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奇遇

「さっきも、テルオくん母子とお会いしたばかりでね」

「なんだべ奇遇だったなや。

 それより、考えてみたら義姉さんの家はお隣なのに、こんな話聞かせて悪かったなや菅原くん」

 鈴木くん、最近帰国してこの奥羽地方をうろうろしている、との風の噂をたどりにたどって、兄を先日発見、捕えることに成功した。

 それを知った親戚一同の厳命があった。

 その捕えた兄がまた逃げぬうちに、首に縄を付けた上で上京するべし。

 数日かけて方々の後始末をさせるべし。

 そのような予定だったのだが、

「なしてそれが俺の役目なのや。貧乏くじだど」

 おそらく市電の車掌、という、堅い仕事に就いている信頼の高さを買われてのことであろう。謝罪の席で付き添いの印象は肝要である。

「俺も鈴も、なにも知らねえことにしてっと」

「気遣いさせて申し訳ねえなや。下手に突いたら義姉さん、ややこしいことになっからよ、そのままでいてけさい」

 ところでテルオくんは、市内でも有名な優等生なのである。

 作文や絵画で賞を取り、特に夏休みの作文は模範とされラジオ『子供のゆうべ』で自ら朗読した。よほどコバトの活動よりも立派かもしれない。

「義姉さんと兄貴と俺で、一度顔合わせたのや。

んだしたら義姉さん、そのあたりのもの投げつけてよ、『立派な父親になるまでテルオの前に出るな』と、もの凄い剣幕で手がつけられねがったど。

 義姉さんが考えるところの立派な父親がどんな父親なのかは、俺はわからねえけっともな」

 あの穏やかなお母様が。

「それでは、あのお母ちゃんも、テルオも、無理ばりしてるんでねえの」

「それはそうだべ。テルオが作文だのの賞でもらえる文房具がありがてえような暮らし向きなんだど。

 何とかこのまま頑張ってもらって師範学校でも通わせてえところに、あんなやくざな親父が出てこられても、うまぐねえな」

 車内の車掌、内田くんと運転士の戸田山くんは、なにか同僚たちとの会話に参加したそうなのだが黙っていた。

 乗客が鈴木くん、秀真くん、辻氏の三人だけであるのだから、加わっても良さそうなのに、真面目な勤務態度だ。

「通過します」

 本柳町の停留所には、乗客がいなかった。

「鈴木くん」

 目を閉じたまま、辻氏が声を上げた。

「この線路を通った前の車内の音なんだが、ここで降りた足音がふたつあるようだ。

 気になるかい。お兄さんは、大きな荷物を持っているかな」

「兄貴かや。これから俺と汽車さ乗るふりしていたからよ、鞄がそれなりの大きさだ。

 町の中さ入って隠れるつもりなら、このあたりなら丁度いいかもしれねえな」

「では、大きめの荷物を持って、片脚が重たそうな人物が降車した音がするのは、この辺りだ」

 停留所を過ぎてずいぶん進んでいたのだが、電車はその言葉で停車した。


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