果物屋の小僧
風呂屋のそばを通れば亜炭が燃える匂いがして、ますます夜が深まる気がした。
どこかの小僧が前輪の荷台に小さい木箱に詰めたリンゴを載せて、仙台式運搬車のペダルを重たそうにこいで行った。
常盤町のとある妓楼へ向かうのだ。
事情はよくわからないのだが、酔っぱらった客が店の者にリンゴを振る舞うと言って聞かない、困っている、何を言ってもおさまらない、こんな日曜の夜、折り悪くどこの店も受けてくれないと電話があったそうだ。
兎に角酔いが醒めて気が変わらない内に金を取って帰って来い、二円は取れ、二円以上取れたらその分小遣にしていい、と主人から言われ、小僧はのんびりと主人の子供たち相手、せがまれるまま上手にのらくろを何枚も何枚も描いていたところを中断し、ご苦労なことなのであった。
「やられた」
仙台駅前を通るとき、荷物もなくひとり憤慨している男を見た。
「兄貴、あの野郎」
兄弟げんからしいが、兄らしい姿は見えぬ。汽車からの客を待つタクシーや屋敷からの迎えらしいのもそうでないのも人力車が数台並んで、運転手も車夫も煙草を飲んでいる。
小僧は忙しいのでそれきりその続きは知らないままなのであった。