗記したんです。」
蘭の論理的な説明に奏空は感嘆するが、柚希や楓はさらに頭をぐるぐるさせていた。莉愛もアイリーンも難しい話についていけていないようだ。
「…例えばテスト勉強をする時、ゆずちゃんは前日に徹夜して一気にやるけど、あまり意味が無いってこと。」
「………えええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
言葉をようやく理解した柚希は叫んだ。今まで苦労してやってきたテスト勉強が無意味だと言われ、ショックを受けたようだ。
「毎日コツコツと睡眠三十分前をピークに暗記していくと、知らず知らずに身につくんだよ。」
「そ、そうだったんだ………。」
どうりでテストの点数が伸びないはずだ…と声を漏らした。
そんな柚希を横目に、皆は奏空の暗記術と蘭の解説に興味津々だ。
「さっきのを具体的に言うと、ダンスの場合は一通り見て、次に出来なくても良いから自分もお手本を見ながらやってみるの。それを何回も繰り返して、出来なかったところをメモとかしておくの。
それを寝る前にまた復習して、その日は同じところが出来ないと思うけど、それでも良いから出来ないところのお手本を意識して寝ると…次の日には大体出来てる…んだけど……。」
奏空が今までの経験談を話す。それが正しいのか不安げになりながら蘭をチラリと見た。
「…間違ってないと思いますよ。睡眠五分前を目安にお手本の映像を記憶して、そのまま睡眠するとその間に記憶が定着します。
個人差はあると思いますが…この合宿中においては有効的かと。」
蘭は頷いて、奏空の経験談に補足をする。説得力のある説明に、全員が今日の夜からやってみようということになった。
「ちなみに、寝る時はスマートフォンなど他のものを触るのはよくありません。余計な情報で上書きされて、折角頭が整理されたのに忘れてしまいます。」
「え、スマホいじらないと寝られないのに…。」
「アラームもダメっすか…?」
「…出来るだけ避けた方が良いと思います。どうしても必要な場合は記憶を整理する前に全部済ませましょう。」
まだ今の状況がハッキリしない中、彼女たちは今、自分の成すべきことを全力でやる。いつかそれが報われることを信じて。
・・・
一方その頃、秀一郎は今日のレッスンの成果を見ていた。
「…彼女たちは出来そうか?」
「んー…まぁ彼女たち次第じゃ無いですかね?」
「はい。やれば出来ると感じました。」
水明と華乃子の印象は決して悪くはなく、可能性は充分あるという評価だった。
今日の報告を終えて、二人は部屋を後にする。そんな中、ずっと部屋にいた結弦の表情はあまり良くなかった。
「…結弦、どうかしたかい?顔色が悪いみたいだが。」
「いや…社長、本気ですか?Pentagram☆*。のこと…。」
結弦が遠慮がちに思っていたことを話す。デビューした頃から担当している彼は、彼女たちの気持ちがよく分かっていた。
「…本気だよ。奏空が元々忙しいのは君が一番把握しているはずだ。これを優先させねばならない以上避けられないことだ。」
「分かってますが…蘭世たちにもどう説明すれば良いのか。」
「何も解散する訳では無い。一時的に、止むを得ず、だ。これが終われば再開することは約束するよ。」
「そういう問題では…っ。」
秀一郎の言いたいことも分かる。今は煌めきの夢を解明しなければならない。その為に蘭たちが必要で、その中に奏空がいることも。
しかし、結弦は何故秀一郎がそこまでして煌めきの夢に執着しているのかを聞かされていなかった。
「…社長は何がしたいんですか。」
「………。」
「この煌めきの夢を調べることに、どんな目的があるのか俺はまだ聞かされていません。
一体…何をしようとしてるんですか?」
少しずつ、不信感が膨れ上がっていく。
結弦は昔から秀一郎にお世話になっている。事務所が出来る前、まだ結弦が高校生だった頃…俳優をしていた彼のマネージャーをしていたのが秀一郎だった。当時まだ青かった結弦を献身的に支えてくれた恩師だ。
恩師だからこそ、得体の知れないことに手を突っ込んで、大変なことになって欲しくない。そう思うことは決して不思議なことではない。
けれど、秀一郎にはちゃんと信念があった。
「………ただの我儘だよ。空回りに終わるかもしれないが、どうしても調べずにはいられないんだ。」
「…それって、どういう………っ!」
秀一郎はキッと結弦を見た。普段は威厳がありながらも優しい瞳の彼が、急に真剣な顔になり、結弦はビクリと身体を揺らす。
秀一郎は結弦に話した。他の誰でもない『信頼出来る』結弦だからこそ、話した。
そして、それを聞いた結弦は目を見開き、それまで抱いていた微かな不信感が驚きに変わった。
「…そんなことが…本当に?」
「あぁ、普通ならありえないことだ。しかし、これが現実なんだ。だから、この件を後回しには出来ない。Pentagram☆*。のことも、辛いことだろうが…決定事項だ。」
それ以上は二人とも何も言わなかった。秀一郎の考えを聞いてしまった結弦はそれ以上、自分には彼の言う通りにするしかないと感じてしまったのだ。




